安倍晋三元首相の国葬で、友人代表としての弔辞を読み上げた菅義偉前首相。その内容は、首相在任中に発信力不足が批判された菅氏にしては、話しぶりも含め、友人としての思いがこもって感動的だったと評価する声も多いが、果たして手放しで肯定してよいのか、気になる点がたくさんある。感動でごまかされないよう、もう一度じっくりと菅氏の弔辞を見直してみた。(特別報道部・木原育子、中山岳)
緊張だろう。弔辞を入れた包み紙を机に置く手がかすかに震えていた。日本武道館内の記者席から双眼鏡越しに見た菅義偉前首相の表情は硬く、伏し目がち。静まり返った会場で、誰もが菅氏の言葉を待った。
◆詩的で心地よい「まるで恋文」
「7月の、8日でした」。聞き慣れた菅氏らしい少し抑揚のない声が、波のようにひたひたと会場に広がった。安倍元首相が亡くなった衝撃のあの日に、一気に引き戻されていく。
どんな時も「総理」と呼んでいた安倍氏を「あなた」と呼び、「セミ」といった夏の季語から「高い空」「秋の雲」へと、季節の移ろいを表現した文章。予定調和な国会答弁と違い、詩的で心地よく感じた。
約12分間の弔辞は絶賛された。菅氏に近い自民党の三原じゅん子参院議員はすかさずツイッターを更新し「まるで恋文」と表現。国民民主党の玉木雄一郎代表も「感動しました。あの挨拶で国葬儀に対する印象が変わった人もいるのではないでしょうか」と持ち上げた。近現代日本政治史に詳しい御厨貴みくりやたかし・東大名誉教授は国葬当日夜のテレビ番組で、菅氏の弔辞の後、自然に拍手が湧き起こったことに触れ、「引き込まれた」と称揚した。
だが、国葬当日の高揚から日を置いて、あらためて文字になったこの弔辞を読むと、ひっかかるところが随所にある。
例えば、読み上げ開始後40秒で飛び出した「あなたならではの、あたたかな、ほほえみに、最後の一瞬、接することができました」という部分。
奇跡のような話で確かに感動的だが、弔辞によると、菅氏は安倍氏銃撃の知らせを受け、現場の奈良にすぐに駆けつけたという。病室の安倍氏は心肺停止状態のはずだ。その状態でほほえむことはありうるのか。
医師の木村知氏は「菅氏が到着した時、安倍氏がどういう状態だったか詳細は不明だが、その状況で表情筋が感情で動くことは、医学的見地からは、極めて考えにくい」と話す。ただ、否定もしない。「安倍氏のお友達である菅氏にはきっとそう見えたのでしょう」
◆「よりにもよって」他の人ならよかったの?
再び弔辞に戻ると、菅氏は「天はなぜ、よりにもよって、このような悲劇を現実にし、いのちを失ってはならない人から、生命を、召し上げてしまったのか」と続けている。
木村氏は「『よりにもよって』を、漢字で書くと『選りにも選って』。この言葉に、選ぶならほかにもっと適当な人がいるのにとの意を感じる」と述べる。「よりにもよって」との修飾語は「いのちを失ってはならない人から」にかかる。とすれば、「この一文で、他に選ばれるべきだった者、すなわち死んでもかまわない人の存在を認めている。まさに優生思想の考え方そのものだ」と批判する。
「安倍政権は生産性の有無で人の価値を決め、弱い立場の人を切り捨てる一方、森友・加計学園問題のように身内を優遇する選別政治を行ってきた。この一文を見て、ああ、やっぱりと思う人がいても不思議ではない。『いのちを失ってはならない人』ではなく、単純に、『私の大切な友人』にすれば、何の問題も違和感もなかったのに」
◆事前に作成したのに「たくさん若者」確認は?
菅氏の弔辞は「武道館の周りには、花をささげよう、国葬儀に立ちあおうと、たくさんの人が集まってくれています。20代、30代の人たちが、少なくないようです」と続く。文面は前もって作ったはずで、菅氏は献花の参列者に若者が多いと確認してアドリブを入れたのかと疑問がわく。
ともあれ、この「若者のための安倍さん」アピールに不自然さを感じる人もいる。「SEALDs(自由と民主主義のための学生緊急行動、シールズ)」元メンバーの是恒香琳これつねかりんさん(31)は「現実が見えていないのでは」とにべもない。「献花に訪れた若者もいたとは思いますが、私の周囲は仕事に忙しかったり、台風被害があった静岡にボランティアに行く準備で『国葬どころじゃない』と冷めている人は少なくなかった」
続きはWebで
東京新聞
2022年10月1日 06時00分
https://www.tokyo-np.co.jp/article/205720
緊張だろう。弔辞を入れた包み紙を机に置く手がかすかに震えていた。日本武道館内の記者席から双眼鏡越しに見た菅義偉前首相の表情は硬く、伏し目がち。静まり返った会場で、誰もが菅氏の言葉を待った。
◆詩的で心地よい「まるで恋文」
「7月の、8日でした」。聞き慣れた菅氏らしい少し抑揚のない声が、波のようにひたひたと会場に広がった。安倍元首相が亡くなった衝撃のあの日に、一気に引き戻されていく。
どんな時も「総理」と呼んでいた安倍氏を「あなた」と呼び、「セミ」といった夏の季語から「高い空」「秋の雲」へと、季節の移ろいを表現した文章。予定調和な国会答弁と違い、詩的で心地よく感じた。
約12分間の弔辞は絶賛された。菅氏に近い自民党の三原じゅん子参院議員はすかさずツイッターを更新し「まるで恋文」と表現。国民民主党の玉木雄一郎代表も「感動しました。あの挨拶で国葬儀に対する印象が変わった人もいるのではないでしょうか」と持ち上げた。近現代日本政治史に詳しい御厨貴みくりやたかし・東大名誉教授は国葬当日夜のテレビ番組で、菅氏の弔辞の後、自然に拍手が湧き起こったことに触れ、「引き込まれた」と称揚した。
だが、国葬当日の高揚から日を置いて、あらためて文字になったこの弔辞を読むと、ひっかかるところが随所にある。
例えば、読み上げ開始後40秒で飛び出した「あなたならではの、あたたかな、ほほえみに、最後の一瞬、接することができました」という部分。
奇跡のような話で確かに感動的だが、弔辞によると、菅氏は安倍氏銃撃の知らせを受け、現場の奈良にすぐに駆けつけたという。病室の安倍氏は心肺停止状態のはずだ。その状態でほほえむことはありうるのか。
医師の木村知氏は「菅氏が到着した時、安倍氏がどういう状態だったか詳細は不明だが、その状況で表情筋が感情で動くことは、医学的見地からは、極めて考えにくい」と話す。ただ、否定もしない。「安倍氏のお友達である菅氏にはきっとそう見えたのでしょう」
◆「よりにもよって」他の人ならよかったの?
再び弔辞に戻ると、菅氏は「天はなぜ、よりにもよって、このような悲劇を現実にし、いのちを失ってはならない人から、生命を、召し上げてしまったのか」と続けている。
木村氏は「『よりにもよって』を、漢字で書くと『選りにも選って』。この言葉に、選ぶならほかにもっと適当な人がいるのにとの意を感じる」と述べる。「よりにもよって」との修飾語は「いのちを失ってはならない人から」にかかる。とすれば、「この一文で、他に選ばれるべきだった者、すなわち死んでもかまわない人の存在を認めている。まさに優生思想の考え方そのものだ」と批判する。
「安倍政権は生産性の有無で人の価値を決め、弱い立場の人を切り捨てる一方、森友・加計学園問題のように身内を優遇する選別政治を行ってきた。この一文を見て、ああ、やっぱりと思う人がいても不思議ではない。『いのちを失ってはならない人』ではなく、単純に、『私の大切な友人』にすれば、何の問題も違和感もなかったのに」
◆事前に作成したのに「たくさん若者」確認は?
菅氏の弔辞は「武道館の周りには、花をささげよう、国葬儀に立ちあおうと、たくさんの人が集まってくれています。20代、30代の人たちが、少なくないようです」と続く。文面は前もって作ったはずで、菅氏は献花の参列者に若者が多いと確認してアドリブを入れたのかと疑問がわく。
ともあれ、この「若者のための安倍さん」アピールに不自然さを感じる人もいる。「SEALDs(自由と民主主義のための学生緊急行動、シールズ)」元メンバーの是恒香琳これつねかりんさん(31)は「現実が見えていないのでは」とにべもない。「献花に訪れた若者もいたとは思いますが、私の周囲は仕事に忙しかったり、台風被害があった静岡にボランティアに行く準備で『国葬どころじゃない』と冷めている人は少なくなかった」
続きはWebで
東京新聞
2022年10月1日 06時00分
https://www.tokyo-np.co.jp/article/205720