全員実施への批判根強く
毎年4月に全国の小6と中3を対象に行われる「全国学力・学習状況調査」(全国学力テスト)。今年は新型コロナウイルスの影響で中止されたが、学校現場の負担が大きいなどとして見直しの議論が進んでいる。全国学力テストに関する国の専門家委員会の委員で今月、「全国学力テストはなぜ失敗したのか」(岩波書店・2090円)を出版した福岡教育大の川口俊明准教授に現状と問題点を聞いた。
−全国学力テストは学校現場にどんな影響を与えたか。
2007年の開始以来、特に大きかったのが都道府県別の平均正答率の公表だ。自治体や学校は正答率を上げることが最重要課題となり、強い圧力を受けるようになった。学校現場は4月末の学力テストに向けた対策に追われ、通常の授業時間が奪われるなど疲弊した。成績の悪い子どもをテストから外すなど不正が起きかねないという指摘もある。
−対象学年の全員が参加する仕組みへの批判も根強い。
大規模な学力調査では対象を限定する抽出調査が一般的だ。全員を調べると、不正を引き起こすなどして精度が低下することが知られている。
−それでも全員参加が続く。
国が示す学力テストの主な目的は、全国の実態を把握して教育政策に生かす▽子どもたち一人一人の指導に生かす−の2点だが、後者が特に重視され全員参加が前提になった。テストの中身自体は学力を測るというよりも、学習指導要領の内容をどの程度身につけたかを問うもの。正しく要領に沿って指導を行うべきだとする文部科学省のメッセージを学校や教育委員会に示すという意味合いが強い。
抽出調査では現場の関心が薄まりメッセージが伝わらないという識者もいる。ただ、そもそも個々人の学習内容の定着を確認するためのテストは本来、学校(学級)単位で実施すべきで、国のやることではない。
−最大の問題点は何か。
「指導」と「政策」という両立が難しい目的を掲げていることだ。結果として、いずれの目的も果たせていない。
「指導」のためテストを使うならスピードが重要だ。テストの質が多少粗くても結果を即座に一人一人の指導に反映すべきで、現在のように数カ月もかかっては役に立たない。
「政策」のためなら質が重要で、準備には最低2〜3年はかかる。学力との関連が指摘される子どもの生活環境を調べることも必要だ。現在は準備期間が短すぎるし、生活環境もほとんど調べない。何より問題なのは、テストでどのような学力を測るかという肝心な点を示していないことだ。
−全国学力テストはどうあるべきか。
目的を教育政策に生かすことにしぼるべきだ。学校や学級などの単位で対象を抽出し、その集団を小1、小3、小6など継続的に調査して変化を追う。測定する学力は教科の枠にとらわれず、読解力や計算能力などとする。さらに、勉強時間やテレビの視聴時間▽習い事などの生活習慣▽保護者の学歴や年収▽家庭の蔵書数など社会的、経済的な環境▽教師の指導法−などさまざまな情報を多角的に集める必要がある。
そのためには教育の効果を客観的、数量的に測る教育測定や社会調査に関する専門知識が不可欠だが、日本の教育行政は全く対応できていない。
−来年、デジタル端末を使ったテストが試験的に導入される。
デジタル化でテストの精度が高まり、自動採点も可能になる。そのためには教育測定や社会調査に加え情報工学の知見を持つ人材が必要だ。テストの設計や運用を専門的に担う人材を育成、雇用することを優先して考えないといけない。
全国学力テストには多くの批判がある。だがテストの設計に関する基本的な知識すら踏まえずに批判している関係者やメディアは少なくない。問題点をきちんと理解した上で、見直しを進めるべきだ。(本田彩子)
【ワードBOX】全国学力テスト
2007年、小6と中3の全員を対象に国語と算数(数学)の2教科でスタート。民主党政権が10年に抽出調査に切り替えたが、自民党政権下で13年に全員対象に戻った。現在は理科と英語(中3)も3年に1度行っている。18年8月には大阪市長が学力テストの成績を教員らの給与に反映させる意向を表明(のちに撤回)し、学校現場への圧力や負担が問題となった。文科省は4月、テストにデジタル端末の導入を検討するワーキンググループを設置し、議論を進めている。
西日本新聞 2020/9/27 14:50 (2020/9/27 14:57 更新)
https://www.nishinippon.co.jp/item/n/648738/
毎年4月に全国の小6と中3を対象に行われる「全国学力・学習状況調査」(全国学力テスト)。今年は新型コロナウイルスの影響で中止されたが、学校現場の負担が大きいなどとして見直しの議論が進んでいる。全国学力テストに関する国の専門家委員会の委員で今月、「全国学力テストはなぜ失敗したのか」(岩波書店・2090円)を出版した福岡教育大の川口俊明准教授に現状と問題点を聞いた。
−全国学力テストは学校現場にどんな影響を与えたか。
2007年の開始以来、特に大きかったのが都道府県別の平均正答率の公表だ。自治体や学校は正答率を上げることが最重要課題となり、強い圧力を受けるようになった。学校現場は4月末の学力テストに向けた対策に追われ、通常の授業時間が奪われるなど疲弊した。成績の悪い子どもをテストから外すなど不正が起きかねないという指摘もある。
−対象学年の全員が参加する仕組みへの批判も根強い。
大規模な学力調査では対象を限定する抽出調査が一般的だ。全員を調べると、不正を引き起こすなどして精度が低下することが知られている。
−それでも全員参加が続く。
国が示す学力テストの主な目的は、全国の実態を把握して教育政策に生かす▽子どもたち一人一人の指導に生かす−の2点だが、後者が特に重視され全員参加が前提になった。テストの中身自体は学力を測るというよりも、学習指導要領の内容をどの程度身につけたかを問うもの。正しく要領に沿って指導を行うべきだとする文部科学省のメッセージを学校や教育委員会に示すという意味合いが強い。
抽出調査では現場の関心が薄まりメッセージが伝わらないという識者もいる。ただ、そもそも個々人の学習内容の定着を確認するためのテストは本来、学校(学級)単位で実施すべきで、国のやることではない。
−最大の問題点は何か。
「指導」と「政策」という両立が難しい目的を掲げていることだ。結果として、いずれの目的も果たせていない。
「指導」のためテストを使うならスピードが重要だ。テストの質が多少粗くても結果を即座に一人一人の指導に反映すべきで、現在のように数カ月もかかっては役に立たない。
「政策」のためなら質が重要で、準備には最低2〜3年はかかる。学力との関連が指摘される子どもの生活環境を調べることも必要だ。現在は準備期間が短すぎるし、生活環境もほとんど調べない。何より問題なのは、テストでどのような学力を測るかという肝心な点を示していないことだ。
−全国学力テストはどうあるべきか。
目的を教育政策に生かすことにしぼるべきだ。学校や学級などの単位で対象を抽出し、その集団を小1、小3、小6など継続的に調査して変化を追う。測定する学力は教科の枠にとらわれず、読解力や計算能力などとする。さらに、勉強時間やテレビの視聴時間▽習い事などの生活習慣▽保護者の学歴や年収▽家庭の蔵書数など社会的、経済的な環境▽教師の指導法−などさまざまな情報を多角的に集める必要がある。
そのためには教育の効果を客観的、数量的に測る教育測定や社会調査に関する専門知識が不可欠だが、日本の教育行政は全く対応できていない。
−来年、デジタル端末を使ったテストが試験的に導入される。
デジタル化でテストの精度が高まり、自動採点も可能になる。そのためには教育測定や社会調査に加え情報工学の知見を持つ人材が必要だ。テストの設計や運用を専門的に担う人材を育成、雇用することを優先して考えないといけない。
全国学力テストには多くの批判がある。だがテストの設計に関する基本的な知識すら踏まえずに批判している関係者やメディアは少なくない。問題点をきちんと理解した上で、見直しを進めるべきだ。(本田彩子)
【ワードBOX】全国学力テスト
2007年、小6と中3の全員を対象に国語と算数(数学)の2教科でスタート。民主党政権が10年に抽出調査に切り替えたが、自民党政権下で13年に全員対象に戻った。現在は理科と英語(中3)も3年に1度行っている。18年8月には大阪市長が学力テストの成績を教員らの給与に反映させる意向を表明(のちに撤回)し、学校現場への圧力や負担が問題となった。文科省は4月、テストにデジタル端末の導入を検討するワーキンググループを設置し、議論を進めている。
西日本新聞 2020/9/27 14:50 (2020/9/27 14:57 更新)
https://www.nishinippon.co.jp/item/n/648738/