労働力確保のため、外国人労働者の拡大を検討する日本。しかし現在、国内では技能実習生の「失踪」が過去最多となっている。実習生を失踪にかりたてるものは何なのか。
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「ベトナムに、両親と住む家を建てたい。最低200万円貯金できるまでは、帰りたくない」
そう話すベトナム人男性は、関東地方で働く技能実習生だ。建設業の技能実習に来て3年目。3年間の在留資格が切れる直前で職場から「失踪」し、国内で不法在留を続けることを考えているという。
名前や年齢、勤務先などの個人情報を伏せることを条件に、記者の取材に応じてくれた。ここではAさんとする。
Aさんはベトナム北部の田舎町の出身。若者の多くは台湾や韓国、日本に働きに出ているという。Aさんも100万円以上をベトナムの「送り出し機関」に払い、技能実習生として2016年夏に日本にやって来た。
「2割程度は親戚から、残りは銀行で借りました。日本の在留資格証明書があれば、銀行はお金を貸してくれます」
雇用契約書には手取り9万円とあった。送り出し機関を紹介してくれたブローカーは言った。
「残業もあるし、3年間で最低300万くらいは貯金できる」
だが実際には残業はなく、働いた日しか給料が発生しない日給月給制だった。贅沢はできない。住居費を除く生活費は最大月3万円に抑え、最低6万円は借金返済のため貯金する。外食は3カ月に1回程度。前回は友人と焼き肉の食べ放題に行き、3千円ほど使った。
それでも2年が経った今、貯金はゼロだ。背負った借金を返しただけ。あと1年働いても、目標とした300万円の貯金は難しい。このままでは帰れない──。そんな思いが、Aさんを「失踪」へと誘う。
外国人労働者の受け入れ拡大を目指す出入国管理法改正案の審議が始まった。新設される在留資格「特定技能1号」の大半は技能実習生が移行すると見込まれる。ただ、18年上半期に失踪した実習生が4279人と過去最多だったことがわかっており、野党は現行の実習制度の検証が先だと追及を強めている。
山下貴司法相は7日の参院予算委員会で実習生の失踪理由を問われ、「現状の賃金等への不満からより高い賃金を求めて失踪する者が87%」と、法務省による調査結果の一部を公表した。
国際貢献を目的に1993年に始まった実習制度だが、現状は低賃金で働く単純労働者集めの目的が色濃い。制度の運営支援を行う国際研修協力機構(JITCO)の調べでは、1年目の技能実習生の時間給は「714〜800円」が全体の5割を占め、901円以上は10%に満たない(17年5月時点)。野党は調査結果の全容の公表を求めたが、山下法相は「失踪を誘発する」と慎重な姿勢を見せた。
「現場の感覚からすれば、失踪の理由は来日前に支払う手数料だ。技能実習制度は、貧困ビジネス化している」
ベトナムから実習生を受け入れる、首都圏の「監理団体」の男性幹部は、匿名を条件にそう語る。最大の問題は、前出のAさんも返済に苦しんだ多額の手数料だという。
「例えばベトナムの送り出し機関が実習生から徴収できる手数料の上限は国で3600ドルと定められているが、守っているところは皆無。1万ドル以上取るところまである」(幹部)
法外な手数料の背景を理解するため、まず技能実習生受け入れの流れを簡単に説明したい。
技能実習生全体の96.6%(17年末)を占めるのが、「団体監理型」という方式だ。国内の「監理団体」が、海外の「送り出し機関」と契約して実習生を受け入れる。監理団体は許可制で、商工会議所や農業協同組合などの非営利団体だ。実際に実習生を集めるのは送り出し機関で、実習生を受け入れたい企業などは監理団体を通して、監理団体が募集した労働者と雇用契約を結ぶことになる。
実習生は、この送り出し機関に手数料を支払うことになる。実習生として日本を目指すのは、ベトナムでも貧しい地域の高校卒業生らが中心だ。家族や親戚の資金で足りない分は銀行から借りて準備するが、すべて借金という例も珍しくない。
「ベトナムの実習生は最低賃金レベルの給料でも月6万円くらいは貯金する。1年で手数料の借金を完済し、残り2年は貯金して、年金の脱退一時金と合わせ200万円ぐらいは国に持って帰りたいというのが実習生の思い。1年経っても借金を返済できないと失踪のリスクが高まる。手数料としては6千ドル前後が限界だろう」(同)
2につづく
AERA
2018/11/21 08:15
https://dot.asahi.com/aera/2018112000053.html