春も終わりの気配を出し始めた五月も末のこと──
ピンポーン♪
みゃー姉(うぅ〜、誰よもぅ…二度寝してたのに起こされた……)モゾモゾ
ピンポンピンポーン♪
みゃー姉(うるさいなぁ…どうせ知らない人だろうし居留守使っちゃお……)ウトウト
ピンポンピンポンピーンポーン♪
みゃー姉「はっ!そういえば今日、通販で注文してた生地が届くんだった!」ガバッ
みゃー姉「ど、どうしよう…ひなたはまだ学校行ってる時間だし……(コミュ症)」オロオロ
みゃー姉「でも、なるべく早く服作りには取り掛かってしまいたい……」
ピンポンピンポンピンポンピーンポーン♪
みゃー姉「……よし、出よう!」
みゃー姉「配達員さんとは視線を合わさずに、黙って判子を押すだけだもん。大丈夫!私ならできる!」グッ
みゃー姉「は、は〜い…」ガチャ
白咲春香「あ、よかったぁ。お留守かと思いました♪」
みゃー姉(配達員さんじゃなかった!?)ガビーン
春香「お休みのところお邪魔してごめんなさいね。今、すこしお時間よろしいですか?」ニッコリ
みゃー姉「あ、ああぅ…///そのぉ…///」
みゃー姉(私のバカ!なんでモニターで確認せずに出ちゃったのよぉ…)
春香「突然だけどお嬢さん、あなたは毎日に幸福を感じていらっしゃる?」
みゃー姉「へっ!?」
春香「今ですね、町内の皆様にとっても幸福な教えを広めさせて頂いておりまして」
春香「まずは身近なところから、この街を天国に作り替えていければいいなと思い、活動しているところなのですよ」ピラッ
みゃー姉(なにこのパンフレット…表紙でヒゲアフロの胡散臭いおじさんが子供達と戯れてる……)
春香「卑下呂(ひげろ)教って、ご存知ないかしら?」
みゃー姉(やばい…!これ、宗教の勧誘だ!!)ガビーン
春香「あ、もちろん怪しい新興宗教とかではないですよ」
みゃー姉(ううっ…なんでこんな目に……私はただ居眠りしていただけなのに……)
春香「宗教というと堅苦しいイメージを持たれる方が多いけど、ほんと仲良しさん同士のおしゃべり会みたいな雰囲気で──」
みゃー姉(そんな場所に混ざったら確実に私だけ浮くな……)
春香「教祖様のヒゲロー様も実に気さくな方で。それに、とっても子供好きな優しい方なんですよ」
みゃー姉(お母さん…ひなた…早く帰ってきてぇ〜……)シクシク
春香「私達のようなヒゲナリーポイントの低い者にも分け隔てなく接してくださって」
みゃー姉(私達≠チて…他にも誰か一緒なの?もうカンベンしてよぉ……)
花「……」ムスッ
みゃー姉「はうあっ///」ドッキーン
春香「ど、どうなさったの?」
みゃー姉「はわっ!?い、いひゃ…///あ…あにょ、あにょこ……///」パクパク
春香「ああ、娘の花です」
みゃー姉(は、花ちゃんって言うんだぁ…///か、かっわいい〜///)
春香「ほら花ちゃん、そんな離れた所にいないでお姉さんにご挨拶なさい」
花「……」プイッ
みゃー姉(うきゃーっ///すねた猫みたい!か〜わ〜いい〜///)
春香「ごめんなさいね。あの子、この活動の事を快く思っていないの」
春香「ダメね。娘があんな態度をとるのも、母親の私の信仰が足りないせいだわ。もっともっと修行しないと……」
花「……だから、それが嫌なんだってば」ボソッ
春香「それで、どうかしら?もし少しでも興味を持って貰えたのなら毎週土曜日に──」
みゃー姉(花ちゃんいいなぁ…///宗教なんて1ミリも興味ないけど入信したらお近づきになれるかなぁ…///)
ポーン♪ポーン♪ポーン♪
みゃー姉「ビクッ!?」
春香「あら!もしかして今の、三時の時計かしら?」
みゃー姉「ひゃ、ひゃい!そうでしゅ!」ドキッ
春香「そう…もうそんな時間……すっかり話し込んでしまったわ」
春香「いえ、この近くのスーパーでもうすぐタイムセールが始まるものですから」
春香「でも、いけないわね。走ればまだ間に合いそうだけど、花を連れてじゃ無理だし」
春香「そもそも布教活動より安売りを優先させるだなんて、罰当たりでヒゲロー様に顔向けできないわ」
みゃー姉(花ちゃん、お人形さんみたいだな〜♪)
春香「…あの、先ほどから随分娘を気にかけて下さっているようですが?」
みゃー姉「いいいい、いやっ…///しょんな///ごごごご…ごめんなしゃっ……///」
春香「もしかして、私が買い物に行っている間、娘の面倒を見て下さるおつもりですか!?」キラキラ
みゃー姉「ふえっ!?」
花「は?」
みゃー姉(は、花ちゃんと二人きりになれる!?)
みゃー姉(嬉しいけど…///嬉しいけどぉ…!)
春香「ああ。やはり私の勘は正しかった。このお宅からは暖かなオーラを感じていたんです。なんてお優しい…」
みゃー姉「はわわわわ…///わた、わたひ…は、花しゃ…花しゃんとっ……///」アタフタ
春香「ええ、おっしゃる通りですね。娘も小さくたって立派な卑下呂(ひげろ)教徒」
春香「少し未熟ではありますが、案内役を任せてみましょう。花ちゃん、しっかりとお姉さんを天界へと導くのですよ」
花「ちょっと…!」
春香「それでは小一時間ほど失礼します」タタタ…
花「……」
みゃー姉「……」
花「……」モジモジ
みゃー姉(どどど…どうしよう……本当に花ちゃんと二人きりになっちゃった…///)
みゃー姉(な、何を話せば……)
花「…あの」
みゃー姉「ひゃ、ひゃいっ!?」ドキーン
花「すみません。母が、厚かましくて…」
みゃー姉「う、ううん!そんなっ!」ブンブン
花「どうか、私の事はお構いなく。母が戻るまで外で待っていますので」
みゃー姉「えっ」
花「すみませんが、軒先をお借りします」チョコン
みゃー姉「花ちゃん……」
みゃー姉(ちょっと無愛想な子なのかと思ったけど、中身まで良い子だなんて…///)ジーン
花「……」ポツン
みゃー姉「……そんなのダメだよ。さ、上がって!」グイッ
花「お、お姉さん…?」
みゃー姉「甘いお菓子もあるから。ゆっくりして行って。ね?」
花「お菓子……」
花「…………ありがとうございます。お言葉に甘えちゃいます」ニコッ
みゃー姉(くっふうぅぅぅ〜!!破壊力ぅぅぅ〜///)
花「はむっ…!はむっ…!」モグモグ
みゃー姉(お菓子もぐもぐ花ちゃん、小動物みたいでかわいい///)
みゃー姉「ほらほら、お菓子は逃げないから落ち着いて食べて」
花「すみません。家じゃこういうの、なかなか食べさせてもらえなくて…」
みゃー姉「そうなんだ。お母さん、甘いのダメな人?」
花「というより、お砂糖や添加物には良くない気≠ェ溜まってるからダメなんだそうです」
みゃー姉「そ、そっか…花ちゃんのお母さんって、なんていうかその……個性的、だもんね……」
花「言葉を選ばなくてもいいですよ。やっぱりおかしいですよね、あの人」
みゃー姉「お、お母さんの事そんな風に言っちゃダメだよ…」
花「だって!」バンッ
みゃー姉「ひいっ!?ごめんなさいっ!」
花「……だって、お父さんと離婚して宗教にハマってから、お母さんどんどんおかしくなっていって!」
花「前は、優しくて美人で、手作りお菓子もいっぱい作ってくれて…大好きな自慢のお母さんだったのに……」ジワッ
みゃー姉「花ちゃん…」
花「布教活動の方が大事だっていつも連れまわされてるから、最近はあまり学校にだって行けてないし……」
花「清貧を心掛けなさいって言われて、質素な恰好しかさせて貰えない。私だってちょっとはお洒落したいのに……」
みゃー姉(あ、花ちゃんのセンスでこのダサい服着てるわけじゃないんだ。良かった…)
みゃー姉「お母さんのしてること、嫌いなんだね」
花「だいっ嫌い!」
みゃー姉「うん。気持ちはわかるよ。でもさ、お母さんも別に悪い事してるわけじゃないんだし…」
みゃー姉「ちょっとスケールが大きくて私も面喰っちゃったけど、世界を天国にしたいだなんて素敵な考えだと思うけどな」
花「お姉さんは何も知らないからそんな事が言えるんです」
みゃー姉「えっと…何かあったの……?」
花「……お姉さん。これから話す事、絶対誰にも言わないでもらえますか?」
みゃー姉「えっ」
花「絶対ですからね!私とお姉さんだけの秘密ですからねっ!」
みゃー姉(わ、私と花ちゃんだけの秘密…///)ニヘラ
花「信者の子供たちは天使≠ニ呼ばれて、時々教祖様の部屋≠ノ招かれるんです」
花「大人たちは『名誉なことだ。しっかり天使としてのお役目を務めなさい』って喜んでるけど…本当は……」
みゃー姉「ほ、本当は……?」ゴクリ
花「教祖様に…あのヒゲアフロに……!べたべた身体を触られたり…変な服を着させられたり……」
みゃー姉(うっほおおおお///衝撃カミングアウトォォォォォ!)
みゃー姉「はぁ…はぁ…///変な服って…どんな……?」
花「そ、そうですね…なんか、パンツみたいに短い体操着とか、紐みたいな水着とか…えっちぃのです///」
みゃー姉「ぶっほぉ!」ブバッ
花「お、お姉さん!?」
みゃー姉(ヒゲローとやら、なかなかいい趣味をしていらっしゃる……)ボタボタ
花「大丈夫ですか?鼻血出てますよ?」
みゃー姉「う、うん…ちょっと想像しちゃって……」
花「えっ」
みゃー姉「あ、いや、花ちゃんの苦しみをね!そしたら怒りと一緒に鼻血も込み上げてきちゃったみたい…」
花「お姉さん…///」
みゃー姉「でも、そっかぁ。花ちゃん大変な思いしてるんだね。まだひなたと同い年くらいなのに……」
花「……ひなた?」ピクッ
みゃー姉「ああ、うん。妹なんだ。この春から5年生になったんだよ」
花「そんな…!表札が星野だったから、まさかとは思ったけど……」ワナワナ
みゃー姉「あれ、もしかしてひなたと友達だった?」
花「お願いお姉さん!」ガバッ
みゃー姉「はうわっ///」
花「お願いだから、お母さんのしてること、ひなたには言わないで…!」ウルウル
みゃー姉「え…///え…///どうして…///」
花「学年が上がってすぐ、お母さんのしてる事がクラスで噂になっちゃって…」
花「必死で否定したけど、誰も信じてくませんでした。だけど、ひなただけは私のこと信じてくれたんです……」
花「ひなたのこと、騙してて悪いと思っています。でも、ひなたにだけは嘘つきって思われたくない…嫌われたくない……!」ギュッ
みゃー姉(ひなたはそんなこと気にしないと思うけど……)
みゃー姉(だけど困った事に、こんな風に花ちゃんにしがみつかれて懇願されると、邪な思いが……)ムクムク
悪魔みゃー姉(なにを躊躇っているの?こんな美少女の弱みを握れるなんて、あんたの負け組人生には二度とないチャンスだよ!)
鬼みゃー姉(どうせ花ちゃんは今まで散々クソな大人達に慰み者にされて来たんだから、今さら傷つきもしないって!)
みゃー姉(いよぉーし!みやこ、悪い子になりまぁーす♪)
みゃー姉「う、う〜ん…どうしよっかなぁ〜……」
花「そんな!お願いしますお姉さん!」
みゃー姉「で、でもなぁ〜…内緒のお願いはさっきの教祖様のお部屋の話で聞いてあげたばかりだしなぁ〜……」
花「そんなぁ……」ウルウル
みゃー姉(うっ…心が痛い……やっぱりイジワルなんてやめてあげようかな……)
みゃー姉(……いいや。こうやっていつも中途半端で尻込みしちゃうからダメなんだよね。やってやる…!私は今日ここで生まれ変わるんだ……!)グッ
みゃー姉「そ、それじゃあこうしようよ?今度は花ちゃんが私のお願いを聞いて?そうしたら花ちゃんのお願いも聞いてあげるから」
花「お姉さんのお願い、ですか?」
そして──
みゃー姉「花ちゃ〜ん、どうしたの〜?早くお姉さんのお願い聞いてよ〜♪」
花「だ、だけど……///」
みゃー姉「言うこと聞いてくれるんじゃなかったの〜?」
花「や、やっぱり出来ません…///お姉さんのお顔の上に座るなんて……///」
みゃー姉「あれれ〜、ひなたにバラしちゃってもいいのかな〜?」
花「う、ううっ…///し、失礼しますっ……///」チョコン
みゃー姉「そんなんじゃダメっ!もっと全体重を預けてっ!」
花「ひっ…!ど、どうなっても知りませんからねっ///」ズシッ
みゃー姉「うおっひょおおおおっ///花ちゃんのお尻の感触うううぅぅぅ///」スリスリ
花「やだぁ///恥ずかしい……///」
みゃー姉「ああ…!あったかい///やわらかぁ〜い///しゅべしゅべぇ〜///」スーハースーハー
花「こ、呼吸しないでくださいよっ///」
みゃー姉「はぁはぁ…///私の顔面に天使が舞い降りてるぅ…///」
花「お…お姉さん、息が荒いですよ?やっぱり苦しいんじゃ……」
みゃー姉「平気だよっ!花ちゃん全然重くない!それこそ天使の羽みたいに軽いよ!」
花「お、大袈裟です///」
みゃー姉「ららんらん♪ランドセルぅ〜は〜♪ててんてん♪天使のはぁ〜ねぇ〜♪」スリスリ
花(お尻に顔を擦り付けながら歌ってる…なんか怖い……)
みゃー姉「はぁはぁ///サイコーだったよ花ちゃ〜ん///」ツヤツヤ
花「し、知りませんっ///お姉さんのヘンタイっ!」
みゃー姉(花ちゃんにそう呼ばれるなら悪い気はしない///)ゾクゾク
花「最悪…優しいお姉さんだと思ってたのに……」
みゃー姉「違うんだよ花ちゃん。私だって本当はこんなマネしたくない。でも、仕方ないの」
花「な、なにが仕方ないっていうんですか!」
みゃー姉「やっぱり花ちゃんのお母さんの言う事は正しかったんだよ!」
花「えっ?」
みゃー姉「私ね、お菓子作りしながらよく味見しちゃうから、きっと悪い気が溜まってると思うんだ」
花「そ、そうなの?」
みゃー姉「この悪い気を追い払うには、身体の内側から綺麗にしないと!花ちゃん、聖水って分かるかな?」
花「聖水なら教祖様の浸かった水のペットボトルが家にダンボールで積んであるけど?欲しければいくらでも……」
みゃー姉「違う!そんなクソみたいな産廃汚水の話じゃなくて!」
花「はい?」
みゃー姉「せ、聖水っていうのはね……花ちゃんに……///」
花「私に?」
みゃー姉「し、し……///しー…///しー…///」
花「しーしー?」
みゃー姉「し、CCレモンを口移しで飲ませて貰おうかなっ///」
花「えっ…///えええっ///」
悪魔みゃー姉(みやこの意気地なし!どうしてもっと自分の欲望に正直にならないの!)
鬼みゃー姉(でも、ギリギリ花ちゃんに引かれないラインを保ちながら自分の欲求を満たそうとする小賢しさはさすが私!)
みゃー姉「さ、さぁ早く!私はこうやって仰向けで口を開けておくから!」
みゃー姉「花ちゃんは私を見下ろしながら、口に含んだCCレモンを私のお口めがけて垂らしてくれればいいんだよ!」
花「い、いけません…///やっぱりこんなのばっちぃですよ…///」
みゃー姉「なに言ってるの!花ちゃんのエキスがばっちぃわけないでしょ!むしろ清められるよ!聖なる滝だよ!」
花「またそうやって変なこと言って……///ええい、どうなっても知りませんからねっ!」グビグビ…ボタボタボタ…
みゃー姉「うっひょおおおおお!きたきたきひゃあああ!!おいひぃ…!おいひぃよぉ!!」ゴクゴクゴク
花(うわぁ…本当に飲んでるし……)ボタボタボタ…
みゃー姉「はぁ…///はぁ…///しゃいこぉぉぉ…///内側から清められりゅぅぅぅ……///」ゴクゴクゴク
花(気持ち悪いなぁ…)ボタボタボタボタボタ…!!
みゃー姉「…ごぼっ!?」
花「ご、ごめんなさいっ!?いっきに垂らし過ぎちゃいました!」
みゃー姉「うえほっ!げほっ!!気管に入った…うえっほ!!ぐ、苦っ…!」ジタバタ
花「お姉さんっ!」
みゃー姉「コヒューッ── コヒューッ──……」ピクピク
みゃー姉「」チーン
花「お姉さぁ─────ん!!」
花「……さん! …ぇさん! お姉さんっ!」ユッサユッサ
みゃー姉「──はっ!?」
花「あっ!お姉さん気が付いたんですね!良かったぁ…」
みゃー姉「そ、そうか。私…気絶して……」
花「本当に良かったぁ……(人殺しにならなくて)」ポロポロ
みゃー姉(花ちゃん、泣くほど私のことを……///)
みゃー姉「花ちゃん、私ね、気を失ってる間に不思議な夢を見ていたよ」
花「夢、ですか…?」
みゃー姉「うん。夢の中で私、とっても綺麗な場所を歩いていたんだ」
みゃー姉「そこではお花がそこかしこに咲き誇っていて、色とりどりの蝶が青空を待っているの」
みゃー姉「ああ、ここが天国なんだって思った。ずっとこの場所にいたいって、そう思わせる風景だったよ」
花「……」
みゃー姉「でもね、そこで花ちゃんが私を呼ぶ声が聞こえたの。だから私、戻らなきゃって思った。こんな所にいる場合じゃないって」
みゃー姉「そうしたら、目覚めて二度びっくり。だって、今度こそ本物の天国が目の前に広がってたんだもん」
みゃー姉「こぉーんなかわいい天使さんが私を迎えてくれる、ね」キリッ
花「お姉さん……」
目覚めるなりワケのわからない妄言を吐きだした変態の顔面に拳をめり込ませ、私は星野家を飛び出した。
玄関ドアを抜ける刹那、背後で階段を転げ落ちたらしい派手な物音と変態の間抜けな悲鳴が聞こえたが、構うものか。
だけど変態は、私にたった一つの真実を気づかせてくれた。
あんな気持ち悪いクソヤロウにですら門戸を開くような安い天国になど、私は用がないということ。
天国なんてものに固執していた母が、ひどくちっぽけな女に思えた。私をこの生活に留めていた呪縛がするするとほどけ、はらり落ちていく。
靴も履かずに飛び出した。あんな質素でボロっちい靴などいるものか。すぐに自分好みの靴を手に入れてやる。自分の力で。
アスファルトとの摩擦で、靴下の裏が容赦なく擦り切れていく。すでに皮膚にまで達しているかもしれない。ひどく心地が良い。
体育の授業の時の自分が信じられないほど、どこまでも駆けていけそうだった。
それから10年。胸を張って言える。私は懸命に生きた。自分の力で。
私を取り巻く世界を、天国とまではいかないが、決して失いたくはないと思える場所にしてみせた。
良き友をたくさん得て、愛する人とも無事結ばれた。
そして、春も終わりの気配を出し始めた五月も末のこと──
私のお腹に天使が舞い降りた。
完