白石隆浩容疑者(写真:日刊現代/アフロ)
濃厚な一冊である。元フリーカメラマンでノンフィクション作家の八木澤高明氏が著した『日本殺人巡礼』(亜紀書房)には、20件ほどの事件が登場する。
八木澤氏が各事件のルーツをたどり、殺人者の実相に迫ったのが同書だ。八木澤氏の巡礼は土地から土地を巡り、時代から時代を巡る。ページを捲って八木澤氏の巡礼をたどっていくと、その時代、その土地ゆえの犯罪が浮かび上がってくる一方で、時間や場所を超えた共通性も見えてくる。
同書にも登場する、昭和63(1988)年の「女子高生コンクリート詰め殺人事件」をはじめ、未解明の女子高生殺人事件などさまざまな事件が起きている東京都足立区を、八木澤氏は「東京ノースエンド」と呼んでいる。その地は、八木澤氏が暮らす“ホームグラウンド”でもある。
東京ノースエンドの一角、ゆったりとしたソファと古びたインテリアが並ぶ喫茶店で、同書に綴られているさまざまな事件や執筆の経緯について話を聞いた。
座間の白石容疑者、小平義雄との奇妙な一致
神奈川県座間市で起きた事件が今、日本の社会を震撼させている。白石隆浩容疑者(27)は、8月下旬から10月にかけて座間の自宅アパートで9人を殺害し、遺体を解体、頭部など遺体の一部をクーラーボックスに入れて自室に保存していた。
犠牲者のうち男性が1人、残る8人は10代から20代の女性で、ツイッターに自殺願望を書き込んだことで白石容疑者と知り合ったとされる。マスメディアではツイッターをはじめとするソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)の危険性が叫ばれ、政府がツイッターの規制も含めた再発防止に乗り出す事態になっている。
「昭和20(1945)年から21(1946)年にかけて、小平義雄という男が起こした連続強姦殺人事件があります。10件の暴行殺人で起訴されて、3件は証拠不十分、7件で有罪となっています。当時は戦後の食糧難の時代で、小平は『米を安く売ってくれる農家がある』などと声をかけて女性を誘い出していました。
座間の事件は、まだ初動の段階で内実ははっきりわかりませんが、彼がゆがんだ欲望を満たすためにSNSを利用していたのであれば、小平の事件と構図はそっくりです。『食糧』が『SNS』に替わっただけで、犯罪に手を染めてしまう人間の本質的な部分はまったく変わっていない。
SNSを規制してもしょうがないですよ。今回はSNSが犯罪に結びつきましたが、ほかの一面では人を救っている部分もある。SNSがない時代にだって、目を背けたくなるような凶悪事件が起きていたわけですから。いつの世にも犯罪者は存在します。SNSが規制されたら、また新たなツールが犯罪に使われるだけでしょう」(八木澤氏)
ツイッターで自殺をほのめかしていた女性たちは、本当に自殺願望を持っていたわけではなく、「誰かに話を聞いてほしかったのだ」という指摘もある。物質的な飢えが心の飢えに替わっただけで、本質的な部分で70年を隔てた2つの事件は似通っている。
本書の中で八木澤氏は、小平の実家を訪ねて親族から話を聞き、殺害現場を巡るなど、現場を歩いた上での考察を基軸とし、事件から日本という国の経てきた歴史のありようを描き出していく。そこには、時代を超えた犯罪者心理の共通性が浮かび上がってくる。
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