ええっ!哲学者の中村雄二郎さんが亡くなられたの?!
哲学って学問として終わった分野だよな
20世紀の進歩で無意味なものと化した
哲学と聞くと
AKB総選挙で結婚宣言した須藤凛々花を思い出すな
あれってもう結婚したのか?
>>4
哲学者をからかうために
小難しい用語をデタラメに並べて
哲学の学術誌に投稿したら採択されたって珍事があったよなwww 自分で「どうこれおかしいでしょ?」とか言ってそうな
某哲学者のエッセイが絶望的につまらない
>>4
実は最初から学問でも何でもなかったから
終わりも始まりもないんだけどなw >>4
終わってるのはジャップだよ
ジャップには世界的哲学者が一人もいない 先生教えて下さい。
何故、今の文系はアホなんですか?
そういや最近哲学って聞かないが昔読んだドゥールーズ?とかの本は面白かった
あれぐらいぶっ飛んだ意見を書けないニホンの翻訳哲學には未来は無さそう
ジャップには哲学が無いから国軍が一億全滅とかほざく始末
・新語を作り出してはいけない
・使用する言葉の定義をはっきりさせないといけない
・誰でもわかるように書かないといけない
ってルールつけたら全く無意味な学問モドキ
というか宗教と同じ
認識には意味がない
>>4
哲学以外の解明すべき対象が増えすぎたからな
自然科学が発達する前なら、科学技術という基盤を必要としない
論理学とか哲学みたいな、
定番の本と個人の頭脳だけでも何とかなる学問に優秀な人材が集まった
でも、現代では、優秀な人間が向かう学問が他にたくさんある
この世の真理を究めたいと思えば、素粒子物理学に向かうだろうし、論理学が好きな場合でも、
哲学には向かわずに、cpuの設計とかに向かうんじゃないかな
ハッキリ言って、優秀な人間にとって、哲学は全く魅力はない
まあ、文系エリートが、教養として嗜んでおくぐらいの程度のもの >>16
ドゥルーズww
検索→ 知の欺瞞 ソーカル事件 テレビチャンピオンの司会やってたパントマイムの人か
三浦あたりが浅田彰で仕掛けたのが日本では最後だな
外国だとマンデルの仕掛けぐらいが最後か
哲学って単にメタレベルの思考運動なわけで特別偉いわけでも終わっているわけでもない。
>>11
>>9は本当の事件を言ってるだけなのになんでキレるん?
むしろ、それが通る学会の腐敗やばくね 年のせいか哲学書読んでも
「それは独自の所論に過ぎない」としか思えないんだよ
なんで難しい言い回しを有難がったのかなあ、昔の人は
大学受験の現代文でこの人の文がよく出題されてたよな。
抽象的な文が多く、けっこう難しかった記憶がある。
>>35
理系のコピペ論文が通るようなもんだろ
文系も理系も腐敗しまくってる なんでか知らんが、日本人の哲学ってエセ哲学っぽいのばっかだよな
この人の読んだことねえけどさ
>>23
哲学を極めようが、素粒子物理学を極めようが
ハゲは永遠にハゲ
決して治らない
真理は変えられない >>33
そういうメタレベルの空論考えてる時点で終わってるw
メタがメタを呼んでメタメタになるだけ
結局「単なる個人の感覚的主張」に過ぎない
フォロワーがいなければ終わり >>36
それはあなたの固定観念を証明するために読んでいるだけでは? マンデルじゃないな、サンデルだった
サンデルの5人を救うか1人を救うか、という問いに
5×∞=1×∞、という明解があった
現代文で哲学が出ると殺意が湧いてくるよなw
まあ美術評論や歴史学社のゴミみたいなエッセイも同じくひどいが
林先生いわくその識者の脳内では正しいであろう歪んだ論理をさらに出題者の脳内で歪めた二重に非論理的な問と答えから成るのが国語の試験である
こんなクズみたいなクイズをやるから中国韓国にボロ負けするのだ
無知な人間は大抵否定から入る
このスレでもそう
大した知識もないくせに哲学は終わったとか、
お前ごときの知識で完結するような学問はない
>>46
それだ。
大学受験の時に買って読んでみたが、ほぼ理解できんかったw 宗教とか哲学とかだんだんクローゼットの隅に捨て置かれて忘れられる存在。
ときどき行き詰ったり悲しいことにぶち当たった時だけ、ふらふらと引っ張り出すけど
日常が生き生きしてくるとやっぱりクローゼットの隅で視界から消えている。
>>44
そんな一市井人の固定観念も突き崩せないのかいなw
哲学や宗教では誰も洗脳されなくなっちゃったね 哲学みたいな正解が無い物を学問として扱うのはどうかと
日本には哲学者がいないって、いるわけないじゃない
そんな歴史がないんだから
いるのは西洋哲学の解説者だよね
少なくとも大学からサラリーを貰ってっる人を哲学者とは呼びたくはない
>>33
そんなおっさんの脳内オナニー運動を学問と偽って偉そうにしていられた時代が終わってるって話だろな
21世紀になった今、他人の衒学的な言説()に付き合うほどヒマじゃなくなったからな 『術語集』は入試に出る。
そのものが出なくともこういった考えや文章を理解出来るよう読んでおくように、と自分の大学受験の頃に言われてたな。。。
非生産的だから批判されてるのか?
無知な俺には人間の真実が詰まっている学問にしか思えないんだが
>>57
そういう意味論を問う意味がもうなくなったんだよ >>23
天才の集まる英米では哲学領域に人材が集まるぞ
物理や数学に次ぐレベルで 未熟すぎて役に立たない経済学と、
熟しすぎて腐り果てた哲学。
心理学の先生が「心理学者は哲学が好きではない」って言ってた。
心理学は科学だけど、哲学はそうでないと。
>>61
毛唐は「人をだます学問」が得意だから
言葉を使って人をだますのが「哲学」
数学を使って人をだますのが「経済学」
統計を使って人をだますのが「心理学」 哲学は学ぶものじゃない
自分で考えなければただのコピー
コピーなら不完全な科学の方が断然マシ
おまえらは劣化コピーばっかりだわ
>>62
いや、宗教も色々読んだがピンと来なかった。つーか、人間が勝手に神を作ってるだけだし >>61
物理や数学には、なんであれ答えがあるが、哲学には答えがない。 朝日新聞紙上でスノップな「往復書簡」とかいう、似非教養主義的あざとさと
イヤラシさ紛々の連載をやっていて、その中身のひどさに、中村氏を「恩師」と
仰ぐ、元ゼミ生だったという、オレの妻ですら流石に呆れてたよ。
>>57
宗教は死を利用するが、哲学はどうなんだ? >>61
その英米で、哲学として、何か新しい発見や進化はあった?
哲学者と呼ばれたいw、とか、哲学の教授っておしゃれやんw
みたいな需要じゃなくて、学問としての発見や進化でさ
そもそも、あんたは、この中村って人がどういう成果を上げたのか知ってるの?
この人の研究成果は何かの役に立ったの? フランスあたりだと、哲学が身近にあるみたいね
日本でいうと戦国武将や維新の志士を話題にするような感覚でポピュラーなんだそうな
最近読んだ、AIのシンギュラリティを批判する本を出したフランス人も
コンピュータサイエンスを大学で学んだけど、親にきちんとした人間になれと言われて
哲学も学んだんだとか
ちなみに数学に解があるのはそこに解のための因子しか存在しないからである
物理は近似で真に厳密な解ではない
これも分からないやつ多そう
小学生でも理解できそうな簡単なことを考える頭がないやつは理解できないんだよね
そもそも東洋人に哲学は難しいだろうな
金儲けとか利益になる実利ばっかりが学問だと認識する人間性の低さが東洋人にはある
>>42
単に有用性が分かってないだけだと思うよ。
普通の学問は思考対象が限定されているが哲学の役割はその思考そのものが対象だって言うだけの話。
難しくもなんともないし空論でもメタレベルのループでもなんでもない。
たとえば、歴史というディスクールを取り扱うためには、フーコー=ニーチェ的な知の考古学=系譜学は非常に有効だし、必須だよ。 哲学の本質はオナニーだよな
ひたすら自問自答を繰り返して自己満足してるだけ
哲学の第一人者がお亡くなりになってるというのに
須藤凛々花は呑気に難波のAKBの公演に今出演中
>>76
哲学というのは、価値観を学ぶことだから、とても大切。 ソクラテスもハゲ
ハイデガーもハゲ
ショーペンハウエルもハゲ
フーコーもハゲ
あれ、それ以外はフサばかりだ?
デカルトもパスカルもスピノザもライプニッツもカントもヘーゲルもフォイエルバッハもマルクスも
ニーチェもラッセルもヴィトゲンシュタインもロラン・バルトもデリダもドゥルーズもハンナ・アーレントも
みんなフサフサ!
哲学は髪の毛に優しいのかもな
>>4
人間の知的営為に終わりはあるのか?
終わらないでしょう?
哲学が終わったとあなたが感じるのならば、あなたが考えることを止めたからです。 英米の哲学の主流は、論理哲学と公共哲学
わりとロジックがすっきりしているものが主流
宗教は人間にしか通用しないが、哲学は宇宙でも通用するのだろうか?
>>4
現代では、素粒子物理学って名前に変わったらしい。 術語集てのを買わされたなあ
アイデンティティーとかナンジャコレ?って感じだったけど
今じゃ結構普通に使われるようになっちゃったね
>>52
固定観念を変えてくれるものとして哲学を捉えるのは誤っていると思う
哲学とは物事の真理を追求する学問だと捉えている
捉え方の違いだけど、そういう姿勢で読む人には哲学書は向かないのかもねぇ 哲学は学問としては終ったかもしれないけど、
現代人のありとあらゆる思考は哲学に支配されているよ
本屋で立ち読みして興味が出たのでそのまま本を買って難しかったけど面白く読み終えた
どんな道でも人間の頭が作り出したものだから全部その矛盾を抱えつつもまだ考えてだして生きてるんだから興味深いものだと思う
自分には必要なものだったから若い頃バリバリ読める時期に読めて幸いだった本というものがある
別にそれが真実じゃなくても色んな分野の本を読む方がいいとおもうけど
自分の専攻した学問だけ追うのも退屈だし教養ってそうやって巡りめぐるのが面白いと思うし自分の専攻した学問にフィードバックできるから
まあ自分は色んな考え方を知りたいだけでそれを追って生きてゆくわけではない、自分には自分の課題があるよ
哲学者は誰でも知っている常識を述べているに過ぎない
ゲーテの皮肉ね
世界には向こう側とこちら側があって、日常世界がこちら側だとすると
その世界とは別の向こう側があるらしい
向こう側と言っても別に死後の世界とか霊界という意味じゃなくて
こちら側と連続的にある世界らしいけど
その向こう側の摂理を紐解くのが哲学なり科学なんだそうな
そういう世界観というのはキリスト教だからこそ成り立つんだそうで、
日本にはあまり馴染みがなさそうだよね
そして、その向こう側と自由に行き来できる人を天才というんだそうな
>>17
philosophyに、「哲学」って、訳語を作ったのは日本人の西周なんだけどなw 現代の哲学は色んな学問を横断して整理する役割が大きいから決して無駄ではないだろう
社会学も歴史学も経済学も精神医学も動物行動学も現代哲学からコテンパンに批判されて進化してきたと言える
てかフランスでは1番の英才が哲学者になるらしいからさもありなん
日本のゴミみたいな翻訳業者を哲学と呼んではならない
学生の頃 中村雄二郎さんの公開講座を聴きに
御茶ノ水に行った
現代哲学のトピックスを
平易な文言で表現する、
稀有な才能をお持ちの方でした
ご冥福をお祈り致します 合掌
>>14
韓国人の原理研カルトとか異常すぎるだろ。
というか、あの短絡的で思慮が浅く言われた事を反抗的にオウム返しにいうことと
たかり盗む事と弱そうな相手にガツガツズケズケする事だけが先行したような糞で、
欲深いのだが、欲望に他人の芝生をみるように損得の執着心が病的に高い程度の
欲深さの屑が、どうして、欲望損得に深い考えを得られたのか不思議だわ。
人の思考を盗めるようになってから、自分に無い深い知恵や知識まで知ってしまったみたいな感じというか、
過去に情報を送って歴史を捻じ曲げようとして変な所の考えだけ
良心的な人間が大きな苦労や経験から得たような思考を、姑息に持っているとしか思えない >>83
哲学とは価値の調整である、って面白いと思った >>52
専門家と話すといろんな発見があると思うよ 止揚って訳した馬鹿はわざと分かりにくくしたんだろうな
元々そういう学問
>>80
Q1 「フーコー=ニーチェ的」というお前の言葉をわかりやすく100字以内で解説せよ
Q2 「血の考古学=系譜学」という(以下同文)
Q3 「非常に有効だし、必須だ」というお前の主張の根拠を提示せよ
>>92
>哲学とは物事の真理を追求する学問だと捉えている
お前はフッサール現象学すら知らんのかw >>46
高校の時、国語教師に進められて読んでみたけどわけわかめだったなぁ 哲学って
「ひとりよがりでどれだけの人をだますか」だからな
カルト宗教みたいなもんだ
若い人ほどだまされやすい
年取ると仏教みたいなのにだまされやすくなる
懐かしい名前だ
共通感覚論とか魔女ランダ考とか有名なのしか読んだことないけど
バブルの頃までは哲学者や社会学者やジャーナリストは花形で、
社会のあらゆる事象を語っていて説得力もあったが
ソ連が崩壊しサヨクの没落と共にそれらの言説が全てが陳腐化してしまって、
今や影響力が全くなくなってしまったな
>>120
何で哲学=左翼なんやw
それに中村氏は左翼でもなんでもないだろw >>118
岩波文化人の一人、という立場であったな
>>120
俺はネット社会の影響が大きいと思う
素人に反論権が与えられてそれが大衆の目に簡単に触れるようになった
浅田彰なんて当時ネットがあったらボロカスだっただろう >>124
そんなこと言ってたか記憶ないけど
それが「byブルゾンちえみ」だったら
何わけのわからないこと言ってんだバカ、で終わりの言葉だね
みんな著書を読んでいたんじゃなくて
「中村雄二郎を読んでる自分」に酔ってただけ コリン・ウィルソンは好きだよ
哲学じゃないだろうけど
哲学を文系扱いにするからいけねーんだよ。
どう考えたって理系だろ?
考えたこともないけど。
東 浩紀 人間にはハイデガーより難しいことを考えることはできない
素人の反論は勢いだけでよく聞くと無茶苦茶だからあまり説得力を感じない
哲学に勢いがないとしたら哲学で議論してきたことが我々素人にも徐々に常識化してしまってあまり知的刺激を感じないからではないかな
例えば記号を消費してると言われても気の利いた高校生なら言えそうだし映画ならゼイリブやマトリックスで通俗的に表現されている
キルケゴールだけはガチで面白い
老若男女、文系理系、学歴問わず読んでキリスト教の威力を実感するべし
>>131
哲学に勢いがないのは「プレゼンが下手だから」
で、上手にプレゼンすると、「なんだそんな手あかのついた話が言いたかっただけなのか」って言われるから
難しい言葉や言い回しはそれをごまかすためだったんだよな うーん、知らん
俺が知ってる哲学者ってニートぐらい
>>125
術語集Uの「オートポイエーシス」「リズム」の項参照
大変刺激的で示唆に富む >>2
ホント突然の訃報に驚いたわ
ご冥福をお祈りします >>134
全体像の大きすぎる上に科学の限界や社会制度の不備でグチャグチャの問題こそ哲学の出番な気がする。
東日本大震災は、哲学者がもっと発信すべきだと思う。 名前は知ってるが、影響受けてない。
哲学で新しいことを書ける人は100年に1人出てくればいいほうだろう。
>>1
誰?誰?誰?誰?誰?誰?誰?誰?誰?誰?誰?誰?誰?誰?誰?誰?誰?誰?誰?誰?誰?誰?誰?誰?誰?誰?誰?
誰も知らないじいさんでいちいちスレ立てるな >>140
そんなことするよりボランティアに行くべき
言葉だけの人間では人を動かせない 戦前の日本人哲学者は東洋の文化と向き合った上で西洋哲学やってたのに
最近の人は東洋的な教養もないまま、ただ西洋哲学もどきをやってるだけだよね
キリスト教のことも何も知らずに・・・ほんと中二臭い
>>138
だからつまらん、ってばよ
もう過去の人
大学受験までの人とも言うべきか 実社会ではほとんどなんの役にも立たないことを仕事にして飯が食え、先生先生と持ち上げられ
て91まで生きたら、もうほんとうの大往生だろう。
毎日、朝起きるたびに行きたくないなあって思い、やりがいも生きがいも感じない仕事に行き、こき
使われて給料15万の人がいる。
そのへんの矛盾、理不尽、不条理についても深く考察したのかな。
合掌。
>>133
キルケゴールの「信仰の飛躍」に驚き、私にはとても論理的とは思えず
ニーチェの「この人を見よ」の目次に、なぜ私はこんなに賢いのか、なぜ私はこんなに利口なのか、なぜ
私はこんなに良い本を書くのかとあるのを一瞥して哲学とは恐ろしい人たちがやるもので常人は近づく
ものではないと思いました。 哲学が終わったと思う人は
流されて生きていけばいいよって思うだけだよ
意識的に生きるか、起こる出来事にパターンとして無意識に反応して生きていくかだから
人生を変えたいと思うなら、意識して選択していきていったほうがいいと思うけどね
ダメ人間、貧乏人、は責任転嫁しながら、そして哲学など役にたたないといいながら
不満と愚痴のなかで生きているように思えるけどな
「哲学」という改まった形としてとらえてない場合もあるよ
ビジネスならば、ビジネスマインドという形の精神論になるだろうね
すべての期待が裏切られる本。
投稿者小谷野敦2012年10月2日
「ニューアカ」の時代に、山口昌男グループという一分派があった。
『へるめす』に拠り、大江健三郎や中村雄二郎らがいて、ニューアカ本体からはややバカにされていた。
その一人中村の著で、ギアツの『ヌガラ』あたりを参考に、バリ島のトランス演劇を論じたもので、
しかも題名が「魔女ランダ考」と来るといかにも面白そうではないか。
当時は野田秀樹などの、ややファンタジー風の演劇も盛んだった。
だがすべての期待は裏切られる。ここにあるのは、バリ島へ演劇を観に行った紀行文と、ギアツの紹介と、
さして意味があるとは思えない、また説得力をもって展開しえない、演劇と政治との関連であり、
人のいい読者なら、これはきっと深い意味があるのだが自分には分からないだけだ、と思うだろう。
だが実際には、中村はこれら、実は大して関係ないものを、関係づけるペテンをうまく働かせることが出来なかっただけなのである。
中沢新一と違った、中村の誠実さゆえの失敗作ぶりを、本書は示している。
>>23
論理学は今や数学の一部だよ。
アリストテレスの論理学なんてやってるのはいない(哲学史として勉強するのは別にして。) >>149
そういう「精神論」の意味がなくなっちゃったんだな
たとえば経営学は「成功者を一般化する」というのでビジネスしてたんだけど
単に成功例は成功例でしかなく一般化できないから
物語として面白い、というしかなくなった
精神論ではどうしようもない時代だから
哲学もどうしようもなくなったんだよ
ビジネスマインドでビジネスはうまくいかない 知の欺瞞事件で、文系哲学屋が
科学を出鱈目引用してたのをバラされてたよな
今後、華々しい展開が望めるかどうかはともかく w、
過去の偉大な哲学者の著作に親しむのは良いことだけどね。
日本ではまだ啓蒙も終わってないのに、近代を超えるとか軽々しく言うなら
足を踏みはずすだけだろう。庶民の頭の中は中世ジャップランドの住人だ。
>>153
まあ、あれは文系のなかでもとりわけ軽薄な、批評理論とか、フランス現代思想とかの人たちだから w ここで語ってもしゃあないけど
よくもまあ、自分の脳の判断を信じられるもんだと思うわw
ノーベル物理学賞でも取れるレベルの脳ならともかく、たいした脳などもってないだろ?
この問題に向き合うべきだと思うけどね
価値とは何かということに関わってくる 価値の創造ということにも関わってくる
たいしたことない自分の脳との付き合いかただなw
たとえばオボちゃんのウソがばれたのはネットからだったように
今の人は偉い人が言ってもマスコミが宣伝しても
簡単に「はいそうですか」とは承諾しなくなったんだよ
哲学とか宗教にだまされる人は権威に弱いタイプの気がする
>>152
書店は精神論を語った本だらけじゃないのw
スピリチュアル(笑)、ひきよせの法則(笑)
あんなの読むぐらいなら哲学書でいいじゃんと思う >>157
それを鏡に向かって自分に言って
その言葉を受け入れればまだ見どころがある >>159
だからすぐ売れなくなるでしょ
最近はそういう本の賞味期限も著しく短くなった
エンタテインメントとして哲学を読むのなら別にいいんだけど
それが真理とか真実と思うと
現実との相違や反例の多さに
むしろ不信が高まると思うわw 自己啓発本も著者の信者にしか売れてないよ
そういう商法は昔から変わらない
嫌味、揚げ足取り、難解用語で煙に巻くが哲学者のやることだから
役立たず扱いなのは残当
>>115
知らないね。だから説明してくれまいか? 哲学の人間とはなにかって問いは、哲学だと我思う故に〜だのひたすら精神的なものに終始する
論理学との融合もひたすら言葉遊びに終始するものだ
ヴィトゲンシュタインの論理哲学論考のあの哲学の終わりにしか感じられない読後感なんて凄まじい
まだ解明されてない事は多いもの、今ではビッグバンから始まり
特に理由はないけどこんな世界が存在してる
という後者の方が完全に定説化してる
現代の頭のいい人は精神世界の学問には向かわずに
既に世界の一端として見えながらも謎に包まれたこの後者の謎の解明へと向かう
現代で哲学をやるなんて言っても『ポジティブに生きよう!(完)』という自己啓発以上のものにはなりえない
>>2
お前、実は誰だか知らないだろ?
安心しろ、俺もそうだ。 >>165
真理を求めないで考え方や意味を求める、と一言で言っておこうか >>167
しょせん「哲学者の主観」に過ぎないんだよなあ
著者名の権威がないとただの狂人の文章じゃねえのか、と思うことも多い これを機に岩波が新聞と組んで「中村雄二郎再評価」とかやるんだろうな
でも失敗するだろうね
日本の哲学者のお名前は西田幾多郎先生しか知らん、で先生が散策された道が
哲学の道ということだけ知ってます。
>>164
最近ネットに論文落ちてるじゃない
哲学系とか文学系とか社会学系の学者の論文読んだら
まるでエッセイみたいに次から次に論旨が展開していって
結局何が言いたいのかわからないことが多い
引き出しとしての知識の多さを誇りたいのかなあ
その割には必読文献が参照されてなかったりする 低学歴にとっては「哲学者=サヨク」のイメージなんだろう。
戦前の京都学派なんて最後は大東亜戦争肯定論に行っちまったじゃねーか。
>>174
哲学者=自分の感覚的主観をさも真理であるかのように言って人をだます人間、だな
京都学派でいうと今西みたいなのが代表かな
もう「棲み分け」なんて誰も言わなくなったろw 日本には哲学がないな
前例、空気、これですべて終わる
>>15
文系がアホというより、教える方がアホなのだと思う
前から純粋に疑問だったんだけど、教員になれる基準ゆるすぎね? 専門的に学問と認められたところから哲学から離脱して行くから今じゃ抜け殻に近い気もする
日本の哲学だと空海の「声字実相義」「吽字義」が重要だと思う
いわゆる言霊論だけど今の日本が抱えてる問題もこれに収斂するように思う
哲学は否定しないけどただの劣化コピー多すぎなんだよw
知識人とか名乗らせるのやめさせた方がいい
あいつらが語る「歴史」が本当に「繰り返した」例が何例あるかをさ、
AIでも使って統計とった方が遥かに先は読めるよな
>>178
それはギリシャ時代の話だw
わからないもの、解明できないものは
いくら言葉を弄してわかったふりをしても意味がない、ということが
みんなわかったのかもしれない
哲学も、宗教も、文学も、心理学も、経済学もね
>>179
そういう風に誰も知らなさそうなことを言えば昔はみんなだまされたんだよw >>181
科学は万能ではない。
しかし言葉にして表現できないものは、大抵が詐欺である。
という高名な先生の教えがあってだな…
自分の人生においては、実際にその通りだった。
本当の本当に難しい知識は、
きちんとした言葉として存在していてかつ、理解が難しい。 >181
生命倫理も哲学の範疇で、実生活に直結する重大な問題じゃん。
脳死は人の死なのか?、染色体異常の胎児は堕ろしていいのか?
>>169
ありがとう!後は自分で調べて見るよ!
ちょっと見ただけだけどなかなか面白そうだ
因みにフッサール現象学を支持しているようだが哲学の一種なの? >>185
現実社会では「言葉は詐欺の道具」「映像は詐欺の道具」だよ
しゃべらない詐欺師はいない
マスコミの詐欺にこれまでみんなだまされてたろ?
その「きちんとした言葉」=「定義がはっきりした言葉」「内延と外延の境目が明確な言葉」が
哲学にはないことが多いんだよ 法律とかはそれがないと話にならないんだけどさ
>>186
そういうのは法制度の問題であって生命倫理の問題じゃない
単なる主観的主張を「生命倫理の問題」と表現したからと言って主観的主張には変わりはない
単なる決めごと 理屈と膏薬はどこにでもくっつく
生類憐みの令は生命倫理の問題だったか?単なる趣味だったろ?
>>187
別に支持してないよ この人の文章って大学受験の現代文でめちゃめちゃ出されてたよね
中村雄二郎、加藤周一、小林秀雄とか。
>>9
なんだっけ?ゾーロフ事件?あー思い出せん! 大学入試問題の常連だったね。
今はどうだか知らないけれど。
本屋行くと、哲学や教養を謳った通俗本が割りとよく売られてるよね
ビジネスマン向けと謳われてるけど、仕事に応用するにはやはり無理があって
でも、初心者向けの導入としては肩ひじ張らずに読めたりする
お前らの哲学コンプは異常w
哲学スレはいつもこうなる
今は、哲学も神経科学や生物学の知見を大いに用いてるね。特に英米系だけど。
>>193
図書館に行くと誰も読まなくなった過去の通俗本が所狭しと並べられている
でも誰も読まずにホコリをかぶってる
要するに「役に立つ気がするだけで現実には役に立たない本」なんだよな
単なる洗脳本だから >>194
それだ!!ソーカル事件!!!10年くらい前にけっこうハマってたわ >>196
それだますのに使うだけだよ
今は脳科学が人をだますネタとして大流行り
1980年代の認知科学ブームのときは
それが人をだますのにさんざ使われたなあ
あの時のAI(当時はエキスパートシステム、とか言ったか)ブームの盛衰を知ってるから
今のAIブームも醒めた目で見てる >>198
はまるって w
まあ、ソーカル、プリグモンの「知の欺瞞」は、面白いというか、真っ当な内容。 イメージ戦略としては意味あるけどな
日本のフィクションも西洋哲学や文学の引用ばかりじゃん
現代は西洋のロジックで動いてる
かつての哲学は数学、論理学、物理学を包括する学問の大黒柱だった
アリストテレス、デカルト、ライプニッツなど偉大な哲学者たちは
同時に偉大な自然科学者、数学者でもあった
数学、論理学、物理学が専門化して独立していった後の哲学はもはや抜け殻
ただの言葉遊びになってしまった
哲学って思想に流れがあるんだよね
先人の偉業を踏まえて、新たな業績を打ち立てるから
通史を抑えておかないと、その偉業の意味が分からなかったりすんだよね
その点、通俗本でもポイントを抑えるだけなら事足りるかな
哲学は西洋の思考法であって、日本人には無理なんだよ。
だいたい日本独自の哲学を打ち立てたとか言われる西田幾多郎からして、宗教みたいだろ。
例えるなら哲学は地球が平面であると思われてた時代に
端っこは滝のようにでもなってるのかどうかを脳内推理してきた学問
当時としては謎の追求に必要な学問だったけど、地球が丸い事がわかった現在には
当時の人がどんな事に悩みどう考えてきたのかを知る為の歴史書の一種
だから読む場合は理屈は不要で、へーこうだったんだと流し読みするだけでいい
理解できないところを立ち止まって深く考える事にもあまり意味はない
>>184
俺も割とそう思うが、終わってないという根拠は?
哲学史の価値は当然あると思うが >>205
西洋哲学も宗教だよ
「思考法の宗教」というべきかな >>206
そういう「昔の人はこう考えた」と言う読み方なら害はないんだけど
たまたま自分の考えにぴったり合うと「これが真実だ」という頭の悪い人がいるもんでねえ いや、上にも書いてあるけど
哲学はあの世を研究対象にしてるわけじゃないからね
この世にあるけどまだ認識されてない世界
その世界を切り拓くのが哲学なんじゃないのかな
だから哲学は宗教だというのは、ちょっと乱暴だと思うわ
>>210
この世も対象にしてないよw
自分の脳内妄想をこの世と勘違いしてるだけ 哲学は終わった式の議論ってのは、なんとなく近代の超克論の焼き直しみたいでね。
だから「脳内妄想」という点では宗教と全く同じ、ということ
その「脳内妄想」を真理や真実と勘違いしてる点も含めてね
哲学というのは、「問うこと」を専門にしていて、「答えること」にはあまり関心がなく、またその力量にも欠けている学問だよ。
>>214
ソリューションが出せない、というのは無能の証拠 近代西洋哲学は西洋において、キリスト教の世俗化の役目を果たす為に大きく役立ちはした
それ以前のキリスト教圏は今のイスラム教圏みたいな感じだったから
哲学、妄想、綺麗事、厨ニ病患者のかっこいいと思う言葉の羅列
これ実は全部一緒な
宗教の最大の目的は恵まれない人々の救済だと思うけど
それは哲学の目的ではないし
やはり、脳内妄想=宗教でもない気がするわ
>>217
そうそう、大人になった今では哲学者が中二病に見えるw
詩人とかも同じだな
荘子やエピクロスならまだ気持ちが楽になってエンタテインメントとしていいんだが
暗い気持ちになる話が多いからなあ 2ちゃんでもたまにネタになる
深淵を覗いた時深淵もまたこちらを覗いている
とかこの文章とか本当笑えてくるよな
こんなにも無意味な文章、現代人じゃ作れないよ
>>83
隣の家のBBAに哲学を理解させられない上、哲学に懐疑的な人の価値観を理解出来ない哲学って、ただの自己満足だな。 >>69
哲学は最初から答えが出ているものを
こねくり回しているだけだろ。 >>218
磔にされて死んだ人が生き返るとか
ジュート林を照らして来た神と対話するとか
信じない人間には脳内妄想としか思えないのだがw
ちなみに宗教は恵まれない人を政治的にたばねて
金銭的にむしりとる、という役目もある
なお宗教を魂の救済とか言うのはお人よしの日本人だけで
宗教は「自己正当化の道具」というのが他国の人の認識、と誰かが書いてたなあ 青色LEDの人かと思ったら、あっちは中村修二だった(´・ω・`)
>>222
自動ドアや自家用車に向かって「おっ、今日もご苦労さん」って声をかけるメルヘン爺と本質は同じだから、今でも見かけるよ。 まあ、宗教と哲学が同じという主張も、ある種ID:TsT2+zWt0の脳内妄想であるわけだがw
>>228
そうだよ
だから哲学も単なる「哲学者の脳内妄想」に過ぎないんだ >>205
思考法なんて呼べるようやメソッドはないよ。
「そもさん!」「せっぱ!」みたいな暇潰し。
ただ問う相手が人間ではないので、答えが返って来ない。
幼児の独り言と同じ。
それを中年男がやるから、哲学は認知されない。 すべては「哲学者に権威を認めるかどうか」による
カントを知らない人間に「カント曰く」と言っても全く説得力がない
>>205
木田元が反哲学で同じことを言ってるね。
西洋哲学は日本人には理解できなくて当然と。 >>218
宗教の本質は「逃げ」だよ。
超能力者みたいな神様と辿りつけない天国的な所に逃げ込む、精神的な駆け込み寺。 >>233
そう思ってた時期もあるんだけど
「逃げないための道具」に使われてるんだわ
だから「人を殺すための理論」なのよね、究極的に言うと >>4
全く、そんなことはない
ますます、必要とされている 哲学と言うと?
「今と言う時間は無い。常に過去しか存在しない」
「その時、自己は存在しないから死も空想に過ぎない」
「日本の若者よ、結婚しなさい。良妻を持てたら一生幸せである。
もし悪妻を持っても…君も哲学者になれる!」
ってのしか知らんな。
でも哲学の思考実験って面白いよね。哲学的ゾンビとか転送器の話とかクワス算とか。コウモリであるとはどういうことか、とか。
時間の無駄と思ってもぐるぐる考えちゃう。
>>234
恐怖心や殺した後の心配事から逃げる為に、都合の良い超能力者みたいな神様の後ろ盾があると思い込む事で立ち向かえてるだけ。
本当は恐怖心や心配事、目の前の苦痛は神様ではなく自分が現実で克服しなければならない。
そいつの中で神様に祈ろうが御加護があろうが極楽浄土があろうが、目の前の危機や苦痛は消えない。
だから動物は神様に逃げない。 >>240
何か本当にお人よしだね
簡単に言うと「自分の意図の正当化のために使われるのが宗教」なんだよ
反道徳的なことでも宗教のもとに正当化するんだ
もちろん無理やり強制的に人を動かす時にも使われるけどね >>203
確かにそんな感じだな。
ガガーリンが宇宙から「周りを見ても神様はいなかった」と言った瞬間に哲学は宗教と言う後ろ盾
すら失い漂白せざるをえなくなったんだよな。 Qこれは何ですか? A.これは○○です
ってすぐに答えを貰えないと納得が出来ない人には哲学って到底理解出来ないと思うんだよね
思考をする事探求をする事が哲学であり、それは結局生きる上で非常に大切な事だから
哲学はいらないって考えてる人は自ら考える事を放棄してる事と同義
>>23
>この世の真理を究めたいと思えば、素粒子物理学に向かうだろうし、論理学が好きな場合でも、
>哲学には向かわずに、cpuの設計とかに向かうんじゃないかな
こういう試みって失敗したと看做されていたと思うけど最近はまた事情が違うの? >>123
浅田は本人の哲学らしきものは全く見出せないけど
討論会の司会とかああいうのはホント上手いと思う
何時だか不肖の元弟子の東のシンポにパネリストとして呼ばれて
仕切り役の東がキレて議論がグチャグチャになった所を
モノの2・3分で綺麗に纏めたのは凄かった 某MARCHの哲学科だったが、
教授はプライドだけで生きてるような気持ちの悪い人種だったな。
わざと難解な話して理解できない学生の数を競っているような態度だったw
やってることは原書を原語で読んで訳し方とか解釈をひたすら細かく粘着するって感じw
人生についてとか世の中の真理や価値観を追及するとか、
一般的にイメージしているような分野の学問ではないことは確か。
さっさと見切りをつけて中退したわ。
>>251
大学中退までしなくても
そのゼミだけ切ればよかったんだよ お前ら哲学と宗教にはやたら厳しいな
確かにカルト宗教団体は糾弾されてしかるべきだけど
人間も動物で肉体的、精神的にも動物のルールに縛られて生きてる。否定しても飢えて死ぬだけ。
哲学は動物的な物を否定した最も動物から遠い存在=役に立たないって事。
脳味噌使った暇潰しでしかない。
>>54
これに尽きるわ
百歩譲っても講師の質はもっと上げた方がいい 哲学とか金かかんなくていいじゃん
紙と鉛筆があれば十分だろ
で、哲学にダマされた人はどれくらいいるんだろう?
期待してたけど、思いのほか成果は得られなかったという残念な人なのかな
現在進行形でダマされてる人は、気付いてはいないんだろうけど
まあ、哲学は真実じゃないんだよ
少なくとも絶対に繰り返されるとか、同じことが起こるとか言うものじゃない
しかし我が国の自称リベラルに代表されるように
予言書として利用する似非うんこは絶えないのである
もし思い当たる人間が近くにいるなら
お前が哲学を語るな詐欺師がと言っておいて欲しい、
哲学を真実が書いてある経典が如く教えるバカがバカなんだよ
だからオウムみたいなのにハマるバカが現れる
哲学が悪いのでなく学んだつもりになってるやつがキチガイなんだろ
高々数年で何をマスターした気になってるのか、
>>253
そりゃ似非が蔓延してるからな
大学でオルグしてる連中とか典型的な紛い物だろw 日本はポエムと混同されてるところがあるやん
実際、定義が無けりゃ何も意味のない世界だからなこの世てのは
中村雄ニ郎さんはフーコーの訳書を書いていた人だな
お世話になりました。
>>1
で、こいつの哲学wのおかげで我々人類の生活はどの分野がどの程度よくなったの?
具体的に教えてくれ。 現実の大多数の勤労者にとっては池波正太郎とか司馬とかの方がよっぽど生き方を教わるうえで大事な存在だろw
>>247
失敗ってなんぞ?
すでに学問領域として存在するだろ?
いくつか失敗したプロジェクトが有ったとしても、学問領域がなくなるほどの失敗なんて有ったか? 哲学が真実が書いてある経典や預言書だって勘違いした己の無知を呪うべきだよね
哲学には何の落ち度もないじゃない
ソーカル事件ってのも、何かを語った気になれるマジックワードだよね
>>268
まあでも、そういう連中に限って哲学オタクで哲学知識のない人を笑ったりするんだよね
そして知識のなさを見識のなさにすり替えて錯誤を誘う
当然そいつの「予言」は当たらないので哲学オタクの評価は下がる一方な訳さ
実際(世間で言われている)哲学ほど
ハッタリかましやすい分野はないと思うね、 このネット時代に 哲学って意味あんのか?
いろんな奴の考え方がネットのブログとかでおおっぴらになってるってのに。
ソクラテスもプラトンもニーチェもサルトルも
話題が無いときだから 偉くなれたけど 今だったら 2ちゃんねるのクソ話だな。
>>274
まあでも欧米では哲学って社会人が持ってて当然な基礎教養だし
笑われても仕方がないんじゃないのかなあ
そんなに悔しければ被害者の会を結成すればいいわけだし >>277
欧米のそれは、キリスト教の毒性を下げるためにあるんじゃないかという気がする。
アラブみたいにならないための。
日本人は結局、諸行無常・諸法無我の中で生きていて、西洋哲学の言う真理という固定化する考え方自体が何ら助けにならない気がする。 >>269
あの笑劇(事件というまでもない)で一番象徴的だったのは、ポストモダンの連中が学問的に反論できず、
自分たちも(科学者と同じ)大学に在職してるから尊重されるべきみたいなことしか言えなかったこと。
公立美術館という権威なしには存在し得ない現代美術のようなものだろう。 >>276
「真理」「真実」から
ただの「一つの考え方」に地位が落ちたからなあ
今ではその「一つの考え方」がネットにいっぱい落ちてるから
自分に合うしっくりくる奴を選択すればいい
知識とか教養という社交のためのファッションとして身に着けるなら
それもいいだろう
ソクラテスを知ってるのとワインの味がわかるのとは同じということで >>278
ただ、いまの時代は日本的なるものの毒性が語られる時代だから
その解毒のためにも哲学という道もそのひとつとしてあるんじゃないかな >>36
スマリアンという人がすべての哲学者の議論に通用する反論として、
「それはあなたが勝手にそう言ってるだけでしょ?」
というのをあげていた。
まあスマリアンも哲学者なんだけどwww 2017年 訃報 謹んでお悔やみ申し上げます
露の雅(落語家)、松方弘樹(俳優)、三浦朱門(老害バカウヨ)、松野莉奈(エビ中)、石原慎太郎(作家)、
金正男(お笑いタレント)、中山美保(吉本新喜劇)、安部憲幸(元ABCアナウンサー)、中曽根康弘(元首相)、、
ペギー葉山(歌手)、渡部昇一(老害バカウヨ)、中井洽(はまぐり)、泥憲和(平和活動家)、
与謝野馨(元財務相)、野際陽子(女優)、上田利治(ええで)、安西愛子(歌手)、不破哲三(元共産党委員長)
日野原重明(医師)、村山富市(元首相)、砂川啓介(俳優)、長島忠美(衆議院議員・元新潟県山古志村長)
羽田孜(元首相)、中村雄二郎(哲学者)
中村の本は、昔の大学入試現代文の常連だったな。
今は、古市の本が出典になったりするんだよな。
>>278
大元のユダヤは何故かその手の毒にやられないな
すげー世俗的
日本人はその手の思想を持たない代わりに外国に影響を与える思想家を一人も生み出してない気がする >>53
昔は哲学者も決定的な結論を得ようと必死になっていた。
しかし、今では、誰かの見解に対して他の人が疑問を提出あるいは反論するとまた他の人が同様に…
ということが延々と繰り返されることが多い。
結論など出ないと結論が出たのだろうww
いわばルールのない法廷弁論のようなもの。
まあ、現実の裁判は具体的利害に関わるので仕方ない面もあるが、最近の哲学の場合、普通の人から見ればどうでもいい問題のことが多い。
例えば、「mind」という一流雑誌に「ニワトリとタマゴはどちらが先か」という論文と反論論文が掲載されたことがある。もちろん、著者の持つ専門的見識や方法論に基づく議論ではあろうけど。
で、これが全くの時間のムダかというと少なくとも著者にとってはそうでもない。議論のそれぞれが「論文」となり業績として、アカポス取得や昇進のための基本的資産となる。
それが2ちゃん哲学板の議論と違う面だ。 >>291
君自身が「何も信じてない」ことは確実に信じているのだろうか? 入試現代文出典の変遷
(第一世代)大岡信、小林秀雄、山崎正和、中村雄二郎、外山滋比古、鈴木孝夫、山口昌男
(第二世代)阿部謹也、加藤典洋、養老孟司、鷲田清一
(第三世代)福岡伸一、古市憲寿、茂木健一郎
量子力学を宇宙論に応用しようとするととたんにトンデモみたいな説が沢山出てくるけど
ああいうの哲学を多少なりとも学んでたらあんな事態にはならないんじゃないの
人足奴隷集団が支える学際系の研究室に
意識高い系()の哲学系の奴が出張ってきて
マネージメントの仕事とかを嫌がりまたろくに出来ないのを見て
集団行動が嫌いで考え事だけして金もらいたいんなら学振取れよって思う昨今
>>290 でもユダヤ人の思想家や哲学者って、異常に多いよね。
ユダヤ教的教義からの、離脱や解毒ってのは、どうやって達成されてるのだろう?
思想的営為ではないが、金融で大金を儲けるというようなユダヤ人でありながら、
同じ人物が敬虔なユダヤ教徒というのも、結構いるんだよねえ。 神について考えることと、それを考えてる自分自身の信仰の問題は切り離しておかないと頭がおかしくなるよ
ユダヤ人はその辺の切り替えが上手いのかな?
>>294
今って古市とかあんな若い奴の文章が入試になるのか。
もっと古典化したやつっていうか、解釈が定まった文章を使うべきだと思うが。 >>282
言語活動を独り言から解放しようとして
まだ成功していないのが哲学だからな
実際言語活動が独り言ではない証明はできないわけだ >>294 内田樹からの出題も目立ってたことあったね。 >>302
ユダヤ人はありとあらゆることを語るけど、YHWHに対する信仰は揺らぐことがない
キリスト教徒やイスラム教徒はバカ正直に両者を一致させようと無駄な努力をしている
東洋人にはそもそも一神教に対するそれのような信仰心がないので
あらゆるものが常に揺らいでいる、そのため力を持たない
こんな印象ですがどうですか? 人間知的活動は言語的に把握されざるを得ないのだが
言語の機能的側面というものがよくわからない以上
言語が把握しようとしている対象が的確に把握できている
という保証は全く無いわけだ
科学というものは原理的に把握できるか不明なものは
適当なところで見切って基礎を構築し成果を出しているが故に
大人の学問と言われる
おそらく把握不可能と思われる原理にしつこくこだわっている哲学は
子供の学問と言われる
現代の哲学はそれに耐えられなくなって科学的になっている面もあるが
>>307
哲学と科学は何の関係もない
哲学を科学風味に味付けしようとしたフランス現代思想のお偉方は全員ソーカル事件で終わった >>308
科学を中途半端に援用しちゃったやつね
アメリカの哲学は違うよ 科学的世界観の根本的な成立を問うてしまうと
なぜそんな世界観が成立するのかわからない
だがそんなことを言っていたら科学なんてやっていられないから
放置せざるを得ない
科学は大きな成功を修めているが故に
文句の付けようがないように思えるが
意外と迷走している面もある
それは、主観と客観、認識と対象といった思考の枠組みが
正しいと保証されていないからでもある
日本人はここ考えないから理論に弱いんだよな
独我論の問題にこだわる日本人はいないに等しいからな
超越論的自我とか日本の歴史とは全く無縁の存在
>>310 >科学的世界観の根本的な成立を問うてしまうと
>なぜそんな世界観が成立するのかわからない
それを言うなら、自然科学以外のどんな学問についても同様であって、
その世界観を完全に支える理屈や根拠はないんじゃないのかな。
自我なんて東洋人にあるわけないと思う
一神教の信仰に伴って生じる副産物なんじゃないの
持とうと思って持つようなものではない気がする
>>308 元は同じだっただろう。哲学と科学。
哲学が先だとしてもよいと認めるが。
それから自然科学的定義によって、哲学が再考されることはあるだろう。
脳科学の発展などが、特にそれに寄与しそうに思えるね。
哲学を筆頭として文系学問(経済学、心理学も含む)って
「崇められないと存在価値がない」のね
学者が消えてフォロワー(信者、信奉者)が消えたら学問自体も消える
虚しいったらありゃしない
人をだまして味方につけるためのエセ学問と
誰もが承服せざるを得ない本当の学問を
この際区別すべきだな
だいたい正しかったら論争が起きるはずもないだろ?
論争が起きるのは単なる主張だからだ
多くの場合、主張の論理が不完全、というより
その論理が適用される範囲を明確に把握せず一般化するからだ
で、今は「誰もが承服する有名キャラ」がいない
要するに権威がなくなったんだな
だから文科系学問は困ってる
権威でみんなを説得できないから
社会学の神様だったウェーバーですらウソツキ呼ばわりされる
>>318
>多くの場合、主張の論理が不完全、というより
>その論理が適用される範囲を明確に把握せず一般化するからだ
まあこれはあるな
悲しいことにこれを封じたら文系は何もできない そういう意味で今一番面白いのは歴史かも知れない
過去の記録によって構築されてきた歴史が
考古学的手法によって記録が事実でないことがどんどん暴かれてる
たとえば比叡山焼き討ちについても記録のような全山丸焼けではなかったことが明らかになってる
これからは「記録は必ずしも真実ではない。
記録だけで歴史を語ってはいけない」というようになるだろう
哲学は無意味とかいう人もいるが、
でも、フーコーとか結構面白いよね。
「ああ、そういうことだったのか」と納得する論が多い。
まったく、プラスにはろくな哲学徒がいないな。
2ちゃんに哲学を語れる人物がいないのは本当らしいな。
まったく嘆かわしい。
おおかた、田辺元も読んでいないのだろう。
そんなことでよく日本の哲学について語れたものだな。
>>321 >過去の記録によって構築されてきた歴史が
考古学的手法によって記録が事実でないことがどんどん暴かれてる
それを言うなら、最も面白いのは、イエス・キリストの実像。
歴史学的な検証では、かなり暴力的な人物だったようで、物議を醸してるね。 人類が「類」であり、「種」は争い競うものだということもわからず、「種」の中に「個」がいるという関係性すら認識できない輩ばかりなんだろうな。
キリスト教が、権威主義によりすぎていたキリスト教団に対して、
怒りをもって極論に走ったマタイによって精神的支柱が作られたという側面はあるんじゃないのか?
>>327 いや、聖書記述の殆どは後の創作なんだよ。
創作物としての良さは認めるにやぶさかではないけどね。 創作物として創世記より面白い物語がいまだかつてないんだよね
誰が書いたのか知らないけど渾身の力作だと思う
>>319
あらゆる自明を疑い続ければ
いずれ言語すら消滅する
権威とか言うファンタジーも
痕跡一つ残さず消滅する
これ近代哲学の入口辺りの話だと思うんだけど いわゆるユダヤの聖典である旧約聖書の記述によれば、ユダヤの神こそ何だか最低な人格だなと思えるし、
またそれらについてもパクリの寄せ集めという説も、無視できない根拠を提示して存在する。
でもユダヤ人はそれについて、本気で批判したりは殆どしないんだよね。
タルムードなどで両陣営に分かれたラビが延々論じてたりするというような、いわゆる「退屈さ」に持ち込んで、
それら根本的に神を問うという要請を緩和し、退けてきたのかな。それはそれで、世俗的叡智でもあるとは思えるが。
>>329
余裕で、創世記より面白い物語はあるわ。
このユダヤに洗脳されたブタめ。
>>330
消滅しねえよ。
記号論について調べれ。人の脳は記号の認知によってなっているのだ。
>>331
ユダヤ人は、西洋宗教が嘘なことをよく知っている。
洗脳支配に利用しようとしているだけだ。 >>333
西洋宗教だけじゃなくて中東宗教もだけどな
まあ宗教化してないのなんて中国文化圏ぐらいだけど >>320
文系の学問に真実はただ一つ
「ケース・バイ・ケース」だな
でもそれでは商売にならないので一般化して人をだます
>>330
禅は「言葉では現わせない」というところからスタートだよw
まあ悟りというのもただの勘違いなのだが 役にたたないのがいいんじゃないか!
Brotwissenshaftだっけ?パンの為の学問、実学だけが学問じゃないだろう
>>323
単なるエンタテインメントだよ
突っ込みどころ満載のね >>335 >まあ悟りというのもただの勘違いなのだが
それは認めても良いが、最適な「勘違い」ってのを得られる手段があれば、それなりに救いになると思うよ。
なお禅が必ずそれを達成してるというつもりは、全くないけどね。
>人の脳は記号の認知によってなっているのだ。
こういうことを平気で言えるのがよくわからない
「脳」「記号」「認知」の定義をちゃんと述べてから話さないと
経済学が人をだますやり方は
「自分の意図する結論を導くために都合のいい前提条件を最初から放り込んで
数学的に証明する」というやり方なんだけど
同じように哲学ってキーワードの定義を自分の都合のいいように決めて
新語を作って人を洗脳する、というやり方をするから信じられない
>>338
勘違いは救いにならないよ
マッチ売りの少女がマッチを擦っても幸福になれなかったのと同じ
同じように心理療法とか精神療法とかは「ただの洗脳」ってばれたから
もう風前の灯 >>342 では、禅では絶対に悟りによる安寧や幸福へは至れないの?
最近はシリコンバレーやグーグルなどで、マインドフルネスという禅を慣用したような手法が奨励されてたりするよね。
個人的に実際に試した範囲では余り上手く効果出ないのだが、その手法の論理については認めているのだが。 >>89
オレ物理を博士課程でやってるけどある意味その通り 言葉で現実存在や現実認識を考えると
結局「ケース・バイ・ケース」なことを言葉でまとめないといけないから
どうしてもどんどん複雑怪奇になっていくのね
その点公理系や条件をしっかり決めて
その範囲の妥当性のみを求める自然科学の明快さには太刀打ちできない
(まあ書いてることを理解するのは難しいけど)
科学的認識が相対的であろうがなかろうが
「誰も反論できない」というのは極めて重要
>マインドフルネス
笑わせないでくれ
本読んだことあるか?
少なくとも多少の仏教の知識があればお笑いだぞ
あれは「東洋の神秘」で人をだますやり方だ
マインドフルネスはティクナットハンとかカバットジンって奴が騙しの首謀者なんだけど
精神療法は最初のだましを何にするかが最も肝心なんだ
フロイトは無意識で、ユングは夢で、ベックは認知科学もどきで人をだましたけど
ます最初に気づきの瞑想でだます、それだけだ
>>346 原始仏教の基は、結局そこに立ち返るね。
シリコンバレー流行は、それを先に出したに過ぎず、小乗仏教的には、そこに仏法の基本を置いておかしくない。
また仏教の本質的なアナーキーさを考えれば、そこに至っておかしくないね。
葬式仏教や大乗という文物の蓄積に騙されてるのではないのかな。
そう言えば哲学好きが騙されたいなら「弁証法的行動療法」ってのがあるぞ
どこが弁証法的かさっぱりわからないけど
>>348
あいつらは瞑想できたらそれでいいんだよ
カバットジンの「マインドフルネスストレス低減法」図書館で借りて読め
本当に笑えるから そもそも弁証法がわからん
あんなもん言ってる奴が空かしてるだけだろ
すげえ懐かしい
この人の法哲学の講義を受けたくて明治に入ったのに
なぜか受講できなくてそれっきり忘れてた
ご冥福をお祈りします
自然科学は
スマホに引きこもって
しょーもないゲームで時間を無駄にすることに役立ってる
役に立つとはそういうこと
>>353
栗本慎一郎教授、法学部大量留年事件の頃ですか、そうですか。 >>347 マインドフルネスという名づけがされる前から
仏陀の教えの根本に、それが存在する。
だから初期の原始仏教の経典や仏陀の言葉に全く矛盾しない。
後にマインドフルネスなどという名称で、利用や活用を始めたのは米国西海岸の事情である。
なお一応述べておくが、昨今シリコンバレー発信の記事で言ってるようは効果は、
余程の達人でなければ、余り効果が出ないと思ってるね。
雑念を経時的に抑えるというのには、少しは役立つ。
朝15分の瞑想などについては、それをやっても余り効果はない。どうせなら3分で済ますべき。
それでも効果は怪しいが。実体験としてはこんな感じだね。 >>350 もっと簡単に15分くらいで読めるものがあるよ。
実際に説いてる内容は、20ページで充分みたいな手法だからね。
読めば分かるが、それなりに論理的ではある。
しかし毎日15分くらいは推奨されてる瞑想をやっても、個人的体験だが余り効果はないね。
3分以内でも可能であるはずなので、それで終わらせた方が良いのではと思ってる。
そしてその3分についても、万人に効果あるとは思えないね。
妄想や迷妄について、それを名付けてそれで封じる。この過程については、ある程度有効であろう。
それも技術練磨が必要なんだけどね。その場合当然だがそのひとつひとつには1秒もかからない。
そういう意味では有効なテクニックだと思えるね。全て瞑想マニアだとして切り捨てるのは間違ってると思うけどね。 >>356
そんなまだるっこしいことしないで
日本人ならスッタニパータやダンマパダ岩波文庫で読むとか
日曜に禅寺にでも行けよ
そうしたら「初期の原始仏教の経典」とか「ブッダの言葉に全く矛盾しない」ということを
軽々しく言えないことがわかると思うよ
仏教で人をだますことももうできなくなったね
本当に詳しい人多いから適当なことを言うと集中砲火だ >>357
やはりある程度長くやらないと意味ないだろ >>358 原始仏教は、極めてアナーキーなので
結局は全ての煩悩と迷妄を捨てるという教義に行きつくしかないと思えるのだが。
本来は、墓も葬儀もないってのが、ちゃんと分かってるのかな。 瞑想マニア、とは言ってないw
瞑想で人をだまして洗脳するのがマインドフルネスの手法、と言ってるの
>>359 長時間やり過ぎると、足がなくなるまでやった達磨となるわけで、
それはそれで意味ないと思うよ。
またどう考えても、仏陀そのものは、
そこまで長時間瞑想やるなら、さっさと好きなように自由に生きなさい。
と言ったと思うので、そんな無意味な長時間を原則として強制したとは思えないなあ。
したければ、そうすればよい。と言った可能性はあるかもしれないけどね。 >>360
スッタニパータ読め
極めて道徳的だぞ
何の難しい教理もない
アナーキーな仏教と言えば臨済とかだろ
仏に会えば仏を殺し 祖師に会えば祖師を殺せ、とかだからなw >>4
そのとおりだな
西暦15世紀くらいからもう終わってた とまあ哲学の話だと誰もわからないから
どうしても宗教の方に行っちゃうんだよな
昔の2chは賢い人が多かったから
現代思想の難しい内容を簡単に言ってくれる人が多くて助かったけど
わかってしまえばなーんだそれだけの話なのか、ということが多かった
>>363
仏教の道徳性と自己救済ってどうも対立するような気がするんだが
どうなんだろうか マインドフルネスって感情面でしかないからなぁ
直観像記憶や直観計算力は身についたりしない
>>368
ゴータマ自信が妻子捨てて修行の道に入ったわけだし >>367
ついでにいうと臨済の仏にあいてはも同じ
外に求めず自分に求める >>370
そのせいで国は滅んだw
妻子捨てたいなら捨てていい
修行のためじゃなくても >>4
哲学はみんなが巣立っていったあとの家な。
昔は数学君とか物理君とか文学君とか法学君とか
みんな哲学家に住んでたけど、独り立ちできるようになって家を出て行った。
最後に哲学家に残ったのは独り立ちできなかったニート。
これが現代哲学。現代哲学君は「哲学は万学の祖なんだぞ」「数学も哲学」
とか主張して自分の有用性をアピールするけど、それは昔の話であって今は違う。 >>374
昔の哲学はまだ理解出来るレベルだけど
最近の哲学は難解かつ不毛な感じがすごい
デリダとか >>372
それは俺よく知らない
ただ
慈しみ共に悲しむのはそこから出てくるし
そこへ帰る
途上にも出会う
そんな感じ?? >>374
同意
独り立ちしてったやつらはみんな実際の世界に生きて
今もこれからも実際に生きる >>363 では、あなたが日本の仏教徒だとして、
近親者の位牌を実際に、真っ二つに割って見せることができるのかな?
本来の仏教教義からすれば、位牌の必要性も意義もないので、それを割って見せても何ら問題はないのだが。
また、あなたが日本のいわゆる先祖崇拝的な要素を含む仏教徒でなかったとしても、
それらを慣習としてる通常の日本人に、位牌を真っ二つに割ってみせろ、と勧めるつもりはあるのか?
どうせそういうつもりはないのだろう。
思想という観点で語る場合は、それが出来ないのなら、全く意味はない。
勝手に仏教に詳しいなどと述べておくが良い。
それをよく知る者からは、深く軽蔑されるであろうね。 >>371
禅のルールで言うと
外にも内にも求めちゃだめだよw
それこそ「悟る」「見性する」の >>61
数学や物理学分野で活躍できなくなた人が哲学に流れる感じかな 今哲学にハマる人って数学も法学も知らない過去の哲学者より遥かに見識は狭いからな
社会学者にも同じことを主張したいけど、
頭が痛いのは講師がこのタイプであることである
>>380
あのなあw
お前仏教が一つだと思ってないか?
「原始仏教」が一つだと思ってないか?
お前の言う「原始仏教がアナーキー」という根拠を上げてみろ
なんでそんな考えに至ったのかよくわからん
真言宗なら真言宗のルールに従う
浄土真宗なら浄土真宗のルールに従うだけだよ >>380
位牌を割るなってのは仏教徒は関係ないだろ
他人の皿を勝手に割ってはいけないの同じ 位牌壊すのが原始仏教だ、とか言ったら笑われるぞ
ゴータマは位牌の存在なんて知らんだろうからなw
君みたいな女の子と 長い間付き合ってると
こっちはまるで中村さんみたいな哲学者になっちまうぜ
哲学があらゆる学問の基盤になってるのはわかる
でも今は実際様々な学問はできちゃって哲学を無視して進歩してる
今哲学に進むやつはただの暇人
アナーキーな話が好きなら禅が一番だ
殴る蹴るどなる、仏像燃やす、ちゃぶ台返しする、猫まっぷたつ、師匠の船を沈めて殺す・・・
いろいろバリエーションがあるぞ
>>387 仏陀の基の教えというものを、全く考えてないわけか。
話にならんな。
それらは仏教亜種の教えだよ。亜種であったとしても、それぞれ意味はあるのだろうけどね。
ここは一応、哲学や思想スレの扱いだよね。
哲学や思想的に仏教を扱う場合は、それが神を消滅させるという思想過程に至らなくては、本物ではない。
無神論という意味では、後に西欧で唯物論というものが登場するのだが、
その経緯と思考過程とは全く異にする、神を消去するという思想が、仏教の根幹として成立していたのである。
とても面白いし、とても過激だね。仏教は。
本来的教義の下に仏教が全人類に広がると、人類は滅亡しそうなので、個人的にはそれを望んではいないけどね。 哲学は論理の積み重ねだから、禅みたいな直感的な論理の飛躍があるものとは相いれないと思うんだ。
ただ、日本独自の思想家となると、みんな禅に行きつく。どうしたものか。
若いころは哲学と思想とは違うものだと思ってたんだよなあ…
サイバネティックスみたいに科学を先取りするのが哲学だと思ってた
今も昔も哲学科って、「思想史研究」じゃないのかなあ
>>393
だからおじさんになぜ「原始仏教がアナーキーだ」という考えに至ったのかお話してごらん?
そんな単純なものではないことを教えてあげるから >>392 弟子が悟れないというので、つい殴り殺してしまったよ。
それでそこらに埋めたのだが、目印も付けなかったので、正確な場所は分からない。
あっ、そういえば、何人かの弟子をそうしたので、どれがどれかもよく分からないよ。
こういう例が実際に禅宗の高僧でもあったのだ。
なおこれを言って、禅宗を貶めようというつもりはない。
教義的にも、まあそんなもんだろうなと思ったに過ぎない。
そういうのが怖い者は、本質的な接近をしないことだな。
たまに寄って料金払って座禅組む程度なら、殺されたりはしないだろうよ。現在では。 >>394
ロゴスや論理の虚しさを昔から知ってるからじゃないかなあ
西洋人ほど厚顔無恥じゃないんだよ
ソクラテスの弁明とか読んだら、あ、こいつ殺されて当然な嫌な奴、とか思ったもん
一方確かに今「善の研究」読んだらただの宗教書にしか見えん
「神とはこの宇宙本体を言うのである」(だったか)とか笑える >>396
それ初耳 出典どこ?
師匠を殺すことはあっても
悟れない弟子を殺すことはしないと思うんだがなあ >>395 仏教が何を捨てた生き方か分かってるのか。
あんなに捨てまくれば、もう通常の社会観念からすれば、アナーキーを言わざるを得ないだろう。 >>399
おまえ「アナーキー」て言葉の意味知ってる?
原始仏教では別に国をつぶせ、とか言わないんだよ?
「この世とかの世とをともに捨て去る」(スッタニパータ)だけだよ?
ごはんは托鉢でもらうんだよ? なんだろうね、哲学ってのは世界って何だろうみたいな純粋に知りたい欲求で、
宗教みたいな、魂の救済とか、生きる悩みをどうにかしようってもんとは違うように思うよ。
宗教は科学と親和性はないけど、哲学は科学哲学とか無茶苦茶近しいだろ。
>>402
その知りたい欲求を持ってる人に
脳内妄想の個人的仮説が真実であるかのように言葉でだまくらかすのが
哲学なわけで
その「だまくらかす」という点では宗教と変わらんのよ
頭のいい人を言葉でだまくらかすのが哲学で
頭の悪い人を言葉と修行と儀式でだまくらかすのが宗教だ >>402
今の哲学は数学も法学も物理学も知らない人がやってるから、ソーカスみたいな事例が生まれえるわけで
その道のエキスパートが見ればすぐわかる虚偽が平然と存在してるからな、 哲学は原始学問
世の中が謎だらけの時代にそれを精神論で一定の解決を目指したもの
だから哲学のありがたい言葉も、現代では自然科学等で答えられるものが大半
まだ解明されてない謎に関しても、それは哲学の延長ではなく、
自然科学の延長上としてこうかもしれないああかもしれないという想像があるだけ
哲学の入り込む余地はほぼない
哲学と宗教はほとんど似たようなものだが、
哲学は廃れて宗教は残ってる理由は信仰対象の有無
哲学は信仰ではないから、論理的に否定されたらそこで終了
哲学はもう学問ではなく、歴史の分野である
哲学ってのは論理の積み重ねだから、再現性があるし、検証可能性もあって、
その点、やっぱり科学なんだ。
宗教って、悟りってなんだよレベルで、再現も検証もできない。
これは大きな違いだと思うよ。
哲学ってもう言語学とかアートの分類だろ
そもそもソクラテスの時代から実用学問ではなかったわけで
容易に信じないってことは脳にとっていい状態だと思う
信じるというのは部分的な脳死状態と言っていいからね
つまり哲学は脳に良いってこと
>>408
今の哲学オタクってロジックよりロジックの展開方法に重きをおくからねぇ
ごく簡単に言えば善悪の存在を考え方や手法に重ねたがる
それは科学よりはオカルトの分野やね、 >>397
笑えるって、それはスピノザ以来、近世哲学の常識
この常識から外れたことは考えちゃいけないことになってるの プロティノスが龍樹に会いに行こうとしてたという話もあるし
東洋/西洋という対比の中で仏教を挙げるのはちょっと間違いかもしれんよ
東洋という意味じゃ道教なんかが代表になると思う
>>409
価値観を規定する学問で諸学の頂点であるはずなんだが、実利以上の価値を見いだせなくなって以来グダグダ >>408
>宗教って、悟りってなんだよレベルで、再現も検証もできない。
>これは大きな違いだと思うよ。
釈迦は当時から宗教ではないと宗教家から批判されていて
自らの教えを宗教ではないと言明している
原始仏教は神仏を信仰しないからね
悟りについても再現性があるから伝承されてきているし検証も可能
ただ、悟りについては、それが何なのかを言明しない
答えを先に与えられるのではなく、自ら掴み取らないと意味がないから
その辺りは秘伝とも言えるものだから、そもそも検証しようという態度自体が間違い
個人的には禅宗の教えが最も悟りに近いと思う
即ち隻手の公案
両手を叩けば音が鳴るが、では片手では?
これが解ければ悟りの入り口に立てると思うよ 質問やツッコミがあるかもと
思って待ってたんだけど、案外来ないね
お休みなさい
文化放送のプロデューサーだったってググって初めて知ったわ
文学部だったけど般教の法学で授業受けたが達筆過ぎて黒板の文字が何かいてるのか良く解らなかった
>>150
読んだ気にさせられるこやのん評論w
ペテンというのは構造主義のことだろうな
俺は構造主義は言語学の以外はこじつけくさくてハナから信じないw
今なら認知科学としてもっとうまく料理するだろう >>424
たしかにね 以下、哲板より
167 名前:考える名無しさん[sage] 投稿日:2017/08/25(金) 21:41:29.10 0
人類学にしたって、レヴィ・ストロースはじめインセストタブーを文化の所産と考えてるようだけど、類人猿は一般的に近親相姦を忌避するんだよね。
人間い一番近いボノボは見事なインセストタブー。
基本はヘテロだけど、たまにホモもいるのも人間と一緒だし。
文化の所産なんてのはうそ。 >>423
計量経済学なんて数学者からは笑われてるだろ?
仮定にすきな条件を放り込んで最初からわかってる結論出すだけだから
心理学の統計も笑われてる
アンケート数値化してそれ分析してメタ分析しても
もとのアンケートの数値化がいい加減なんだから何の統計的意味もない >>404
LGBTや環境問題、経済と社会福祉・防災のバランス、崩壊レベルの過疎地問題辺りの価値判断は、本当は哲学が基盤として必要だと思う。
但し現在、社会学と分野別の経済学や政策学がある。
これらをさらに横断し透徹した思考が必要だけど、ソーカル事件起きてるような不勉強じゃダメだな。 ここでも、そうだけど
結局はマウンティングの道具じゃんかよ
>>418
じゃあ、つっこんでみるか。
言語化されない体験は他者と共有できないから、再現も検証も不可能。
たぶん、宗教的体験、悟りの仕組みは、そのうち脳科学が言語化するんじゃないかな。
ヒッピー文化は禅が大好きだけど、ドラッグも大好きだからね。
葉っぱでお手軽に悟るのがヒッピー。
その点、どこまでも論理、理性で押していく哲学とは相いれず、
宗教の側からは哲学を言語の妄執に囚われてるとでも批判するんだろう。 魔女ランダ考は物凄くバリ島に行ってみたくなる本ではあったな
紀行文に過ぎないとしても優れた紀行文だよなあ
>>428
誰かの言説を否定する事が自己目的化すると
マウンティングという野生のサルと変わらない
状況になるんだよな
このスレを見てるとサルが多いよね 哲学は学問としてよりは教育や臨床分野で必要とされているような
特にカウンセラーなんか、ある程度哲学の素養がないと
>>428
特に現代思想ヲタなんかはそういう傾向が強いな>マウンティング 中村雄二郎は哲学者と云うより
文筆家としての方が評価が高い気がする
難解な概念を滔々と述べるのが哲学だという
妙な誤解を解く事に奔走した方だと
個人的には思う
>>425
それは構造主義と関係ないと思うけどな
まず事実確認として、ボノボは正常位で交尾すること(類人猿として珍しい行動という意味で)、同性間で緊張を和らげるための
性的接触をすることはあるが、アナル挿入はしないはず
また現在かなりの数の生物で同性愛的解釈が可能な性行動が確認されていて、もはやボノボはさほど特別でもない
近親姦自体は哺乳類にはそれを避けるメカニズムと例外的なタブー破りが観察されているが、
人間の場合、同性愛にしても近親相姦にしてもそれを特別に「隠したがる」行動や破った場合の制裁などの行動あるいはシステムが
言語の使用に伴って広く見られ、それ自体は文化の所産だろう。同性愛に寛容な社会や逆に命に関わる制裁を課す社会があることを見ても
その多様性は人類に備わった本能行動ではなく文化によるものであることを示している >>429
>言語化されない体験は他者と共有できないから、再現も検証も不可能。
>たぶん、宗教的体験、悟りの仕組みは、そのうち脳科学が言語化するんじゃないかな
矛盾に満ちた文章だと思われ
言語化されなくても再現や検証は可能だから脳科学が介入してこれるのであって
そういや中村さんは共有されるコモンセンスについて語った方だったな >>440
多くの著述家は「読者が知らないだろうことを書いて信じ込ませる」という手法を取ってた
今では著者より良く知ってる人の情報がネットで簡単に拾えるからそういう詐欺が通じなくなった
だから鷲田の本は全然売れない
鷲田か書いてることはネットでもっと詳しい情報が拾えるから レヴィストロースとかローレンツとかもそういう詐欺をしてたんだな
今では「オオカミは無抵抗でのどをさらしたら攻撃しない」なんて神話は誰も信じない
一回だけ中村をじっくり読んだ機会がある
すでに誰も読んでいなかった頃
それは自然科学を目線を下げて相対化みたいな
内容だったかな
当時は松岡正剛レベルで有名哲学者だったという
のがわかる
そういや最近話題になった川田順造の近親相姦
マボロシ論も衝撃だったな
思想に囚われているというのがわかる
>>444
全然話題になってないw
論、はしょせん論に過ぎない
論より証拠 哲学はネットで終わった感じがする
この人はこういう考え方をしてるんだろうな、で終わって
それが正しい一般論とは誰も思わないから
反論にさらされたら哲学は商売にならない
>>429
言語化されないものなんて無数にあるよ。
分かりやすい例だと、質感。
クオリアを言語だけで表現する事は不可能。
例えば色の質感だと、せいぜい言語にできるのはサンプルを示すことだけ。
言語は抽象化と差異化の産物だから、無数に抜け落ちるものがある。 中村さんはたしか、共感覚について書いてたんじゃないか。
共感覚現象というのは面白い。
クオリアは言語化してもしなくても
特に何かが変わることはないように思う
言語化するとおかしくなるのは
ものごとをみたときの全体の直観的なバランス
言語化すると部分が確定してしまい、部分との関係性で捉えてしまうようになるので
言語化自体、文化とは切り離せない。
言語による事態把握の違いが今の言語学では議論されてる。
クセナキスという20世紀ではかない有名な作曲家がいるけど、彼は数学が得意で、図形グラフをもとに作曲してる。
オリビエ・メシアンから、なんで数学が得意なのに作曲に数学使わないんだ、とサジェストされてね。
>>448
そうそう思い出した!
共感覚を現象学的にやってたっけ
無理筋だけどなあ〜
やっぱり掘ったところがスカだった気がするよ よく知らないがヒトという種なんだから共感は
当たり前だろうし共感とは言葉以上のものだろ
それなりの実力者なら、直接にものを教えないだけで
間接的に人に訴えることはできるからな。
もちろん言葉を使って。
哲学の知識しか依るものがない今の哲学オタクって、他の学問と比べても分が悪いと思う。
>>4
学問としてって言われるとそうかも。
哲学自体、本当は物事のありようを見究めようとする知的作業だから、人間が存在する限りなくならない。
もしかしたら猫より頭のいい生命が存在する限りなくならないのかも。 中村ナンタラなんて知らねーわと思ったら
本箱に「哲学入門」と「パスカルとその時代」があったw
こんな本を読んだ時代もあったのかぁ〜と小一時間
どうせ知らねえんだろ?
「誰?」って書き込んじまえよ
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/ \ ちゃんと調べてご冥福をお祈りするんだお!
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90年代にはパッと表舞台から消えたのは
病気がなんかかな
>>456
知性の根底には情動性があるね。
もっとも抽象的な思考である数学でも情緒(美意識)が必要だと言われてる。
AIには与えられた定理の証明はできても、新しい定理を作ることは難しいだろうと言われている。 >>443
いやいやいや松岡正剛が哲学者って
オサレ風に知的ぶった本で気分よくさせるのがうまい商業アーティストだろ?
グラビアや装丁で総合芸術化した「詩」だろう、ああいうのは 色々お世話になりました、先生のご恩は忘れません。
日本人だし、
>>457
「猿に公平性の感覚があるはずがない。公平さはフランス革命に由来するからだ」 には笑った w >>469
松岡は編集者だよ。
それ以上でも以下でもない。 オレが受験生だった頃よく出題されてた
よく出題される本を読んでも国語で点は取れない
問題こなしてけばコツが分かってくる
中村雄二郎は山口昌男と組んだ、最後の岩波文化人という感じだな。
>>1
フーコーの知の考古学を翻訳してたな。
持ってるけど1ページも読んでないが.