◆ 龍角散社長がセクハラか 問題にならぬよう打っていた先手
▼ざっくり言うと
・龍角散社長のセクハラ疑惑について、週刊新潮が取り上げている
・被害者の女性は、ヒアリングでセクハラ被害を認めたものの、告発には至らず
・その後なぜか業務委託契約から正社員に昇格したと、龍角散の関係者は語った
例のキャッチフレーズでお馴染みの老舗企業が揺れている。
「ゴホン!」と社長のセクハラを指摘すれば、“咳払い”ならぬ厄介払い、とトンデモ人事の返り討ちにあった。
問題を調査しただけの元法務部長がクビ、現場を目撃した執行役員も左遷されてしまったのだ。
日本人の喉を守り続けて200年以上と謳う株式会社龍角散の歴史は古い。
江戸時代中期、佐竹藩(現在の秋田県)の御典医だった藤井玄淵が龍角散の原型を作ったのが始まりとされる。
それから数えて8代目という老舗企業のセクハラ騒動が明らかになったのは6月6日のことだ。
龍角散の元法務部長の女性(52)が厚生労働記者クラブで会見を行い、藤井隆太社長(59)のセクハラを調べただけで解雇されたと東京地裁に訴えたのだ。
龍角散の関係者が語る。
「15人程度が参加したその会で酔っていた社長は、挨拶の途中で脱線し、突然、女性従業員に“君が大好きだ”と言いだしました。
そして、手や背中を触り、抱きしめたのです。彼女は“社長、私高いんですよ、お触り50円、抱き付き200円です”と気分を害さぬ形で抵抗していました」
さらに、こんな行為にまで及んだ。
「エスカレートした社長はこの女性に背中を向けさせ、“この首筋がゾクゾクする”“本当に色っぽいよ”などと語りかけました。
彼女は“もう700円、900円になりました”と明らかに嫌がっているにも拘らず、セクハラを止めようとしなかったそうです」(同)
見かねた参加者が社長に「帰りましょう」と促し、後味の悪い形で忘年会は散会となった。
関係者が続ける。
「藤井社長は過去に別の女性従業員や取引先の女性にも“胸が大きいね”といったセクハラまがいの言動が見受けられ、また、元法務部長自身が突然、社長に抱き付かれたこともあったのです。
会社には第三者のセクハラ相談窓口もなく、部長は以前から問題意識を持っていた。しかし、それでまさか解雇になるとは……」
しかも、セクハラが問題にならぬよう社長は先手を打っていた。
「被害者の女性は証券会社出身でセクハラには慣れていると話していたけれども、ヒアリングでその内容を認めていました。
だが、告発には至らず。彼女はその後、なぜか、業務委託契約の従業員から正社員に昇格しているのです」(同)
このクビ騒動の陰にはもう一人の“被害者”がいる。同社の執行役員、福居篤子氏(54)である。元法務部長の実の姉で、製薬業界では知られた存在だった。
業界関係者によると、
「90年代後半に彼女が開発したのが服薬補助ゼリーでした。
飲み込む力の弱い高齢者や小さい子どものために、薬をゼリーで包み、誤嚥(ごえん)を防ぐ画期的な商品だったのです」
当時、龍角散は40億円だった売上に対し、ほぼ同額の負債も抱え、経営不振に喘いでいた。
その後、子ども向けの「おくすり飲めたね」などのゼリー商品が大ヒットし、今では、売上200億円強になるまでに。
龍角散の顧問を務める砂田久一氏がこう指摘する。
「販売後、各社から“なぜこういう商品を思いつかなかったのか”という声が聞かれました。
実際、類似品がいくつも出ていますが、『おくすり飲めたね』の牙城は崩せていません」
まさに会社を救った功労者のはずだった。
さる事情通が言う。
「そのセクハラ現場に同席していたのが、篤子さんだったのです。あまりの言動に法務部長だった妹に相談。セクハラの事実が発覚したというわけです」
そうした経緯から姉も社長から糾弾されてしまう。
「今年の1月になって、開発本部長など兼務していた七つの役職のほぼ全てを解かれ、東神田にある本社から千葉にある工場へ左遷された。
社長は“セクハラ問題をでっち上げたからだ”と言い放ったそうです」(同)
臭いものには蓋、を地で行く仕打ちだと先の龍角散関係者は憤慨する。
「篤子さんは工場でパソコンを与えられず、席に座っているだけ。
打ち合わせがあっても、本社の中に入れてすらもらえないという状況なのです。
さすがに社内でもやりすぎだ、という声が挙がっています」
※続きは下記のソースでご覧ください
デイリー新潮 2019年6月19日 5時58分
https://news.livedoor.com/article/detail/16641398/