浄土教の祖、恵心僧都源信(えしんそうずげんしん)(942〜1017)の没後1000年合同法要のあった今月14日、
京都市下京区の西本願寺で恵心僧都の著した「往生要集(おうじょうようしゅう)」をテーマに、
天台宗と本願寺派それぞれの僧が記念講演会を開いた。17日には、東山区の知恩院でも講演会があった。
西本願寺での講演は、「往生要集の念仏とその実践」がテーマで、天台宗側は叡山学院教授で水間寺貫主の武覚超(たけかくちょう)さん、
本願寺派側は龍谷大名誉教授で同派宗学院講師の浅田恵真(えしん)さん。それぞれ、宗派で最高の学階「勧学」をもつ。
約600人が詰めかけた会場はいっぱいとなり、入りきれない聴衆は急きょ別の階の読経所に設置したスピーカーに聴き入った。
冒頭、小鴨覚俊延暦寺教化部長が「昨年6月に1000年遠忌の法要を(本願寺派が)勤めてくださったので
『今度はこちらが山を下りて』と申し出たら快く受け入れていただいた」と経緯を説明した。
武さんは天台宗の立場から恵心僧都の生涯と思想を語った。「往生要集は、念仏によって極楽浄土への道を示された書。
惠心僧都は往生を願う念仏の教えと、仏の知見を得て悟り、成仏を目指す教えが天台仏教の根本をなすものと位置づけ、
比叡山の伝統を育んでいった」と語り、17日にも知恩院法然上人御堂で恵心僧都の教えを解説した。
浅田さんは本願寺派の立場から「往生要集ほど用意周到な教えはない。あらゆる往生、そして成仏について説いている」と表現。
親鸞が比叡山で20年余りの修行の末、山を下り法然と出会った後も、著作の中で往生要集の文を引用したり言葉を加えたりしていることを指摘。
「他力本願の視点で見ると往生要集の中に阿弥陀如来の御慈悲が見え隠れする」と語った。
恵心僧都は浄土に生まれ変わる方策を「往生要集」で説き、浄土宗の宗祖・法然や浄土真宗の宗祖・親鸞は延暦寺で学んだ。
親鸞は浄土教の「七高僧」(7人の高僧)に法然とともに恵心僧都を選んでおり、阿弥陀堂には七高僧の影像がある。
小鴨教化部長によると、真宗大谷派にも合同法要を申し入れたが日程が合わなかったという。【篠田直哉】
http://mainichi.jp/articles/20170223/ddl/k26/040/474000c
京都市下京区の西本願寺で恵心僧都の著した「往生要集(おうじょうようしゅう)」をテーマに、
天台宗と本願寺派それぞれの僧が記念講演会を開いた。17日には、東山区の知恩院でも講演会があった。
西本願寺での講演は、「往生要集の念仏とその実践」がテーマで、天台宗側は叡山学院教授で水間寺貫主の武覚超(たけかくちょう)さん、
本願寺派側は龍谷大名誉教授で同派宗学院講師の浅田恵真(えしん)さん。それぞれ、宗派で最高の学階「勧学」をもつ。
約600人が詰めかけた会場はいっぱいとなり、入りきれない聴衆は急きょ別の階の読経所に設置したスピーカーに聴き入った。
冒頭、小鴨覚俊延暦寺教化部長が「昨年6月に1000年遠忌の法要を(本願寺派が)勤めてくださったので
『今度はこちらが山を下りて』と申し出たら快く受け入れていただいた」と経緯を説明した。
武さんは天台宗の立場から恵心僧都の生涯と思想を語った。「往生要集は、念仏によって極楽浄土への道を示された書。
惠心僧都は往生を願う念仏の教えと、仏の知見を得て悟り、成仏を目指す教えが天台仏教の根本をなすものと位置づけ、
比叡山の伝統を育んでいった」と語り、17日にも知恩院法然上人御堂で恵心僧都の教えを解説した。
浅田さんは本願寺派の立場から「往生要集ほど用意周到な教えはない。あらゆる往生、そして成仏について説いている」と表現。
親鸞が比叡山で20年余りの修行の末、山を下り法然と出会った後も、著作の中で往生要集の文を引用したり言葉を加えたりしていることを指摘。
「他力本願の視点で見ると往生要集の中に阿弥陀如来の御慈悲が見え隠れする」と語った。
恵心僧都は浄土に生まれ変わる方策を「往生要集」で説き、浄土宗の宗祖・法然や浄土真宗の宗祖・親鸞は延暦寺で学んだ。
親鸞は浄土教の「七高僧」(7人の高僧)に法然とともに恵心僧都を選んでおり、阿弥陀堂には七高僧の影像がある。
小鴨教化部長によると、真宗大谷派にも合同法要を申し入れたが日程が合わなかったという。【篠田直哉】
http://mainichi.jp/articles/20170223/ddl/k26/040/474000c