温暖化で経済活動の場として注目を集める北極。新たな対立の火種も
2019.08.28
北の果ての覇権争い(2019年9月号)
カナダ北部ヌナブト準州のコーンウォリス島で行われたサバイバル訓練中、カナダ兵が飛行機の残骸に上る。北極の温暖化に伴い、将来の覇権をめぐって緊張が高まるなか、カナダ軍と米軍は北極での活動を強化している。
人類史の大半を通じて、北緯66度以北の世界は、大規模な商業活動とはほぼ無縁だった。探検家や投機家、科学者は長年、北極の氷の下には豊かな資源と海上輸送ルートがあるとみていたが、耐えがたい寒さ、暗い冬、そして人里からあまりに遠い地理的条件が開発を妨げていた。
今の北極は緑が多く、トナカイは減り、蚊が増え、夏の気温は上がっている。最も気になる変化が起きているのは海だ。夏季の海氷面積は驚くほどのペースで縮小している。米航空宇宙局(NASA)の研究者による推定では、海氷面積は年平均およそ5万4000平方キロのペースで縮小しているという。2014年の「全米気候評価」報告書では、2050年までに北極海は夏に氷がない状態になると予測されている。
各国が狙う北極の資源と新航路
北極をめぐる各国の争奪戦は領有権争いとは違う。一部にまだ係争中の水域があるが、それを除けば、北極点も含め、北極海の海底の大半は、すでにそれぞれの国の領有権が確定している。各国政府と企業が虎視眈々と狙っているのは、金、ダイヤモンド、レアメタル(希少金属)などの鉱物、石油、天然ガス、さらには漁業資源など、膨大な価値のある未開発の資源と、海上輸送コストの大幅削減が見込める新航路だ。
ロシアとノルウェーは過去10年間、北極圏諸国のなかでも最も活発に開発計画に着手し、石油・天然ガス採掘のインフラや、大型コンテナ船が利用できる大水深の港湾の整備、氷に閉ざされた北極海を航行できる船舶の建造に巨費を投じてきた。一方、中国もロシアの天然ガス開発計画を支援し、その他の北極圏諸国に開発資金の借款を申し出ているだけでなく、国産の砕氷船を複数建造してもいる。
この動きと対照的だったのが、これまでの欧米諸国の動きだ。カナダと米国は、2国合わせて北極海沿岸の半分近くを領有しているにもかかわらず、北極にあまり目を向けてこなかった。ロシアは砕氷船を51隻保有しているが、米国が保有する現役の砕氷船はわずか5隻。しかも北極圏内には大水深の港湾が一つもない。
北極の資源開発に関心が集まるなかで、権益争いが対立に発展し、さらには欧米諸国とロシアや中国との間で新たな紛争が勃発する可能性さえ、ささやかれ始めている。マイク・ポンペオ米国務長官が2019年5月初め、北極評議会に出席した背景には、こうした懸念があった。
「北極地域は覇権争いと競争の場になっている」とポンペオは語った。「戦略的な関与が必要な新時代に突入しつつある……この地域における我々の権益すべてに対する新たな脅威もその一部だ」
ポンペオがこう考えているなら、言うまでもなく米国にとっての問題は、一部の国々がすでに開発競争で大きく先行していることだ。
※ナショナル ジオグラフィック9月号「北の果ての覇権争い」では、北極の氷の下に眠る膨大な資源や新航路をめぐり、各国間で開発競争が激しくなっている現状をお伝えします。
文=ニール・シェイ/ジャーナリスト
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/19/082300487/?ST=m_news
2019.08.28
北の果ての覇権争い(2019年9月号)
カナダ北部ヌナブト準州のコーンウォリス島で行われたサバイバル訓練中、カナダ兵が飛行機の残骸に上る。北極の温暖化に伴い、将来の覇権をめぐって緊張が高まるなか、カナダ軍と米軍は北極での活動を強化している。
人類史の大半を通じて、北緯66度以北の世界は、大規模な商業活動とはほぼ無縁だった。探検家や投機家、科学者は長年、北極の氷の下には豊かな資源と海上輸送ルートがあるとみていたが、耐えがたい寒さ、暗い冬、そして人里からあまりに遠い地理的条件が開発を妨げていた。
今の北極は緑が多く、トナカイは減り、蚊が増え、夏の気温は上がっている。最も気になる変化が起きているのは海だ。夏季の海氷面積は驚くほどのペースで縮小している。米航空宇宙局(NASA)の研究者による推定では、海氷面積は年平均およそ5万4000平方キロのペースで縮小しているという。2014年の「全米気候評価」報告書では、2050年までに北極海は夏に氷がない状態になると予測されている。
各国が狙う北極の資源と新航路
北極をめぐる各国の争奪戦は領有権争いとは違う。一部にまだ係争中の水域があるが、それを除けば、北極点も含め、北極海の海底の大半は、すでにそれぞれの国の領有権が確定している。各国政府と企業が虎視眈々と狙っているのは、金、ダイヤモンド、レアメタル(希少金属)などの鉱物、石油、天然ガス、さらには漁業資源など、膨大な価値のある未開発の資源と、海上輸送コストの大幅削減が見込める新航路だ。
ロシアとノルウェーは過去10年間、北極圏諸国のなかでも最も活発に開発計画に着手し、石油・天然ガス採掘のインフラや、大型コンテナ船が利用できる大水深の港湾の整備、氷に閉ざされた北極海を航行できる船舶の建造に巨費を投じてきた。一方、中国もロシアの天然ガス開発計画を支援し、その他の北極圏諸国に開発資金の借款を申し出ているだけでなく、国産の砕氷船を複数建造してもいる。
この動きと対照的だったのが、これまでの欧米諸国の動きだ。カナダと米国は、2国合わせて北極海沿岸の半分近くを領有しているにもかかわらず、北極にあまり目を向けてこなかった。ロシアは砕氷船を51隻保有しているが、米国が保有する現役の砕氷船はわずか5隻。しかも北極圏内には大水深の港湾が一つもない。
北極の資源開発に関心が集まるなかで、権益争いが対立に発展し、さらには欧米諸国とロシアや中国との間で新たな紛争が勃発する可能性さえ、ささやかれ始めている。マイク・ポンペオ米国務長官が2019年5月初め、北極評議会に出席した背景には、こうした懸念があった。
「北極地域は覇権争いと競争の場になっている」とポンペオは語った。「戦略的な関与が必要な新時代に突入しつつある……この地域における我々の権益すべてに対する新たな脅威もその一部だ」
ポンペオがこう考えているなら、言うまでもなく米国にとっての問題は、一部の国々がすでに開発競争で大きく先行していることだ。
※ナショナル ジオグラフィック9月号「北の果ての覇権争い」では、北極の氷の下に眠る膨大な資源や新航路をめぐり、各国間で開発競争が激しくなっている現状をお伝えします。
文=ニール・シェイ/ジャーナリスト
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/19/082300487/?ST=m_news