◆加計問題、今度の「新文書」がヤバすぎるワケ 首相は理事長との面談を否定しきれるのか
愛媛県が5月21日午後、加計学園問題について新たな文書を公表した。
参議院予算委員会理事会が与野党合意に基づく国政調査権行使による問い合わせに応じたもの。
この文書のインパクトは極めて大きく、事態は底なし沼のような様相を呈し始めている。
愛媛県が提出した文書は2015年4月2日に東京に出張した同県地域政策課長と主幹の2名分の旅行命令簿と復命書、精算請求書のほか、面会者の名刺や発言メモ、そして同年2月と3月の愛媛県、今治市、加計学園関係者との会合に関するメモである。
■2月25日に加計理事長と安倍首相が面談、との記録
これによれば、加計学園は安倍晋三首相と加計孝太郎理事長との面談を模索したが、安倍首相が多忙でかなわず、代わりに加藤勝信官房副長官(当時、現在は厚労相)と2月に面会したという。
加藤氏は2月14日夕方に岡山の事務所で加計学園の渡邊良人事務局長と面会した事実を認めたものの、「安倍首相には報告していない」と答えている。
しかしながら加藤氏と渡邊事務局長が面会した後から、話は急展開したようだ。
愛媛県が提出したメモによると、3月3日の会合で加計学園から2月25日に加計理事長が安倍首相と15分程度面談したことが愛媛県に報告され、国際水準の獣医学部新設を説明する加計理事長に安倍首相が「そういう新しい獣医学部の考えはいいね」とコメントしたと記されている。
要するにこれらのメモからは、安倍首相は2015年2月25日に加計理事長から獣医学部新設について陳情を受け、これに同意したと読むことができるのだ。
だが安倍首相は加計学園の獣医学部新設の意図について、「(加計学園が今治市の国家戦略特区の事業者に決定した)2017年1月20日の国家戦略特区諮問会議まで知らなかった」と繰り返し述べてきた。
新たな愛媛県文書が公表された翌日朝も、記者団に「獣医学部新設について加計氏から話されたことも、私から聞いたこともない」と強調。
2月25日の面会については「官邸の記録を調べたが、(面会の有無は)確認できなかった」と否定した。
なお同日の定例会見で菅義偉官房長官は「(加計氏の)入邸記録は残っていない」と説明した。
確かに当時の各紙の首相動静などでも、入邸記録に加計氏の名前はない。
■本当に面談をしていないのか?
しかし記録がないからといって、加計氏が2015年2月25日に安倍首相と会っていないとの証明にはならない。
官邸への来訪者は入口でチェックを受け、大手新聞社の番記者がその名前を記録する。
名前が不明な場合は、官邸に聞いて把握する。
ただし必ずその名前が紙面に載るとは限らず、記者が「重要ではない訪問者」と判断する場合は略される。
また大手通信社は深夜まで首相の動向をチェックするが、首相が帰宅してもう来客などがないと判断すると撤退する。
すなわちすべての訪問を把握しているわけではないのだ。
例えば2013年5月5日の動静には、安倍首相は夕方から昭恵夫人や萩生田光一総裁特別補佐(当時)らと山梨県鳴沢村の別荘で過ごしたことが記されている。
この時にBBQを楽しんだ写真が萩生田氏のブログにアップされ、安倍首相の隣には加計氏の姿も写っているが、この日の各紙の動静には加計氏の名前はなかった。
2月25日の安倍・加計面談については、新たな愛媛県文書で記載されているのは1カ所にとどまらない。
4月2日に愛媛県と今治市と加計学園が柳瀬唯夫首相秘書官(当時)と面談する前の打ち合わせ(別紙)でも、加計学園の渡邊事務局長が「安倍総理と同学園理事長が会食した際に、下村(博文)文科大臣が加計学園は課題への回答もなくけしからんといっているとの発言があったことに対し、理事長から柳瀬秘書官にちゃんと説明していくように言われている」と述べたという記録がある。
見解がここまで割れてしまっているわけだが、真実はどうなのか。
それを確認するには、愛媛県や今治市、そして加計学園から話を聞くほかはないだろう。
立憲民主党など野党5党と1会派は22日午前に院内で幹事長・書記局長会談を行い、柳瀬元総理秘書官と加計理事長の証人喚問および愛媛県の中村時広知事の参考人招致を求めることを決定した。
これに意欲を示すのは中村知事だ。
愛媛県が提出した文書について「改ざんする必要がない。ありのままに報告書類として出されたものが提出された」と述べ、安倍首相と真正面からの対決もいとわない姿勢を見せる
東洋経済オンライン 2018年05月23日
https://toyokeizai.net/articles/-/221907
※続きます
愛媛県が5月21日午後、加計学園問題について新たな文書を公表した。
参議院予算委員会理事会が与野党合意に基づく国政調査権行使による問い合わせに応じたもの。
この文書のインパクトは極めて大きく、事態は底なし沼のような様相を呈し始めている。
愛媛県が提出した文書は2015年4月2日に東京に出張した同県地域政策課長と主幹の2名分の旅行命令簿と復命書、精算請求書のほか、面会者の名刺や発言メモ、そして同年2月と3月の愛媛県、今治市、加計学園関係者との会合に関するメモである。
■2月25日に加計理事長と安倍首相が面談、との記録
これによれば、加計学園は安倍晋三首相と加計孝太郎理事長との面談を模索したが、安倍首相が多忙でかなわず、代わりに加藤勝信官房副長官(当時、現在は厚労相)と2月に面会したという。
加藤氏は2月14日夕方に岡山の事務所で加計学園の渡邊良人事務局長と面会した事実を認めたものの、「安倍首相には報告していない」と答えている。
しかしながら加藤氏と渡邊事務局長が面会した後から、話は急展開したようだ。
愛媛県が提出したメモによると、3月3日の会合で加計学園から2月25日に加計理事長が安倍首相と15分程度面談したことが愛媛県に報告され、国際水準の獣医学部新設を説明する加計理事長に安倍首相が「そういう新しい獣医学部の考えはいいね」とコメントしたと記されている。
要するにこれらのメモからは、安倍首相は2015年2月25日に加計理事長から獣医学部新設について陳情を受け、これに同意したと読むことができるのだ。
だが安倍首相は加計学園の獣医学部新設の意図について、「(加計学園が今治市の国家戦略特区の事業者に決定した)2017年1月20日の国家戦略特区諮問会議まで知らなかった」と繰り返し述べてきた。
新たな愛媛県文書が公表された翌日朝も、記者団に「獣医学部新設について加計氏から話されたことも、私から聞いたこともない」と強調。
2月25日の面会については「官邸の記録を調べたが、(面会の有無は)確認できなかった」と否定した。
なお同日の定例会見で菅義偉官房長官は「(加計氏の)入邸記録は残っていない」と説明した。
確かに当時の各紙の首相動静などでも、入邸記録に加計氏の名前はない。
■本当に面談をしていないのか?
しかし記録がないからといって、加計氏が2015年2月25日に安倍首相と会っていないとの証明にはならない。
官邸への来訪者は入口でチェックを受け、大手新聞社の番記者がその名前を記録する。
名前が不明な場合は、官邸に聞いて把握する。
ただし必ずその名前が紙面に載るとは限らず、記者が「重要ではない訪問者」と判断する場合は略される。
また大手通信社は深夜まで首相の動向をチェックするが、首相が帰宅してもう来客などがないと判断すると撤退する。
すなわちすべての訪問を把握しているわけではないのだ。
例えば2013年5月5日の動静には、安倍首相は夕方から昭恵夫人や萩生田光一総裁特別補佐(当時)らと山梨県鳴沢村の別荘で過ごしたことが記されている。
この時にBBQを楽しんだ写真が萩生田氏のブログにアップされ、安倍首相の隣には加計氏の姿も写っているが、この日の各紙の動静には加計氏の名前はなかった。
2月25日の安倍・加計面談については、新たな愛媛県文書で記載されているのは1カ所にとどまらない。
4月2日に愛媛県と今治市と加計学園が柳瀬唯夫首相秘書官(当時)と面談する前の打ち合わせ(別紙)でも、加計学園の渡邊事務局長が「安倍総理と同学園理事長が会食した際に、下村(博文)文科大臣が加計学園は課題への回答もなくけしからんといっているとの発言があったことに対し、理事長から柳瀬秘書官にちゃんと説明していくように言われている」と述べたという記録がある。
見解がここまで割れてしまっているわけだが、真実はどうなのか。
それを確認するには、愛媛県や今治市、そして加計学園から話を聞くほかはないだろう。
立憲民主党など野党5党と1会派は22日午前に院内で幹事長・書記局長会談を行い、柳瀬元総理秘書官と加計理事長の証人喚問および愛媛県の中村時広知事の参考人招致を求めることを決定した。
これに意欲を示すのは中村知事だ。
愛媛県が提出した文書について「改ざんする必要がない。ありのままに報告書類として出されたものが提出された」と述べ、安倍首相と真正面からの対決もいとわない姿勢を見せる
東洋経済オンライン 2018年05月23日
https://toyokeizai.net/articles/-/221907
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