北朝鮮における女性に対する性暴力については、公式の統計が存在しないため、どれほど起きているのかは不明だ。
国際的人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)が2018年に発表した報告書「理由もなく夜に涙が出る 北朝鮮での性暴力の実情」に記されたものなど、実際の被害者や目撃者の証言が数多く存在し、それらを見れば事の一端を窺い知るに足る。
そんな北朝鮮で、また一人の女性が性暴力の餌食になってしまった。
咸鏡北道(ハムギョンブクト)のデイリーNK内部情報筋が伝えた被害者は、北部鉄道(北部内陸線、旧称恵山満浦青年線)の現場で突撃隊員として働いていた、道内の慶源(キョンウォン)郡出身の22歳の女性だ。
国境を流れる鴨緑江に沿って両江道(リャンガンド)の恵山(ヘサン)から慈江道(チャガンド)の満浦(マンポ)までの250キロを結ぶこの北部鉄道は、軍事的にも経済的にも重要な路線だが、路盤の状態が非常に悪い。
金正日総書記の命令で2011年4月から補修工事が始まったが、遅々として進まず、金正恩党委員長は今年3月に、改めて補修命令を下した。しかし、レールを交換しようにも資材が不足し、半分しか交換できずにいるという。
この女性は3年前に突撃隊に志願し、大隊の統計員として働いてきた。突撃隊とは、国家的建設現場に投入される、半強制のボランティア建設労働者の集団で、環境が劣悪で事故が多発、逃げ出す人も多い。女性の父親もまた、突撃隊勤務中に事故で命を落とした。そんな父の後を継ぎ、また、朝鮮労働党に入って欲しいとの母親の期待を背に、彼女は突撃隊に入ったのだった。
ところが入隊から3年後、彼女は子どもを身ごもってしまった。相手は、直属の上官にあたる突撃隊指揮部経理課長。性暴力によるものだった。ところが、突撃隊の中では「彼女の品行が悪い」との噂が広まってしまった。北朝鮮では、性暴力を被害者の落ち度とする風潮が根強いとされる。
前述のHRWの報告書のの調査に応じた、脱北した女性教師は、北朝鮮における女性の地位の低さを嘆く一方で、性暴力の被害女性についてはこんなことを言い放った。
「レイプされたのは、女が愛嬌を振りまいていたからだ」
北朝鮮で、性暴力の被害に遭った女性の多くは、被害事実をひた隠しにして生きざるを得ず、もし周囲に知れ渡れば被害者なのに非難され、社会的に孤立してしまう。同時に、性暴力が起きている状況そのものをさほど問題視しない。加害者は大手を振って歩き、被害者が萎縮する状況があるのだ。
やがて女性は妊娠中絶手術を受けるとの言葉を残し、現場から姿を消した。そして、故郷の山で変わり果てた姿となって発見された。性暴力の被害を受け、もはやこの国では生きていけないと絶望したのだろう。
地元の安全部(警察署)の捜査によると、女性は故郷の慶源で、退職した産婦人科医師のもとで妊娠中絶手術を受けた後、山に登って服毒し、命を絶った。
医師は、退職後に自宅にクリニックを開設、主に産婦人科、婦人科の診察を行うなど地域医療を担い、住民からありがたい存在だと言われてきたが、今回の件で当局の許可なしに医療行為をしていたことが発覚、労働鍛錬隊(軽犯罪者を収監する刑務所)送りになるものと見られている。
一方、性暴力の加害者である経理課長は、事件が明るみに出た後、安全部、突撃隊の幹部などにワイロを掴ませ、事件をもみ消そうとした。それが功を奏したのか、今のところ一切の処分は下されていない。
女性の母親は、娘を朝鮮労働党に入れようとして突撃隊に送ってしまった自分が悪いと泣き暮らしている。もはや解決方法は「信訴」しかないだろう。
「信訴」とは、中国の「信訪」と同様に、公務員による不正行為を告発するシステムで、憲法69条は「公民は信訴と請願をできる」と定めている。つまり、北朝鮮国民は信訴を行う権利を持つということだ。また、手続きなどは信訴請願法で定められている。
しかし金正日時代以降、その機能が低下しつつあると指摘されており、うまくやらなければ訴えた相手から逆襲されることすらある。
高英起 | デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
8/31(月) 5:00
https://news.yahoo.co.jp/byline/kohyoungki/20200831-00195801/
国際的人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)が2018年に発表した報告書「理由もなく夜に涙が出る 北朝鮮での性暴力の実情」に記されたものなど、実際の被害者や目撃者の証言が数多く存在し、それらを見れば事の一端を窺い知るに足る。
そんな北朝鮮で、また一人の女性が性暴力の餌食になってしまった。
咸鏡北道(ハムギョンブクト)のデイリーNK内部情報筋が伝えた被害者は、北部鉄道(北部内陸線、旧称恵山満浦青年線)の現場で突撃隊員として働いていた、道内の慶源(キョンウォン)郡出身の22歳の女性だ。
国境を流れる鴨緑江に沿って両江道(リャンガンド)の恵山(ヘサン)から慈江道(チャガンド)の満浦(マンポ)までの250キロを結ぶこの北部鉄道は、軍事的にも経済的にも重要な路線だが、路盤の状態が非常に悪い。
金正日総書記の命令で2011年4月から補修工事が始まったが、遅々として進まず、金正恩党委員長は今年3月に、改めて補修命令を下した。しかし、レールを交換しようにも資材が不足し、半分しか交換できずにいるという。
この女性は3年前に突撃隊に志願し、大隊の統計員として働いてきた。突撃隊とは、国家的建設現場に投入される、半強制のボランティア建設労働者の集団で、環境が劣悪で事故が多発、逃げ出す人も多い。女性の父親もまた、突撃隊勤務中に事故で命を落とした。そんな父の後を継ぎ、また、朝鮮労働党に入って欲しいとの母親の期待を背に、彼女は突撃隊に入ったのだった。
ところが入隊から3年後、彼女は子どもを身ごもってしまった。相手は、直属の上官にあたる突撃隊指揮部経理課長。性暴力によるものだった。ところが、突撃隊の中では「彼女の品行が悪い」との噂が広まってしまった。北朝鮮では、性暴力を被害者の落ち度とする風潮が根強いとされる。
前述のHRWの報告書のの調査に応じた、脱北した女性教師は、北朝鮮における女性の地位の低さを嘆く一方で、性暴力の被害女性についてはこんなことを言い放った。
「レイプされたのは、女が愛嬌を振りまいていたからだ」
北朝鮮で、性暴力の被害に遭った女性の多くは、被害事実をひた隠しにして生きざるを得ず、もし周囲に知れ渡れば被害者なのに非難され、社会的に孤立してしまう。同時に、性暴力が起きている状況そのものをさほど問題視しない。加害者は大手を振って歩き、被害者が萎縮する状況があるのだ。
やがて女性は妊娠中絶手術を受けるとの言葉を残し、現場から姿を消した。そして、故郷の山で変わり果てた姿となって発見された。性暴力の被害を受け、もはやこの国では生きていけないと絶望したのだろう。
地元の安全部(警察署)の捜査によると、女性は故郷の慶源で、退職した産婦人科医師のもとで妊娠中絶手術を受けた後、山に登って服毒し、命を絶った。
医師は、退職後に自宅にクリニックを開設、主に産婦人科、婦人科の診察を行うなど地域医療を担い、住民からありがたい存在だと言われてきたが、今回の件で当局の許可なしに医療行為をしていたことが発覚、労働鍛錬隊(軽犯罪者を収監する刑務所)送りになるものと見られている。
一方、性暴力の加害者である経理課長は、事件が明るみに出た後、安全部、突撃隊の幹部などにワイロを掴ませ、事件をもみ消そうとした。それが功を奏したのか、今のところ一切の処分は下されていない。
女性の母親は、娘を朝鮮労働党に入れようとして突撃隊に送ってしまった自分が悪いと泣き暮らしている。もはや解決方法は「信訴」しかないだろう。
「信訴」とは、中国の「信訪」と同様に、公務員による不正行為を告発するシステムで、憲法69条は「公民は信訴と請願をできる」と定めている。つまり、北朝鮮国民は信訴を行う権利を持つということだ。また、手続きなどは信訴請願法で定められている。
しかし金正日時代以降、その機能が低下しつつあると指摘されており、うまくやらなければ訴えた相手から逆襲されることすらある。
高英起 | デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
8/31(月) 5:00
https://news.yahoo.co.jp/byline/kohyoungki/20200831-00195801/