ネットの書き込みなどが名誉棄損罪に問われたケース ※肩書は当時
神奈川県の東名高速で昨年6月、あおり運転の末の追突事故で夫婦を死亡させたとされる男と無関係の男性をインターネットで中傷したとして、名誉毀損(きそん)容疑で書類送検された11人全員が不起訴処分になった。検察は「他人の投稿をコピーしただけ」などと判断したが、事実無根のデマに悩まされた男性は「司法はネット被害への危機感がない」と訴え、不起訴を不当として検察審査会への審査申し立ても検討している。【宮城裕也、平川昌範、柿崎誠】
被害男性「司法は危機感ない」 検察審査会へ申し立ても
男が逮捕された後、姓が同じで、男の住所にも近い北九州市八幡西区で建設会社を経営する石橋秀文さん(48)は、男が自分の息子で、石橋さんの会社で働いているというデマを流された。ネットの掲示板には名前や会社の住所、電話番号、自宅住所までさらされ「倒産だね。一家路頭に迷って下さい」「オヤジが自殺するまで追い込まねば」といった罵詈(ばり)雑言があふれた。会社には中傷電話が多い日で100件以上かかってきたという。
石橋さんからの告訴を受け、福岡県警が名誉毀損容疑で書類送検した11人は「ネット情報を信じ、勤務先も許せないと思い書き込んだ」などと供述したが、福岡地検小倉支部は8月31日、全員の不起訴を発表した。1人は書類送検後に死亡し、3人は「十分な証拠が得られなかった」のが理由だった。
7人については「投稿されていた内容をコピーし投稿したに過ぎないことなどを総合的に考慮した」としており、事実関係を認定した上で刑事責任を問うことを見送る「起訴猶予」だったとみられる。一部は「(元の情報が)ウソか本当か確認しなかった」と供述しているといい、検察関係者は「軽い気持ちで書き込んだことまで刑事責任を負わせるべきではない」と語る。
お笑い芸人のスマイリーキクチさん(46)がネット上の偽情報を基に「殺人犯」と中傷された事件でも、東京地検は2010年、書類送検された7人全員を不起訴としている。
一方、東京都のラーメンチェーンを「カルト団体が母体」と中傷する文章をネットに掲載し、名誉毀損罪に問われた会社員の裁判では、最高裁が10年、「ネットの情報は不特定多数が瞬時に閲覧可能で、時として深刻な被害がある」と指摘。「ネット上の表現も罪の成立要件は他の表現方法より緩やかにならない」との初判断を示し、罰金30万円の高裁判決が確定した。
このケースと違い、今回の事件やスマイリーキクチさんの事件は、書類送検されたのが偽情報の発信源ではなく、他にも拡散した人物がいる可能性もある。それでも、元検事の落合洋司弁護士は「デマはコピペで広がる。『コピペならセーフ』という誤ったメッセージをネット利用者に与える恐れがある」と述べ、少なくとも略式起訴して罰金刑とすべきだったと批判する。
スマイリーキクチさんも「検察の判断は一般感覚とずれがある。裁く権利のない人の安易な書き込みが人の人生を大きく狂わせることを分かってほしい」と強調。石橋さんは取材に、書き込んだ人物への損害賠償請求と並行して、検察審査会への審査申し立ても検討していることを明らかにし「今のネットは無法地帯。司法は危機感がなさすぎる」と話した。
専門家「ネット情報、うのみにしない教育を」
事実無根の書き込みで、無関係の人が巻き込まれるネットの危険性が改めて浮き彫りになった今回の事件。専門家からは利用者自身の意識向上を求める声も上がった。
「たった1人が書いたデマがコピーされ、拡散され瞬時に手が付けられなくなり『事件の真相』として広がってしまう」。企業にネットの炎上対策をアドバイスする「MiTERU」代表、おおつねまさふみさん(46)は警鐘を鳴らす。
ネットの中傷に詳しい清水陽平弁護士(東京弁護士会)は「書き込みで民事上の損害賠償責任を負う可能性もある」とし、ネット情報をうのみにしないよう子供のころから親や学校が教育することが重要だと述べた。
千葉県のIT会社「Diver Down」は人工知能(AI)で悪質な投稿を抽出し、同社のサービス利用者には届かないようにするシステムを開発した。須田省吾代表は「根拠のない悪意の投稿をなくしていくことが大事だ」と話した。
毎日新聞 2018年9月8日 18時35分(最終更新 9月9日 04時32分)
https://mainichi.jp/articles/20180909/k00/00m/040/025000c?inb=ra