昭和天皇の肖像を燃やすような作品や元慰安婦を象徴する作品が出品され、物議を醸した国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」をめぐり、文化庁が、愛知県への補助金を不交付とした決定を見直し、一部減額して愛知県に支給すると発表した。県が手続き上の不備を認めたことが理由だが、芸術祭が提起した表現の自由や、公共施設での展示のあり方といった問題について議論は進んでいない。今回の“灰色決着”で、同様の騒動が再び起きる恐れも指摘されている。
実利重視
「愛知県が遺憾の意を示した上で今後の改善を表明したこと、展示会場の安全や事業の円滑な運営にかかる懸念に関連する経費などの減額を内容とする変更申請がなされたことなどを踏まえて判断した」
文化庁は3月23日、いったん不交付とした決定を見直し、約7800万円から約6700万円に減額して支給することを決めた理由について、こう説明した。
愛知県の大村秀章知事も、補助金支給決定を受けて同日開いた会見で、「一連の経過についてはご心配を掛けた」と文化庁に伝えたことを明らかにした。
昨年9月に文化庁が不交付決定を決めた際には、「裁判で争う」と対決姿勢を鮮明にしていた大村知事だったが、実利を重視して手続き上の不備を認めて矛をおさめた格好だ。文化庁に“譲歩”した理由について、大村知事は「経緯を申し上げることはしない」と説明を避けた。
文化庁にも、これ以上トラブルを避けたいとの思惑があったとみられる。裁判となった場合には国が敗訴する恐れもあるうえ、法廷闘争が長期化すれば類似イベントへの補助金支給判断にも影響が出かねないためだ。
撤回求める声も
文化庁と愛知県がともに譲歩した形での決着。関係者の受け止めはどうか。
補助金不交付決定への抗議声明を東大教員有志に呼び掛けた加治屋健司東大大学院教授(現代美術史)は「年度末で決定が覆るのは難しいと思っていただけに予想外だった。減額ではあるが、まずは良かった。(不交付撤回は)重要な前例となる。文化庁はどのような論理で撤回したのか詳細を明らかにした上で、今後も問題のある決定があれば柔軟に対応してほしい」としている。
これに対し、自民党の保守系グループ「日本の尊厳と国益を護る会」は、文化庁に対して補助金支給決定の撤回を求める方針を打ち出し、「日本文化の価値を高めるという文化庁の事業目的に合致していない」と問題点を挙げる。
「議論に封」
補助金問題がひとまず決着する一方で、芸術祭で浮かび上がったさまざまな問題は置き去りのままだ。
芸術祭では、昭和天皇の肖像を燃やすような映像作品や元慰安婦を象徴する「平和の少女像」が登場した企画展「表現の不自由展・その後」に抗議が殺到。安全面を考慮して企画展が開幕3日で中止となった。
これに対し、「表現の自由の侵害だ」との反対意見が沸き起こった。逆に、公共施設での展示のあり方という観点から、企画展を問題視する意見もあった。
今回の文化庁の不交付決定見直しについて、麗澤大の八木秀次教授(憲法学)は「役人が裁判を嫌うというのは分かるが、今回の問題が提起した公的施設での展示のあり方や政治と芸術の関係、表現の自由はどこまで許されるか−といったテーマについて議論しないまま封をした結果となった」と指摘。「同じような展示がお金を出す側に黙って行われ、問題が起きたとしても、その後に『ごめんなさい』といえば、9割は交付されるという前例をつくったことになる。文化庁は問題を整理してガイドラインでも作成すべきだった」と同様の問題が再び起きる恐れを懸念している。 (文化部 森本昌彦)
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あいちトリエンナーレ
平成22年から3年に1度、名古屋市を中心に開かれている国内最大規模の芸術祭。4回目となる昨年は8月1日から10月14日まで開かれ、約67万人が来場。今回は芸術部門の責任者である芸術監督として、ジャーナリストの津田大介氏を起用した。実行委員会の会長は愛知県の大村秀章知事、会長代行は名古屋市の河村たかし市長で、総事業費約12億円の多くを愛知県と名古屋市が負担。文化庁にも補助金を申請したが、当初不交付となったため政治と芸術との関係が議論となった
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