エボラ出血熱、炭そ菌、腺ペスト、HIV、SARS(重症急性呼吸器症候群)、そして新型コロナウイルス──恐ろしい響きをもつこれらの感染症はいずれも、「動物由来感染症」に分類される。動物由来感染症は種の境界を越えて感染し、まだ免疫をもたない人間にとってはとりわけ危険な感染症だ。
中国・湖北省の武漢市を中心に感染が拡大したCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)は、野生のコウモリが感染源である可能性が高いが、コウモリからヒトにウイルスを媒介した動物が何だったのかは、まだわかっていない。ウイルスを媒介したのが希少動物(たとえば、ほぼ同じウイルスが検出された絶滅危惧種の哺乳類センザンコウ)であれ、豚のようにより馴染みのある動物であれ、ひとつはっきりしていることがある。狭い空間に何種類もの動物を詰め込めば、それだけウイルスの感染経路が増え、ウイルスが突然変異を起こす可能性も高くなるということだ。
この事実は警戒すべきだ。なぜなら近年、動物由来感染症のリスクは増大の一途だ。ヒトがかかる新しい感染症の4分の3は、動物由来だ。過去100年、人間は野生動物の生息地の奥深くに踏み込み、人間や家畜が未知で多様な野生動物と接触する機会も増えた。ということは、それらの動物が持つ細菌やウイルスとの接触もそれだけ増えたのだ。
「野生動物を狩る人は、未知の環境に触れることが多いので、それだけ未知の病原菌に晒される機会も多くなる」と、WHO(世界保健機関)の国際食品安全当局ネットワークのピーター・ベン・エンベレクは言う。「自分のためにも、絶滅危惧種の密猟や密売をやめるべきだ。世界のあらゆる保健当局が同意するだろう」
だが口で言うほど簡単ではない。野生動物の不正取引は年間260億ドルもの利益を生み出しており、儲かる違法産業のトップ4に入っている。
とりわけトラの骨やサイの角、センザンコウのウロコなど希少動物の希少部位は漢方薬の材料として珍重され、中国での需要が取引を促進している。2013年に習近平国家主席が、公務接待でフカヒレなど野生動物を材料に含む料理を出すことを禁じるまで、中国では希少動物を使った料理が宴席の定番だった(習がこれらの料理を禁止したのは環境への配慮からではなく、腐敗取り締まりの一環だが)。
新型コロナウイルスの感染拡大によって閉鎖されるまで、中国では野生動物の肉を販売する生鮮市場が身近にあった。閉鎖後も、中国政府の管轄外の「金三角経済特区(タイとラオス、ミャンマーの国境地帯にある市場)」などで、象牙やトラの皮、絶滅危惧種の動物が公然と売られている。こうした野生動物を使った料理は高価で男らしさの象徴とも考えられているため、財力を誇示したい人々に好まれる。
野生動物を使った商品は人気が高く、中国政府は長いこと取り締まりに消極的だった。2003年にはSARSが流行し始めて4カ月目に、ジャコウネコとその他53種の野生動物の取引を解禁。だが同年12月に広東省在住の男性がSARSに感染するとこれを撤回し、ジャコウネコ、アナグマ、タヌキ、ネズミなど約1万匹の殺処分を命じた。その後、これらの野生動物の取引は(一時的に)それまでよりも目立たなくなったものの、時が経つにつれて再び公然と行われるようになった。
野生で捕獲した絶滅危惧種の輸入や販売は違法だが、野生動物を飼育して販売することは合法、という抜け穴もある。今回の新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、中国政府は2月25日、野生動物を食べる「悪習」の根絶や違法取引の全面禁止を決めたものの、この措置が長続きするかどうかは分からない。
「新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、今後1〜2年は野生動物の取引が減るだろう。感染症のリスクもある」と、感染症予防に取り組むNGO「エコヘルス・アライアンス」のピーター・ダザックは言う。「だがいずれ取引は再開される。野生動物を使った料理の一部は、文化に深く根差している」
《中略》
だが、単なる取引禁止はかえって逆効果だ。闇取引の活発化につながり、価格の高騰だけでなくさらなる乱獲をも招くことになる。野生動物の密猟の実態を描いた『絶滅をもたらす市(The Extinction Market)』の著者、バンダ・フェルバブ・ブラウンが指摘するように、訴追に対する恐怖だけでは、まともな仕事が少ない土地で家族を養う密猟者たちに密猟をやめさせることはできない。絶滅危惧種の密猟を違法にして飼育を合法にする方法だと、何が合法で何が違法なのか消費者の混乱を招く。それにSARSウイルスを持っていたジャコウネコは、野生ではなく飼育された個体だった。
《以下略》
From Foreign Policy Magazine
Newsweek
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2020/02/post-92502.php
2020年2月26日(水)17時45分
中国・湖北省の武漢市を中心に感染が拡大したCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)は、野生のコウモリが感染源である可能性が高いが、コウモリからヒトにウイルスを媒介した動物が何だったのかは、まだわかっていない。ウイルスを媒介したのが希少動物(たとえば、ほぼ同じウイルスが検出された絶滅危惧種の哺乳類センザンコウ)であれ、豚のようにより馴染みのある動物であれ、ひとつはっきりしていることがある。狭い空間に何種類もの動物を詰め込めば、それだけウイルスの感染経路が増え、ウイルスが突然変異を起こす可能性も高くなるということだ。
この事実は警戒すべきだ。なぜなら近年、動物由来感染症のリスクは増大の一途だ。ヒトがかかる新しい感染症の4分の3は、動物由来だ。過去100年、人間は野生動物の生息地の奥深くに踏み込み、人間や家畜が未知で多様な野生動物と接触する機会も増えた。ということは、それらの動物が持つ細菌やウイルスとの接触もそれだけ増えたのだ。
「野生動物を狩る人は、未知の環境に触れることが多いので、それだけ未知の病原菌に晒される機会も多くなる」と、WHO(世界保健機関)の国際食品安全当局ネットワークのピーター・ベン・エンベレクは言う。「自分のためにも、絶滅危惧種の密猟や密売をやめるべきだ。世界のあらゆる保健当局が同意するだろう」
だが口で言うほど簡単ではない。野生動物の不正取引は年間260億ドルもの利益を生み出しており、儲かる違法産業のトップ4に入っている。
とりわけトラの骨やサイの角、センザンコウのウロコなど希少動物の希少部位は漢方薬の材料として珍重され、中国での需要が取引を促進している。2013年に習近平国家主席が、公務接待でフカヒレなど野生動物を材料に含む料理を出すことを禁じるまで、中国では希少動物を使った料理が宴席の定番だった(習がこれらの料理を禁止したのは環境への配慮からではなく、腐敗取り締まりの一環だが)。
新型コロナウイルスの感染拡大によって閉鎖されるまで、中国では野生動物の肉を販売する生鮮市場が身近にあった。閉鎖後も、中国政府の管轄外の「金三角経済特区(タイとラオス、ミャンマーの国境地帯にある市場)」などで、象牙やトラの皮、絶滅危惧種の動物が公然と売られている。こうした野生動物を使った料理は高価で男らしさの象徴とも考えられているため、財力を誇示したい人々に好まれる。
野生動物を使った商品は人気が高く、中国政府は長いこと取り締まりに消極的だった。2003年にはSARSが流行し始めて4カ月目に、ジャコウネコとその他53種の野生動物の取引を解禁。だが同年12月に広東省在住の男性がSARSに感染するとこれを撤回し、ジャコウネコ、アナグマ、タヌキ、ネズミなど約1万匹の殺処分を命じた。その後、これらの野生動物の取引は(一時的に)それまでよりも目立たなくなったものの、時が経つにつれて再び公然と行われるようになった。
野生で捕獲した絶滅危惧種の輸入や販売は違法だが、野生動物を飼育して販売することは合法、という抜け穴もある。今回の新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、中国政府は2月25日、野生動物を食べる「悪習」の根絶や違法取引の全面禁止を決めたものの、この措置が長続きするかどうかは分からない。
「新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、今後1〜2年は野生動物の取引が減るだろう。感染症のリスクもある」と、感染症予防に取り組むNGO「エコヘルス・アライアンス」のピーター・ダザックは言う。「だがいずれ取引は再開される。野生動物を使った料理の一部は、文化に深く根差している」
《中略》
だが、単なる取引禁止はかえって逆効果だ。闇取引の活発化につながり、価格の高騰だけでなくさらなる乱獲をも招くことになる。野生動物の密猟の実態を描いた『絶滅をもたらす市(The Extinction Market)』の著者、バンダ・フェルバブ・ブラウンが指摘するように、訴追に対する恐怖だけでは、まともな仕事が少ない土地で家族を養う密猟者たちに密猟をやめさせることはできない。絶滅危惧種の密猟を違法にして飼育を合法にする方法だと、何が合法で何が違法なのか消費者の混乱を招く。それにSARSウイルスを持っていたジャコウネコは、野生ではなく飼育された個体だった。
《以下略》
From Foreign Policy Magazine
Newsweek
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2020/02/post-92502.php
2020年2月26日(水)17時45分