FC東京の最古参選手、今季限りでの現役引退を発表
1979年生まれ組が「黄金世代」と称される一方で、「谷間の世代」と呼ばれていた1981年世代。ワールドユース(現U-20W杯)や五輪ではグループステージ敗退を経験したが、2010年の南アフリカW杯では決勝トーナメントに進出した日本代表チームで軸となる世代となり、今なおJクラブで主力を担う選手たちもいる。この世代の中心的選手であり、今季限りでの現役引退を発表した石川直宏は、同世代の選手たちへ感謝の思いを口にする。(文:元川悦子)
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9月9日のセレッソ大阪戦を1-4で落とした翌日、FC東京の篠田善之監督が解任された。すでに天皇杯、Jリーグルヴァンカップを落とし、J1優勝も遠のく中、2年連続のシーズン中の監督交代が行われたことに最も胸を痛めているのが、チーム最古参選手であり、今季限りでの現役引退を明らかにしている石川直宏かもしれない。
横浜マリノスジュニアユース追浜、同ユースを経て、2000年にトップに昇格した彼がFC東京に赴いたのは2002年4月。前年にアルゼンチンで開催されたワールドユース(現U-20ワールドカップ)での活躍を現地で目の当たりにした原博実監督(現Jリーグ副理事長)に熱望され、レンタル移籍することになった。
「僕が来た頃のFC東京はJ1昇格から間もなく、代表経験者もユキさん(佐藤由紀彦=同U-15むさしコーチ)1人くらい。みんなが一丸となって泥臭く諦めずに戦うのが、このクラブの伝統だったと思います。
その後、2004年、2009年のJリーグヤマザキナビスコカップ優勝などを経て、個人能力の高い選手が入ってくるようになり、佑都(長友=インテル)やモリゲ(森重真人)、ヨッチ(武藤嘉紀=マインツ)のように日の丸を背負う選手がいるのが当たり前になった。
そうやって時代もチームも変化する中、長く在籍した自分がピッチで『FC東京の伝統』を体現したいという思いはつねに抱いていました。でも2年前の8月2日のフランクフルトとの親善試合で左ひざ前十字じん帯を断裂してしまった。復帰を目指してリハビリを続けてきたけど、それが叶わないのが苦しかった。選手としては致命的でした。
そして今年の天皇杯でチームが長野パルセイロに負けた時、『もっと前向きな気持ちで新たな道を開きたい』と考え、引退を決断したんです。それでもシーズンはまだ続いているし、自分にはピッチに戻るという目標がある。それを目指して努力することで、チームに何かを残せればいい。そう思っています」と石川は率直な本音を打ち明けた。
負傷に悩まされたプロ生活。W杯本大会メンバー入りは果たせず
思えば、彼のサッカー人生は紆余曲折の連続だった。FC東京でスピードスターとして名を馳せた彼は、ジーコ監督時代の2003年に同世代の選手たちのなかでいち早く日本代表に選ばれた。2004年アテネ五輪ではラストのガーナ戦のみの出場にとどまったが、FC東京の初タイトル獲得の原動力となるなど、目覚ましい成長を続けた。
つづく
2005年夏にはセリエAへの移籍話も浮上。「環境を変えたらどうなるのかなと思い始め、海外移籍も視野に入れ始めたが、まだ自信がなかったから最終的に断った」と本人が述懐する通り、もう少し経験を積んでからの挑戦を考えていたが、その矢先の古巣・横浜FM戦で右ひざ前十字じん帯損傷および右ひざ外側半月板損傷の重傷を負ってしまう。最も勢いに乗っていた時期の長期離脱は石川に重くのしかかった。
その後、足踏み状態が続いたが、2008年頃から再びキレと迫力を取り戻し、2009年のクラブ2度目のタイトル獲得にも貢献。岡田武史監督(現FC今治)率いる日本代表にも再抜擢され、2010年南アフリカワールドカップ有力候補とも目されるようになった。が、フタを開けてみると、23人からは落選。小笠原満男(鹿島)らとともに予備登録メンバー7人に名を連ねることになってしまう。
2010年代に入ってからはクラブのJ2降格、腰椎椎間板ヘルニア発症、若手の台頭による出場機会減なども味わうことになる。そして2年前の左ひざ負傷である。誰よりも責任感の強い石川には「東京らしさを表現するのは自分だ」という強い自負があり、辛く苦しいリハビリにも耐え続けたが、その努力は思うように結果に結びつかなかった。
「若い頃はA代表に定着して、ワールドカップに出て、Jリーグでも優勝してシャーレを掲げ、海外にチャレンジする……といった理想を思い描いていたけど、決断した以上は後悔はないです。『起こること、全て善きこと』という言葉を長澤徹(岡山監督)さんがよく言っていたけど、自分も1つ1つの運命を受け止めるしかない。自然体の生き方しかできないのが石川直宏という人間なんです」と彼は爽やかな笑みを浮かべた。
南アW杯で「『俺らはやれるんだ』と同世代の仲間が証明してくれた」
そうやって石川が自分らしく生きられるのも、81年生まれの仲間たちの影響が少なからずあるはず。かつて「谷間の世代」と称された選手たちは実に個性豊かだ。
同じFC東京のチームメートである前田遼一、浦和レッズのキャプテンマークを巻く阿部勇樹、今季J2アシストランクトップの駒野友一(福岡)、36歳にして海外に再チャレンジした松井大輔(オドラオポーレ)のように現役にこだわる選手もいれば、引退してビジネスを立ち上げると同時にプロゴルファーを目指す鈴木啓太(元浦和)、大分市議会議員として地元のスポーツ振興を目指す高松大樹(元大分)のような人材もいる。
「僕らの世代は物凄くまとまりが強いんです」と石川も語気を強める。
「『谷間の世代』と長い間、言われてきたけど、『ああそうか』って納得してたやつは1人もいないと思いますね。ユース代表の頃、監督の西村(昭宏=高知ユナイテッドスーパーバイザー)さんやコーチの剛(小野=FC今治育成副部長)さんに『谷間と呼ばれて悔しくないのか』とよくハッパをかけられていたけど、僕自身は『絶対に黄金世代(79年組)を超えてやろうう』と思っていたから。それはみんな同じだったんじゃないかな。
とはいえ、あの時点では小野伸二(札幌)さんやヤット(遠藤保仁=G大阪)さんたちとの実力差は感じてました。彼らは憧れの存在だったし、プロ1〜2年目でJリーグの試合に出ていましたからね。ただ、2002年日韓ワールドカップに出た市川(大祐=清水アカデミースタッフ)さんとは1つしか違わなかった。決して遠い存在じゃなかったし、『自分たちもやればできるんだ』って気持ちは心のどこかにありました。
それが結実したのが2010年南アワールドカップだったのかな。コマちゃん(駒野)がパラグアイ戦でらPKを外したことがクローズアップされるけど、コマちゃん、松井、阿部ちゃん、闘莉王(田中マルクス闘莉王)、嘉人(大久保=FC東京)、今ちゃん(今野泰幸=G大阪)、矢野貴章(新潟)、岩政(大樹=東京ユナイテッド)といった選手たちがアテネ世代から出た。
つづく
フットボールチャンネル9月28日(木)10時19分
https://news.biglobe.ne.jp/sports/0928/fot_170928_4897640470.html アテネで惨敗して『この野郎』って思ったメンバーが奮起したから、日本は16強入りできたと思います。僕は最終登録に入れなかったけど、『俺らはやれるんだ』『力があるんだ』と同世代の仲間が証明してくれた。そういう選手たちと切磋琢磨することができ、いい時代を過ごせたことに心底、感謝しています」
「もう一度、背番号18のユニフォームを着て、みなさんの前でプレーできるように」
つねにサッカーや関わってきた人々への感謝とリスペクトを忘れず、真面目にひたむきにキャリアを過ごしてきた石川。そんな爽やかなフットボーラーが残した足跡や存在感は彼が現役を退いたとしても絶対に消えることはない。
「引退後はまだ何をするか決めていません。16年間在籍し、恩のあるFC東京のサポートは続けていきたいけど、クラブの中にいる方がいいのか、外に出た方がいいのかはまだハッキリしないですね。何が正解か分からないけど、自分が自然体でいられて、清々しい表情でいられる仕事ができたら理想的ですね。
その前に自分がやるべきなのは、ピッチに立つ努力を続けること。今季リーグ戦も残り10試合を切り、残された時間は刻一刻と少なくなっていますけど、12月2日の最終節・ガンバ大阪戦まで諦めるつもりはない。もう一度、背番号18のユニフォームを着て、みなさんの前でプレーできるように、1日1日を大事にしていきます」
誰よりもFC東京を愛する36歳のベテランMFが完全燃焼してくれることを願ってやまない。
(取材・文:元川悦子)
つづく
写真
【サッカー】<FC東京>信念貫き反ハリル?勝利へ保持率高める!ハリル監督の提案「なんとも思わない」
http://hayabusa9.2ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1506725602/ 誰だよ
野球選手ならドラフトあるから日本人なら皆知ってるけど
Jリーガーはマイナーすぎて誰も知らない
確変ってほんとにあるんだな、と教えてくれた選手
あの数ヶ月はほんとにすごかった
中田とか俊さんとか香川とか本田なんかより
2009石川が最強であることは間違いないw
そりゃーあんだけ凄けりゃ怪我もするよな、というぐらいドリブルにキレがあった。お疲れさまでした。
この世代のWY面白かったな
ブラジルの右SBのダニエウアウベスとかいう選手が半端なくて所属クラブ調べたら年下のセルヒオラモスとかいう選手の控えだった
暫く見ないと思ったらもう完全におっさんになってんな
20歳の石川を見てあまりのスピードに衝撃を受けた
間違いなく代表入りすると確信したよ
キャリアの半分ぐらいは怪我してたかな リハビリのプロフェッショナルだった
実際谷間だったよな
黄金…言わずもがな
北京…本田香川長友
ダイナミックという言葉がユニ着て跳ねてるような夢のある選手だった
お疲れさま
覚醒時が続いてれば間違いなく日本サッカー最高の選手だった
2010年だっけ?
なんかすげー覚醒したシーズンあったよな
こいつとか佐藤とか大久保とか前田とか
谷間世代ってJリーグの雑魚狩りは得意だけど上のレベルでは全く通用しないって選手多い印象
仮に3年ぐらい前に引退決断してたらもっと賞賛されてたように思う
ここ数年は完全に無駄飯食いの老害以外の何物でもなかった
この世代は怪我でダメになったとか超高校級みたいなのが多かった印象
まあシドニー世代が異常だっただけでアテネ以降はどの世代も小粒な感じだけど
>>42
2009年だね。あまりの凄さに石川直宏対策本部っていうスレがたったなw >>43
唯一の功績は松井がフランスリーグに行って、セリエ以外の移籍選択肢増やしたことぐらいだな 2009は世界でも最高レベルだろうな CLでも観れない変態シュートだった
>>50
いつの時代も、右サイドは人材難だからな
茸は持ち場放棄して真ん中に寄っていくし、市川はスペ、加地や内田はSBだし藤本淳吾は伸びてこないし なんでこの人南アフリカ大会のメンバーに選ばれなかったんだろ
一時的に凄い選手なんて駄目なんだよ
それを何故に継続出来なかったのか
怪我だらけのプレイスタイルな割に結構ながく現役だったんだな
>>42
しかもスピードとかじゃなくて毎回ものすごいゴールばかりだったな こいつJリーガーの中でもかなりの若ハゲだったよな
岡崎よりひどかった
歴代Jリーガー禿げイレブン組んだらアルシンドと2トップだろ
怪我が無ければもっと凄い選手に〜って訳じゃなく、怪我が有ったから
最終的にあのプレースタイルに変わって、そして怪我で終わった選手。
結局、米本もそうだけど肉体にリミットかけて怪我をしないのも
才能なんだろうなとは思う。
ジーコの失敗はこの世代をほとんど使わなかった事。
落ち目だった黄金世代にこだわって当時既にハイレベルだった松井や
釣男を使わなかった。
石川引退か
バンビみたい走りやドリブルだったよねぇ
覚醒時に怪我をせずにワールドカップ出てたらどうなったのかなぁ
この世代だと水野とかも凄い選手になると思ったのに・・・
前田遼一、石川直宏、松井大輔。
このエレガントな三人を輩出した世代。
大久保嘉人や阿部勇樹、今野泰幸などもいて、才能的には言われる程、悪くない。
北嶋が引退するとき
「サッカーの神様は意地悪だった」と言っていたのを思い出したわ
意地悪なのがデフォだけど
石川に対して最も意地悪だったと思う
けど石川直宏2009を覚えている人がこんなに居るなら
彼のサッカー人生そこそこの実りは有ったな
このスレをみせてあげたい
センターFWが170cmの佐藤寿人
DFが175cmの阿部
だったから谷間と言われてもしょうがないわな
>>67
Jサポならあの時の石川のスピードと謎のゴラッソは忘れないわなあ 一時期、凄かったよなあ。
アレだけでもいい選手なのが分かる。
真の谷間世代は、A代表歴が長谷部・藤本淳・矢野貴・菊地の4人しかいない84年世代なんだけどね。
一瞬の輝きは歴代1ちゃうかと思わせる年があったな
サイレンススズカみたいな人でした
お疲れ
>>79
すぐ上と下にはたくさん、特に下は黄金で
俊さん以外ほぼ思いつかない78年の方もたいがいだな 3点くらいリードしてる時に無理やり放り込みに突っ込んで怪我して
南アW杯を棒に振ったんだっけ
あんだけ怪我しまくって良くここまで選手続けられたわ
特にファンでもないんだがお疲れさんと言いたいな
まじで谷間だったな
黄金=中田 中村 小野
谷間=大久保 松井 田中
本田=本田 長友 香川
2009年は凄まじかった。
キレッキレであの1年間を見せてくれただけでもマジで感謝だわ。
お疲れ様でした。
引退後はフィリピンの島で生き残った旧日本兵を捜しに行きそう
(_´Д`)ノ~~オツカレー
一瞬ゴールハンターにめざめたな。
あれはなんだったんだ。
スポーツ観ててガチで叫んだ瞬間wwwwwwwwwwwwwwwwwwww
http://hawk.2ch.net/test/read.cgi/livejupiter/1506699746/
511風吹けば名無し@無断転載禁止2017/09/30(土) 01:15:26.02ID:s4q4QB210
今のところこんな感じか?
WBC2009イチロー
ラグビーW杯 vs南アフリカ
2014W杯 本田先制弾
700風吹けば名無し@無断転載禁止2017/09/30(土) 01:28:33.00ID:ifONmheJp
WBCイチロー
本田のフリーキック
NBA2002年のロバートオーリーのブザービーター
個人的3トップ
715風吹けば名無し@無断転載禁止2017/09/30(土) 01:29:59.82ID:Y1jg15Swd
各スポーツで一番叫んだもの
野球 WBCイチロー
サッカー カメルーン戦本田(次点で無回転FK)
バスケ レイアレンのスリー
陸上 北京五輪100m決勝
競馬 シングウィズジョイの単勝当たったとき
731風吹けば名無し@無断転載禁止2017/09/30(土) 01:30:49.11ID:Aimw2GEO0
1997岡野も2009イチローも2015ラグビーも2016リオリレーも叫んだな
他にも叫んでるけどパッと思い付くのはこれかな
861風吹けば名無し@無断転載禁止2017/09/30(土) 01:40:31.05ID:IaiWg3ced
本田のデンマーク戦のFKはワイも叫んだし他からも声聞こえたわ 2006年はこんなメンバーで見たかった
高原
松井 中田
小野
遠藤 阿部 今野
中澤 闘莉王 松田
楢崎
五輪のガーナ戦の山本の采配は今でも許せねえ。
フルで使ってればまだ今ほど海外ブームではなかったとはいえ
五輪経由で海外のクラブに移籍出来たんじゃないかと今でも思う
谷間世代ってよく勘違いされてるけど
選手の能力とかの話じゃなくて協会の強化方針とかの話だからな
黄金世代の育成を重視しすぎて割を食った世代ってこと
まあ谷間の世代がワールドカップで結果残してるからな。
松井、大久保、阿部、闘莉王、今野、駒野あたり
怪我がちの選手だったがまだやってたか
復帰して活躍してまた怪我するというパターンだったな
アテネ世代が谷間言われたのは
上の世代と比べて地味なのと
ワールドユースで結果出せなかったから
実際この世代ってなんか地味だよな
石川直宏と山瀬功治
この2人は怪我に泣かされた印象が強いが2人が活躍してた頃は代表でもやれると思ってたんだ
お疲れさま
北沢並みに髪型がキモかったな。いつだかシーズン10ゴールくらいして爆発した時は良かった
>>106
俺もこの世代ならこの2人だな
石川のスピード
山瀬のシュート 確変というかMaxに能力を引き出せたら凄い選手なのは見てればわかった。ただそれを出来たのが競技生活の中でもほんの数瞬だった。