「もう、あの頃には戻ってほしくない」
岡山市南区の30代女性は、長女と次女を別々の保育園に預けた2016年からの1年を振り返る。
ちょうど市の待機児童が全国の市区町村でワースト2位となったころ。待機児童の定義を国が示すものより広げたことが原因の一つだったが、16年は前年の5倍の729人に跳ね上がっていた。長女と同じ園を希望したが落選し、仕方なく別の認可園を選んだ。
二つの園は車で30分の距離にあった。午前8時に出発し、「はしご」して帰宅するのに2時間近くかかることもあり、経営する美容サロンの始業にも影響した。市に事情を説明し続け、同じ園に入れたのは1年後。その後生まれた長男は19年、希望する園に入れたものの、ママ友たちの不安はなお大きい。
「これでは出産をためらう人が出る」
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最重要施策の一つとして「待機児童ゼロ」を掲げた市は、補助金を投じるなどして受け皿の整備を進めた。16年から今春までの5年で、68施設が新たに開園し、13施設が増築・増改築をした。結果、定員は5年で約4千人増えて1万8820人になった。
今春の入園申し込みは1万8875人。希望を考慮しなければ、ほぼカバーできるまでに受け皿は広がり、4月時点の待機児童は31人にまで減った。市は「待機児童問題はほぼ解消した」とする。
ただ、現場は深刻な保育士不足がなお続く。待機児童31人の一部は、保育士が足りずに児童を受け入れられなかったもの。市によると、認可保育施設194園のうち、保育士不足を理由に定員いっぱいが受け入れられていないのは23園に上るという。
東区中尾の認可施設「かしのみ保育園」もその一つ。「もう数人、保育士がいれば」。後藤尚美園長(60)はため息をつく。
定員150人に対し、受け入れは141人。保育士が十分集まらず、0歳児は受け入れを制限している。
安定した人材確保が難しい状況で、手は打ってきた。保育士の家賃・交通費を月2万円を上限に補助し、半年140万円の広告費をかけ、求人サイトでの募集も続けた。それでも今年度の採用は8月までの3人にとどまる。人材紹介会社の派遣や、定年後の保育士の嘱託再雇用でしのぐにも限界があるという。
後藤園長は、保育士の待遇が不十分であることが一番の問題だと考える。国の調査では、20年の保育士の平均賃金(残業代など除く)は月24・5万円。全職種平均(30・7万円)を下回る。コロナ禍の長期化で、人手不足にはさらなる暗雲が漂う。「子供たちのために」と理想を掲げる保育士が、過度な負担に耐えきれず辞めていく。
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待機児童問題が解消の方向へ向かったのは、市の支援策が大きい。
市は保育士の月額賃金の上乗せ(現在は3%)を17年度に始め、21年度一般会計予算では3億4500万円を計上。19年度に始めた奨学金の返済支援では、21年度は2800万円を充てた。
しかし、これらの支援は22年度が期限と決まっている。その後の見通しは「継続か否かも決まっていない」(担当課)。
継続を求める声は根強い。市内の私立認可保育園など81園でつくる「市私立認可保育園・認定こども園園長会」は8月、制度の恒久継続化と、拡充を求める要望書を市へ出した。高山学会長は「支援が打ち切られれば、保育士は一気に集まらなくなる」と危機感を語る。(吉川喬)
継続未定の岡山市の保育士確保施策
・民間保育士の賃金上乗せ=1人平均月9千円を上乗せ。2022年度まで
・家賃助成=3年間にわたり月6万円助成。22年度まで受け付け
・奨学金の返済支援=3年にわたり月1万円。新規採用者を対象に22年度まで受け付け
・保育支援者の配置助成=給食配膳や散歩付き添いなどの補助者が対象。1施設当たり月最大14・5万円。22年度まで
朝日新聞 2021年9月29日 9時00分
https://www.asahi.com/articles/ASP9X7G5CP9SPPZB007.html