「溶けた」138億円の行方
名古屋地検特捜部や名古屋国税局を巻き込んで、中京地区の一大騒動となっていた高野山真言宗の八事山興正寺(名古屋市昭和区)の138億円を巡るトラブルは、「裁判外和解」が反故にされて新たな法廷闘争に発展、一層、泥沼化するのが避けられなくなった。
高野山真言宗の住職が、呆れ果てている。
「ケンカして刑事告訴したものの取り下げて和解。ようやく収まったかと思えば、住職を辞めさせてまたケンカ。今後、訴訟合戦に突入するでしょう。歴代の尾張藩主が帰依、『尾張高野』とも呼ばれた名刹が、檀家にも地元住民にも見放されています」
混乱のきっかけは、12年、興正寺の土地を隣接する中京大学に約138億円で売却したことだった。当時の梅村正昭住職が、許可なく寺有財産を処分、宗規に決められた礼禄など約5億4000万円を支払わなかったとして14年1月、罷免し、総本山の添田隆昭宗務総長を住職とした。
本来なら、添田住職のもとで興正寺の運営は正常化される。しかし、梅村前住職が寺を実効支配、138億円の売却資金を次々に外部に流出させたことでトラブルは長期化、16年9月、添田住職は背任などの容疑で名古屋地検特捜部に刑事告訴、同時に名古屋国税局は税務調査に入り、15年3月期までの3年間に約6億5000万円の申告漏れがあったと指摘した。
確かに、破天荒としかいいようのないカネの流れだった。事件用語で、収奪した資金を各方面に費消、追及と追跡を諦めさせることを「溶かす」というが、138億円はまさに梅村前住職の実効支配の間に溶かされた。
投じられた先の中核は、中小企業支援のNPO法人で、「中小企業の駆け込み寺」となっている。そのNPO法人が仲介する形で、コンサルタント会社などに流れていった。なかには、興正寺の墓苑、納骨堂の販売管理を含む八事地区再開発といった実業もあったが、28億8000万円というクビを傾げたくなる金銭消費貸借契約や、韓国の人気音楽グループのコンサートへの出資名目の2億円など、ワケのわからないものもあった。
また、興正寺がスイスの投資会社から107億円の融資を受けることになったとして、大田区のコンサルタント会社と約17億円で業務委託契約を結び、委託費の支払いが滞れば、寺の資産を差し押さえられるという内容の公正証書を作成していた。
さらに不可解な拠出先もあり、高野山の開祖・空海ゆかりの巻物「御遺告」に5億円を提供していた。空海の死後、10世紀頃に弟子が遺言を残すために記したとされるが、寄付金には「真贋を確かめる権利」も含まれているという不可思議なもので、仲介業者に対する支払いも1億円と巨額だった。
「裁判外和解」に至った舞台裏
目的は資金移動。実効支配している間に、資金を雲散霧消させたのであり、本山からやってきた添田住職からすれば背任である。「業務委託などには実態がなく、寺有財産を不正に外部に流出させた」と、刑事告訴するのは当然だが、特捜部の捜査は遅々として進まなかった。
「前とはいえ、代表役員の地位にあった住職が契約を結んでおり、相手方も権利関係をわきまえたプロ。契約書等に遺漏はない。NPO法人には東京都や国税局のOB、大学教授や司法関係者が名を連ねていた。もちろん、5億円の『御遺告』など捜査しやすい怪しい事案もあったが、それでは『前住職がNPO法人とともに資金を費消した』という本筋から外れることになる」(検察関係者)
それでも告訴から1年後の17年9月、特捜部は強制捜査に着手。関係先を家宅捜索するとともに、梅村前住職などから任意で事情聴取を行なっている。
並行する形で、幾つもの民事訴訟が名古屋地裁で続いていたのだが、今年5月21日、添田住職と植村前住職が、突如、和解した。興正寺問題は、流出した資金の巨額さと、背景の複雑さもあって宗教関係者が注目していたのだが、地位確認と土地建物の明け渡しという最も重要な判決を4日後に控えて和解、その内容も公表しないという「裁判外和解」だったので、みんな驚愕した。
「高野山側が勝ったとしても前住職サイドは控訴してくるのは確実で、裁判はさらに長引く。その間の訴訟費用はバカにならず、興正寺のイメージダウンは続き、檀家にも迷惑をかける。それなら和解してでも梅村サイドを追い出した方がいい、というのが添田さんの考えでした」(宗教ジャーナリスト)
困るのは特捜部である。被害者がいなくなり、被害金額も特定できないのでは背任事件は成り立たない。6月末には梅村前住職らを不起訴処分とした。
裁判外和解は、いかにも「丸く収まればいい」という宗教法人の決着の仕方だが、これでは終わらなかった。
そして、振り出しに戻った…
(続きはソース)
2018.09.13
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/57507