審判がいきなり相手の監督になったようなもの? 「判検交流」の法務省訟務局長人事に波紋
国を相手とする訴訟を担当していた東京地裁の裁判長が法務省に出向し、国側の行政訴訟の責任者となった人事異動に批判が相次いでいる。弁護士300人以上が法務省などに連名で抗議。国会でも取り上げられ、「アンパイアがハーフタイムの後に相手方(国側)の監督になるようなものだ」との声も。波紋を広げるこの人事、どう考えればいいのか。(特別報道部・宮畑譲)
「トップですから、アドバイスをしたりすることもあるじゃないですか。評議の秘密も侵すと考えるが、いかがですか」。11月17日にあった参院法務委員会で、福島瑞穂氏(社民)が、斎藤健法相に迫った。
斎藤氏は「かつて裁判所において担当していた訴訟には関与しないなどの対応を取っている」などと答えた。だが、5日後にも同委員会で、牧山弘恵氏(立民)が「裁判官の独立が保障される司法と違い、行政は組織業務。責任者だが一部の業務には関与しないといっても、どのような根拠で信じられるというのか」と追及した。
問題となっているのは、東京地裁で行政処分の取り消しなど国や自治体の行為の適法性を争う行政訴訟を扱う「行政部」の裁判長だった春名茂氏の異動。9月1日付で国が被告となる訴訟を統括する法務省訟務局長に就任した。
異動前に担当していた訴訟の中には、フリージャーナリストの安田純平さんが外務省によるパスポートの発給拒否の処分取り消しを求めたものもある。安田さんの代理人の岩井信弁護士は「法廷には出てこなくても、国側の席に座るのと同じ。民事訴訟法の『公正な裁判に努める』という趣旨に反する。また、評議の秘密が守られるのかも懸念される」と話し、裁判でも国側に説明を求めている。
法務省に取材すると、斎藤氏の答弁とほぼ同様で、「法という客観的規律に従い行動し、職責を全うする。ただちに問題はない」との答え。過去にも、東京地裁の行政部の裁判長が2度、訟務局長に就任したことはあるが、別の部署をへてからだった。裁判長から直接、訟務局長に異動したのは春名氏が初めてという。
「このタイミングで異動するとは、司法と行政の間の緊張感がない。お互いに忖度そんたくしあうことになりかねない」と岩井弁護士。岩井氏ら弁護士300人以上は「裁判所の独立と裁判の公正に悪影響を及ぼすことを危惧する」との申し入れ書を法務省と最高裁に提出、裁判所と法務省の人事交流について廃止を求めた。
批判が相次ぐ人事異動。「判検交流」と言われ、裁判官と検察官が互いの仕事を経験するために行っている人事交流のことで、長らく続けられてきた。
「判検交流そのものが根本的に問題だ。そのことを前提として、露骨な人事異動がさらに弁護士の神経を逆なでしているのだろう」。元裁判官で明治大の瀬木比呂志教授(民事訴訟法)がこう指摘する。
刑事部門では、捜査側と裁く側が入れ替わっては、公平な裁判ができないとの批判があり、2012年に廃止された。一方、民事では、「訟務検事」と呼ばれる行政訴訟や国賠訴訟での国側の代理人を裁判官出身者が務めることが引き続き行われている。
瀬木さんは「行政の代理人をし、裏事情なども聞くうちに、多くの裁判官は、どうしても国寄り、行政寄りの見方になっていきやすい。また、『裁判所に帰ったら行政の味方はしない』と公言するような人は、行政部の裁判長にはならない。この制度自体を早くなくすべきだ。弁護士を使えば足りる」と述べる。
東京新聞 2022年12月11日 12時00分
https://www.tokyo-np.co.jp/article/219258