無償で公開されているオープンソースプロジェクト「ネクストストレイン」(Nextstrain.org)は、アウトブレイク(集団感染)を起こした病原体の博物館のようなものだ。世界各地の研究機関が、患者から採取したウイルスの遺伝子配列データをここに投稿する。ネクストストレインはそのデータを使って、感染の広がり方を示した世界地図や、ウイルスの系統樹を描き出している。(参考記事:「オープンソースな養鶏は可能か―――遺伝子を企業支配から解放する」)
ネクストストレインが取りこんだ新型コロナウイルスのゲノムは、3月末の時点で2000を超えた。データからは、感染の拡大とともにウイルスが平均15日ごとに変異していることが明らかになっている。
「変異」などと聞くと恐ろしげな想像をしてしまうかもしれないが、ウイルスの有害さが増しているという意味ではない。単に変化しているというだけで、むしろ、ウイルスがどこから来たのかを迅速に知れるうえ、起源に関する妄言も否定できる。
「これらの変異は完全に無害で、ウイルスの拡散の仕方を解明するパズルのピースとして役に立ちます」。ネクストストレインの共同設立者で、米ワシントン州シアトルにあるフレッド・ハッチンソンがん研究センターの計算生物学者トレバー・ベッドフォード氏はそう話す。
新型コロナウイルスを追跡するこの手法は、深刻なパンデミック(世界的流行)の報道があふれる中で、ひときわ明るく輝いている。同様の手法は、過去にジカ熱やエボラ熱などの感染症が流行した際にも、重要な役割を担っていた。
しかも、遺伝子解析のコストの低下とスピードや効率の向上により、世界各地の研究者がほんの少人数で、新型コロナウイルスの感染経路をこれまで以上に速やかに解明できるようになった。その結果は、特に検査が追いつかない場所で、感染を封じ込める戦略から感染ペースを緩和する戦略に移行するべきか否かを判断するのに役立つはずだ。(参考記事:「21世紀の生物学を支える「次世代シークエンサー」とは」)
「5年前にエボラ熱が流行したときには、サンプルを採取してから、ゲノムの塩基配列を決定しデータを公開するまでに1年かかりました」とベッドフォード氏は言う。「今では2日から1週間でできるようになりました。これらの技術をリアルタイムに利用してアウトブレイク対策に生かせるようになったのは、今回が初めてです」(参考記事:「エボラ出血熱はどのように広がるのか」)
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ベッドフォード氏の研究室が新型コロナウイルスを追跡し始めたのは、2月から3月にかけてワシントン州で感染者が増えだした頃だった。公衆衛生当局は当時、患者の旅行歴を追跡し、接触した疑いのある人を突き止めることに注力していた。
一方、ベッドフォード氏らは、20人以上の患者の鼻から採取したサンプルを分析し、遺伝子の解読を始めた。新型コロナウイルスがどこで、どのように変化したかを追跡していくと、驚くべき事実が明らかになった。シアトルで最初に感染者が見つかった1月21日以降、何週間もの間、シアトルの人々の間でウイルスがいわばひっそりと培養され続けていたのだ。最初の患者は、中国の武漢を訪れた35歳の人物だった。
別の言い方をすると、軽症で病院にかからなかった人や、検査を受けていなかった人々が、知らないうちに新型コロナウイルスを広めうることが科学的に証明された。この発見から、感染スピードを遅らせる都市封鎖、学校・職場・店舗などの閉鎖、他人と一定の「社会的距離」を保つなどの対策が、世界中で次々と打ち出されることになった。
「ゲノムデータは、ウイルス感染がどのように拡大するかについて、より多くのことを教えてくれます」とベッドフォード氏は話す。
ネクストストレインの可視化ツールは、新型コロナウイルスについて知りたいという市民の欲求も満たしている。そう評価するのは、米カリフォルニア州にあるスクリプス研究所の計算生物学者で、西ナイルウイルスやジカウイルスなど1000種類以上のゲノムデータをネクストストレインに投稿しているクリスチャン・アンダーセン氏だ。
全文はソース元で
2020.03.31
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/20/033000204/?P=1