【私の人生を変えた一冊】
辛島美登里さん(シンガー・ソングライター)
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クリスマスシーズンの定番曲となっている「サイレント・イヴ」。1990年、辛島さんが29歳の時のヒット曲だが、それまでの長い“下積み時代”、支えになったのがこの本だという。
本はあまりたくさん読まないんですけど、同じ本を何度も繰り返し読んでいます。納得したくて。とくに、遠藤周作さんの歴史小説「沈黙」は本当に深くて難しく、何度も読んでいます。人間の根本をついているから、逃れられないのかな。
「沈黙」は江戸時代に実際にあった出来事をもとにしていて、ポルトガル人宣教師ロドリゴが、キリシタンが弾圧されている日本にやってきて、彼に忠誠を誓った心の弱いキチジローに裏切られ、幕府に捕まり棄教を迫られる、というお話。私は無宗教でクリスチャンではないんですけど、大学生(奈良女子大)の時に初めて手に取りました。
大学時代は私にとって、人生の転機にあたる時期でした。3年生の時、ヤマハのポプコンで思いがけずグランプリをいただき、就職活動に身が入らなくなってしまいました。それまではプロになるなんて思ってもいなかったけど、音楽をやりたい気持ちを抑えることができなくなり、シンガー・ソングライターの道を志すようになったんです。「沈黙」を読んだのは、そんな頃でしたね。
卒論のテーマが「安楽死」だったくらい、“人の生死の間際”にすごく興味があったんです。「沈黙」は生死の間際で苦悩する人間の姿が描かれているんですよ。遠藤周作さんの狐狸庵先生シリーズのエッセーを面白く読んでいたことも、手に取った理由だったのかもしれません。
■曲を書いても書いても採用されない時代
重くて難しいテーマで、とくに「神よ、なぜあなたは沈黙するのか。何も言ってはくれないのか」のあたりなど、最初は納得できないことが多くて、よくわかりませんでした。なのに、どんどん引き込まれる、不思議な本だなと。もともと“弱者”に焦点を当てているところに魅かれたのかも。キチジローは裏切り者だけど人間味がある。「沈黙」には人間の弱い面が集約されて描かれていると思うんです。
自覚はなかったんですけど、私の作る音楽は「沈黙」からも問題提起を受けていたのかなって、最近思います。弱い人が希望を見いだしたり、自分も含め、弱い人を励ますことのできる音楽を作れたらと思っています。
奈良の大学に通っていたので、卒業してから上京しました。4年後の28歳(89年)で正式にデビューしたんですけど、長くかかったほうだと思います。
東京・中野にあったヤマハの音楽学校の寮に住み、曲作りに励んでいましたが、曲を書いても書いても採用されなかったんです。
デビューの2年前のことです。両親には2年の約束で上京させてもらったので、上京して2年が経ち、今後について両親と話そうと鹿児島へ戻ったその日の夕方、歌手・永井真理子さんの曲に採用された、と連絡を受け、音楽を続けることができました。
首の皮一枚でつながって今、ここまできましたが、決して平たんな道のりだったわけではありません。信じて努力すれば道は開ける、というほど世の中は単純ではありませんよね。
希望、夢、信じることの無力さを痛感し、思っているだけでは何にもならないって反発ばかりしていた時期もありました。「沈黙」を読み返してみても、宣教師ロドリゴがもがき苦しんでいる時、イエス様は沈黙するだけで助けてくれない、希望を持てばかなうなんて絵空事じゃないかと思ったり、私自身も模索していました。
12/22(日) 9:26配信
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191222-00000012-nkgendai-life
あなたの愛になりたい
愛すること
あなたは知らない