7/21(火) 12:41配信
毎日新聞
住民の救助に使ったカヤックを見ながら当時を振り返る元島誠さん=熊本県人吉市下青井町で2020年7月19日午後0時22分、池田美欧撮影
九州豪雨で氾濫した球磨川にのまれた熊本県人吉市では、川沿いの住宅街などで20人が死亡した。うち3人が犠牲になった同市下青井町では、住民でトラック運転手の元島誠さん(58)が、濁流の中をカヤックで進み、複数の住民を救助していた。毎日新聞は救助された人の親族から映像の提供を受け、元島さんに緊迫した当時の状況を振り返ってもらった。
【手を止め、虹を見上げる被災者ら】
7月4日午前5時すぎ、元島さんが近くを流れる球磨川を見に行くと、水位が堤防の1メートル下まで迫っていた。「あふれるぞ」。町内には1人暮らしのお年寄りも多い。急いで町内を回り、高齢者5、6人を自宅の隣にある町会館に避難させた。
午前6時ごろ、川の水位は堤防の下50センチにまで上昇。町会館の高齢者を車で約900メートル北の高台にある球磨工業高に避難させた後、下青井町に戻ると、水位が胸くらいまで来ていた。元島さんは家の中で助けを待っていたお年寄り数人を長男と2人で抱きかかえて避難させた。その後の午前6時半ごろ、自宅で保管していた釣り用のカヤックに乗り込み、救助活動を始めた。
「お願い、両親を助けて」。同県山江村から駆け付けた岩崎和也さん(34)と妻清佳(さやか)さん(33)から声をかけられた。清佳さんの両親から「2階に水が入ってきた」と電話がかかっていた。
元島さんがカヤックで両親宅に着くと、2階にいた両親の膝辺りまで水が来ていた。カヤックは1人乗りだが、60キロまでの荷物の積載が可能だ。元島さんは窓から母親を助け出し、続いて父親も安全な場所まで運んだ。「助かった」。豪雨に打たれながら両親を待っていた岩崎さん夫妻は安堵(あんど)した。
午後1時ごろ、別の住民女性から声がかかった。「息子と母が家に取り残されている」。元島さんは「こりゃいかん」と、再び救助に向かった。
ゴーゴーとうなる濁流と共に、家屋やドラム缶などが流れてきた。屋根の上や2階に避難している人たちが目に入った。「もうちょっとだから頑張れ」「大丈夫」と声をかけ続けた。押し流された家屋にせき止められて流れが弱くなったところを進んだ。救助を要請された2人とみられる男女の無事は確認できたが、屋根の上にいた別の住人から「向こうにいる人が危ないから助けて」と頼まれた。平屋の屋根の上で膝下まで水につかっていた高齢男性を救出した。
その後、2階で救助を待っていた別の高齢女性宅のベランダに着いた。女性からは「乗せてください」と頼まれたが、水の勢いが強く、元島さんはカヤックに乗せるのは危険と判断した。水は首の下辺りまで来ていた。女性を押し入れの上段に布団を積んだ上に載せ、拳とひじで天井を突き破った。「水が引いたらまた来るから耐えて。水が来たら上に登って」と伝えた。その後、元島さんは避難中にカヤックが転覆。近くの水没した車まで泳いでたどり着き、よじ登って1時間ほど水が引くのを待った。
その後、押し入れの上に逃した女性とは再会でき、「良かったね、良かった」と無事を喜び合った。
救助中は「どうにかしなきゃ」と必死で怖さを感じる暇もなかった。夜になって「一歩間違えていたら流されていたかもしれない」と恐怖がこみ上げてきた。元島さんは「助けなかったら命を落とした人もいたかもしれない。自分もたまたま運が良かった」と振り返った。
熊本大くまもと水循環・減災研究教育センターの災害調査速報によると、元島さんが救助に回った下青井町近くでは、地面からの水の高さが1965年の水害で記録した2・1メートルの2倍以上に当たる4・3メートルに達したという。
https://news.yahoo.co.jp/articles/9438ab8e41169ee1e409f440405eacdf5db91519