2022/3/19 11:00 (JST)
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1995年のオウム真理教による地下鉄サリン事件は、都心を走る地下鉄車両に猛毒のサリンがまかれた未曽有のテロだった。
当時、警視庁警備部に所属していた神正三(じん・しょうぞう)さん(72)は処理班として地下鉄駅に駆け付け、サリンが入った袋七つを回収した。早期の対処でさらなる惨事を防いだ形だが、サリンの影響で瞳が小さくなる「縮瞳」に悩まされることになった。
14人が死亡、6千人以上が重軽症を負った事件から27年。既に“教祖”らが死刑に処された今もトラウマが残り、オウムがばらまいた「闇」への嫌悪感は消えない。(共同通信=岩橋拓郎)
▽混乱伝える無線交信
「日比谷線の八丁堀駅。病人2名、気持ち悪くなったものが2名いるそうです。詳細、判然としません」。当時の無線交信記録は病人発生の一報で始まる。
95年3月20日、月曜日の午前8時20分ごろだった。「歩道上に何人も倒れております」。「人工呼吸中。救急隊の話によると危ない状況」。その後、地下鉄駅などから現状を知らせる通報が相次いだ。
神さんは当時45歳。そのとき、東京・桜田門の警視庁本部庁舎内で、2日前に届いたばかりの生化学防護服をたまたま着用していた。オウム真理教による不測の事態に備え、64着を納品し、警視総監ら幹部に披露するためだった。
「爆発物によるゲリラ事件が発生した」「新聞紙に入った液体、これが落ち、ガスが出てきた」―。急激に騒がしくなる無線が現場の混乱ぶりを伝えていた。
情報が錯綜していて何が起きたのか判然としなかったが、「オウムの仕業だな」とぴんときた。そのまま「現場へ状況確認に行ってこい」と命じられた。
警視庁本部から約100メートル離れた地下鉄霞ケ関駅に同僚3人と着いたのは午前9時ごろ。直前に防護マスクを着け、駅構内へ。
防護服の中は汗ばんでいた。通勤時間帯なのに周辺には人がいない。わずかに警視庁鑑識課員の姿が目に入った程度だった。
日比谷線ホームに止まっていた中目黒発東武動物公園行きの車両へ駆け付けた。ドアは開かない。先着した警察官が開けていた窓の上部の隙間から車両内に入り込んだ。
新聞紙にくるまれた袋二つが転がっていたのは、先頭から2両目の床。新聞紙はぬれていて、周辺の床にも液体が漏れ出ていた。
ゴム手袋をした手で液体を少しだけかき集め、新聞紙と袋二つを持ち上げると「ぬるっとした感触」があったと記憶している。窓の外の同僚に手渡し、回収した。
▽「物体」の正体
===== 後略 =====
全文は下記URLで
https://nordot.app/877087989729181696 維新は大阪の中国共産党
こいつらを国防に関わらせたら日本は終わるぞ
創価公明党がいなければもっと早くに公安の監視対象になっていた
何も知らずに持っちゃったわけじゃなくて
ちゃんと生化学防護服着てたんだな
それでも後遺症残っちゃうのか
1>「ぬるっとした感触」
それは、家庭用合成洗剤とかと混ぜていたせいだろう。
サリンって、本来は「粉っぽい」だろうかと思う。よくは知らないが。
>>7
犠牲者を出さずに済んだのにな
ソーカはテロ集団と変わらんよ ウクライナ戦争の話題見てて思うけどオウム事件も今だったら
逆張りでオウム擁護する奴らがネット上に大量発生してただろうな
ロシアだか北朝鮮の諜報機関から渡されたサリンだったんだろ、これ
液体をかき集めた時じゃなくて袋を持ち上げた時にぬるっとするのか
阪神淡路大震災がコレのせいで吹っ飛んだよな、星の金貨が休みになったし。
今の防護服はどうか知らんけど当時は防護服着ても風下に立つとサリンでやられてしまったって聞いた
あと自衛隊から防護服借りたけどアホというか何というか安全ピンで腕に階級章つけてゴミにしてしまったケースがあったらしいw
>>1
ロシアがオウム教や北朝鮮にサリンやVXガスの作り方を教えたんだよ
オウム教はロシア支部があり支部長は上祐だった
CIAの報告によるとオウム教のサリンの調合法は旧ソ連のレシピと全く同じだった
麻原は地下鉄サリン事件を起こした数日後に
米軍から生物兵器の攻撃を受けQ熱リケッチアに感染したとマスコミに話して
有りもしないデマを飛ばし被害妄想をしていた
プーチンもロシア軍がウクライナの地下鉄にサリンをまいたり
ウクライナの都市の市長をVXガスで暗殺する計画でいるからこそ
ウクライナにはネオナチがいてアメリカのBC兵器研究所があるとデマを飛ばしている
プーチンは麻原彰晃と全く同じだし、今のロシアはオウム教とそっくりだ そうそう、第一報は地下鉄で爆発、負傷者多数って言ってた
その後、縮瞳症状から有機リン剤系薬物だのなんだの二転三転し、
サリンと特定されるまで時間がかかった
オウムに対しては警察は無能だったが
このときの警察無線の動画を見たが
同時多発的に起きる混乱の中で対応しているのがすごかったな
確かカナリア連れて色々やってたよね
当時小学生だったが、カナリアかわいそうだな・・って思ってた
>>1
オウムの資金源の一つが観光会社だった
オウム幹部はロシアの武器商人とつながっていたので、
ロシアで兵器撃ち放題という観光ツアーを企画して
物好きでアホな日本人から金を集めてテロを起こす資金にした
公安はもちろんそのツアーに参加した日本人を全て洗って関係者も把握済みだ
オウム幹部はロシアの武器商人から旧ソ連のヘリを入手して操縦法も習得した
麻原はヘリを使ってサリンを空から撒こうと考えたが
空気中に拡散するから効果がなくなると指摘を受け室内での使用に変えた >>32
無能もなにも、政治的に「やるな!」となったら警察は手も足も出せないが
メディアはオウムを大絶賛、視聴者は「オウム以外に誰がやるか!」と
で、いまだに>>7や>>14みたいなアホが息してる >>3
おまえはそんな書き込みをして自分自身が恥ずかしくならないのか >>28
当時小学生だったけども、エウアンゲリオンテスバシレイアスだったかな?
好きだった番組がオウムの短波で邪魔されて頭にきたの覚えてる
>>17
ソ連の化学メーカーで教わってきた
もう売る物がなくなって、毒ガスや化学兵器のレシピに核燃料になんでも売ってた
>>16
当時はテレビも新聞も大絶賛してた
オウムにガサ入れに入っても世論調査は、警察の捜査は妥当が9、やり過ぎが1もない有り様だった
今だとツィでは共産党やれいわの支持者が多勢の様に見えるけど現実はそんなもの
日本人はそんなバカじゃないよ 犯人に間違われてた人ほんと悲惨
マズゴミの追い込みが酷すぎ
ウクライナの民間人犠牲者の数からしたら屁みたいな数字だなあ
俺は公安には感謝してる
上九一色村強制捜査の時までオウムがサリンの実行犯だったなんて知らなかった
あのまま放置してたら、アルマゲドン実行されて、俺も死んでたかもしれない
>>16
当時のテレビ局のメディアはオウムを特集して絶賛していたし
地下鉄サリン事件が起きても、知識人はオウムの仕業ではないと言っていた
そして、麻原彰晃自身も地下鉄サリン事件後に
アメリカの生物兵器の攻撃を受けてQ熱リケッチアに罹患したと
マスコミに語って被害者を装っていた
今、ロシアがウクライナにはアメリカの生物兵器研究所があると
デマを飛ばしていて、それをアメリカのFOXニュースのタッカー・カールソンや
5chの管理人のジム・ワトキンスの息子のロン・ワトキンスのような
トランプ信者でQアノンという韓国系アメリカ人の極右団体が、
そのデマを拡散しているのと構図が全く同じ
この朝鮮カルト団体の元締めの統一教会にはトランプや安倍晋三も関わっている オウムが何かやるのわかってたような段取りしてたのに驚く
もっと早く強制捜査とかしとけば被害はなかったかもしれないのに
>>40
>オウムにガサ入れに入っても世論調査は、警察の捜査は妥当が9、やり過ぎが1もない有り様だった
>今だとツィでは共産党やれいわの支持者が多勢の様に見えるけど現実はそんなもの
そう、その通り
麻原彰晃はテレビ局やマスコミに神輿担がれて有頂天になっていたからこそ、
幹部たちは選挙に出馬したのだが、選挙結果は国民から完全に無視されて全員が落選した
麻原が報道関係者に「はっきりいって惨敗」って喋っていたのは今でも覚えている
それで国民に腹を立ててテロを思い立った
今のプーチンも状況は同じで、周囲から神輿に担がれて良い事ばかり聞かされていたので、
ウクライナに軍隊を派遣すればウクライナ人が花束を持って出迎えてくれると思い込んでいた。 数年前に築地駅に行ってあの現場がここなのかと
ちょっと怖くなった
こんな経験した人が生きてんだな、すごい
この2ヶ月前が阪神大震災だっけ
地下鉄サリン事件っておかしな呼称だよな
東京サリン事件と呼ぶのが正しいだろ
テスト期間だったか終業式終わりだったかで
昼くらいに帰ってきたらいいともやってなかったようなうっすらした記憶
最も恐ろしいのは、当時のオウム出版の本を読むと大半が核兵器を含む人工地震について割かれているという事。
今みたいに誰でもネットに写真上げられる時代ならどうなってただろうな
オウムってサリン作るまで野放しになってたなんて信じられない
よく14人ですんだよな、噴射式にされてたらもっと恐ろしいことになってたんだろな
通ってた中学から500メートルの場所で巻かれた
えん罪を食らった人の娘は友人の彼女だった
>>25
1995年1月21日に、もしもポジンカ計画が実行されていたら、
世界は兵庫の震災の話もオウム事件ですらも吹っ飛んでいただろうな。
むしろ地下鉄サリン事件は、アルカイダのせいにされていたかも。
ボジンカ計画(英語: Bojinka plot)とは、アルカーイダが1995年1月21日から決行を予定していたものの未遂に終わったテロ計画。
第一計画
1995年1月15日に、フィリピンを訪問するローマ教皇(ヨハネ・パウロ2世)を神父に変装したテロリストによる自爆テロで暗殺する計画であった。
20人のテロリストがこのために訓練された。
この計画は、次のハイジャック計画のために欧米の捜査当局の目を逸らす意図があった。
次に計画されたのが、本来の狙いであるアメリカ合衆国行き航空機の同時多発的な爆破であった。
東アジアまたは東南アジアでストップオーバー(途中寄港)する11機の航空機と(その大半が成田国際空港経由であった)乗客4000人が狙われた。
第二計画
小型の航空機を購入して、燃料を満タンにして、バージニア州・フェアファックス郡のCIA本部に激突させる計画であった。
このための自爆テロのパイロット養成がノースカロライナ州の飛行クラブで続けられた。
しかし、この計画は最終的に民間旅客機のハイジャックに変更となり、ターゲットもシアーズタワーやアメリカ合衆国議会議事堂、ホワイトハウスなどの検討が加えられていった。 浅間山荘のように事件そのものは後世に伝えられても
グレーな頃の上祐青山人気やワイドショーの狂騒ぶりはリアルタイムじゃないと
わからないだろうな
路上が修羅場になっていたな
防護服をちょうど発注したてだったのか
警察もいろんな業務をほんと乙ですわ
>>53
そうそう
何か知らんけどテレビに出まくってた
道場が取材されてたけど、それ見てワイは一発で「こいつらダメなやつらだ」って見抜いたね
脱ぎ散らかしてグッチャグチャ、汚いの
あんなん堂々と見せる神経もおかしい
ダメな人の集まりなんだなって思ったわ たけし軍団の連中が「こいつら面白い」で義太夫が麻原のものまねをしていた時代。
>>55
公安警察ってのは犯罪を防止するのが目的じゃなくて
日本政府にとって都合の悪い組織を潰すことが存在目的だから
派手にやらかしてくれた方が都合がいい、多少の犠牲者はしょうがないと考える >>13
何故に?液体だろ?
お、それからアンカーくらいまともに打とうな こんな手間ひまかけて毒ガス作るよりガソリン撒く方が速いと現代のジョーカーが証明した
オウムはアホ
第6サティアンには強制捜査前に二度、捜査後に二度行った。
とにかく臭くていろんなニオイが混じった感じだったな。
当時は虎ノ門に通ってたから
銀座線も標的だったら俺は死んでた
中3への進級とクロノトリガー発売日を目前に控えてワクワクしてた頃だったな
あの頃にちょっとだけ戻ってみたい
>>68
ちな今でも宗教法人扱いで非課税 在家信者のPCに仮想通貨アリ〼 当時小学生にもなってないからよく知らんけどオウムって大人気だったんだろ?
何でこんな胡散臭い宗教が人気になるのか理解不能やわ
この時フジの朝のワイドショーで現場生中継してたが一発でオウムがやったと思ったな
しかし坂本弁護士殺害で警察に匿名の電話で山梨のどこどこに埋めたってかかってきてすぐ捜索したが見つからなくてガセで片付けたが
その時遺体見つけてたらこの事件はなかったよな
>>57
浅原が「魔法を使え!」といったらしいから短絡的にそういうことなんだろう サリンの持ち運びに、ヨーグルトの入れ物に入れたらいい
と麻原が言って、詳しい連中がそれは無理だ止めてくれ
というやり取りがあったんだったか
>>57
魔法使いサリン(サリー)
という歌が内部であったという話を公安が掴んでいたと言うがどんなんだ >>89 大人気ってのとは違うと思うけど…
全財産差し出して出家するなんて、相当世間からズレた感覚でないと無理。
時代はバブルだったしね 普通の人は働いて遊んでって感じのときに
瞑想だのからのめり込んだ人らだな
男が多めだったが、麻原ってブサだったしな オウムに対して、破防法を適用しなかったヘタレ
世論もことの重大さを理解していなかったし、
ヨシフのクズが毎日のようにテレビに出てたな
>>103
マジでそれ
あれで適用せずに何で適用する気なんだと思うわ