
かつて都が置かれた近江大津宮(大津京)で詠まれた万葉集の歌を、石碑にして保存に取り組む愛好家グループが、遷都1350年という節目の年に目標だった10基の建立を達成した。25日に大津市唐崎の唐崎苑で2基の除幕式を行った。
このグループは万葉集の勉強会やゆかりの地を巡る活動をしている「淡海万葉の会」。「目に見える形で何かを後世に残そう」と二〇〇八年に始め、これまでJR大津京駅前や近江神宮境内などに柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)や額田王(ぬかたのおおきみ)の歌を刻んだ八基の歌碑を設置してきた。万葉集の中で、県内で詠まれた歌は百十首にのぼるという。
今回お披露目された一基目の歌碑は、但馬皇女(たじまのひめみこ)の歌。命令により崇福寺に行くことになった穂積皇子(ほづみのみこ)への恋い焦がれる思いをつづったもの。嘉田由紀子前知事が揮毫(きごう)した。
二基目は舎人吉年(とねりのきね)の歌で、亡くなった天智天皇の御霊を乗せた船が、唐崎を出発し山科へ行く様子を想像し、天皇をしのんだ歌。万葉学者の中西進さん(88)が揮毫した。
大津京は六六七年、天智天皇によって遷都されたが、没後起きた壬申の乱を経てわずか五年あまりで飛鳥へ都が戻った。
同会会長の鈴木靖将さん(73)は「大津京は短い間に政治、文化が花開いた珍しい都。歌碑を見て、万葉の美しさ、大津京の魅力に触れてもらえれば」と話した。今後歌の解説碑を歌碑の横に立てるという。(市川勘太郎)
配信2017年11月28日
中日新聞
http://www.chunichi.co.jp/article/shiga/20171128/CK2017112802000011.html