1980年に根絶が宣言された天然痘の原因ウイルスによく似たウイルスを人工的に合成したと、カナダと米国の共同研究チームが米科学誌プロスワンで発表した。同じ技術を用いれば、感染力が強く致死率も高い天然痘ウイルスを作製できる可能性が高く、専門家の間では、テロリストらによる技術の悪用への懸念や、論文を掲載した出版社の判断への疑問の声が上がっている。
合成に成功したのは、カナダのウイルス学者のデイビッド・エバンズ・アルバータ大教授ら。天然痘ワクチンの改良などを目的に、米国の製薬会社トニックスから約10万ドルの出資を受け、同社と共同研究した。
研究チームは、約21万2600塩基対ある馬痘ウイルスの全遺伝情報を担うDNA(デオキシリボ核酸)の塩基配列を、10個の断片に分割。各断片の作製を民間会社に発注した。送られてきた断片を実験室でつなぎ合わせて完全なDNAを合成し、生物の細胞に感染して増殖する能力があることも実験で確認した。
今回、作製されたのは天然痘の近縁種の馬痘ウイルスで、人では病気にならない。しかし、この技術を使うと人に感染する天然痘ウイルスを作製できる可能性が高く、海外の専門家らが懸念を示している。
昨年7月の米科学誌サイエンスの記事によると、チームは同誌と英科学誌ネイチャー・コミュニケーションズに論文を投稿したがいずれも不採用となっている。今回掲載したプロスワンは、デュアルユース(用途の両義性)問題を扱う委員会で審議した結果、「天然痘ウイルスの作製を可能にするような新たな情報を提供する内容ではない」と判断したとして、「掲載による利益がリスクを上回るということに満場一致で同意した」と説明している。
これに対し、デイビッド・レルマン米スタンフォード大教授ら米国の専門家2人が同誌のウェブサイトにコメントを投稿。いずれも委員会の結論に反論する内容で、「この論文は出版されるべきではなかった」「バイオセキュリティー(生物学的脅威への対策)の失敗だ」などと掲載を批判している。
天然痘ウイルスについては、旧ソ連が第二次世界大戦後も生物兵器化を目的に研究していたことが知られている。1991年にソ連が崩壊した時に技術やウイルス株が流出した可能性が指摘されており、米軍や日本の自衛隊は海外の一部地域へ赴く際、軍事目的でウイルスが使われた場合に備え、天然痘ワクチンを接種している。
バイオセキュリティーに詳しい防衛医科大学校の四ノ宮成祥・防衛医学研究センター長は「今回の論文で、天然痘ウイルスの作製が技術的に十分可能なことが示されたと言える。科学研究は公表が原則だが、社会的な意義やリスクを十分に議論することが必要だ。委員会はより詳細な審議過程を示すべきだ」と話している。【須田桃子】
■天然痘
天然痘ウイルスによる感染症の一種。強い感染力を持ち、致死率も高い。18世紀末にワクチンが開発されたことで予防が可能になった。世界保健機関(WHO)が1980年に根絶を宣言し、現在、ウイルス株は米国とロシアの2カ所のみで保管されている。WHOは、ウイルスの完全なDNAの合成を禁じている。
2018年2月6日 18時52分(最終更新 2月6日 22時34分)
毎日新聞
https://mainichi.jp/articles/20180207/k00/00m/040/062000c