旧日本海軍の戦艦で唯一可動状態のまま終戦を迎えながら、75年前の昭和21(1946)年7月29日、南太平洋マーシャル諸島のビキニ環礁で米軍の核実験の標的となり、沈没した戦艦「長門」の慰霊顕彰祭が29日、山口県下関市の住吉神社で催された。旧日本海軍の艦艇には、航行の安全と武運長久を祈り、国内の神社から分霊した「艦内神社」が設けられていた。長門の場合は、艦名にちなみ、旧長門国(現山口県)で最も社格が高かった住吉神社の祭神がまつられていた。
長門はビキニ環礁の水深50メートル前後に沈んでいる。米軍の一連の核実験では長門のほかにも多数の艦船が標的とされたが、長門は2度の爆発実験でもすぐには沈没せず、4日間も海上に浮かび続けたという。数時間で沈没した他の標的船と比べ長時間耐えたことから、当時、国内では「造船技術の優秀さが証明された」と話題を呼んだ。
…続きはソースで。
https://www.sankei.com/article/20210729-MJJNVGWAXVLZHFZE2F7DQYYVJQ/
2021年7月29日 20時29分 何日浮かんだとか意味はない
核攻撃を理解してない知恵遅れの見苦しい自慰
チョンが小細工したため、長門分の燃料がなかった
チョン許すまじ日韓断交
長門は連合艦隊のナントカ艦だから沈められると士気に関わるから開戦時から終戦までずーっと過保護に運用されてたん?
2度の水爆実験に耐えてアメリカ軍が焦って長門の構造調査を計画したら静かに沈んでいったんだってね
最後の最後まで意地を見せてくれた最強の戦艦だよ
>>4
特攻に使われなかった艦も多くが呉空襲などで着底している >>5
ビキニの核実験みたいに破壊力のある上下セパレートだったからその名前が水着に付けられた 石坂浩二が長門の旭日旗を買ってくれたことを俺は忘れない。
ありがとう
>>13
原爆な
ビキニは戦後も水爆実験やってるからだいたい勘違いされる 文字通り帝国海軍のフラグシップ
なんちゃって大和とは格が違う
先日 BSであった 幸運艦 雪風 おもろかったな
当時 駆逐艦って艦隊の先頭にいて 真っ先に敵に突っ込んでいく消耗艦だったらしい
多くの駆逐艦がやられているなか 艦長が弾をよける名人だったらしく 生き残ったらしい
艦長自ら 鉄兜ひとつでハッチから頭を出して こっちに舵を切れ そっちにいけって
操舵手の肩を蹴って合図してたって 一艦あれば戦争を終わらせるといわれていた大和が
沈んでいくところも見たって当時少年兵だった乗組員のお年寄りがいってたな
何も考えずに特攻特攻言ってたお猿さん
負け惜しみと現実逃避ばかりして原爆回避すらできない池沼ジャップ
>>9
あいつらそういう方面に金落としてるんかね? Wowsで使ってるけど同tearの戦艦に比べて装甲ペラい
>>30
お前らなんてコジキじゃん
ブスババアは穴しか使えねーし >>13
いや戦艦で沈んだの長門とアーカンソーだけだけれどもw
巡洋艦のプリンツ・オイゲンですら沈んでないんだけれどもw >>16
横須賀には陸奥の主砲がヴェルニー公園に有るよ
何でも鑑定団で前司会の石坂浩二が
米軍から接収された長門の軍艦旗を1千万円で買った話が好き
今も大和ミュージアムに飾ってるんだよね >>15
航空母艦 Carriers
USS インディペンデンス (CVL-22)
USS サラトガ (CV-3)
戦艦 Battleships
USS アーカンソー (BB-33)
IJN 長門 (Japanese Battleship)
USS ネヴァダ (BB-36)
USS ニューヨーク (BB-34)
USS ペンシルヴァニア (BB-38)
巡洋艦 Cruisers
USS ペンサコーラ (CA-24)
USS プリンツ・ユージン(KMS プリンツ・オイゲン )(IX-300)
IJN 酒匂 (captured Japanese light cruiser)
USS ソルトレークシティ (CA-25)
※独巡洋艦プリンツ・オイゲンは独海軍きっての武勲艦として知られており
現在も艦底を上にしている姿をGooglemapでも見ることが出来る
※CV−3 サラトガは特攻攻撃被害も多かったが何とか終戦まで生き残った
練習艦への模索もあったが叶わず、引き取り手も現れずビキニ送りとなった >>16
JR横須賀駅前のヴェルニー公園に
姉妹艦の陸奥の主砲か有るよ >>30
そのジャップに支配されていたみっともないウンコリアンwww 長門は実質上最後の瞬間は戦死者ゼロなんだよな。
陸奥はさすがに慰霊してあげるべき。
「男たちの大和」のセットを尾道に見に行ったが、
意外に艦自身が小さい。それが最大の印象。
あと25mm対空砲に解説員がいて
意外にちゃちいなと言ったら「そんなもんです」と言われた。
元亀天正の兵器で戦った日本軍がしのばれる。
あと、
実は自衛隊にも今、白兵突撃は存在するwww
>>30
なんもわかってないなあw
武蔵や大和は特攻でなにも出来ないまま沈んだって言われてるがそれは間違い
アメリカは
武蔵を沈めるのに武蔵の建造費の5倍以上の戦費
大和を沈めるのに大和の建造費の4倍の戦費
を使ってる
そういう意味ではかなりの戦果だぞ?
あと航空機の特攻は良い悪いは別のすればコスパ最高だからな
実際特攻で何隻もの敵艦を大破や撤退させている
これをまともに空戦して戦ったらそれこそノーダメージで一方的にやられてたからな 空母に随伴できない低速の戦艦は正直使い道が無くなった
「数時間で沈没した他の標的船」って、何十隻も標的にされたうちの何隻のことを言ってるのか
>>12
速度が遅くて
使うに使えなかった
(´・ω・`) >>42
>>40が書いてましたね
せっかくなので
ヴェルニー公園からは
空母もとい護衛艦いずもがド〜ンと見えるよ 乗組員が居ない艦の慰霊祭とかワケワカメ。どんだけ艦とともにした軍人が居たと思ってんだ。
>>46
能書き垂れる前に武蔵が特攻などという妄言を広めるのを止めろ >>15
1回目で沈んだ艦船
酒匂 Japanese cruiser
Gilliam, Carlisle Transport
Anderson, Lamson Destroyer
2回目で沈んだ艦艇(数日経過後も含む)
Saratoga Aircraft carrier
Arkansas, 長門 Battleship
Pilotfish, Skipjack, Apogon Submarine
LSM-60 Amphibious
YO-160 Yard oiler
ARDC-13 Drydock >>46
バイトの5倍の年収ですって言うくらいの差で
絶対的な金額ではアメリカ的には屁みたいな費用だったのだろうな >>37
プリンツ・オイゲンなんか2回とも爆心地から1km以上離れているだろうがばーか >>31
舞鶴で年に数回オンリー即売会やってたはず 航空機、艦船、重火器、軽火器いずれも終戦で製造ノウハウが散逸したのは悔やまれます。
何とか水面下で維持できなかったのかなあ。
>>50
お前もいいかげんなこと書くな
出し惜しみと言えるのはソロモンの辺りまで
その後はZ作戦(不発)>あ号作戦>捷号作戦と身体を張り続けた 「アーカンソー」って近年の潜水艦映画「ハンターキラー 潜航せよ」の主役だね
なかなか強そうな艦名だ
昔は州名は戦艦だったが、オハイオから戦略ミサイル原潜になって、
シーウルフが高騰過ぎて三隻で打ち止めになった後の攻撃型原潜にバージニアから
使われるようになった。30隻以上建造されるから、
まぁいずれ尽きて人名になるんだろうけど
>>4
海軍のシンボルを玉砕させるわけには行かなかったからなぁ。
今でこそ大和の方がずっと有名だけど、当時は秘密兵器扱いで
長門が国民にとっての海軍のシンボルそのものだったからな。 >>23
的になって沈むのは旧型艦、鹵獲艦に取って最高の名誉だぞ >>6
そもそも >>1 は、
観点を核爆弾が発する衝撃波、爆風等に限定しての話をしているのだが?
そこで、放射線の事を語る俺カッケー、されてもww >>45
白兵突撃が存在しない陸軍って、どこの国? >>61
ドイツのジェット機ならともかく
日本の兵器技術は時代遅れだと米国に見向きもされませんでした >>66
その数値的にやたらリアルな12.6センチ単装砲しまえよ 艦長たちの太平洋戦争という光人社の本が面白い。艦長は艦長席で食事して
寝るくらいじゃないと沈没するという話や、勝ちまくった潜水艦長の話。
>>70
大きな声では言えないが、某半島下半分の方は危ういらしい
隊名は仰々しくて大層な名を背負っているんだけどね
非武装の民間人相手出ないと実力は出せないというのが世界の評判 >>31
保存とか維持とかこの手の募金はすぐ埋まるね 長門(長州藩)の艦名を冠した艦戦が終戦まで残ったって皮肉だな
出し惜しみでもしてたのか
ビキニ環礁へ航行する際に米海軍の人が艦長になって日本海軍の乗組員たちを指揮した
反乱でも起こされないか内心危惧していたそうだが全く問題なく航行した
艦内のチェックをしたら米国製のウエスチングハウス社の減速ギアが使われているのを見つけて
「何だかなあ…」と思ったそうだ
>>74
その本は覚えがないが
トップは適宜休息を取って頭をクリアにしとかないとストレス最大の決定的瞬間に誤断する危険が高いぞ
加えて副長に任せることが出来ない艦長は高級指揮官に向いてない 船のプラモで唯一作ったのが長門だった。当時は、詳細知らなんだ
>>46
特攻隊の戦果なんて誇れるものか。無駄な犬死にでしかなく、作戦の是非で言えばクソも良いところだ。 >>77
レイテ沖海戦で生き残って帰国した後は燃料が無くなって動けなくなった
利根や隼鷹とともにソ連に譲って油をもらう工作もあったが空振り。
とうとう終戦まで生き残ってしまった不運艦もとい武勲艦
確か終戦直前の空襲で艦橋にいた艦長や幹部蓮は米軍の大型爆弾で壮烈な
戦死を遂げている。どこか、相応の死に場所を与えたやっても良かったが
仮に天一号作戦に随伴しても沈められるだけだっただろうし、やっぱり
ソロモンあたりまでに出してやらないと活躍できる場は無かったんだろう
比叡と霧島の喪失で、すっかり日本海軍は戦艦を出せる根性が無くなった >>77
ソ連に食料や燃料と引き換えに物物交換する計画があった この時なかなか沈まず日本の軍艦は優秀だと見せつけることになったんだよな
>>87
そんなこと書くと変な人たちがシュバってくるよ 今後世界大戦が起こらないとしたら、世界中で共有できる最後の戦争ってWW2しかないわな
それは悲劇とか歴史とかで考えてもそうだし、ある種のエンタメ素材としてもそう
戦争シミュレーションゲームはWW2モチーフがやっぱ盛り上がるし、
そこでプレイする時に選ぶかどうかはともかく、自国の戦艦や航空機が選択肢として
あるのとないのとでは気分的にえらい違いだわな
>>82
犬死って、失礼なことを言うのはやめろ
実際には特攻は米軍に1万人近い戦死者を出させている
一方で特攻の死者は50000人ぐらいだ
「軍艦が沈まないと戦争に勝てない」
こう考えるのが間違いなんだよ
それは戦争より自分の利権と名誉の方が大事だった海軍軍人の頭だ >>46
特効攻撃によりアメリカの指導部内に不安が蔓延することとなった結果、ポツダム宣言の譲歩に至ったしなぁ。
ヘンリー・スティムソン陸軍長官は、日本上陸計画を準備しているが特攻が激しくなっており、この調子では日本上陸後も抵抗にあい、アメリカに数百万人の被害が出ると話し、天皇制くらい認めて降伏勧告をすべきと大統領に意見した。
また合衆国陸海軍最高司令官(大統領)付参謀長ウィリアム・リーヒ提督は、無条件降伏に固執せず、被害を大きくするべきではないと意見した。 >>92
あ、死者5千人な
例えばフィリピン戦の間、台湾とフィリピンの間では20万人以上の陸軍将兵が
何も為すことなく輸送船ごと沈んで死んだ
それこそ海軍は恥じるべきだ
特攻は沖縄や硫黄島の戦いで米軍に大被害を出させたのと同時に実施されてく
米に日本本土は攻めずに戦争を終結させる決断を指せる切っ掛けになっているからな >>83
第三次ソロモン海戦に最新戦艦を惜しげもなく投入したアメリカ海軍と巡洋艦の大型程度と見なして金剛型を投入した日本海軍の意識の差
もし、日本海軍が大和と陸奥を投入していたら、全く変わった(長門はMI作戦後18.8.17まで呉在泊) >>83
比叡と霧島が米軍機動部隊を追撃した時に、一緒に居た
長門の姉妹艦の陸奥は鈍足で付いて行けなかったんだよな
もう少し速度が早ければこの2艦を失わずに済んだのかも >>90
ありえない仮定だけどもし韓国が普通の国だったら、
旧日本軍を半分自国感覚でプレイできるんだろうね
当時は日本人だったし、一緒に戦って日本人として特攻までして靖国に祀られてんだもの それよりも
虐めで沈んだ同型艦の陸奥だろ
日本人の民族病である虐めは人も物もすべて壊す
昔から何も変わっていない
長門はスピードが遅く実用戦に耐えないと判断されて瀬戸内海に放置されていたんだろ
>>96
イギリスは投入した正規空母4隻?全部特攻受けてるんだっけ。
小破とはいえその都度数十名の死者が出ているんだから恐怖のタネだったろうな。 >>77
長門の最大の皮肉って
陸奥と二隻残すために日本は島嶼の要塞化の放棄も条約で受け入れたことなんだよな
それにさらに陸奥の最後まで加わるからな
米軍に最大の被害を与えて戦争の決定打になったのは
軍艦じゃなくて洞窟陣地と歩兵だった
しかも洞窟陣地は航空も無い、船もいない、補給ほぼ0やぞ 大和や武蔵より引き上げやすいから引き上げてみようか
身贔屓抜きで、ビッグ7の中では長門型が一番バランスが取れてて優秀だったと思う
コロラド級は足が遅すぎたし、ネルソン級は主砲と足回りの信頼性が低かった
>>104
プリンストンなんかも特攻で沈んだし
バンカーヒルは2機の特攻で大破してほぼ廃艦になった(米軍が意地で修理した)
駆逐艦はレーダー担当艦を使い捨てするしかなかったから大被害が多いし >>98
多少は影響あったかも知れんが大して変わらんよ
大和と言えど0距離で叩き合ったら大破だし陸戦で米軍をたたき出さない限り決着は付かない
あと米が新型戦艦投入したのはアイアンボトムが盛況で他にフネが無くなったから 陸奥の残骸は放射能混入のない鉄としてその後の社会のお役にたったのに長門の末路は放射能まみれで正反対ってのが
>>105
日本が南洋諸島の要塞化を選択したら、当然米軍もグアムやウェークを要塞化するやで?
要塞化されてなかったウェーク攻略に日本軍はあんだけ手間取ったのに
もしもグアム島に海軍条約で廃棄された戦艦主砲や副砲がドカドカ据え付けられて針鼠になってたら
それこそ日本軍の序盤の快進撃は無かったかもやぜ >>114
夜間砲撃ミッションは、平均速力28kt以上の艦でないとできんのよ >>117
最大の山場(1対40からワスプ撃沈)は終わったし、
ここからは史実の人物(溥儀やヒトラー)に色々やるところだから難しいんじゃねえかなぁ >>118
ウェークは戦闘機が居ないと高をくくっていた
しかし、最新鋭のF4Fが居た
案外ハリネズミと言うけど、オアフ島の12インチ砲以上の陸上砲台で爆弾除けの上覆や砲塔式になっていたのは皆無
つまり、艦載機・水上機で空襲されたらひとたまりもない >>118
攻めなきゃいいじゃん
日本近海にやってくる米艦隊と決戦する!!がずっと公式やったんやで??
航空+艦隊で迎え撃つだけだろ
それにサイパン島を地下要塞化したらグアムがあっても放っておけない
その上で日英同盟を復活させたりもすればよい
軍縮条約って29年の大暴落と世界不況の引き金にもなっているんだよ
軍縮=予算削減だからな
アメリカが軍艦造りたかったら勝手に造らせてやれば景気も悪くならなかったと考えらえる >>4
× 特攻
○ 海軍上層部が「海軍はがんばってますよ」と言い訳するための生け贄 なお、空母フランクリンを攻撃して沈没寸前に追い込んだ銀河(一説では彗星)は
特攻ではなくて普通攻撃であることをご留意願いたい
日本のパイロットの意地と名誉にかけても沈んでもらいたかったが、ダメコン能力は
本当に高かった
だが、いくらダメコン技術が高いとはいえ、空母は「浮かぶガソリンと爆弾魚雷の貯蔵庫」
日本軍の特攻を怖くないと思う人間は1人もいなかっただろう
一つ間違えたら爆弾一発でも誘爆轟沈も有り得たのだから、これは怖い
25ノットてのはハッタリで
23ノットくらいがやっとだったらしい
まさにガラクタ艦
(´・ω・`)
若い人は「海ゆかば」ってしってる?名曲だぞ。
甲子園の黙とうの時に、流せばいい曲だと思うが、朝日が左だから、、、、、。
>>128
扶桑とか伊勢とかもそやで
だんだん老朽化してくんのよ、軍艦って
だから分解整備交換する必要があるけど、日帝ってほら、貧乏じゃん(´д`) >>22
船で連想したのか
なぜか例のプール思い出した >>128
レイテの時は26ノットで進撃して落伍なしやで
日本のフネに関してはカタログがあてにならん
翔鶴なんか38ノットで逃げたから駆逐艦が置き去りになってる >>124
その海軍伝統の漸減邀撃作戦では見込みが立てられんから、
真珠湾攻撃なんていう空前の大博打が発案され、上層部もそれを裁可したんやで
また戦前には想定していなかった南方攻略と長期持久戦略を選択せざるをえなかった以上、
グアムとウェークを攻略しないなんていう戦略はとれない 大淀に至っては1か月前校正した速度計の上限45ノットを振り切ってしまった
>>136
ていうより図上演習したら
空母機動部隊は33ノットで逃げ回るから主力戦艦隊は決戦にもちこめないばかりか一方的に攻撃されちゃう
と、日米双方が同時期に結論していて戦略転換が急がれていた
でも日米共に戦艦屋が元気だから新型戦艦を作って艦隊決戦の訓練もしてた >>140
パナマ運河通過を諦めた巨大戦艦建造を計画してたね >>133 >>135
最後は兵装を降ろしたようだけど、一応最後まで配備についていたようだ
戦後はソ連中将が「潰せ」と怒鳴ったというが、GHQウイロビー少将の計らいも
あって事なきを得たが、ダンスホールに落ちぶれ、実態を知ったニミッツ大将が
激怒したという。復旧、記念艦への道のりは遠かった模様 >>136
攻略するのは米軍の方でしょ?
サイパンや硫黄島は放っておけない
しかし攻略には何ヵ月もかかってしまう
一方的に空母や戦艦が使えた大東亜末期ですらそう
この場合は日本軍は当然要塞化された島の航空隊+艦隊で米艦隊と決戦できる
ミッドウェーの逆になるな >>125
違うねw
こんな巨艦の木偶の坊が戦後残っていうことがバレたら
海軍が袋たたきに合うからだろw
なんせ大日本帝国当時の軍事費のほとんどは
アメ公怖いよ て海軍がほとんど取っていたからなw
大和はホテル 武蔵は旅館 て揶揄されるほど海軍幹部たちの
南方戦地での宿泊宿(エアコン完備) 核兵器は火薬の爆弾と違い標的にぶつかる前に火薬で爆縮させて
核反応を起こす必要があるつまり海上で装甲の厚い軍艦は
核兵器の熱でも海の気化熱で耐えられる。問題は放射線
>>123の使われず沈没したおチンチンには慰霊碑が必要 >>149
日本でも海軍の軍人なのに
日本は戦艦を作るより飛行機を大量生産すべきと主張して海軍を辞めて
飛行機メーカーを設立した人が居たなあ
そういう経緯があったから陸軍にばっかり納入していたようだが なんでアメリカ軍が勝手に核実験に標的に使ったの?
民主主義だから民意で決めるのがアメリカじゃないの?
日本人の望まないことをやるのがアメリカなの?
暴力団なの?
え?
戦争でもないのに核実験のために勝手に標的にされたん?
対核戦争では核攻撃を受けない原潜が使用される。
中国は台湾を守るなら何度も核攻撃を行うと公言し実際にミサイル基地を拡充
日本も攻撃型原子力潜水艦が至急に必要
>>153
いや、中島は海軍でも傑作雷撃機97式艦攻とかあるよ
米と空母決戦相手に雷撃命中させた場面は日本の戦前の技術力の最高到達点 >>147
長門はレイテの損傷で横須賀帰還の後に煙突切断して艦隊から外れてた
横須賀大空襲で指揮処に被弾してさらに外部通信機材がふきとんで浮かぶ鉄屑になった
この時に長門の隣にいたせいで一緒に空爆されたけど命中弾なしで
翌日に米潜水艦群の跋扈する海域をまっすぐに突っ切って大陸に向かったフネが
「宗谷」 後に北洋漁業の救難船として活躍して福音のフネとよばれ、船歴と幸運をみこまれて海上保安庁総指令船となり
後に大改装されて南極探索に従事して遭難しそうになるたびに危機を回避して帰還
未だに船籍保持を許可されている奇跡のフネ >>151
これは本当の話のようだ
駆逐艦に限らず水上艦の対空戦闘は航海艦橋上部の「露天艦橋」で艦長が
自ら操艦命令を出していた。戦艦や重巡と違って駆逐艦は小さいからね。
操舵手の後ろあたりで露天艦橋に顔だけ出した艦長が、操舵手の肩を
蹴ったり小突いたりして面舵、取舵の指示を出していたようだ
大和くらいになると、さすがに伝声管で指示していたようだが、この
駆逐艦の「直接」指示は有効だったという。乗組員も、艦長の対空指揮を
みて「ああ、この人の操艦なら生きて帰れる」と確信のようなものを得た
と言われている >>154
分捕った戦利品だしどう処理しようが米軍の勝手
動かすだけで燃料を浪費するから維持費が掛かるしメンテナンスも大変
だから新兵器の原爆を爆発させてダメージを調査した
終戦時に動く状態の軍艦なら
台湾海軍に引き渡されて長い事使われた元日本海軍の駆逐艦も有るし 自動車でも日産(プリンス)とかスバルは中島飛行機の系譜なんよね
三菱は三菱だし
大和は桜の咲くころに太平洋に沈み
長門は戦が終わり、水爆の標的になっても
すぐには沈まなかった。
国体は護持されたよ
(T-T)
>>146
いいや、違うよ
先にも書いた通り、日本軍の戦略は南方資源地帯の確保が最優先に切り替わってるから、
南洋諸島に戦力を集中配備して待ち構えるなんていう戦前の戦略は最初から破綻してるわけ
だから南方攻略中に米主力艦隊に横っ腹を突かれないよう真珠湾攻撃を行ったわけさね
真珠湾攻撃と南方の攻略が終われば、次は資源地帯防衛のための外郭防衛線と哨戒線の構築に入るが
その際にグアムとウェークが敵の手に残り続けていたら不味いわけだ
「敵中に孤立しながらも頑張り続ける不屈のアメリカ兵達」が居る限り、アメリカ国民の戦意も衰えんわけだし >>163
まだ水爆は完成していなくて原爆なんだよね
一発目はエイブル
二発目はベイカー
三発目がもしあれば、多分チャーリーかシーザーか 結局レイテで逃げ帰った船って敵飛行機の攻撃で破壊されたか
戦後米軍に奪われたかのどっちかで温存した事で後に戦果を挙げた船なんてないんでしょ?
逃げずに戦えばよかったのに
いくら戦力差があるといっても何隻かは道連れにできていただろ
>>166
栗田に言ってくれ
大和の生き残り乗組員も残念そうに「大和はレイテで沈むのが本当だった」と
述懐していた >>46
特攻のコスパ?悪いだろ
10数年かけて育てた人間を、更にパイロットにするために時間かけて育ててる
それを一度の攻撃で失う
人命軽視作戦が有効なのは、ソ連のように相手より圧倒的に人口が多い場合のみ >>156
そこで攻撃型原潜なん?
戦略原潜ではなくて? 核実験で一緒に沈んだ船で、朝鮮人を国に送り返す時に船酔いでうんことゲロまみれにされた「酒匂」って軽巡洋艦があります。
旧日本帝国海軍の戦艦で令制国名を冠したのは下記の通り
長門(現在の山口)
大和(現在の奈良)
陸奥(現在の青森、岩手、福島)
意外にもたった3隻しか無かったのである
一隻くらい残せなかったのかなあ
米英、独ですら置いてるのに
三笠はあれだけどさ
>>154
ビキニ環礁で原爆の水上艦艇に対する効果判定に使われたのは
長門や酒匂だけではないよ。ドイツの重巡も使用された。
さらに、アメリカは武勲艦の大型空母サラトガやアーカンソー
の様な戦艦なども使用された。
実験は空中爆発と水中爆発の二回が実施され、長門は
水中爆発で喫水線下に破孔が生じ、そこからの浸水が
拡大して沈んだ。乗員が居れば浸水拡大は防げただろう。 軍事予算の大半を陸軍にまわして日中戦争に全力していれば・・・
そもそも関東軍の暴走に政府が天皇陛下を使って毅然と対応していれば・・・
信濃が戦艦のままなら
潜水艦は木っ端微塵だったのに
>>173
伊勢とか日向とか、戦艦は基本国名でしょ 提督の決断1のエンディングに
富士山バックの長門が出て泣いた。
このゲームオープニングも長門だった。
さすがわかってる!
続編シナで作らせて反対運動でお蔵いりだが
アズールレーンの出るずっと出る前の話
戦闘艦は核には強いからな
核爆発の火球に飲まれるくらい至近弾でなければ沈まないだろ
中性子爆弾だと死ねるけど
>>22
石坂浩二「これ買いましょうよ、二人で。」
島田紳助「いいな!」
石坂浩二「で、呉の大和ミュージアムに寄贈しましょうよ!」
島田紳助「いや、それはな……。」
で結局石坂浩二一人でお金を出して寄贈。あの放送回は忘れないわ。 >>179
戦車がアメ公のと装甲の厚さが違って勝負にならない有様w
日本の砲弾があたっても弾かれる有様
それに対して日本のは当たると即沈黙www >>1
馬鹿ども長州人が後生大事に持ってたガラクタだな
最後は無様の一言
潔く散ればよかったのに >>134
空母って駆逐艦より速いんだな
一番速い船が駆逐艦だと思ってたわ どれだけ頑丈な戦艦があっても戦争には負けるんだなあ
やっぱ物量こそ正義か
>>145
記念館扱いで礼砲だけ積んでいた(主砲とかはコンクリートで埋められたときからすでにコンクリート製の偽砲)
敗戦後(9月2日以降)はすぐさま鉄クズ獲得ないし戦勝記念の略奪による略奪破壊が開始され、1946年後半には船体だけで煙突どころかマストすらない状態だった
(後部マストはコンクリートで埋められた時に外されていたものの、別な用途で使われていたため略奪されずに済んだ)
1948年前半にソ連本国からの命令でソ連大使が三笠の現状を直接確認しているけど、返信は「一部壊れた船体だけが残っており、そのうち全てスクラップになる」
1950年6月下旬からの朝鮮戦争で娯楽施設が必要になった米海軍の出入り業者はこの三笠の残骸に目を付けて、キャバレーと水族館を載せて開業した
しかし、朝鮮戦争が終結すると即座に破綻し、1955年にジョン・S・ルービンが見た時には廃墟となっていた
ジョン・S・ルービンはその廃墟を見て驚愕。英字新聞に寄稿して掲載された直後にニミッツは人脈を使い、三笠に歩哨を立たせた
そして、持てる人脈と権力をすべて使い、1958年には三笠復元工事を認めさせ、さらに同年代に作られたチリの戦艦を日本で解体させるよう手配も行い、手記の売り上げの一部も三笠復元作業に回すなど尽力
こうして1961.5.28に三笠はほぼ復元された >>184
それで干されてる説が出るぐらい露出が減ったのかなあ
サヨのクソ抗議電話のせい? 猛訓練で鬼の山城、蛇の長門とか言っておいて
実質的に何もしないで沈んだのだから間抜けだよな
クロスロード作戦でググったら沈んでない標的艦がたくさんいるんだけど・・・
沈んだ長門は実は弱い方だとわかってちょっと萎えたわ。
>>198
爆心地からどれだけ離れていた艦船が沈没を免れましたか?
書いてみなさい >>179
外交窓口を一元化し、敵と交渉して適当な落としどころを見つけるという、
基本にして当たり前の事をできなくなっていた時点で当時の日本はどうしようもない
大国が中国支援を続ける限り、戦場で幾ら勝とうとキリが無い >>198
生き残った中で爆心地から1番近くてかつお代わりしても沈まなかったからでは とっとと溶かしてまともな戦車でも作れば良かったのさ
あと長門のせいで原爆で艦隊戦をやるのはアキラメロンになったのでは
>>199
>>201
wikipediaには爆心地からの距離が書いてないからわかんないや
しかしものすげぇ数の艦が実験を生き残ってる
核ミサイル飛んで来たら船に逃げ込むと助かるかもしれん 陸奥・長門
榛名・霧島
伊勢・日向
金剛・山城
公表されてたのは
確か
8隻だったな
ビキニ水着の名前由来って単にこれをデザインしたフランス人が
水爆レベルの破壊力だ!って事でビキニ水着と名付けたんだよな
>数時間で沈没した他の標的船と比べ長時間耐えたことから、当時、国内では「造船技術の優秀さが証明された」と話題を呼んだ。
いつの時代も日本人はホルホルしてきたんだなぁ
>>205
英語版に書いているけど読みたくないのですか? それよか三笠がサビが目立ってきているのが気になるな
補修とかの予算が無いのかな
>>151
BSのプレイバックで見れるなら 見てごらん とにかく面白い
当時少年兵の人が2人出るけど 1人の人は艦橋にいて 実際に見てたことを話してるから 無邪気に放射能雲の中を飛行機を飛ばさせてたり、
爆心地付近の表面を猛烈に汚染されている艦船に近づいたり
甲板にあがったりなど、無知で愚かなことをしている。
多分、関係者は大勢被曝症状、放射能汚染を受けたろう。
>>218
この時代のアメリカ人も放射能の怖さをわかっていないんだよな そもそも大戦末期は稼働させる
燃料なかったから話にならんよな
座して死を待つ状況だった
>>214
誰でも英語を読めると思ったら大間違いだぞ、糞野郎。 艦内神社と言えば護衛艦いせは先代の航空戦艦伊勢と同じく
伊勢神宮からの分祀をお祀りしてるらしいけど
その絡みで護衛艦の艦内神社を調べたら旧海軍との同名艦=同一艦内神社とは限らないらしい
先代と同名艦でも艦内神社は別っていうパターンもあるのが面白いと思ったな
>>222
武運長久を祈るんだし、そらまあ、安産の神様よりは勝負事の神様の方が
いいんでないかい
神様にも得手不得手はあるんだろうし またすげぇの作りゃ良いんだよ。長門や大和を超える宇宙戦艦をな!!
>>218
そりゃ放射線で人が死ぬってのを軽視してたからな。さして死にゃしないだろう、と。
ところがどっこい、広島長崎に調査に来たら、大勢の被爆者が放射線障害で死にかけてるのをみて狂喜乱舞。すげえ威力じゃん、と。
治療法なんかそっちのけでまず「どんなふうに死んでいくのか」をGHQ命令で日本の医者と看護婦に記録させたし、死んだら解剖して標本をアメリカに送りまくってた。
「我々の宝」なんだそうだ。
だけど連合国の記者団への会見では「原爆で死ぬべきものは死んだので原爆で苦しんでいるものはいない」と情報の隠匿にかかった。
日本で原爆のことを報道できるようになったのはサンフランシスコ講和条約の締結以後。 >>184
そんなもの買って、何の意味があるんだ? >>219
大正時代には、ラジウムガールとかいたしね。 爆心から最初が1.5`、2回目が900bぐらいの距離で喰らってるらしい、
それでも4日は浮いてたってんだから凄いとは思うけどな。
呉の大和ミュージアム+第一術科学校
江田島第一術科学校の案内が無いのが寂しい
陸奥から降ろされた40センチ二連装砲塔があり
資料館も併設されている
>>1
大口を叩いて東京五輪予選落ちした男女と同じだな >>28
クラシックカーのイベントで戦前のいすゞのトラックのパンフレットを見せてもらったことがあるけど、トラックの後ろに第1煙突が曲がった長門とおぼしき戦艦のシルエットが描かれていた。
当時の日本で一番パワフルでカッコいい乗り物だったんだろうな 大和ミュージアム行くなら+第一術科学校+岩国米軍基地
は絶対に外せない
>>237
京三でなくて?
海に戦闘艦 陸に京三號
驚異的!1936年型新型發賣
昭和帝は日支事変の拡大にも国際連盟からの脱退にも三国同盟にも対米開戦にも反対していた
国民を煽り立てたのは朝日新聞
>>165
水中爆発実験と水爆は混同されがちだからな
日教組が強かった頃は原爆の怖さは教えるが詳しく知らない教師ばかりで結構いい加減な事言ってたからな >>145
ワシントン軍縮会議の結果廃艦となり武装は
下ろされ地面に固定となり建造物扱いとなった。 >>215
軍人を使った壮大な人体実験でもあるんだけどな。これ >>239
実際に戦闘に参加して戦死してる人も居るんだけど? この作戦で足が奇形化した軍人さんは今どうしてるんだろうね
ミッドウェイ海戦において
駆逐艦が救助した生存者のうち重症のものは医療設備の整った長門に海上で移送された
提督の決断では敵基地砲撃に頑張ってもらう。護衛空母と軽巡付けて。
一応戦艦の状況
大和 昭和20年4月天一号作戦発動、坊ノ岬沖海戦で戦没
武蔵 昭和19年10月捷一号作戦発動、シブヤン海航空戦で戦没
長門 終戦まで生き残る
陸奥 昭和18年6月瀬戸内海柱島泊地で謎の爆沈
伊勢 捷一号作戦発動、エンガノ岬沖海戦から生還、内地帰還後、瀬戸内海で大破沈底
日向 同上
扶桑 昭和19年10月捷一号作戦発動、スリガオ海峡夜戦で戦没
山城 同上
金剛 捷一号作戦から生還、内地帰還の途上昭和19年11月台湾海峡で米潜水艦の雷撃で戦没
榛名 捷一号作戦発動、サマール沖海戦から生還、内地帰還後、瀬戸内海で大破沈底
比叡 昭和17年11月、第三次ソロモン海戦第一夜戦で米艦隊と撃ち合い損傷、自沈
霧島 昭和17年11月、第三次ソロモン海戦第二野戦で米戦艦と撃ち合い損傷、戦没
>>252
提督って、最近でてないよね。
自分も4までしかやってない。
つか、はよ出せ、KOEI レーダーを軽視した海軍
ミッドウェー以降レーダーによって
完璧に打ちのめされた
マリアナの七面鳥狩り
日本機を新兵器のレーダーでいち早く探知、艦上戦闘機を絶好の位置に展開させた他、
実用化したばかりの近接信管(VT信管)を使用し、一方的に日本機を撃墜した。
>>254
提督の決断は、艦隊帰港時の「慰安」コマンドにシナや南鮮が言いがかりをつけたせいで、光栄が作る気を無くしたのでは? >>255
おかしくね?
vtは南太平洋海戦で使われたでしょ >>232
乗員かいたら、ダメージコントロールされて沈んでないだろ
隔壁閉鎖したらセーフ レーダーは真珠湾攻撃の時にアメリカ陸軍設置のものがすでに使われている
アメリカ海軍がレーダーを使ったのは、ニューギニア沖海戦1942.2.20が最初
VT信管は1943年1月に実戦使用されたものの、日米で撃墜した機体が異なる
>>164
つまりグァムとウェーク島を救出しに行かねばならなくなるのですよ
日本軍はその2島を封鎖してればいい >>6
ちゃんと当時の米軍の資料を読め、
核は爆弾としては大した事は無い、
ニューヨーク国際空港の端で爆発しても、
爆風で人を殺せない、
昔の日本は台風で毎回雨戸を板で打って準備した、
あれは火を使う朝の時間で戸を開けてる夏に、
台風並みの爆風で火事が起こり実際に死傷者77%が焼死、
米軍関係者は鉄筋コンクリート造のニューヨークなら、
殆ど被害は無いと言われてる、
長門の話も有名で爆風は普通の爆弾を絨毯で撒いた方が効果的、
毛沢東が張り子の虎と看破したように脅す為の国際宣伝兵器。 >>243
そう、このパンフだ。
いすゞと覚え違えてた。
ありがとうございます 長門は一番なにもしてない役立たずの戦艦やけどな。
陸奥は味方だけ殲滅してもっとタチ悪いけど。
ちな特攻云々で愚の骨頂って話するヤツ多いけど、アレは今の企業にも繋がる
非人道的なクソ上層部を象徴してるダケで、戦法的には理にかなってるんやで。
神がかった練度を持ってた初戦ですら、1海戦で日米双方共に艦攻損耗率90%以上、
その他作戦機60%の損失で、雷撃3回やって生きてるヤツはヘンタイと呼ばれる状況。
述べ300機程度の攻撃では、やっとこ主力艦1隻を戦闘不能にする程度の戦果しか得られなかった。
っが、初期の特攻では10機程度で空母1隻は戦線離脱の損害を与えられ、搭乗員の死者も激減。
数字的には超人道的な戦法なの。
倫理的には人外鬼畜だけどw
>>266
特攻ヒントにして対艦ミサイル出来たって話もあるしな
最初から特攻させるつもりならミッドウェー海戦も勝っていただろうな
とはいえ、特攻への対策も早くなっただろうけど 因みに、主だった海戦に殆ど出撃して敗戦まで生き残った雷撃機搭乗員が居るね。
うろ覚えでスマンけどなんかの記録で見たことある。
あと、9回だか11回だか墜落して搭乗員に一人の死者も出したことない「操縦ヘタすぎ墜落のプロ」とか呼ばれた
陸攻の操縦士とか。
何回も飛行機壊すから万年下士官やったけど、敵飛行場爆撃後の強襲制圧に抜擢されて
飛行機壊しても良いから部隊員を無傷で送り込めって命令に大喜び、
結局飛行機壊さず強襲着陸成功した人とか。
戦艦とかええから、こーいうおっさんに注目して欲しいモンだわ。
>>266
人の命に価値を持たないからそういうことができる
でも、最末期になるともはや操縦員どころか飛行機の生産から不可能となり、在庫のみという悲惨な状況
全滅するならまだしも、反攻なんて不能
ただ、特攻の恐怖から日本は40年近くアメリカからそれほど叩かれずに済んだ
追い込まれると再び何をやらかすかわからないという恐怖がアメリカを自制し続けた
その恐怖の象徴が横田空域
ただ、これを壊した輩が居る
そう、あのおばか小沢一郎 >>20
榛名かw
燃料が無くて動かせないから、仕方なくそこに浮かべてたんだよなw >>271
榛名は最後呉港で浮沈戦艦として呉空襲の時
砲台の役割を十分果たした 唯一頑張ったのは一番古くて攻撃力の低い金剛級
ここでも下っ端は最前線の使い捨てで評価されず、
ふんぞり返って役立たずの大和級・長門級がデカい顔をしているのであった
南無阿弥陀仏
南無阿弥陀仏
>>29
大和の沖縄特攻時に雪風の艦長だった寺内艦長は
椅子に登って艦橋の天井にあるハッチから身を乗り出し、三角定規で敵機の進入角度を測り
航海長の肩を蹴って操艦の指示を出していたと言われている >>64
ミッドウェーの時に今度は大和も出撃ですか頑張ってくださいって床屋で激励されてなかったっけ 戦時中に大和、武蔵の存在は公にはされていなかったので
殆どの国民は日本の戦艦は10隻だけだと思っていた
この10隻を
陸奥長門 扶桑山城 伊勢日向 金剛比叡 榛名霧島
の順に並べると五・七・五・七・七調で覚えられた
>>275
海軍将兵が多い街や海軍関係の工場がある街では、大和・武蔵はある程度知られていたものの、
それ以外の街では新型戦艦のウワサはあったものの、16インチ砲で35000tと改装した長門型(公表値約38000t)より小さい戦艦と認識されていたため、
日本一の戦艦は「長門・武蔵」のまま
だから、100歳前後のじじばばに「日本最大の戦艦大和」を聞いても半数程度が「日本最大の戦艦は長門と陸奥」と本当に返答する ミッドウェーで大和を先頭に特攻覚悟の大砲乱れ撃ちしてれば
ハワイを占領してれば
色々とたらればがあるけど、
国力、工業力等々桁違いの米国に勝てるわけなかったんだよ。
>>184
なぜ大和の日章旗じゃねーのよ?
大和ミュージアムでも「はぁ?これじゃねーよ」て感じじゃね? >>184
紳助はあんなんだけど、石坂さんの人間性が見れた。 >>103
嘉門達夫乙
今日、ハンバーガーショップ歌ったわ >>277
趣味で艦船模型を作ってるけど大正一桁生まれの大叔母に作ったやつをいくつか見せたら
大和は分からなかったけど長門は知ってると言ってたな >>269
終戦時に二人乗りの戦闘機に
6人だか載せて無理やり還って来たって人居ないっけ? >>279
大和の日章旗をお宝鑑定団に出す依頼人が居なかったのだろう >>98
大和はともかく
陸奥は当時故障してたよ
<戦艦陸奥最高速>
ミッドウェイ作戦時 21kt
第2艦隊分派時 22kt
第二次ソロモン海戦時 20kt
しか出なかった
巡航速度は16kt
元々長門型のタービンには信頼性に問題があって
大改装の際には改善がなされていたようだが
残念な事に陸奥には不具合が出てしまった
(長門は昭和19年でも24.98ktを記録) >>276
その短歌調の覚え方は初めて知った^^ごっつあんです VT信管も言うほど関係ないつーか動作不良で評判悪かったし
レーダーも南太平洋海戦直後に日本空母は搭載してるし、そもそも
今でも対艦ミサイルはパッシブの方が驚異なのと同様に、逆探で充分って思想だったからね。
いつまでも前世紀の評論を鵜呑みにせず、もっと公平・正確に分析しなきゃ。
ミッドウェイにしても「運が悪かった」「一瞬の隙きを突かれた」じゃねぇんだよ。
負けるべくして負けてんの。アホの旗振り・連戦連勝の奢りで。
阿川弘之は小説軍艦長門で戦前の日本で世界に誇れるものは、帝国海軍、三井の海運、水泳日本の3つだと書いていた
その誇りの象徴が戦艦長門だった
そしてその誇りとする帝国海軍が日本を滅亡の淵に引き摺り込んだのである
元々、陸軍への予算対抗という省益から仮想敵国を米国とし、対英米比7割などという明らかに過剰な戦力を要求した
米国との全面戦争など出来るわけもないと海軍自身は知っていたのに多額の予算で米国と戦うためと正面装備を整えたため本当に米国との戦争をやるやらないの決断時に海軍は1、2年は戦えるだのという誤魔化しをゴニョゴニョ言うだけでやれませんと言えなかった
そんな事情は政府も陸軍も知らないから海軍はやれると言っている 開戦だとなった
ワシントン会議での主力艦などフランスと同じで充分だった それであれば対米開戦などというバクチなど打つ必要もないし対英米協調路線も取れた
ドイツ第二帝政は身に過ぎた大洋艦隊などを建設したため滅亡した
大日本帝国もその轍を踏んだのである
陸奥なんか瀬戸内海の、それも浅いとこに沈んでるというのに
>>291
米英を5にして日本を3.5にすれば良いものを。 ビキニ鑑賞実験がビキニ水着の起源となった
意外と知られている豆知識
>>289
まぁ、二文字艦(伊勢とか)と三文字艦(長門とか)と四文字艦(山城とか)を
組み合わせれば良いわけで、当然意図してやっているんだよね
2+3=5 3+4=7 候補はちゃんと用意していて、五七調になるように
間違わずに充てる
むつ、ながと 五
ふそう、やましろ 七
いせ、ひゅうが 五
こんごう、ひえい 七
はるな、きりしま 七 サラトガも一緒に沈んでる
潜りに行こうと思ってたがコロナ騒ぎで
流れた
>>278
艦砲射撃か
当てれば砲弾がでかいから効果あるけど
海に浮かんでいる戦艦からさらに砲径がでかすぎて
ミッドウェー島が見えないところから撃たないと
砲弾が目標地点を通り過ぎるだろw
でかければいいてものではない見本なwww >>290
VT信管と電探を組み合わせたアメリカ海軍の対空砲の
弾幕を過小評価してはいけない。
VT信管を装備した砲弾は地上戦でも使用され、
欧州戦線ではドイツ兵の頭上で炸裂し、塹壕に潜む
ドイツ兵を殲滅的な被害を与えて、生存していたドイツ兵は
残虐な兵器とアメリカに抗議していた。
現在でも、有用な橋梁などを残し、兵員だけを殺傷するために
使用されている。 >>298
ガダルカナルで戦艦2隻を使って艦砲射撃を行い飛行場は火の海と化したとか大成功みたいに言われているが、別に全滅したわけでも何でもなく翌日には米軍機は反撃に出ていて損害もあっという間に埋めてしまった
米軍も沖縄を取り囲んで艦砲射撃の雨霰だったが守備軍にそれほどの損害を与えたわけでもない
ミッドウェーへ艦砲したとしてもどれだけ効果があっただろうか 最高速度は日本は実戦時状態で欧米の記録用ではない
だから、実戦時状態より軽ければそれ以上の速度が出てしまう
>>291
阿川弘之は著書で政治力の差だと結論づけている。
日本陸軍に比べて兵員数が圧倒的に少ない日本海軍に政治を動かす力はなかった。
山本五十六は最後まで外交交渉で戦争をとめてくれと言っていた。
昭和天皇は戦後、マッカーサーに日本陸軍に反対しても自分は幽閉されたと述べている。
日本陸軍に開戦の決意がある以上、どうにもなりません。 >>300
それって迫撃砲弾であり、野砲弾ではないんだよ
ちなみに朝鮮戦争でも同様に使い、あの兵士の津波と恐れられたシナ人民解放軍の人海戦術をどうにか食い止めた >>302
そもそも帝国海軍が陸上施設への艦砲射撃を真面目に考え始めたのが
ヘンダーソン基地砲撃作戦(1942年10月)からだからね
作戦前にトラック環礁で零式、一式、三式と各弾種を一通り試し撃ちしてみて、
それでもどれが一番効果があるのかよくワカランかったので、とりま全部持って行って
全部撃ち込んでみようとかいう手探り状態だった
いわんや、その5か月前のミッドウェー作戦の時点では文字通り何の知見も無い状態だったわけで
艦砲射撃の効果なんぞはまず期待できない
米戦艦も最初のアッツ島攻略支援では大した役には立たず、タラワ、ペリュリュー、サイパン、硫黄島と、
小さな蹉跌を繰り返し、その都度戦訓を取り入れて効果的な艦砲射撃のやり方を学んでいっている
ぶっつけ本番でいけると思うのは大間違い >>305
戦後陸軍軍人は海軍がアメリカ海軍には勝てないと明言していれば対米開戦は断念したと言っている
これは自己弁護の面元あるが、実際さすがの陸軍も海軍が勝てないというならアメリカと戦争するという判断はない
そもそも陸軍は米英可分論で、その場合は独伊と歩調を合わせて英蘭と開戦、もしくは北進してソ連との戦争を選択する 米国は局外におけるしアメリカから参戦してきても真珠湾攻撃などというアメリカ激おこにさせる愚劣極まる作戦よりはまだマシ
海軍が米英不可分と言い張る上、やれるっぽい事を言うから陸軍もじゃあアメリカもまとめて戦争だとなった 長門「俺の、俺のぉっ、俺の話を聞けぇえええー!2分だけでも良い・・」
陸軍は中独合作と毛沢東の罠に入り、シナへ深入りしたため他へ国力を割り振ることができなくなってしまった
日本はシナ駐屯軍を引き揚げ(かわりにアメリカがその任務に就く)、さらに上海租界の全域をイギリスに渡しておくことで満州事変を丸く収められた
あとはドイツやソ連の操り人形となったシナがイギリスやアメリカを攻撃して楽しいことになるだけ
>>308
総力戦研究所
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B7%8F%E5%8A%9B%E6%88%A6%E7%A0%94%E7%A9%B6%E6%89%80
内閣総理大臣直轄の研究所が東條英機にほぼ正確に太平洋戦争の結末を
1941年8月27・28日両日に報告しているのに認めないのでだめです。
以下上記より
「開戦後、緒戦の勝利は見込まれるが、その後の推移は長期戦必至であり、その負担に青国(日本)の国力は耐えられない。戦争終末期にはソ連の参戦もあり、敗北は避けられない。ゆえに戦争は不可能」という「日本必敗」の結論を導き出した。これは現実の日米戦争における(原爆投下以外の)戦局推移とほぼ合致するものであった。
この机上演習の研究結果と講評は8月27・28日両日に首相官邸で開催された『第一回総力戦机上演習総合研究会』において時の首相近衛文麿や陸相東條英機以下、政府・統帥部関係者の前で報告された。時に対米英開戦3ヶ月前のことである。
研究会閉会に当たって東條は、参列者の意見として以下のように述べたという。
諸君の研究の労を多とするが、これはあくまでも机上の演習でありまして、実際の戦争というものは、君達が考えているような物では無いのであります。日露戰争で、わが大日本帝国は勝てるとは思わなかった。然し勝ったのであります。あの当時も列強による三国干渉で、やむにやまれず帝国は立ち上がったのでありまして、勝てる戦争だからと思ってやったのではなかった。戦というものは、計画通りにいかない。意外裡な事が勝利に繋がっていく。したがって、諸君の考えている事は机上の空論とまでは言わないとしても、あくまでも、その意外裡の要素というものをば、考慮したものではないのであります。なお、この机上演習の経緯を、諸君は軽はずみに口外してはならぬということであります。 >>305
後、昭和天皇はクーデターを心配したというがむしろやらせりゃよかったんだ
天皇を幽閉とか考えたとすれば、それは参謀本部や陸軍省の頭デッカチの佐官連中で、師団長や軍司令官レベルではそんな事を考えもしない 東條でさえもそんな計画があったら絶対に反対している
むしろ戦争に断固反対してクーデターを誘発し、仙台でも大阪でも或いは横須賀鎮守府にでも脱出し、そこから全軍に逆賊討つべしの勅を発すればクーデターなんか即粉砕される
明治以降の天皇崇拝皇民教育の成果で天皇の絶対神聖化は頂点に達していて、天皇幽閉なんて明るみになった瞬間、国民も軍も一同楠正成、新田義貞に、クーデター側は足利尊氏となる
そうしてゴミ掃除して一気に国論の転換を図る これこそが死中に活を求める事と思われる 長門って核実験に使われてたんか
全然知らんかったよ
>>298
アッツ島攻略支援時の米戦艦は、島から一万数千mの距離から艦砲射撃を行ったが効果は殆ど無かった
その反省からサイパン攻略時には更に接近して支援砲撃を行ったが、それでも海岸陣地の多くが健在で激しい反撃を受けた
その次のペリュリューでは更にまた接近して射撃したが、堅牢な掩蓋陣地には効果が薄く、上陸海岸は米兵の血で朱に染まった
硫黄島戦ではとうとう対空機銃が届くような距離にまで接近して撃ち始めた
そうでなければ洞窟陣地相手では、例え戦艦主砲であっても効果を期待できないと最終的に学習した為である >>311
東條の言葉通りだよ
シンクタンクが机上であれこれ言っても始まらない
実際に戦う海軍が負けるといえばそれはシンクタンクの予測とは重みが違う 海軍が負けるというならそりゃ負けるからじゃあプランbとなる
東條には海軍にあれこれ言える権限はない >>314
念入りに準備された陣地に対して大口径艦砲に期待されるのは間接射撃による大落下角破砕攻撃だよ
だから遠距離から放り込まなきゃならないが米艦は散布界が大きすぎて当らなかったんだろ
そこでやむなく接近した訳だが直接射撃では的が小さくてやはり当てにくいし効果も限定的になること必至
大和でもソロモンの戦訓から方位盤射手が夜間間接射撃の研究を命令されて水準器を独自開発したそうだが
新しい戦術がこなれるには時間がかかるってだけの話 昭和天皇がことのほかクーデターを気にしていたのは、陸海軍ともにトップが皇族で実戦経験が豊富だったため
閑院宮載仁親王 参謀総長(陸軍) 日清・日露戦争従軍かつ最前線勤務経験あり
伏見宮博恭王 軍令部総長(海軍) 日露戦争従軍かつ黄海海戦で負傷
5.15が日本を敗戦へ転落させた原因
この5.15もやり方がおかしいことで研究が続けられている
普通なら、左の犬養(首相)・右の牧野(内大臣)を確実にやるのが、なぜか牧野は脅しだけで終わらせている
もし、牧野を殺害していたら、昭和天皇は激怒して粛軍・政治粛清を断行し、ポッポの始祖や近衛文麿すら処刑していたし、2.26なんてそもそも発生しない
>>310
>日本はシナ駐屯軍を引き揚げ(かわりにアメリカがその任務に就く)、
>さらに上海租界の全域をイギリスに渡しておくことで満州事変を丸く収められた
残念ながら当時の日本は、そのような外交や交渉を纏められる能力を失っていた
外務省だけでなく、派遣軍、陸軍、海軍などが、それぞれ銘々勝手な思惑で独自に交渉を行い、
そのうえ常に上から目線で尊大な態度に終始する為、たまさか敵上層部とコンタクトができても、
混乱と不信と反感が増すばかりで、話が纏まるはずが無かった
要するに当時の日本という国は死に至る病に冒されていたのであり、立派な戦略構想を立てても
それを実現させる能力を根本的に欠いていたのである
現場の兵士たちの悲壮なまでの奮闘も、かえって上層部の勘違いと夜郎自大を増幅させる結果になってしまった >>315
ん?海軍だろうと机上の空論に代わりはないよ
海軍が敗戦必至と言いづらかったのは膨大な予算を食んできた引け目があるからだから
陸軍などが水を向けてやるか総員で土下座するかしないと回避不能だったね
そして大規模な海軍縮小と北進論への回帰が始まる 横っ腹についてる大砲がかっこいいのよね 海賊船みたいで
>>318
それぞれが勝手にやり始めたのは、国会がそれを論じなかったため
満州派遣部隊は何度も「シナが条約やぶりなことばかりしている。そのうちポーツマス条約が破棄されるぞ」と警告していたのに国会は議論せず無視を決め込んでいる >>320
むしろ舷側砲のないのが例外的なんだけど >>302
現代の軍艦の艦砲(Mk.45あたり)は対地攻撃も考慮されていると言われているけど、効き目はどうなのかな。
狙いはWW2当時よりずっと正確なんだろうけど >>316
硫黄島戦での戦闘報告では「・・・重掩蓋陣地の破壊には、例え戦艦主砲であっても複数の直撃弾を必要とする場合が多かった」とある
散布界で包む公算射撃でこれを実現する事は、将兵の技量や砲の性能関係なく極めて非現実的であり、ぎりぎりまで接近して直射を行う以外に方法は無かった >>321
政治家がダメ、政治システムがダメ、つまるところそれらを消極的に支持している国民がダメ・・・と
まあ21世紀に生きる我々にも言える事なんで笑えませんな 長門型の副砲は上下二段になっている
そういや長門型のライバルであるコロラド級(1942改装前)のケースメイト副砲の説明見ると
「非装甲」てなってるんだけどマジかね
長門は同じ場所に152mmもの装甲張ってんのに
>>325
当時の国民の意思表示は男子のみの衆議院総選挙しかない
その結果は満州事変以降でも、議会制リベラルを標榜する立憲民政党は2大政党であり続けたし、戦前最後の1937年総選挙でさえも第一党は立憲民政党だった
さらには1942年の悪名高い翼賛選挙では、反軍演説で有名な斎藤隆夫が非推薦で兵庫県出石でトップ当選している リベラル派は徹底的な選挙妨害にあってこの結果である 他の地域は意思表示したくとも斎藤隆夫を持たなかったのである
選挙結果から見れば国民の意思は平和にあった
旦那や子供が戦争に行くのを喜ぶわけがない 働き手がいなきゃ生活やばい しかし議会は機能せず選挙での意思表示はなんら政治に生かされない
国民が戦争に賛成していたなど当時の政権中枢の責任の押し付けで当時の国民に主権などなかった 今年も、ドキュメント太平洋戦争を見る季節が来たな。しかし何故オープニングが阪神のラッキー7の風船飛ばしなのかw
1930年代、戦艦「長門」・「陸奥」は、英「ネルソン」、米「コロラド」と共に
世界の戦艦「ビック7」の1つなのだった ゜゜゜゜゜-y(^。^)。o0○プハー
−−−
Before answering your question, let me clarify who the “Big 7” were:
Nagato (Imperial Japanese Navy) ←★
Mutsu (Imperial Japanese Navy) ←★
HMS Nelson (Royal Navy)
HMS Rodney (Royal Navy)
USS Colorado (US Navy)
USS Maryland (US Navy)
USS West Virginia (US Navy)
The “Big 7” were the seven dreadnought-type vessels who could mount 16-inch guns prior to the Washington Naval Treaty.
https://www.quora.com/Which-is-the-strongest-in-the-Big-7-Battleships 艦これ嫌いな人にはすまんが、「嘘つきだよ、長門さん」って
漫画は泣けた。
>>72
その割には自動車、バイクでドイツ製と日本製でそんなに差がないんだよな ろくな海軍持たないソ連の海上行動ために呉を徹底的に攻撃したんだよな
大和出撃のとき駆逐艦や矢矧を出さずに長門だせば少しは違った?
死んだ爺ちゃんが長門に乗ったことある
大和を見たことがあるってのが自慢だった
>>332
轟沈される現場へ酒匂を引いて行く話な…
長門が四日も耐えてたのは知らなかったわ >>333
来世では61cm五連装酸素魚雷が生えて来る様に
古代シスの暗黒卿に祈ってやろう・・・;; >>215
こりゃ北朝鮮が核欲しがる訳だw
日本も核武装はよだな >>313
悔しいから、核実験で沈めてやるという魂胆が見え見え 25ノットの高速で移動しながら濃密な三連機銃による対空武装があり
重厚な装甲を持つ大和だからこそ特攻作戦を計画できた
18ノットしか出せず、装甲も薄い長門なら正に自殺行為になるだけ
>>5
長門のビキニ
今は亡き池田晶子さん画 敵の船って戦争が終わった後沈めるもんなの?
確かに使うのもどうかと思うし取っておいても仕方ないし解体して素材にするのも面倒か
見せしめ的意味が一番大きいかもだけど
うちの祖父は戦後に赤城がイギリス?に沈められるとこ見たって言ってたな
>>343
米軍は信濃用の主砲装甲板を本国に持ち帰って
アイオワ級の主砲で無理やりな感じで撃ち抜いていたなあ
おそらくゼロ距離射撃
「yamato class armor」で画像検索すると出てくる >>346
日本の駆逐艦で終戦時に唯一無事だった雪風は台湾海軍に引き渡されて結構長く運用されていたが >>336
イージス艦ながとが5隻くらいいれば違ったかもね >>346
ミッドウェー海戦で撃沈された赤城がイギリスに海没処分とはおかしな話だな
賠償艦の使い道は国によってそれぞれ
アメリカなんかは色々研究した後見せしめや実験、機密保持のために処分する
ロシアや中国はそのまま自国で使ったりしてた
後は獲った後日本国内でスクラップになったりが多い
戦艦長門は長門型戦艦2兄弟の長男。41cm砲が敵に向かって火を
吹くことはなかったが、25年に渡って睨みを効かせていました゚゚゚゚゚-y(^。^)。o0○ プハァー
艦名 新造年 主缶の入換え 主機の入換え 公試排水量 出力 速力
−−−−−−−
金剛 1913年 1937年 1937年 36,314t 136,000shp 30.3kt
比叡 1914年 1939年 1939年 37,000t 136,000shp 29.7kt
榛名 1914年 1934年 1934年 35,600t 136,000shp 30.0kt
霧島 1915年 1937年 1937年 36,668t 136,000shp 29.8kt
扶桑 1915年 1935年 1935年 39,154t 82,000shp 24.5kt
山城 1917年 1935年 1935年 43,580t 82,000shp 24.5kt
伊勢 1917年 1936年 1936年 40,169t 81,360shp 25.2kt
日向 1918年 1937年 1937年 40,706t 81,050shp 25.2kt
長門 1920年 1936年 無し 43,580t 82,000shp 24.3kt ←←★★
陸奥 1921年 1936年 無し 43,400t 82,000shp 25.2kt
大和 1941年 無し 無し 68,200t 150,000shp 27.0kt
武蔵 1942年 無し 無し 68,200t 150,000shp 27.0kt
>>350
じゃあ赤城じゃないのか
なんだろうフィリピンだったはず 戦艦大和が沈むときはカニにきんたま挟まれたんだぞ
これ、豆な
>>352
赤城と同じ山岳名でもあるけれど、レイテ沖海戦で傷ついた重巡「妙高」と
同「高雄」がシンガポールに戻って終戦を迎えている。
ともに、戦後イギリスの決定で海没処分となった
「妙高」が昭和21年7月、「高雄」が昭和21年10月。ともにマラッカ海峡だから
この二艦のどちらかだろう。イギリスもシンガポール陥落で恥をかかされていて
復讐に燃えていたからね。鹵獲艦を修理してまで使う気はなかったようだ。 >>354
有名な雪風の他にも響や神風、竹も無事だったね。 >>355
昔(第1次世界大戦くらいまで)は敵艦を沈めるのは下策とされていて、なるべく鹵獲したかったらしい。
鹵獲艦を自国の海軍に組み入れることで自国の戦力増と敵の戦力を減らすことが同時にできたんだな(なんだか将棋みたいだw)。
その後はスペックが違う敵艦を自国仕様に改造する手間やコストの方が大きくなって、鹵獲艦は標的として沈めるかスクラップにするしかなくなったみたいだな 戦後まで生き残って、復員兵輸送やった艦が何隻かいるだろう
最初の空母「鳳翔」と最後の空母「葛城」とか。
空母でも橿原丸改め空母「隼鷹」は片舷主機が不調で外洋航海が出来ずに解体
あと残存艦では秋月型駆逐艦が数隻残っていて戦勝国に分配された
「利根」は終戦直前に大破着底
世界三大海軍国の一角だった日本帝国海軍も、まぁ見事に消滅していた
>>358
隼鷹は機関不調っていうか、被雷損傷からの修理放棄だな >>348
唯一ではない
日本の駆逐艦で終戦時に無事だった駆逐艦は以下の通り(旧式除く)
潮、雪風、冬月、春月、宵月、花月、竹、桐、杉、槙、樫、榧、楢、柳、椿、楓、欅、柿、樺、蔦、萩、菫、楠、初桜、楡、椎、榎、雄竹、初梅
損傷状態だが残存
響(中破)、涼月(大破)、夏月(損傷) >>360
「開戦時に就役していて終戦時に残存」ってレギュレーションでも唯一じゃないしな >>355
というかソ連と今の台湾以外は艦艇が余り過ぎていた
ただ、賠償艦はすべて駆逐艦以下と定められており、巡洋艦以上は他国接収艦以外全て海没ないし解体されている
賠償艦配分会議にかけられた艦艇92隻内訳
駆逐艦25隻
番号以外の海防艦16隻
番号海防艦51隻
うち駆逐艦
現台湾 7隻
峯風型 波風
陽炎型 雪風
秋月型 宵月
松型 楓、杉
橘型 初梅、蔦
ソ連 6隻
吹雪型 響
秋月型 春月
松型 桐、榧
橘型 初櫻、椎
アメリカ 6隻
秋月型 花月
松型 樫、欅
橘型 柿、樺、雄竹
イギリス 6隻
峯風型 夕風
松型 竹、槇
橘型 萩、菫、楠 残存艦を擂り潰す目的のレイテ沖海戦でも、名将栗田の赤心で多くの艦が
生き残ったが、万万が一大和が終戦まで生き残っていてもヒジョーにまずい
天号作戦に「まだ出せる艦があるのではないか」の聖上の鶴の一声で参加が決まったが
昭和19年〜20年の海の戦いなんて、残存艦を処理するためのバーゲンセール
みたいな感じで惜しみなく擂り潰していった感がある
>>360
潮は1944.11.13のマニラ空襲で中破1軸使用不能 >>364
普通なら武蔵を下げる前に工作艦明石を下げるが、逆にして下げたため、1944年3月末の工作艦明石撃沈をもって外地修理能力はほぼ壊滅 >>351
>41cm砲が敵に向かって火を吹くことはなかったが、
サマール沖海戦で45発、対空射撃も含めるとレイテ作戦で99発の主砲弾を敵に放っている
というか、このような詳細を知らなくとも、サマール沖海戦に参加した日本戦艦の艦名程度を把握していれば
こんな初歩的な勘違いはしないはずだが
25年間でせいぜい数回の海戦にちょっと参加しただけで
大した活躍もしなかった、などとはほとんど無かったのと同じだわな。
●無職ニートの特徴
@厳密に事実関係の議論が必要な場面と適当で問題無い場面の区別が付かない
(いわゆる「空気が読めない」)
A空気が読めないので周囲がどうでも良いと思っているところに異常にこだわる
Bそのくせ大事なところは適当で、段々相手にされなくなる
こいつ>>368はおそらく無職ニートだろう。ぴったり当てはまる。
「こんな初歩的な勘違いはしないはずだが」←無職のくせしやがって。まるで上から目線www
砲郭式は昔から続くもので、駆逐艦追い払いかつ対航空戦を気にしないなら合理的配置だった
しかし、駆逐艦ではなく小型巡洋艦の追い払いが必要となり、それには最大20km程度の射撃盤が必要すなわち副砲も砲塔式にする必要が生じた
>>371
完成率六割くらいで、飛行甲板をようやく張ったくらいでしょ
動くとかのレベルではない感じ >>370
間違いを認められないガキンチョ、みっともない >>351
こいついつも戦争関連のスレにコピペしまくって
突っ込まれるとIDをコロコロ変えて>>370や>>374みたいに書き込んでくるバカウヨだから放置がよろし >>374
wiki程度の知識すらないド素人が、通ぶってダラダラ書き込む方がよっぽど恥ずかしいんじゃない? NHKスペシャルの海軍反省会タイトルが好き誰も責任を取らない方法考え上層部大臣逃れて潜水艦司令が極東裁判出る
>>376
なるほど、了解
まあこの反応だけを見ても、ちょっと頭が壊れてるっぽいね 今でも戦艦作ればいいのにな
主砲射程200キロくらいの奴でさ
確か、榴弾砲でロケット弾打って射程200キロで動く装甲車直撃も開発してたような
ズムウォルトがそれか
>>378
スマトラだかで海軍が連合軍の捕虜を虐殺して現場に立ち会った海軍の法務官も居たのに
関係書類を破棄して法務官を内地に逃して根拠地隊に責任を擦り付けたってやつだっけ? レイテ海戦ぐらいしかまともに戦ってないから大して戦死者いないだろ
長門は40cmが8門だっけ?
主砲弾は1トンくらいか
斉射して8トン
当時の大型爆撃機の二機分くらいか
それを何十秒に1回
圧倒的な火力投射量
>米軍の核実験の標的となり、沈没した戦艦「長門」
これ嘘だろ
核では沈まず、強制的に沈めたはず
2回の核実験に耐えたとか凄いな
復旧して日本海にでも浮かべとけ
>>380
そうやって火砲がその地位を回復したとしても、その下で出来上がるのは、
ハッシュ・ハッシュ・クルーザーとか砲艦とかモニターみたいなシロモノであって、
皆が思い描く戦艦のようなモノにはならないと思う
戦艦が復活するには、現代戦闘の生命線である各種センサーや通信システムを
ブ厚い装甲板の下で機能させるとか、何かすごい技術的ブレークスルーが必要だろう 大和は墓標としてそっとしておくべきだが、
長門は引き揚げて復元しても良いのでは無いか?
>>383
真珠湾でアリゾナを一発で爆沈させた80番(800kg)徹甲爆弾が長門の主砲弾 >>386
まぁ、800Kg爆弾一発で沈めた、というわけでもないんだけどね
全部甲板を突く破った800Kg爆弾が艦内に入ってから遅発信管が作動して
爆発。これによって、アリゾナの全部火薬庫が誘爆して大爆発に至った
ドカーンという感じではなくてブーンという感じで3万トンを超える戦艦が
浮き上がったように見えたと伝えられている
戦艦戦隊司令キッド少将以下1177人(真珠湾の戦死者総数の約半分)が戦死
前檣楼は倒壊して、前方の2砲塔も全壊したが、後部檣楼や後部の砲塔は無事で
砲塔は降ろして陸上要塞に備え付けられた。
完全に横転沈没した戦艦オクラホマは長い時間をかけて反転させて、浮揚に成功
したが、アリゾナは艦体の損傷が甚大なため浮揚や戦死者の収容はほとんど行われず
その場所に放置。そのままアリゾナメモリアルとなっている >>390
もう50年以上前になるが映画「トラ・トラ・トラ」の撮影で作られた1/1の長門のセットとか見てみたかったなあ ガラクタを動かす油がないので あの当時でもゴミですわww
>>394
ちゅうても、アメリカは空母と並行して戦艦もガンガンこさえてるんで
戦中に戦艦の新規建造を打ち切った日本海軍にとっては、往年の大戦艦も
捨てられない貴重な戦力なんですわ 1944年2月10日の時点で明石そして間宮をリンガ泊地へ張り付ける
無理矢理、摂津などの標的艦、鳳翔などの練習艦もリンガ泊地へ連れてきて、ここで特訓させる
明石がここに居るため、被害艦船の内地回航はほとんど防げる
また、将兵の士気維持は間宮羊羹しかない
大飯食いの戦艦・空母が油田の近くに居るため、猛特訓できる
対マリアナ諸島戦はとにかく物資・機材の搬入が重要であるため、軽空母と隼鷹型も輸送船扱いで物資の輸送と民間人避難に使う
対艦隊戦は、基地部隊に索敵と島の防空をやらせ、空母部隊は水上機による対潜哨戒程度の索敵しか行わず、敵空母部隊のみを攻撃
そのため、1群の集中運用で必要駆逐艦数を2/3に削減(史実ではすでに不足していた)
周辺5隊
愛宕、高雄、摩耶、鈴谷、熊野にそれぞれ陽炎型(追加で朝雲型)駆逐艦1隻(野分、磯風、浦風、雪風、谷風→山雲)ずつ
本隊
大和、武蔵、長門 うち大和と武蔵のみ零水各4機・零観各2機
大鳳、翔鶴、瑞鶴(翔鶴型は彗星艦爆128・天山艦攻51のみ。大鳳は戦闘機仕様のゼロ戦のみ51機)
隼鷹、飛鷹、龍鳳、瑞鳳、千歳、千代田(この6隻は戦闘機仕様のゼロ戦のみ212機)
利根、筑摩、最上 水上機運用兼戦艦直衛 零観のみ搭載
初月、若月、秋月、霜月 : 翔鶴・瑞鶴・隼鷹・飛鷹各直衛
能代 長門直衛兼万が一の水雷戦指揮 水偵非搭載・水偵用具全て陸揚げ
朝雲、満潮,長波、朝霜、岸波、沖波、藤波、浜波、玉波、浜風
初霜,時雨、五月雨 : 万が一の身代わり艦(魚雷体当たり阻止)
レイテにあんなに戦艦、大挙して送る必要あったんかいな。
あれなかったらその後の展開も変わってきたんじゃないか。
瑞鶴も囮で無駄にするし
戦艦はどのみち役に立たないから残してもあまり変わらんと思う
空母ももう使えるような状況じゃなかったし
艦載機は本土防空に活用した方がよかったかも
>>398
フィリピンの喪失=本土と南方資源地帯の断絶、だからね
フィリピンの喪失は戦争継続能力の喪失と同義なんだよ
だから「GF全部磨り潰しても」なんていう発想が出てきたし
陸軍もここがフィリピン決戦を天王山と位置付けた
だけど人間とその組織は、理性と計算だけで動くものじゃないので、
勝利か死か!と言われてもイザとなったら迷うし、もう資源を運べないから
降伏しかないと頭で思っても、そこでスパっと戦争を止める事が出来なかった 2回の核実験で沈まなかったことよりも、誰にも看取られずに夜中にひっそりと沈んだことの方がロマンを感じる
武人らしくでカッコいいじゃないか
>>404
武蔵は長崎の豪華客船とか造っていた造船所の製造だから
大和より内装が良かったとか >>404
そういう疑問を持つヤツ多いけど、戦時中は特に入港する度にイジるから駆逐艦でもほぼ全部違うよ。
例えば大和級2隻も、副砲撤去&対空装備の変更・レーダー搭載タイミング等全部違うし
高角砲数も大和は早い時期に12.7mm2連装12基、武蔵はずっと6基等
「ほぼ同じ外見」というタイミングは存在しない。 >>404
艦橋背面のラッタルが各階に踊り場があってぶつ切りみたいになってるのが大和
旗流信号台があるところから2段目くらいからのラッタルが第一艦橋までほぼ一直線なのが武蔵
兵装以外だとここが識別ポイントだったはず >>159
マジか。それで今でも宗谷に海保の人が来るのか。 >>339
長門も酒匂も攻撃喰らって短時間で沈んだ
わけではないが?
日本海軍の轟沈の定義は「攻撃終了後概ネ30分
以内ノ沈没ヲ云フ」
例えばフッドは轟沈だがビスマルクは撃沈と
いうこと。 >>370
世界の戦艦で戦艦としての本分を存分に活かし
た生涯だった例はウォースパイト以外に
有ったっけ?
米戦艦にしても地面を耕すために建造された
わけではないし。 >>412 世界の戦艦で戦艦としての本分を存分に活かし
少なくともデンマーク海峡海戦に参加した戦艦は存分に発揮したと言える
−−−−−−−
★デンマーク海峡海戦
◇1941年5月24日
◇英軍:戦艦プリンスオブウェールズ+戦艦フッド
◇独軍:戦艦ビスマルク+重巡プリンツオイゲン
◇経緯:距離23kmで砲撃開始
◇結果:英フッド撃沈、英プリンスオブウェールズ遁走 >>126
多くのアメリカの退役船と一緒に標的になったんだな。 >>413
もしフッドが沈められていなかったら
ビスマルクは集団リンチされずに済んだんだろうか 日本人は拝物思想が強いが、こと軍人となると他国でもそのケがある 使い潰すべき兵器を何か大切な愛玩すべきもののように思いこむ ドイツやイギリスも戦艦に極めて強い愛着を持っていたし、長門やプリンツオイゲンのような最期は悲劇と思ってしまうのだろう
東洋最強、清国北洋艦隊の華であった戦艦鎮遠はその点いい艦生でドイツでも建造、黄海海戦で松島に直撃弾を与えるなど奮戦し、戦後は日本海軍へ 名前もそのまま鎮遠として黄海海戦で撃ち合った松島と今度は僚艦として戦艦戦隊を組んで今度は日露戦争の黄海海戦に参加、さらに日本海海戦にも参加
1911年に除籍されると標的艦としてボコボコにされるも沈まずスクラップとして売却
神戸の造船所がこのスクラップ鎮遠を購入、どこをどうしたのか鎮遠から客船と貨物船の2隻を作り出したという
その客船と貨物船の運命は不明だが太平洋戦争を生き残れただろうか
という波瀾万丈の鎮遠だが中国人が鎮遠について長門的な感情を抱いている風な話はなく、
中国人はドライだなとまあ思うわけである
>>417
婆さん、それ長門とちゃう。艦橋のカタチからみて伊勢型やね >>416
シナでは張り子のトラ扱いだから
それに懲りて蒋介石陸軍はシナ教育をやめてすべてドイツ教育を施した少数精鋭へ転換 何とか生き延びたら終戦後ボロボロになるまでレイプとか
>>29
関係ないけど
初代あさひ型護衛艦はつひの生涯のドキュメンタリー
日本のどっかで作らないかなぁ >>411
せっかく面白い知識を披露してるのになんでわざわざ嫌味な言い方するかねえ... >>411
酒匂は阿賀野型軽巡洋艦の最終新鋭艦で米軍も
その防御力に関心を持っていたが、第一回目の
空中爆発で艦橋構造物等が大破し、短時間で
沈没してしまった。爆発即沈没ではないが。。 >>324
遅漏レスだけど
>散布界で包む公算射撃でこれを実現する事は、将兵の技量や砲の性能関係なく極めて非現実的
戦艦の射撃技法全否定かよw
確率的に無理なんじゃなくて対戦艦ならかろうじて直接照準が可能だが海岸付近の地表目標だと遠距離では自艦で観測ができないから難しいってだけ 日本の軽巡は5500トン型からの更新がままならないうちに開戦となってしまい
結局は三本や四本煙突の古めかしい軽巡が水雷戦隊旗艦というような状態だった
開戦後の戦備増強で軽巡計画も、水雷戦隊の夜戦が成立しなくなる状況下で迷走
阿賀野型として阿賀野、能代、矢矧、酒匂の四艦が建造されたが中途半端
潜水艦戦隊の旗艦用に開発された大淀も一艦止まりで、巨大な格納庫で聯合艦隊
旗艦に利用されたりした。重巡の最上型、利根型(いずれも艦名が河川名)が
斬新なデザインと高機能だったのに比べると軽巡への海軍としての定見が無かったね
コミック ジパングで捕獲していた「みらい」を曳航しようとしていたのが阿賀野(24巻)
>>391
つい16年前の大和実物大を見に行かなかったのか? >>429
阿賀野型軽巡洋艦に、長10cm高角砲を12門装備して
防空巡洋艦としても、設計していればとは思う。
長10cm高角砲なら最大射程18000mもあるし、
発射速度も速く、対水上戦闘でもそれなりの効果を
果たしただろう。
馬鹿の一つ覚えのように、艦隊決戦に固執した旧態依然の
軍令部の石頭では、実現不可能だった。 昔の軍艦の方が頑丈だな。
今の軍艦は商船とちょっとぶつかっただけで航行不能になる。
>>432
排水量と出力を比べてみれば一目瞭然
金剛型は心臓部が新しくて高出力
ビッグ7時代は最高の働きをしたと思う
当時戦略兵器の代表格だった戦艦の所性能の公称値は
威嚇効果の為にどの国も盛るのが常識とされていた
ところが長門の最高速度は事実より低く公称されてるのが関東大震災のときの災害派遣でバレた
これにより速度以外の主砲・装甲についても過大評価されるに至り
世界最強戦艦として認識され、図らずも外交戦略上の威嚇効果が最大化したとか面白いと思うんだ
心臓部が新しいというより、もともと武装を減らして機関部をでかくする巡洋戦艦仕様だったからでしょ
普通の戦艦だと主砲を沢山積むので機関部が小さくなってしまう
>>412
レイテ湾突入してればな〜 大日本帝国海軍の戦艦たちは華々しい最後だっただろう >>433
軽巡の役割が「水雷戦隊の旗艦」と固定化されていたから、難しかったでしょう
魚雷発射管と搭載機を無くせば、長10センチ連装砲6基も可能かと >>436
逆に大和のスペックを秘匿したのは実戦で何の意味もなくむしろ悪影響だったのではないかな 敗戦が確定するまで日本海軍は戦艦メイン・空母サブ
第三次ソロモン海戦に投入していたら、アメリカは空母の建造をやめて超特急でモンタナ級を作るか空中投下可能にしたMk14魚雷を搭載できる艦上攻撃機を作り始める
連合艦隊旗艦だったってな
大和か武蔵じゃなくて・・・w
>>440
大和型の主砲は46センチではなく41センチと秘匿されていて
本当の口径を知っているのは艦長など極一部の人員だけだった
レイテ沖海戦の時の栗田も大和の主砲の口径を知らず「41センチ砲の戦艦2隻(大和、長門)じゃ分が悪い」と判断して
レイテ突入を諦めたって珍説?を見たことがあるわ 栗田は水戦しか指揮できない
それを巡洋艦や戦艦へ乗せたらどうなるかなんてわかりきったこと
長門の軍艦旗は所有者が身内の臓器移植費用充当のためオークションへ出していたけど、高すぎて全て流れていた
そこで鑑定団へ出したところ適切な鑑定額となったため、国士石坂がすぐさま鑑定額での購入を打診し、所有者もOKしたため売買成立
>>438
スリガオ海峡に突入した扶桑と山城の最期は華々しいというより哀れとしか 唯一可動状態、とはいえ度重なる空襲で痛撃されて、ほとんど浮かぶ鉄くず寸前
だったんだろう。油も無いし、脅威にならないと、ティルピッツみたいに
2000ボンド(1トン)爆弾を持ち出されて沈められもしなかった。
>>402
辞めるかどうか決める権利があるのは勝っている方だよ
だからアメリカが「もう手打ちにしたるわ」って言うまでやるしかないの
そこを間違うんだよね、普通に考えているだけだと
でも実際に893の抗争をやっているわけですから
しかも自分から手を出したわけ
自分の都合のいい終わり方ができるわけないでしょw 893の世界なんですよ?? 大和特攻の時に随伴させなかったのは燃料が足りなかったから
大和の方が燃費がよかったからな
大和には往復分の燃料を支給したが
巡洋艦や駆逐艦に渡したので片道分となった
>>447
長門が完動状態だとしても所詮は大正時代建艦の旧式戦艦でさほどの脅威でもなく米軍からしたら特攻基地の方がずっと重要目標だっただろう
ティルピッツは新鋭戦艦というのもあるだろうが、チャーチルが一次大戦の頃からとにかく戦艦にやたらにこだわるから ティルピッツもイギリス首相がチャーチルじゃなきゃ適当に損傷した時点でほっといたんじゃないだろうか >>412
ネルソン級
火力あるし設計悪くて出来損ないなので沈んでも惜しくなかったので酷使した インパール作戦は現在までボロカスに言われ続けている
それでもインパール作戦には、援蒋ルートの遮断、ビルマ防衛の攻勢防御、インド解放とかまあ実現性はともかくある程度理解可能な作戦目的もあったし兵もボロボロになってでも半分以上は帰ってきた
一方大和特攻は、実現性はインパール作戦以下、沖縄の現地32軍さえやめとけという状況で、なんの連携もなく、無謀といわれると作戦目的が一億特攻の先駆けとか全く意味不明
結果案の定人員の損耗率はインパール作戦以上で沖縄戦になんらの貢献もしていない もはや貴重すぎる燃料をただ海に投げ捨てる
義烈空挺隊の方がはるかに役に立った
であるのに何故かインパールと違いボロカスに言われない不思議さ
>>447
ティルピッツにイギリスが落として命中させた爆弾は12000ポンド=5443.11kg≒5.4t
1945年にできたXBT2D(のちのA-1)でさえ3.13tしか積めない
まあ、12000ポンド爆弾は沖縄からB-29を飛ばしてやっと横須賀の長門へ落とせる代物
しかも1発命中では航行不能しかならず、追加で3発命中させてやっと横転沈没させた >>453
大和の最後を描いた『連合艦隊』って映画を昔見た記憶あるけど、
なんか美化されちゃうんだよねぇ…(´・ω・`) >>458
エンガノ岬沖海戦で瑞鶴が沈没していくところで
丹波哲郎演じる小沢治三郎が涙を流しながら敬礼するシーンは覚えてるなぁ… >>418
阿川大尉の「軍艦長門の生涯」では女学生が長門を見学に訪れると
知り乗組員が大いに張りきったとの記述がある。 >>455
トールボーイは我が軍の80番に匹敵する威力がある >>437
>戦艦の射撃技法全否定かよw
だって目標は艦艇ではないのだから、サイズが全然違うのだもの
例えるなら「公算射撃で敵艦のA砲塔へ直撃弾複数を要求する、至近弾は無効と見なす」
こう言ってるのと同じなのだからね
確率を満たすためには、とんでもない時間と弾量が必要で話にならないとわかるだろ?
ギリギリ一杯まで近づいて水平射撃するしかなかった
兵員の技量や砲の性能の問題ではない >>459
炎上する瑞鶴艦橋で「われ作戦に成功、敵艦隊を北方へ誘致せり!」と打電させるシーンも良い >>462
命中して爆発したところが弾薬庫ならね
冶金技術は英仏独米ソより1ランク劣っていたため、九九式八〇番五号爆弾は弾着時1インチ削れてしまった 800キロっても火薬は20kgかそこらしか入ってないからな
>>465
命中して爆発したところが弾薬庫ならトールボーイは我が軍の80番に匹敵する威力がある
ということか >>464
作戦成功電は大淀から打電されたのが事実。
瑞鶴は最初の魚雷を喰らって速力が大幅に
低下、通信機能喪失の大ダメージとなり
小沢司令部は早々に大淀に移乗していた。 小沢艦隊からは何度も「ワレ、敵ヲ引キツケツツアリ」の電報を送信しているのだが
栗田艦隊は受け取った確実な記録がない。あるいは無かったことにして、Uターンか。
名目は「北方に新たに出現しある敵機動部隊を求めて」とか何とか
サンベルナルディノ海峡に入ってからは、日吉の聯合艦隊司令部からの夜戦の可能性
についての問い合わせに「夜戦ノ見込ミ立タズ」とつれない
三日三晩寝ていなかったという栗田は早々暖かいベッドに収まったと言われている
>>469
大和には大淀からの電報は届いていたと言う
説がある。
受信解読した大和通信班は直属の上官の宇垣
中将に電文を届けた。大和は1戦隊旗艦であり
指揮官は宇垣。
宇垣は電文の宛先が第二遊撃部隊司令官だったので
栗田は電文を先に読んでいるだろうと考え栗田に
は伝えなかった。
加えて栗田と宇垣の仲は良いとはいえない状態
だったことから起きた齟齬という説。 >>468
なるほど
脚本の考証ミスか、あるいは悲壮感の演出のためにああしたのかも知らんね >>459
俺が覚えてるのは、機銃か何かを握った腕だけちぎれて握りしめたままになってるシーン…… >>470
栗田が反転を指示した時に宇垣は「え?引き返すの?小澤さんの囮は成功してるじゃん!」って反応だったらしいね
栗田も小澤艦隊からの電文は読んでると思い込んでたって説は一番しっくり来る気がする
>>472
あの手は瑞鶴攻撃隊発進のシーンで新人パイロットに「これは俺のことを真珠湾から守ってくれたお守りだ!お前にやる!」と
自分のお守りを渡した整備班長なんだよな >>308
モンロー主義のアメ公に欧州の戦争に参戦させる口実を与えたようなものw
日本が英米に参戦布告すると三国同盟からナチスドイツはアメ公に
参戦布告するはめになってヒトラーはああーと唖然したw >>473
あの新人パイロット達って母艦へ発着する技能を持っていなかったんだよね
飛行機は輸送船から積み込んで本人は普通に乗船
このレベルが「母艦搭乗員」というのだからもう機動部隊の体は成していない
気合で発艦は成功したけど、本人にとっては失敗して海にボチャンしたほうが幸せだったかも >>475
着艦の自信の無い者は、陸上基地に戻れ
という親心の指示がでていたそうだが、もともと囮で沈没必至だったから
わざわざ戻って着艦しても勿体ない、という感じでもあったようだ
>>473
宇垣「おい!、レイテはあっちだよ!」 発 連合艦隊司令長官豊田副武
宛 第二艦隊司令長官栗田健男
本文「天祐ヲ確信シ、全軍突撃セヨ」
>>475
「マリアナの七面鳥撃ち」と言われたマリアナ沖海戦時の機動部隊搭乗員でさえそれなりの練度はあったからね
レイテは寄せ集めや新人を無理やり員数合わせに使ったんだから練度はお察し
>>476
そうそう、そのセリフだ
海軍関係の書籍で読んだけど題名が思い出せん >>478
小瀬元國雄なんかも乗り込んでるから全くの素人集団でもないけどね
ちなみに真珠湾参加者の一人で、
南太平洋でホーネットに止めを刺した艦爆隊の一人 1943ではラスボス大和の前座だが弱いの何の
大和の強さの引き立て役ってところか
>>480
レイテ沖海戦の時に、
栗田艦隊第一部隊を発見したアメリカ偵察機の電信
「敵艦隊は戦艦2、重巡洋艦1」
大和型と並んだら長門は重巡洋艦にしか見えないのさ・・・ >>170
もう特攻が始まった頃には熟練パイロットはほとんど死んでる
更に戦闘機の性能差は決定的に開いてしまっていて
一部の本土配備の高性能機以外は
まともな方法では一方的になぶり殺しになるだけだったからな
まともに闘えば一方的に殺されるだけで特攻よりも酷いことになってた >>483
実際のところマトモに訓練を受けたパイロットの乗る零戦は
大戦末期でも善戦してるけどね
帝国海軍最後の空戦でもF6Fと痛み分けで終わってる >>484
この場合求められているのは通常攻撃で敵艦船を攻撃するための技能を持った搭乗員であって
戦闘機での空戦の技量を持った搭乗員というわけではない
戦闘機のエースパイロットを爆撃機や攻撃機に乗せたところで爆弾や魚雷を命中させる技量はないわけだし
一定の技能を有する戦闘機搭乗員は末期でもそれなりに残ってはいたが爆撃機、攻撃機の搭乗員となるともうほとんどいない >>478
マリアナ沖海戦の前に、タウイタウイで機動部隊が1ヶ月以上缶詰めになって、搭乗員たちは全く飛行訓練ができなかったのが痛いよ
車の運転だって、1ヶ月乗っていなかったら緊張するから・・・ましてや当時の飛行機だから >>485
錬度の問題じゃないと思うな
確かに艦爆・艦攻・陸攻の搭乗員は
戦闘機隊以上の訓練期間を必要とするけど
爆戦なら戦闘機隊よりも遥かに短い期間で編成可能だし
真の問題は、もはや米軍の対空放火の密度が
攻撃隊の生還を期しがたいレベルまで跳ね上がってること
どうせ死ぬなら突っ込んだ方が確実じゃん・・・的な発想だろう >>486
基地航空隊と比べて出撃の機会が少ない母艦搭乗員は特に練度の自然低下が大きいらしい
開戦間もない頃でさえ作戦がなく飛行機に乗る機会も少ないので艦内をぶらぶらしてるせいで
搭乗員の練度は目に見えて低下しているとこぼしている人がいる
マリアナの頃ならその弊害もさらに大きかっただろうね 原子爆弾の威力は熱と爆風だから、
沈没せずに耐える艦船がいても不思議ではないな。
この実験の艦船はドンガラに近い状態だと思うが、作戦行動中の弾薬燃料満載状態だったらどうなってたんだろうね
熱で搭載弾薬が一気に誘爆すればどんな艦も耐えられないと思うが
日本は潜水艦の運用すらまともに出来なかった土人国家だったからな
戦艦5隻中、即沈没1隻、4日後に長門沈没、残り3隻は沈まなかったんで
長門がどうと言う事は無い。
>>493
韓国はライセンス生産ですら海に浮かべてイキナリ沈没したり
頻繁に沈没死亡事故を起こしてるので、土人以前にヒトじゃ無いよなw 仕方ないな
チョン浄化の旗を置いておきますね
毛唐はビキニみたいな露出狂でマンセーするが
我ら帝国臣民は、その遥か先にある侘び寂びを愛する。
スク水こそ最強。モザイクこそ見えない美学。
>>16
核実験の標的にされて沈んだ
阿川弘之「軍艦長門の生涯」を読むべし ウチの先祖は上海事変の時に長門の水平として従軍したらしい
ここは艦これから入ったニワカ……げふん、新参者からプラモではなく木製模型のころから詳しい重鎮達が集まった、フネに詳しいインターネッツですね。
>>492
全速航行中ならさっさと有効範囲外に逃れてる。
低速と言われてても時速で40km/hは出せた。 艦爆の神様の対空砲火は飛んでくるアイスキャンディーだからそれを避けていけば落ちない理論好き
結局彗星艦爆で攻撃時に行方不明になった
菅田将暉「主砲ほとんど当たらんやん。戦艦とはエラい効率の悪いイクサをするもんですなw」
軍令部総長「ファッ!」
沈まなかったんで、魚雷で処分したんだろ
だって爆心直撃でもない核攻撃ごときで沈むとは思えん。鉄の塊やぞ
>>453
戦後海軍軍人の立ち回りの良さが秀逸だったんじゃないの?
戦後は海軍が何故か当初から海戦反対の立場だったり、
戦況が悪くなったら、戦争継続にたいし命がけで反対の立場をとり
早期の終戦を目指していたことになっているし。 >>495
マジか 他の艦が核の威力でで即沈没したのに、たった一隻で浮かんでいたナガトの伝説はw 大嘘じゃねえかうぇい 最後まで大本営発表会かよ >>82
特攻って確かに人の命犠牲にした攻撃だけど、最新戦術のトマホークやドローンの精密誘導攻撃と全く同じ事をやっている。
これが80年前に行われたのだから、米軍の現場部隊にとっては恐怖でしかない。 横須賀でほとんど燃料もない状態で空襲され、そのまま終戦
でも終戦後は、米軍の燃料で腹一杯。ビキニ環礁に向かっていったらしいな
なんか死刑囚に振る舞われる最後の晩餐みたいで泣ける
ナチスドイツの軍上層部が日本と同じ人間爆弾による特攻作戦を企画した時、それだけは末端の兵士にやらせない、ときっぱり跳ねのけたのがアドルフ・ヒトラー総統だったな
元は最前線の陸軍のいち兵士だった彼が何故そこまで特攻という行為に拒否反応を示したのかは知る由もない。
>>509
海軍は階級社会だったから学徒の待遇がよかったんだよ
陸軍は平等だから新入りは幹部候補でも入営時は一般兵としてしごいた >>514
海軍に徴兵されたエリートは優遇されたから好意的で、陸軍に徴兵されたエリートは小卒みたいのに嫉妬で
いじめ抜かれたから戦後陸軍の評判が悪かったなんて話もありますな >>513
ヒトラーユーゲントという子供専属の部隊作って銃を渡してたけどな 海軍は船に乗っている限り飯に困る事はない 艦には十二分の食糧があるし、綺麗な水も不足になる事もなく、病気になる事もないしなっても医薬品は十二分にある
陸兵の多数の運命だった餓死や戦病死などは、根拠地隊になるとか艦が沈んで陸に上がるとかにならないと経験しない
>>511
いくら米空母がダメコンに優れているとはいえ、空母は浮かぶ火薬庫であり
ガソリンやら爆弾やらを満載している危険なフネだ
特攻が怖くないわけがない。一つ間違えたら地獄の業火だよ
特攻ではない普通攻撃だが、空母フランクリンは搭乗員などを含む戦死900を出して
沈みはしなかったが、ほとんど廃艦状態に陥っている >>30
その頃、おまエラは糞を頬ばりホルホルしてたんだろ? >>488
ミッドウェー海戦の直前に例年通りの人事異動を実施したら機動部隊の各艦の乗員やパイロットの4割が入れ替わって
編隊飛行はグダグダだし艦内の連携も悪くなって「あと少しで作戦なのに大丈夫か?」と思ったって証言もあったね >>519
ちゃんと教えて欲しいのなら、大統領以下日本首相に土下座して
上下関係をはっきりさせろ >>521
大丈夫だと思われなかったので、作戦の延期や中止の申し入れが各所で相次いだけれど、山本GF司令部が強行した
真珠湾の軍神の威光には誰も敵わん >>519
いちいち日本のせいにするな朝鮮人
一度くらい自分のクソを自分で拭いてみろ朝鮮人