アップルのNewton Message PadがARMを搭載していたのに対してMagic Link は68000と考えさせられるものがある。
15年はやくスマートフォンになろうとした端末
https://ascii.jp/elem/000/004/079/4079344/ 文● 遠藤諭(角川アスキー総合研究所)
デジタルには3つの製品カテゴリーがある
世界を変えたガジェットをブロックでつくるシリーズに関する2021年最後のポストは、1994年にソニーから発売された「Magic Link」(PIC-2100J)だ。この端末の大きな特徴は、アップルからはみ出したように設立された米GENERAL MAGICという会社のモバイルOS「Magic Cap」で動いていたことである。
中略
私が、編集長をつとめた『月刊アスキー』では、1994年10月号は《携帯情報端末特集》を組み、世の中がZAURUSだNewtonだというときに、このGENERAL MAGICに最も多くのページを割いた(そんな雑誌はほかにはなかった)。
その理由は、ソニーやモトローラ、NTTやAT&Tなどの大企業を巻き込んだうえに、業界初といわれるコンセプトIPOをはたしたこともあった。しかし、GENERAL MAGICの見るべきところは、当時のハードウェアでは、無謀というしかない未来を描きだす内容だったからだ。
Magic Capは、デスク(机の上)、ホール(廊下)、ダウンタウン(街)の3つの画面からなる。机の上にはPDA的なツールがあり、廊下にはアプリケーションのドアが並ぶ、そして、街にはサービスを提供する会社のビルがWebをほうふつとさせる感じで立っている。
これは、いまのモバイルOSよりもわかりやすいかもしれない。Magic Capの先進性の1つは、「Telescript」と呼ばれる現在でいうクラウドコンピューティングのためのエージェント指向言語にもあった。映画ではあまり語られていないが、いまでも業界関係者に語られることがあるほどのものである。
1996年から1997年にかけて、アスキーが日本テレビで『週刊パソコン丼』というネットデジタルの情報番組(深夜25時台)をやっていた。その1996年7月10日の放送で、Magic Linkの使い勝手のようすを番組に提供した。NTTが、Paseoというサービスを立ち上げており、翌1997年には、Magic Linkの日本語化も予定されていると紹介している。
ところが、実際に手にしたMagic Linkは、シルクハットがグルグル回るだけで返ってこない(シルクハットが待ち時間に表示されるのだ)。Magic Linkは、その価格と処理パフォーマスンの低さからまったく売れない。GENERL MAGICは、シリコンバレーでも有名な《大失敗》企業となってしまったのだった。
やがてこの会社のことはほとんど忘れさられることになるが、スマートフォンが我々の生活や社会を大きく変えるようになると1つのことが噂されるようになる。
アップルでiPodやiPhoneを作ったトニー・ファデル、グーグルのAndroidを作ったアンディ・ルービンの2人ともが、若い頃にGENERAL MAGICに在籍。この2人以外にもいまのデジタル業界で活躍している人物の何人もが、そのスマートフォンの原型というべき端末の開発にかかわっていたのだった。
デジタルには、《道具》として使い潰す製品、新しい市場を作り出す《イノベーション》、あたまでっかちな《実験》としか思えない製品、という3つのカテゴリーがあるのだ。実のところ、3つ目にあたる製品やサービスはシリコンバレーとハイテクの世界ではありふれている。
その3つ目の1つが、GENERAL MAGICのプロジェクトというわけだが、それは、ただの実験には終わらなかった。スマートフォンをはじめとして、我々にあまりにも多くのものをもたらしてくれていたからだ。このことは、我々に何を教えてくれているのか?
映画の中で、GENERAL MAGICのあとグーグル副社長をつとめ、さらにオバマ政権のCTOを勤めたミーガン・スミスさんの言葉が印象的だ。彼女は、アップルジャパンに在籍したことがあるそうで、いわば我々の地続きのところにいたわけなのだが(私の雑誌も知っていた!)。そんな彼女が、次のようなことを語っていたと思う。
「私は、魔法はどこにでもあると考えたい。魔法は誰の中にもある。それをどうやって引っぱり出して、やりたいことのできる才能とするかが問題なのです」
日本のデジタルは、米国や中国にくらべて遅れたという見方も外れていないのだろう。しかし、歴史は、どんなふうに動いていくか分からない。そのきっかけは、みんなの中にあるというわけだ。20年前にいまのスマホが世界中に溢れていてドローンやRapsberry Piや機械学習が活躍する姿を予測した人は、ほぼいないのだ。…