新型コロナウイルスの変異株「オミクロン株」の世界的な感染拡大を受け、政府は矢継ぎ早に水際対策の強化に乗り出している。しかし、専門家のあいだで、対策の要である空港検疫の「穴」を指摘する声が上がっている。現在、PCR検査ではなく抗原定量検査を行っているからだ。厚生労働省は「PCRと同等に検査の精度は高い」「PCRは現場への負担が強い」と説明するが、「変異株の侵入を阻止するにはPCRが適切」と識者は批判する。
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「東京五輪がないと、ここまで対応が早いのかと驚いています」
こう話すのは、関西福祉大の勝田吉彰教授(渡航医学)だ。
オミクロン株の感染が各国で急拡大していることを受け、岸田文雄首相は29日に外国人の入国禁止を発表。日本人帰国者についても、国が指定する宿泊施設での待機を求める対象国を14カ国・地域から44カ国・地域に強化した。
翌30日にナミビアから帰国した入国者のオミクロン株への感染が初めて確認されると、従来、陽性者と同乗していた乗客については前後2列以内に座った人たちが濃厚接触者の対象になっていたが、同乗者70人全員を濃厚接触者とした。さらに12月1日にペルーからの帰国者が2例目の感染者として報告されると、日本に到着する国際線の新規予約を当面停止するよう各航空会社に要請。その後、予約停止の要請については「混乱を招いた」「予約状況や需要動向にきめ細かく対応していく」などと軌道修正した。
勝田教授はこう話す。
「安倍・菅政権と打って変わって、水際対策に迅速に対応しているのは評価できます。変異株が入ってくるのを100%防ぐことは不可能です。少しでも入ってくるのを遅らせて、感染流行のピークを抑え、医療現場などが対策するための時間を稼ぐことが重要になってくる。これまで感染拡大を防いでこられなかった強い反省があるのでしょう。ただ、重症化しにくいなどのデータがわかり被害想定が軽くなりそうであれば、対策を柔軟に緩和することも必要です」
評価の声があがる一方で、水際対策の「穴」を指摘する専門家もいる。現在、海外から日本に入国する際、空港では感染の有無を確認するため、「抗原定量検査」を実施。抗原定量検査で陽性であったり、判定ができなかったりした場合にPCR検査をしている。これに対し「なぜ初めからより精度の高いPCR検査をしないのか」という指摘だ。
自民党外交部会長の佐藤正久参議院議員は<南ア方面等からの入国者には、水際対策で抗原定量よりPCR検査を多用する柔軟性も必要>などとツイッターで発言。立憲民主党の石垣のりこ参議院議員も<水際で、最も精度の高いPCR検査を国が責任もって行うしかない>と問題提起している。
抗原定量検査とは、専用の機器を使い、ウイルスのもつ特徴的なたんぱく質(抗原)の量を調べる検査のことだ。9月に薬局での販売が承認された抗原検査キットは「抗原定性検査」と呼ばれるもので、抗原があるかどうかを調べる。「定量」検査の方が「定性」検査よりも精度は高いが、PCRには及ばないとされている。
空港の検疫はもともとPCR検査が実施されていたが、昨年7月、抗原定量検査に変更した経緯がある。厚生労働省の担当者によると変更の理由は「PCRと同等程度の感度と特異度(検査の精度のこと)があることと、現場への負担を考慮したものだ」という。
PCR検査は結果が出るまでに数時間かかる一方で、抗原定量検査は30分程度で結果が出るとされる。また、PCRは専門のスタッフが鼻などに綿棒を入れて、粘液を採取する一方で、抗原定量検査は唾液で簡単にサンプルを採取することができる。また、PCR検査は手間に加えて、専門スタッフの感染リスクもあった――。こうした理由で、空港で多くの入国者を検査するためには「抗原定量検査が実効性がある」(担当者)というのが厚労省の言い分だ。
これに対し、PCR検査に詳しい国立遺伝学研究所の川上浩一教授は「抗原定量検査とPCRの感度は明らかに違う。抗原定量検査ではすり抜けが出てしまう」と指摘する。
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AERA
2021/12/03 08:00
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