新型コロナウイルスで売り上げが減少した中小企業などに最大二百万円を給付する持続化給付金で、国の委託先である一般社団法人サービスデザイン推進協議会が広告大手の電通に対して、事業の大半を再委託していることが分かった。 国の委託費の97%は法人経由で電通に流れる。実質的な給付事業は電通が行っているといえ、法人の実体の乏しさが鮮明となった。
よくわからんけど名前がカッコイイ昔の日本はホントにネーミングセンスだけは良かった
レストアして稼働状態まで復元しろよ 最近Youtubeで湾岸戦争で鹵獲された錆だらけでボロボロの戦車をレストアしてる動画見て 外人のスキル高すぎと思ったんだが
>>10 アムロ・レイは 零戦とそのコードネームA6Mから 海底から引き上げられた 紫電改の本体は愛媛県にあるよー 見に来てねー
>>18 なつかしい 小学生の頃読んでいた ちばてつやだっけ? どうせろくに保管できんのだからまた土に埋めておけばいいのに
マリーン66 ダブルワスプR2800 ↑ 超えられない壁😉👌
メタノール噴霧するオーバーテイクボタン付きのやつか
かつての強国日本の残影だな。現在の弱体化しきって他国から舐められる日本の現状を 戦った先人たちが見れば憤怒しショック死するだろう。
むしろアメリカが埋めたような。羽田にもそんなのあったでしょ。
人類の最大の発明は 内燃機関としてのエンジンかな。 IC、PC、AI も考えれられるが やはりエンジンあっての 技術発展ではなかろうか。
>>16 ほんとそう。 横文字に頼らない素晴らしい命名が多い。 >>47 いや、それは盛りすぎ 欧米の工作精度に逆立ちしても敵わなかった日本の技術者の歯軋りが戦後の工作機械大国日本を作った >>47 強国wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww冗談はよしてくれwwwカレーが気管に入りそうだwww へなちょこエンジンで紙飛行機みたいなのを無理やり飛ばしてただけじゃないか うちの爺さんもそのポンコツを作ってたらしいからあまり悪口はいいたくないがな 材料がお釜や釣鐘で 素人の女学生が組み立ててもこの性能!
>14気筒のエンジン「栄(さかえ)」を18気筒へ強化し、小型ながら出力2千馬力 マジか ランボのエンジンよりパワーあんのか
誉って疾風のイメージだけど、海軍基地だから紫電改が取り上げられてるのか あとは彩雲と流星?
>>64 型をベニヤで作って、真夏だと熱で型がひん曲がったりで部品精度散々だったらしいしな 現場の作業員がなんとか弄って部品組み立ててたんだから笑える こんなのでも突然死する川崎の液冷エンジンよりマシだったらしい
>>16 関東軍の正式な後継者北朝鮮に引き継がれとる >>74 後期の零戦にも搭載されたはず 五二型以降 頭でっかちになっちまったけどな >ゼロ戦の次代の主力機「紫電改」 これって正しい?
>>81 図面は有ってもパッキンなんかがまともに作れんかったらそうなるわな 太平洋戦争中の日本の最優秀エンジンは、誉ではなくて金星だ。 実際にこれを搭載した百式司令部偵察機や五式戦闘機は名機中の名機だった。 金星を活用できなかったことが悔やまれる。
>>83 零戦には搭載されてない無理矢理感があった54型は金星エンジン >>91 >試作一号機が1945年(昭和20年)4月に完成する数ヶ月前に、金星を生産する三菱の発動機工場がB-29の爆撃によって壊滅、結局試作機2機が完成したに過ぎず、零戦は最後まで栄を搭載せざるを得なかった。 これじゃ載せていたっていえないな。 >小さくて余裕がないから整備性最悪 パルサーGTI-Rスレでも同じことかかれてた
ゼロ戦のエンジン2000馬力にしたら速度倍になるんじゃないかと思ってたわ
>>73 そんな高回転型の馬力と比べてどうすんよ。 倍回転でパワーは倍だろ。 低速二千馬力に車のエンジンが比較できるはずはない。ランボのエンジンじゃ壊れるだけ。 >>62 横文字の国と戦争してんのに、横文字の名前を付ける訳ないじゃん・・・・・・。 ウチとこも洞穴で組んでたか予定だかだったぽいけど そこ今深部までは行けない状態 探索すれば何か見つかるかもしれん
>>92 零戦の後継機の烈風の開発が遅れに遅れ、紫電を改良した紫電改の性能が予想以上に良かったから、主力機として 増産する計画はあった。 既に本土の制空権もなく焼け野原にされて、どうにもならなかったけど。 >>74 中島製エンジンに他社設計の機体ってのは零戦と同じやな。 光栄誉やったか? で、三菱が木製火星金星みたいな。 ベースはライトとジュピターでしたかな? ちなみに「誉」エンジンのスピリットは日産に受け継がれたので スバルとは無関係
>>107 駄目も何も、零戦が設計されてた頃は誉なんて影も形も無かったから。 >>107 そりゃ設計時期が違いすぎるし。三式は液冷載せる前提だったからなあ。 >>35 ローフウェイよく行ったよ あのあたりドライブしても最高 星型エンジンはこうやって動いてるんやでー(´・ω・`) 同じ敗戦国でも、ドイツではもうちょっとマシなエンジンが残っているのでは? >>120 これよりもっとマシな状態の誉が国内にあるよ >>113 マリアナ沖海戦時点で艦攻や艦爆は新鋭機になってるのに、艦戦だけ零戦のままだからな あの時にまともな零戦後継機があれば、あんな惨めな負けは無かったんじゃないかと思う >>110 今のエンジンだとディーゼルとの比較になっちゃうかな? DF200のエンジンが一機あたり排気量46Lで定格1800ps 今、ホンダあたりが航空機エンジン開発したら余裕で勝つる?
誉は夢のエンジンだった 傑作機紫電改もそうだけど、誉を積んだ疾風は「大東亜決戦機」とか呼ばれるくらいカタログスペックは良かったし、零戦の次期艦載機の烈風に最初これ載せようとしたし、誉があれば急降下爆撃も雷撃もできる凄い艦爆が作れる、と流星を開発したし 誉はカタログスペックは最高だった カタログスペックは で、みんな夢を見ちゃったんだ なお、稼働率
>>35 引き上げた瞬間にマスコミの軽飛行機が墜落。 紫電改の後に引き上げられたが、紫電改よりボロボロになってた。 レストアして動くようにして欲しいな 何のためって、エンジン音を聞くんだよ 最高じゃん
>>62 自衛隊が悲惨なセンスでそれやったぞ 旭光とか栄光とか 千円高速の時に行ったきりの愛媛 名物のタワーはもう稼働していないのかな?
>>74 (´・ω・`)我に追いつくグラマンなし! 日本列島そのものが1941あたりにタイムリープしたら世界征服出来るの?
>>10 リヒトホーフェンがシャアだし。 ハヤトも疾風と隼をかけてるんでしょうね 上野に零戦の発動機が展示してあったような 厚木基地には零戦の墓場があるといふ
>>107 (´・ω・`)飛燕の機体は、I型鋼を左翼から胴体を横切り、右翼まで一本物のビーム(梁)で設計してた位 設計思想(ゼロは軽量化路線で、飛燕は頑丈路線)が違いすぎる 急降下速度がマッハに達しても耐えきれる位頑丈だから、比較は可哀想だ 日本人らしく無理やり小さな駆体に高馬力を押し込んだ挙句に性能を発揮できなかったって話?
>>143 1928年ならまだチャンスはある 1938年でほぼ詰みだからな >>126 内地の部隊は稼働率そんなに悪くない。 最前線だと部品やら消耗品の供給が悪いから、稼働率は下がる。 >>150 航空機エンジンは直径が小さいほど空気抵抗が少ないから性能が上がるからね 日本の工業レベルで性能を追いかけたら小さくせざるをえなかった おお、他界した曽祖父が乗ってたわ まだ生きてた20年くらい前、俺のスープラに乗せたとき「このクルマ(2JZ-GTE)は280馬力出るんだぜ」と自慢したら 「わしの紫電改は2000馬力よ」と鼻で笑われたっけ
河口湖自動車博物館に木製疾風に載ってた極上の誉が展示してある こんな小さくて空冷フィンとか繊細な造りで高出力じゃ当時の日本の工業力じゃ持て余すと感じたよ
>>143 一年あれば原子爆弾造れるだろうから イプシロンに乗っけてアメリカ本土に撃ち込めば勝てる 「2000馬力」とか時代にそぐわない略称で呼ぶからおかしなことになる 地上短時間限定の離昇出力じゃなくて2速公称の1600馬力にしとけば海軍も過剰に肩入れすることもなかったろうに
>>155 疾風や彩雲の、エンジン直系ギリギリの太さの胴体に美を感じるのだw! 誉でなければ間に合わなかった 紫電改も烈風もハ-43にしてたら戦争は終わってる
しかし「出土品」てw いや確かに出土したんだろうけど
『ミサイルをかかえたぶっさいくなのいるけどあれなんだ」
>>157 あれみてどうやってプラグ交換するのよと思うたよ 終戦直後飛行機はアメリカに渡さないよう穴掘って埋めたからな 静浜基地には彗星の熱田エンジンが転がってるし ほかの基地も金属探知機で探せば出るだろ
「紫電改のタカ」読んでたな 紫電改はプラモでも作った
>>148 お湯が沸騰するのを見てれば、誰でも思いつくと思うがw。 これか >>155 直径は過剰に切り詰めたけど冷却不足を懸念して長くした結果 あらゆる箇所が剛性不足になって空中で全力運転などしたくてもできない欠陥品になった 正直言って紫電改はカッコ悪い機体だよな 日本機らしい華奢でスマートさのかけらもない 一式戦こそ孤高の存在
>>156 ワシの桜花は9000馬力よ じゃなくてよかったな そういや日本ってターボプロップは研究開発してたの?
>>168 マジレスすると カツレツとキッコーマンのソースから >>181 過去形って事は今はフッサフサか、羨ましい この世界の片隅にで嫁ぎ先の義父(工廠勤務)が 迎撃する日本軍機に「わしらの二千馬力」って叫ぶシーンがあるけど これのことか
>>73 実際は1300-1500くらいしか出てなかったらしいよ ターボチャージャー・スーパーチャージャーさえあれば・・・・・B29を迎撃できたのに・・・・・。・゚・(ノД`)・゚・。
ほまれちゃそ・・・ 大戦中の18気筒空冷では世界最小 熟練工がちゃんと作ってメンテナンスさえしっかりやれば稼働率も問題なかった ただ登場した時期が遅かった 戦後日本のお家芸であるコンパクト設計の先駆け
>>92 烈風が使い物にならないので紫電改を艦載機化する計画はあったらしい が、空母が無くなったので… 誉エンジンどこかの博物館でみたな航空博物館だったかな すげえよ
>>184 してた てかターボジェットはガスタービンの派生という感じで直系のプロペラ推進が初期から期待されてた >>157 (´・ω・`)当時、誉を設計した技術者のインタビューが載ってた古い専門書を立ち読みしたが 旧エンジン(多分、栄)から比較して、高出力化して目標性能をクリアさせるために ボアを限界まで拡大し、多気筒化(14気筒を18気筒に)するためフィンピッチも狭める等 いろいろとギリギリに設計しすぎたせいで、繊細なメンテナンスをしないといけなかったらしく 現場整備が大変だったって、語ってたな >>184 ターボプロップの戦闘機は第二次大戦後に出現して、 朝鮮戦争のジェット機登場でアッという間に時代遅れになったw。 >>3 彡 ⌒ ミ 彡 ⌒ ミ (´・ω・`)人(´・ω・`) >>182 風洞実験で、胴体の前から40%の位置を一番太くすれば空気抵抗が最も少ないって結果が出たので、 雷電や紫電改はあんな形になったんだけど、結果的には間違いだったんだよw。 >>193 >熟練工がちゃんと作ってメンテナンスさえしっかりやれば 何気ない落とし穴 (´・ω・`)スーパーチャージャーを使い捨て出来るアメリカの工業力… 最終的に、ここ(戦力の差)に行き着く…
ドイツと日本は大量生産考えないで設計したから負けた。
>>1 凄いな 金星・栄・誉だったかな 日本最高傑作の疾風のエンジンは誉だっけ? >>208 まあ当時の日本の実用技術はゼロ戦が限界だったんだと思う ゼロ戦でもかなり無理してるが >>202 おれは定年まだまだだがゼロ戦はやと読んでたぞw >>187 ロング版では、エンジンの開発シーンもあるよ。 >>2 敗戦後に進駐軍監視の元で機体やエンジンを地中に埋めたりガソリンぶっかけて燃やしたりした 羽田空港にも色々埋められていて過去に富嶽のエンジンらしきものが出土している お〜い! そのエンジン俺にくれ! 機体はもうダメだろ? だったらそのエンジン俺にくれ!
>>206 紫電改は生産数少なくて本土防空メインで三四三空で神格化されがちだが 三千機以上量産されて主に外地が主戦場だった陸軍機の疾風は稼働率かなりヤバかったらしいからなぁ 広空廠か。もう正門の門柱くらいしか痕跡が無いんだよね
>>213 海軍の戦闘機ゼロより陸軍の戦闘機のほうが 強そうなんだけど、ゼロと隼の模擬戦闘なんか やった記録はないのかな。知ってる人教えて。 >>206 陸軍の三式戦も内地で整備訓練を積んだ専門の整備士部隊を養成したのに 南方に行くときに乗ってた輸送船が撃沈されて人員と工具の多くを失ったって話があったな >>243 二式水戦みたいに まず普通の戦闘機をこさえてから 水上戦闘機に改造すれば良かったのに >>243 東電なんて名前つけてたら事故や不始末ばかりだったろうね >>217 昔は、あかつき戦闘隊とか戦争マンガがけっこう有ったけど 戦争ものは時代と共に廃れたね。 >>234 海軍は熟練の整備士だと船は危ないからと航空機で内地に帰したりしてた 司令も一目置くぐらいの技量があることが前提だが >>2 俺が中学の時の教頭が、戦時中に軍需工場で働いていたとかで 学生が作ったポンコツエンジンを、終戦で米軍に接収されるとかで 山に埋めたって話をしていた きっと日本中で同じことをしていたのだろう >>250 90年代から2000年代前半ぐらいまで、戦争ブームだったよ ただし、史実に沿った内容のマンガでなく仮想戦記小説とPCゲームが ブームの中心だったから一定の批判がある >>245 そもそも強風が出来るまでのつなぎに作ったのが二式水戦なわけで なんで強風作ったかと言えば中国戦線でたびたび水偵が空中戦や対地攻撃で活躍したため >>3 薬用紫電改 カッコいい 効きそう まだ売ってる? >>256 戦艦大和や武蔵も巨額を投じたプロジェクトだったから 今の巨大建造物のプロジェクトみたいに報告書や記録フィルムが山ほど保管されていたはずなのに 全部焼却してしまい残った写真がたったの十数枚… >>10 これマジか、今気付いた 桜花がいなくてよかった >>249 そー、プロペラ後流が円錐形なのを知らなかったw。 結果的に、疾風や彩雲の形態が正解だった。 サッカーの澤穂希の「ほまれ」はこの誉エンジンから来てるらしいな
>>262 10年以上前で記憶が曖昧だけど元海軍の人が報道部か何かの依頼で トラック泊地に停泊する大和の写真を至近距離も含めて30〜40枚撮ったが 敗戦で処分せよと命令された しかし処分するのは忍びないので写真やネガを油紙で包み、弾薬を入れる木箱に入れて 当時その人が勤務していたブーゲンビル島に埋めたのを当時の記憶と地図のメモ書きを頼りに探すって特集をTBSか何かでやってたな >>234 そもそも飛燕のハ40エンジンのオリジナルであるdb601は当時の最先端技術てんこ盛り 倒立液冷で長いクランクシャフト、ベアリング多用、直噴、トルクコンバータ過給機etc まあ当時の日本の技術では無謀極まりないですわ・・ 紫電改よりも疾風が好き 雷電よりも飛燕&五式戦が好き
>>46 高オクタン価のガソリンを調達できなくても性能を確保する工夫だよね。 一式戦3型なんかでも使われてるね。 武蔵の図面や写真は長崎の三菱が絶対隠してるだろ 2045年くらいには公開して欲しい
>>270 日本がシュナイダートロフィーレースに参加していれば… >>270 当のドイツ軍でも東部戦線の荒れた環境だとDB系 エンジンは僅か40時間でなんらかのトラブルに 見舞われたんだと これはロシア側でも同様でレンドリースされたP39 のエンジンがいきなり止まって冷や汗を掻いたって 当時のソ連パイロットからよく言われた が機体以上に山のような予備エンジンを受け取って 対処したそうな 結論 貧乏な国は戦争しちゃいかんって事 いまだに旅客機ひとつ満足に作れない無能ザルが 80年前のゴミポンコツでキャッキャ喜んでて草
>>275 貧乏な国は空冷がいいってことじゃない。 Fw190は理に適ってたと。 >>277 採算性の要求される旅客機は軍用機の何倍もハードルが高いよね はやく完全なコピーを造れよ 技術遺産をただの展示品にするな!
ガンダムって結構ぐんくつだったんだなとこのスレで知る男
>>1 せめてこのエンジンが実用配備できるまで対米戦争を始めるべきではなかったね。 >>277 作ろうと思えば作れるよ。 アメリカがへそ曲げるから遠慮してやってる だけだぞ。 トンネル崩落事故で 唯一、ダッシュして助かったのが スバルインプレッサやったから やはり世界最高レベルの紫電改を 作った中島飛行機の末裔だけあり 加速が素晴らしいらしいな
男は叩かれて強くなる。 今ならカウントブラシ付いてきます
>>16 それが今じゃ神心だぜ。 なんてダサいネーミングなんだ。 >>283 エンジンが実戦配備されても開戦したら必須のエンジンオイルが手に入らないから無理や >>277 若い台湾人と大戦中の航空機のエンジンが非力だったって話になって台湾人曰く 「でも当時自力で飛行機作って飛ばしてた国がどれだけあったと思う?」 分析ってのはこういうのを言うわけで、思い込みの浅知恵でしたり顔で語るのとは違うのね。 紫電改作った中島飛行機の後任であるスバルのインプレッサ s://www.higashishikoku-subaru.co.jp/archives/blog08/8400
>>231 隼の方が高高度まで上がれて安定していたんで迎撃戦にはゼロより使えたらしい 但し、構造上翼内機銃を搭載出来ず7.7mm胴体機銃しか使えなかったんで敵機のコクピットを狙うしかなかった 後に13mm搭載機も出来たが、基本は同じ ひよっこにも扱いやすい名機だったとか インプレッサだけが唯一生還した笹子トンネル崩落事故現場の救助活動 VIDEO
>>271 はいよ ちょっと分かりづらいけど 紫電はおまけ >>257 1970年代のジャンプには最後にWW2の軍記ページが見開きであったよ まあ戦争行ってた人が今の俺と同じ年の時代だったからなあ >>295 マクナマラ「同じエンジンで二種類の戦闘機を運用するのはムダの極みなので一種類に統一しなさい」 >>259 CM出てた杉浦直樹には効いてないみたいだった >>291 てーか誉がまともに動くようになったときは米軍はジェット機になっとるわ >>278 結局FW190もD9なんかは液冷エンジンに積み替えてる >>292 日本機はゴミポンコツって米国や英国の人が聞いたら怒るんじゃないだろうか そのポンコツに相当数落とされたんだから 性能的には問題ないけど品質と規格化が悪いってのが妥当な表現だと思う 川西航空機の紫電や紫電改を開発製作していた鳴尾製作所(ダイハツ西宮工場)は 戦後民需転換し明和自動車工業となった後 三輪自動車を出すも振るわず ダイハツが資本参加し旭工業と名を変え吸収合併され ダイハツ工業(旧川西航空機)となった 新明和工業とはこのような流れから兄弟会社となる 明和自動車工業(旧川西航空機)で生産されるミゼット ミカドロイドとか超人機とか28号とか作ってたんじゃないのかよ(いずれも陸軍)
>>292 その手の奴には正論言っても無駄 「日本はゴミ」って結論ありきでどんな屁理屈でも言うからw >>295 高度が上がると空気が薄くなってエンジン出力が下がるから、機体の軽い方が有利なんだよw。 >>277 80年前のゴミポンコツでキャッキャ喜んでないけど、いまだに旅客機ひとつ満足に作れない無能ザルはお前も同じ 禿げて来たから そろそろ紫電改でも試してみるかな? と思ったら結構値が張る。 諦めた。
>>283 実用なんムリムリ。 このカタログスペックなんて正に机上の空論であって、実際には5割の性能がやっとな上に耐久性、整備性ゼロのポンコツだよ。 もしアメリカが耐久性、整備性、量産性無視で作れば同じ排気量で倍のスペックで出せる。 もちろん、そんな無茶をアメリカがする訳ない。 それくらい、工業力に劣ってたのが日本。 >>302 D型なんてホントは何だい生産されたんでしょうねw? >>313 戦後の米のテストで疾風が日本のカタログデータ以上の好成績あげたのも そこらだってね つまり再整備 ハイオクタンだけじゃないらしい >>66 無知無能のガイジは黙ってろよカス 当時の国連加盟国約70のうち日本は上位4〜5位に入る 7列強の中くらい。もうぶっちぎりの強国ですがなにか? 誉とBMW801を比較すると、出力は同等で重量が3/4くらいなんだよ。
紫電改といえば源田実の343空だな 大戦末期でも十分米軍と戦えた
結局二式戦より高性能な要撃機は一種類も作れなかったし格闘戦を重視した機体もどれも対して変わらない物しか作れなかったけど当時の日本の国力技術力でよくやったとは思う
>>290 サイクロン18は爆撃機用(B29とか) デカくて重くて馬力ある コンセプトが全く違うから比較はできん >>168 カツの死にっぷりに拍手喝采だった思い出w >>320 全く戦えてないけどな 松山航空戦なんて米軍側で確認できる空戦被撃墜は4機。しかも2機は味方の誤射 そもそも突破されて呉も空襲され、松山飛行場も破壊されてるのにどうやったら大勝利になるんだよって話 343空と接触する前に陸軍第100飛行団の四式戦疾風4機が仕掛けてて、こちらは全滅と引き換えに3機撃墜 これすごいな 終戦時に証拠隠滅で設計図やらパーツやら燃やされたり破却されたりしたけど、 急いで埋めたわけか 宮崎駿さんとか興奮してるだろうな
>>322 2式戦って爆撃機の迎撃に上がっても火力低すぎて撃墜できないじゃん 40mmなんて当たらないだろうし >>320 F-6Fにやられまくりですが((T_T)) 米軍のテストなんて アメリカの工業力で改修した結果なんだから比較対象にすんなって思う
3年前に、世界唯一の紫電改実機を展示してる愛媛の展示館へ行ってきた。 デカイのな。入った瞬間、あまりの迫力に変な声が出た 無茶苦茶へんぴな場所で鉄道すら通ってないような陸の孤島だったけど それでも行った甲斐があった てか、これで入館料無料は頭おかしい(誉め) >>327 厚木基地も一度掘り返した方がいいと思う 雷電 銀河 いろんな機体が出てくるはず >>324 あれも欠陥に目をつぶって使ってるエンジンやで。 首都も易々爆撃させるような日本相手にB29が結構落ちてるのはそれが一因 >>326 こんなこと言っちゃなんだけど今まで当時の人たちが生きてたからね かなり自画自賛の捏造が横行してた 開戦前の日本の艦砲命中率は米の3倍とか 占領軍から取り上げられるのを嫌ってわざと埋めたんかな
>>300 ゼロと隼、雷電と鍾馗(発動機は違うが)、紫電改と疾風(元々は水上機) >>330 米軍パイロットの見解だと紫電改は明らかにF6Fよりは性能上 負け戦が多かったのはそれ以外の要因 この世界の片隅にの映画で「ワシらの二千馬力エンジンがエエ音鳴らしとる」 っていってたやつがこれだな
>>1 紫電改について語る本田実海軍パイロット 「F4FやF6Fと互角に戦える戦闘機。いい飛行機でした」 VIDEO >>277 さすがライト兄弟より前に飛車を発明したミンジョクの方ですね >>340 それはパイロットの練度とか複合的なモノであって、戦闘機単体で見たら月とスッポン。 いいか、アメリカなんて1930〜40年代に既に現代の高速道路で現代の車と並走して今でも平気で走れるバイクや車を一般向けに造ってた国よ?もう工業力に30年の開きがあったわけ。 戦後の「ライトフィールドでの比較試験ではどの米軍戦闘機も紫電改に勝てなかった」 という米軍人のものとされる証言には裏付けとなる史料が存在しない そこまでの高性能機ではなかったが、運転制限が解除された状態の紫電改なら どの米軍戦闘機ともそこそこ戦える性能はあった
気合と根性で4Gちょいの旋回をしていた頃に、アメちゃんは圧力スーツ作って6G以上で旋回。 これにより、高速が生きてきた。 気合と根性の4Gなんて低速機時代の発想。
>>346 そういう意味不明の自虐史観にも根拠となる史料は存在しないw 改めて調べると紫電改も評価が高いです。 海軍パイロットと敵軍の両方からだから、間違いないでしょう゜゜゜゜゜-y(^。^)。o0○プハー ----- https://en.wikipedia.org/wiki/Kawanishi_N1K 川西N1K−J紫電はN1K強風の陸上機版である。コード名は"George"。 N1K−J紫電改は、友軍パイロットと敵軍両方から大戦中日本軍戦闘機の中で最も すばらしいものの一つである、と考えられてきた。 紫電改は重火器を搭載しそして驚異的な機動性を有していた。 これは回転時に自動的にフラップが伸びる装置による。 この戦闘フラップにより上昇性を獲得し、その結果より鋭角に曲がることができた。 零戦と違い、紫電改は、F6Fヘルキャット、F4UコルセアそしてP−51ムスタングと いった大戦後期の戦闘機に対して完全に対抗できた。 The Kawanishi N1K-J Shiden (紫電 "Violet Lightning") was an Imperial Japanese Navy Air Service land-based version of the N1K. Assigned the Allied codename "George", the N1K-J was considered by both its pilots and opponents to be one of the finest land-based fighters flown by the Japanese during World War II.[5][6] The Shiden Kai possessed heavy armament as well as surprisingly good manoeuvrability, due to a mercury switch that automatically extended the flaps during turns. These "combat" flaps created more lift, thereby allowing tighter turns. Unlike the A6M Zero, the Shiden Kai could compete against the best late-war fighters, such as the F6F Hellcat, the F4U Corsair and P-51 Mustang. >米陸軍広弾薬庫の地中 って書いてるけど、それは終戦後に利用されただけで、広工廠の跡地って書いた方がいいだろ エンジン作ってた工場だ
昔、軍港の横に飾ってあって 汽車からよく見えたな あれは紫電改だったのか
陸軍4式戦闘機「疾風」もいいですね゜゜゜゜゜-y(^。^)。o0○プハー ----- https://en.wikipedia.org/wiki/Nakajima_Ki-84 ★中島KI−84「疾風」 中島Ki−84疾風は第二次大戦帝国陸軍に使用された単座戦闘機である。 連合軍のコード名はfrankであり、日本陸軍では4式戦と呼ばれた。 優れた性能と高い機動性を持ち、Ki−48は大戦を通じて大規模に使用された機種としては 日本の最優秀戦闘機と見なされている。連合国の戦闘機と対等に渡り合い、高空を飛ぶB−29をも 迎撃できた。その強力な武装(30mm2門20mm2門)は破壊性を増した。 後期の貧弱な生産品質、手間のかかる中島製エンジン、不揃いの燃料品質そして経験不足の搭乗員。 これらにもかかわらず疾風は(米軍にとって)恐るべき敵であることを自ら証明した。3541機が生産された。 燃料が良質できちんと作られたならば、日本軍で最速だった。 最初に参加した主要な戦闘は1944年終わりのレイテ戦だった。そこから大戦最後の日まで 疾風は激戦地に配備された。高空での性能はよくなかったが、中高度、低高度では良かった。 米陸軍第14航空隊との戦いを見れば、それは即座に、対応を要する戦闘機である、という評価を 獲得した。戦闘攻撃機版も投入され、1945年4月15日、11機の疾風は沖縄の飛行場を 攻撃し多くの航空機を地上で撃破した。 (中島飛行機)Ki−84(疾風)と川崎Ki−100(五式戦)そして川西航空機N1K2(紫電改)の 3機種は、連合軍の新型戦闘機に対抗できる日本のベスト戦闘機である。 The Nakajima Ki-84 Hayate (キ84 疾風"Gale"?) was a single-seat fighter used by the Imperial Japanese Army Air Service in World War II. The Allied reporting name was "Frank"; the Japanese Army designation was Army Type 4 Fighter (四式戦闘機 yon-shiki-sent?-ki?). Featuring excellent performance and high maneuverability, the Ki-84 was considered to be the best Japanese fighter to see large scale operations during World War II.[2] It was able to match any Allied fighter, and was able intercept the high-flying B-29 Superfortresses.[3] Its powerful armament (that could include two 30 mm and two 20 mm cannon) increased its lethality.[4] Though hampered by poor production quality in later models, a high-maintenance Nakajima Homare engine, landing gear prone to buckle,[3] inconsistent fuel quality, and a lack of experienced pilots above all else, Hayates proved to be fearsome opponents; a total of 3,514 were built.[2] The Ki-84 was the fastest fighter in the Imperial Japanese military if good fuel was used and the aircraft was in good shape The first major operational involvement was during the battle of Leyte at the end of 1944, and from that moment until the end of the Pacific war the Ki-84 was deployed wherever the action was intense.[8] The 22nd Sentai re-equipped with production Hayates. Though it lacked sufficient high-altitude performance, it performed well at medium and low levels. Seeing action against the USAAF 14th Air Force, it quickly gained a reputation as a fighter to be reckoned with. Fighter-bomber models also entered service. On April 15, 1945, 11 Hayates attacked US airfields on Okinawa, destroying many aircraft on the ground. The IJAAF's Ki-84, Kawasaki Heavy Industries' Ki-100, and the Kawanishi Aircraft Company's N1K2-J IJNAF naval fighter were the three Japanese fighters best suited to combat the newer Allied fighters. 厚木はね、飛行場が台地にあって、 西も東も谷になってるんだけど その谷に残骸を落としたらしいぞ あとは源田実が住んでいた家の裏手がずっと山 あの山に何か埋まっちゃいませんかね 厚木は厚木でもこっちの山は厚木市な
この状態で錆止めとかする場合、556とかに漬け込むの?
紫電改 米軍機の飛行特性を熟知している米パイロット 米軍機 米規格で整備された紫電改なんてほぼ初見の米パイロット これ公平か?
>>334 高出力狙いすぎてデカくしすぎた副作用だな 誉はコンパクトにしすぎた副作用というか職人技ないとまともなの作れん >>66 お前の爺さんがつくからポンコツなんじゃないか? いや。わりとマジで アホ日本軍の負の遺産なんぞほじくり返してるヒマがあればコロナ対策でもしろ
公称2000馬力、実力1600馬力、整備不良で実際は1300馬力
>>1 「紫電改のエンジンを埋めた者の弟です。全てをお話しします」 いうほどガンダムスレになってないな 5ちゃん世代だと思ったが
>>325 アニメキャラが死んで本気で ざまぁみろ!やっと死んだか!とスッキリしたすごいキャラ >>286 GDBまでは軽かったが、現行VABって重いからなあ… 正直ダッシュ力は大したことない(2500ccターボのSG9比) S208しか乗ったことないけど、多分… 誉発動機が、その本来の性能を発揮させるには ニッケル、コバルト等の耐熱金属、 高オクタン価燃料 オイル漏れを起こさないガスケットシール 高品質のオイル、 信頼性の高いプラグ、ハイテンションコード 工作技術に秀でた工員等 全て、敗戦間際の日本には実現不可能な要因だった。 逆に、現代の環境で試作してみたらとは思う。
>>371 性能は五式戦闘機から「毛」を抜いたようなもんらしい >>335 戦前の艦砲の命中率は一応エビデンスがある 実戦では適用し難い仮定はあるにせよな 343空や紫電改のは文字通り政治的意図を持ったフェイク ハイオク絶たれて苦労したというのも開発者の責任逃れの大嘘 栄の発達型が検討され始めたとき100オクタンの量産計画など存在しなかったし途中でやむなくと言う割には最初から水噴射してたのと整合しない アルミブロックでもないのに水メタ噴射なんて腐食するだけなのにな
>>367 貴様は偉大なフォッケウルフをカモだと愚弄するのか >>1 呉で誉といったらすずさんのお義父さん 夜勤でせっせと歩留まり無きよう作ってた >>1 ハイオクが手に入らない 戦前に買い貯めした自動車用オイルを濾して使い 軍需省から製作時間を無視した月産数の発注で工程を飛ばし 定格出力の70%しか出ない 中島がねじ込んだ糞エンジンの為に 航空兵が何人タヒんだと思ってるんだ! F-35の不具合の報告でちょっとだけ日本製に興味がわいた
>>356 10年ぐらい前に愛川の土の中に埋めてあったからキャノピー出てきたな Me262なんてレストアされてビュンビュン飛んでるんだよね。 20年以上前だけど、カナダのエアショーに行ったら大戦中に実際に乗ってたパイロット達が当時の愛機の個人オーナーになってて、P-51やらで頭上を飛び回って最後にまた何周か旋回して各々家に帰っていった。 あれは正直めちゃくちゃ羨ましかったなぁ。
>>390 アメリカだと民間登録のMiG-21とかあるおw。 >>378 真の敵はアメリカのP51ムスタングだけだ >>11 過給機(スーパーチャージャー)なら零戦につんでた栄エンジンにもついてる 排気タービン(ターボチャージャー)はついてなかったと思う なんかこの2つ、車好きとかでもないと別物感なくてごっちゃになるわなw >>64 俺もそう思うよ、ほんと 現場の人も、設計者もめちゃくちゃ悔しかったと思う 誰がバカとか彼が悪いとかってわけじゃなくて、単純に国家として、工業化に掛けてきた時間とリソースの差だもんな >>395 確か一段二速のブロアが日本の限界だったんだよな 分解して洗浄して組み直して 展示しろ 価値がある物だ
>>395 第二次大戦中ターボチャージャーを実用化できたのはアメリカだけ。 イギリスもドイツもできてない。 >>391 雷電は米軍厚木基地の地下に埋められてるはず。 戦中は雷電部隊があって、戦後燃やされたり埋められたりした。 これを戦後の車のエンジンにしていたら、凄い車になっていたよな。
凄腕というよりは国内の基地みたいに補給部品が 潤沢にあるかどうかだろう 国内の基地なら誉搭載機は稼働割合は高かった あと、案外整備員の数が稼働割合に比例している
>>402 箱スカGT-RのS20だろw。同じ設計者。 源田実がもとから戦闘機至上主義で制空戦闘機の重要性 認知しておけば、まだマシな結果が出ててだろうに 1942年当たりに343空のような部隊が陸海軍で20個位作れたろうに
>>402 エンジン技術者は戦後にみんな自動車業界に行ったんだよ >>410 機体設計は国鉄で新幹線作ったり、大学残ってロケット研究したり 日本軍機で最もシルエットが美しいのは強制冷却ファン装備の試製烈風。 開発の経緯だとか登場時期だとかはどうでもいい。 堀越二郎設計機の美しさの到達点。 烈風一一型は急造っぽいエンジンカウルが美しさを損ねている。
>>410 その割に戦後すぐの自動車業界ってパッとしなかったような 自動車業界が注目され始めたのって1960年代になってからで10年以上ブランクがある >>410 敗戦直後、日本の工業が解体させられそうなときに、国鉄車両への採用を決めて、国産ベアリング産業を守ったりとか、負けた後にも当時の人はいろいろ努力していたみたいね >>417 市場が無いだろw。昭和20年代に自家用車があるなんて大金持ちだけwww。 >>419 日本の戦後の興行の出発点って実質、朝鮮戦争がきっかけなんだよね 朝鮮戦争で大量の物資の製造を日本の工場に任せるために 日本の工場を視察したら、品質管理が全くできてなくて 同じ製品でも職人の質によって性能が大きく左右されることが分かって驚いた それで慌てて品質管理のノウハウを伝授して安定した品質の製品を 安定供給させることに成功した >>417 戦後すぐは自動車を買うどころか食うに必死だったしね >>421 結局、昭和20年代の花形産業は鉄鋼・造船・繊維な 経団連の会長職に自動車業界から選出されるようになったのは 2000年代になってからの話 >>150 その仇討果たしたのが戦後のハイパースリムエンジンのXF-9になろうとはな >>423 結局、自動車業界に行ったのは失敗だったと思う 造船や鉄鋼会社に行ってれば >>426 航空機エンジニアのスキルが生かせるのが自動車しかなかった それだけ ダイハツのように旧川西航空機の片割れを引き取った例もある >>395 スーパーチャージャーはエンジン駆動でやるからどうしても出力食われる ターボは本来捨てるだけの排気熱をタービン回すエネルギーとして使ってるから出力食われることなく過給出来る >>426 戦後、日本車とドイツ車が急に良くなったのは、航空機製造禁止されて、 航空機の技術者が大量に就職したからだよ。 >>431 日本は民生品にフルスルットルかけたからな 最盛期がPS2の画像エンジンが北朝鮮の弾道ミサイル の部品になってからな >>417 そりゃ戦後しばらくは自動車を大量生産大量販売できるほど、国民の所得がなかったもん。 昭和20年代でも、トラックやバスは国産が主力だったけど、需要の少ない乗用車は大量生産で安い外国車の新車と駐留外国人の中古外車に圧倒されて、昭和20年代末には国産乗用車は存亡の危機。 その状況が変わったのが、大蔵省の外貨引き締めと通産省のノックダウン認可。 日産・いすゞ・日野に外国車のライセンス生産をさせて、一定期間内に全ての部品を国産化させる施策。 これのおかげで、外車の技術吸収と国産部品の品質と裾野が一挙に広がった。 その助走期間を全速でやり抜いたから、その後の自動車立国が可能になった。 オート三輪を復活させるべき。 今の技術なら高速道路を走るくらい余裕だろ。
>>433 通産省ってホンダ潰してマツダを守ろうとしてたんだろ? 産業の集中と整理とかいって。 >>407 戦闘機ばっかあっても戦略爆撃機が無いと >>292 日本はさ、まともなプロペラ一つ作れなかったんだよ ハミルトン社のプロペラをずーっと使ってた >>440 ライセンス料払って製造してたんだがw? >>431 スバルの前身は中島飛行機で、隼とかを作ったことで有名だね 広島は軍都だったから原爆落とされた 上の方の支配層は原爆を落とされるのを知っていたので死ななかった
>>443 設計図もらって組み立ててましたというだけだろ >>446 戦争中に部品輸入できるワケないだろwww。 >>447 戦前にライセンス契約して技術頂いて、それをただ使い続けてただけで全く発展しなかった 技術がないということ 誉はコンパクトに作りすぎた結果工作精度が追い付かずに不良品続出 良品も整備がシビアで低質なオイルや低オクタン燃料を使うとたちまち性能低下で 二千馬力前提で設計された機体は性能がダダ下がり
>>422 確かに朝鮮戦争はあるね。 不足したトラックを調達したり、破損した軍用車両や戦車の修理、オーバーホールで、日本側を育てるように辛抱強く突き返して指導を重ね、日本側もそれに応えた。 朝鮮戦争中盤以降は、発電機から機関車まであえて日本側に同等品を作らないかと機会を与えてくれていたし。 >>449 第二次大戦中の日本の航空技術はフランス・イタリア・ソ連よりは上だと思うよ。 『 この世界の片隅に・・・』 北条家のお父さんが通ってた広の海軍工廠工場で 作ってた例の2000馬力エンジンだな たぶん北条家のお父さんたちが終戦時に 埋めて隠して者だと想われ・・・
>>430 戦前の日本の乗用車シェアNo.1はフォードなんだよw。 1930年代後半の年間自動車生産数 米国 300〜400万台 日本 3〜4万台
>>452 何やっても最高速度が700キロ超えることもできなかった まともに飛ぶ四発機も作れなかった日本の航空技術が それらより優れているとか冗談も程々にしろ >>1 良品率何%?出力はカタログ値の何%ぐらいだったんですか?内蔵された戦闘機の稼働率何%だったんですか? >>422 ウチの会社の社史でも、その頃にデミングさんの教えを生かして ようやく品質管理とかが軌道に乗ってまともな製品が作れるようになった とあったわ。 >>439 前2輪か。 XMAX250の方が好きだな。 シデンカイが発見されるなら ホセイリュウやサンセイラとかも出てくるな
>>457 最高速なんてナンの意味があるんでしょーネw? >>462 機体構造の頑丈さ、推進機関の性能、空力性能、プロペラの性能 意味あるね >>449 日本より明らかに技術があった国って米独英くらいだぞ しかも英はちょっと怪しい 世界に国家が70もあったなかでそれくらいしかない 旧軍に郷愁を感じるのは勝手だが、事実を事実と認められず精神勝利しているようでは 戦後に見苦しい言い訳と責任転嫁を続けた海軍のアホどもと同じだ そして同じ失敗を繰り返すのだろう
>>464 記録なら、戦前の日本は航続距離の世界記録を作ってるよw。 >>450 開発者の中川良一によれば、誉はそもそも地上で回すだけの性能証明用の試験エンジンだった。 それを社長の中島が海軍工廠で作っている実験機(=銀河)に載せて飛ばすことになったがやはりワンオフ。 そのころからベテランが投入されて設計の見直しが行われ、初めて整備のための分解機構やマージンの確保が考慮されたという用途変更に継ぐ用途変更が行われた結果の量産機。 量産性も整備製もあるわけがないと怒っていた。 おまけに中川は改良中に徴兵されるしな。 >>436 それは昭和40年の乗用車輸入自由化に備えた、特振法の話で時代が違う。 すでに乗用車を生産している会社以外の新規参入を実質禁止する法案だったから、マツダ、ダイハツ、ホンダ、スズキなどが既成事実作りのために急いで小型車をデビューさせた。 法案は廃案になったけど業界体質強化という空気の中、プリンスの合併、日野・ダイハツのトヨタグループ化が起こった。 >>460 後ろ二輪もあるよ ホンダ NC750DCT 基本的にトライクは普通免許で乗れる >>468 艦上戦闘機、攻撃機、雷撃機で、大戦初期に、日本以上の機体を持ってた国って どれだけあったけか? >>467 1年で君が下に見ているイタリアにあっさり抜かれたんですが >>468 翔鶴型空母と同等以上のもの作れたのって米しかないじゃん 「英はちょっと怪しい」 マジで脳に障害があるだろ 多分パンジャンドラムとかあの手の動画見てるバカなんだろう
>>475 イタリアなんて1943年にもなって風防が開放式じゃないとダメだとか 真面目に言ってる航空超絶後進国だぞw >>475 イタリアはDB601のライセンス生産だって満足にできなかったんだがwww? >>477 鉄パイプ切って本土防衛に備える それが英国wwww >>477 大戦中、大英帝国は、スリーブバルブエンジンにジェットエンジン以上の予算を突っ込んでたんだよw。 ちょっと斜め上な感じwww。 >>479 イタリアはドイツからの工作機械が届くしDB605もつくっとるやろ >>481 いいじゃないかロールスロイス・マーリンがあれば >>481 ソードフィッシュは好きだな。ビスマルクを追い詰めたし。 複葉機で最高速度200キロちょいしかないけどw ネトウヨの脳内では戦前日本は 米独に次ぐ世界第三位の技術大国だったのかw すごいぞニッポン馬鹿の国w
>>481 技術史は面白いんだよw。特に失敗した歴史の方が面白いwww。 いろいろな方面の顔を立てまくった軍部の会議で決定した新型戦闘機の仕様書 ・もっと速いのをつくれ ・もっと小回りがきくようにしろ ・航続距離はもっと長く ・低品質の航空機燃料でも安定させろ ・もっと高い高度にも対応 ・ ・・・・・・ みたいなムチャな要望が多かったらしく作るほうは相当苦労したと聞く
>>479 DB601搭載した戦闘機比べたら イタリアのフォルゴーレやベルトロは 日本の飛燕より高性能だぞ せっかくドイツから教えてもらったのにアツタやハ40をまともに作れなかった日本があれこれ言える話ではない イタリアは遥かに多くのドイツの液冷エンジンを生産してるしな
>>275 B-29も排気タービンやエンジンが壊れたら「新しいエンジンと排気タービンそっちに送ったで」とごっそり新品に取り替えてたしな >>485 それぞれ一長一短がある。いろいろ比較してみると面白い。 >>484 なぜか後継機のアルバコアが先にお払い箱という謎w どこの動画サイトか知らんが、イタリアがへっぽこだのイギリスが変態でどうのだの そんなクソみてーなので喜んでるから、妙な勘違いするんだろうな
>>487 当時の技術者が一番苦労したのは当のパイロットの意見のウェートが重すぎて、新機軸が入れにくいことだったらしい。 巴戦重視の旋廻番長ばかり作らされてたのはその典型例。 >>489 ライセンス生産ッツっても1から10まで教えてくれるわけじゃないんだよw? >>495 うんうん、でも君が見下してるイタリアよりまともなのを作れなかったんだ日本は イギリスのネイピアセイバーの足元にも及ばないエンジン
>>493 レシプロ→ジェット移行期のイギリスのエンジンには面白いのがイッパイあるwww。 >>496 日本はドイツ製の工作機械が滞ったり、無理して数揃えようとしているからな。 >>273 一昨年くらいにNHKでやってた戦艦武蔵の番組で 「テレビ初公開」と銘打って三菱に保管されてた武蔵の図面(オリジナルか複製かは忘れた)が出てたな >>335 >開戦前の日本の艦砲命中率は米の3倍とか 黛さんの「太平洋戦争は航空主兵にせず日露戦争以来の艦隊決戦に持ち込めば勝算があった」ってのもそれが根拠なんだっけ? >>356 厚木基地に入ったことがある人なら分かるかもしれんが 正門から入って飛行場地区に向かう途中に見えるゴルフコースの下に色々埋まってるらしいね >>335 艦砲命中率3倍は大嘘だろ レイテ沖海戦とか外しまくりじゃん 一方のアメリカはレーダー射撃で当てまくり >>501 当時のレーダーの捜索距離より、艦砲の射程距離の方が長いだろw。 >>501 サマール島沖海戦のときは日本側の電探射撃も当たってるんだぞ! 味方の鳥海に >>502 射程が長くても相手が見えなきゃ意味ないだろ レーダーで見えない距離から撃たれたら終わり >>503 酸素魚雷も陸軍の船を撃沈するという大戦果だったな 南無阿弥陀仏 (-_-;)y-~ 焼酎紫尾の露、昨日全部飲んだ、素朴な味で美味かった。
>>332 写真からでも伝わる思てたよりデカい 行ってみよー 大日本帝国本当に糞だな 自分たちの軍備すらまともに管理できないのかよ まあ敗戦はそういうことだよね 特に日本の場合は軍隊が一度なくなっているからねえ もともと糞な管理が白紙になっているから、 引き継いだものの大半はそのままだろうなあ 管理しているところ端から調べていけばまだまだ捨ておかれたものが幾らでもあるやろ
安倍のバカのことだからこういう歴史的な貴重価値のあるものをインバウンドのために安くずっと公開する可能性あるな 下手するとアメリカの博物館に寄与する可能性もある トランプ再選記念とか言ってさ アメリカではエミネムもアルバムタイトルに使ったりなぜかカミカゼファイター人気あるからな 単なる自爆なのに
>>390 Me262でもエンジンはGEのJ85でしょ >>509 俺も行ったことあるけど、松山空港から陸路で5時間という山奥だw 30年間海に沈んでたのを引き上げ、その引き上げ場所(墜落場所)のすぐそばに建てたから、交通アクセスとか完全無視 >>55 アムロ・レイ=A6M・零 は初めて気がついた しゅごい (-_-;)y-~ 宇和島までしか行ったことないな。 墜落地点近くに展示館建てるなんて、これこそが慰霊やな。
18気筒だもんなあ。 確かDOHCなんだよな。 こんなのメンテ考えたら正気の沙汰じゃないよ。
>>507 ソロモン海戦のときは信管が敏感すぎて敵艦の立てる波で敵艦の手前で起爆したとか聞くね 信管に使ってたグリースが南海の温かい海水で温められたのが原因と言われてるらしいが 誉の後継の大排気量18気筒も開発していたけど 完成は難しかったみたいだな
紫電改の読み方はシデン・カイだからな 日本男女とある者間違ってもシデンカイと繋げて読まないように
熱密度とケルメット軸受と燃料オクタン価の問題があった
(-_-;)y-~ 松山空は厚木のクーデターに呼応しなかったとか… まあ、予科練ジジイの鎮海も呼応しなかったんやけど。 鎮海が呼応してたら、予科練ジジイは厚木に水偵で移動して、 ミズーリに天皇陛下万歳特攻してたやろな。
>>457 最高速度より航続距離や旋回性能を優先しただけだろ。 地中から掘り出された昔のエンジンってロマンあるねえ ナウシカとか∀ガンダムみたい
錆びきった包丁研ぎ師の出番だな 量産して団塊の世代にC4巻き付けてブチコンデ支那朝鮮に特攻させるべき時が来た!
>>332 アメリカの博物館にもっと状態の良い完品の紫電改あるよ。 (-_-;)y-~ 進駐軍が鎮海に来たら、すぐに「ヨカレン」連れて来いって言われたらしい。 特別監視。11月まで復員させてもらえんかったらしい。 そういう命令が進駐軍全体に行き渡ってたみたい、 特攻隊員と予科練の所在をつかんで徹底監視しろって。
>>528 時代は荒野のコトブキ飛行隊かプランダラだぞ? (-_-;)y-~ 8月終戦、9月調印やのに、予科練ジジイ11月まで復員させてもらえんから、 故郷阿久根では南方で戦死したんちゃうかってことで墓でも建てるかぁってなってたらしい。 今、阿久根の生協ある所(波留付近)で、行商に行く途中の母親と再会したらしい。
地図見たら、終戦工作の見事さがわかるやろ。 帰宅前日は阿久根駅の日通倉庫で泊ったらしい。知人がいたので。
そもそも第二次大戦に入る前の日本の実態は軽工業国家だた 阪神地区で紡績やって布作ってキャッキャ喜んでた状態 島国だから海運技術は十分に列強からキャッチアップする事は出来ていたが他は全然だた 鉄道をなんとか全国に普及させるので精一杯 道路は二の次で都市ならともかく地方地方へ繋げたくても急峻な国土がそれを阻んだのな 欧州なら平坦な地形に道つくるだけなのにたいし 日本は峠越えたりトンネルほったり橋かけたりしないとまともに道つくれない 更にインフラ整備はペンペン草も生えてなかった大陸に優先して国のカネは使われてたのな そんな環境の中でモータリゼーション需要も少なく自動車産業の未成熟さが後々戦争で尾を引くことに なったとさ
(-_-;)y-~ 朝鮮人ファンタジーなんか聞く価値無し。
>>399 開戦当時は日独英も、まさか8000m以上の航空で戦うなんて、夢にも思っていなかったから。 また、インタークーラに膨大なスペースが必要だから。 実用化したP-47なんて、操縦席の後ろ胴体は、インタークーラの配管だらけだぞ? >>535 そんな事言うと、その軽工業で圧倒されてホームのインド市場で追い詰められた挙げ句 逆切れ起こしてインド経済めちゃくちゃにして独立運動に火を着けたイギリスがかわいそうだろ アメの質実剛健な機体と信頼性あるエンジンが好きな身にしたら、ダブルワスプ、マ−リン、低空で定評あるアリソンを積んだ紫電改, 疾風、銀河を見てみたい
>>488 ドイツは汚くて、戦後は日本と戦争になる事を想定して、並列中央部のエンジンピストンが排気バルブ部だけでなく、ピストンが膨張する事を教えていないから。 金だけ取って、そう言う事をする連中。 ドイツ終戦半年になってから、BASFが開発した石炭から石油を精製する方法や、Me163コメットやMe262の図面を出す様になった。 が! V2ロケットだけは安全牌として、断じて日本に図面を提出していない。 >>537 P-47って設計の初期段階には2t級の軽戦闘機だったらしいね それがいざ完成してみたら全備重量8t近い化物に…どうしてそうなった?w >>537 こんな図体で零戦でよく聞く胴体にもう一人入れる技できないんだな 旧軍の機体なんて厚木基地跡を掘り返せば腐るほど出てくるだろ
羽田空港の敷地内に試製烈風のエンジンが埋まってるんだっけ? あと松本空港を飛び立った烈風も1機行方不明になってると聞いたな
>>546 名古屋港の沖に1機沈めたのは確実だが今は護岸が出来てて掘り返せないらしいね>烈風 >>546 羽田空港には、航研機からターボ付き戦闘機キー87とかいろいろと旧鴨池付近に埋められているらしい。 >>548 すまん。 インタークーラ配管図はキー94でした。 スミソニアンに紫電改がなかったら、米本土にいってたのかしら
>>340 「紫電改」なんて米軍から固有のコードネームすら付けられていないんだぜ? 前からあった「紫電」と同じコードネームで呼ばれて、異なる機種だと認識すらされてなかった つまり米軍からみたら「紫電改」は全然インパクトの無い機体だったんだよ >>506 レーダーも逆探査くらうから言うほど万能じゃない アメリカ軍が上手かったのは航空隊に銀紙撒かせて その銀紙をレーダーでキャッチして射撃みたいな応用術だな 馬鹿正直にレーダー照射してない 現代の技術で誉をリバースエンジニアリングしてみてえなあ。
555 不要不急の名無しさん 2020/05/30(土) 02:31:57.32 0
紫電改ブラシ愛用
>>547 沈めた奴は量産型だな 烈風の試作は名古屋の他に移されてテスト続行 同時に大江工場(今は航空宇宙システム製作所)で烈風11型の製造ラインが設置されて 量産機の1機がほぼ完成。ほか10〜30機の半完成品(部品状態で組み立て待ち)があったらしい それら部品はほぼ焼却されたと思うが意外な発見もあるかもしれない >>544 P-47は後部にいくにしたがって断面積が減ってるから 翼は大きいし、縦長の胴体ではあるが人間が収まるのは厳しいと思う 零戦は胴体のかなり後ろまで四角形ぽい空間がある ちばてつやの「紫電改の鷹」は不朽の名作 あしたのジョーなど目じゃない
(-_-;)y-~ うどん用の汁がもうすぐなくなるから、ヤマキのを買ってもええで。 早くて来週中。以上、お買い物連絡でした。
>>488 飛燕のほうが高性能じゃないのか イタリアのM.C.202フォルゴーレと速度性能は互角 武装は飛燕が上 航続性能も飛燕が2倍〜2.5倍も大きいんだぞ 誉って丹沢山中にあっただろ、たしか 銀河かなんかの
かつて世界最先端の戦闘機作ってたのに、今ではジェットもまともに作れないとはなぁ。落ちぶれたな
f8fベアキャットがレシプロ機では最強だろうな 大出力のダブルワスプに零戦よりも小型な機体 驚異の旋回率と上昇率にスピードと軽快な運動性 制空に特化した戦闘機 第二次世界大戦には間に合わなかったが
>>527 日本が空気抵抗の削減技術で遅れてたのは事実 ソ連とドイツはその分野の基礎を築いている最先端国家だった クッタ‐ジュコフスキーの定理(翼型の揚力発生理論)やプロペラの渦動理論 ドイツもゲッチンゲン大学に風洞実験設備を持ち、境界層理論のルートヴィヒ・プラントルを擁している そしてアメリカのNACAがそれらに猛追撃し、航空機の実物を納められる実寸大の風洞実験設備を備え 層流翼含むNACA翼型を理論的に提唱できるようになっていた P-40もF4Fも実寸大風洞にかける前は低性能 MiG-1、MiG-3、YaKシリーズも風洞実験で吸気系統を改良し高性能化していった そういう設備が無く、机上論で「ゼロ戦」や「紫電改」を生み出した日本は知能においては優れていたと思うが 工業力、科学力という意味では2流、3流だったとしかいえない >>567 F8Fは部隊配備からほどなくして主翼の強度不足が発覚し空中分解している 制限荷重4Gでしか動けなくなっている しかし制限+主翼の強化をおこなったうえでも主翼が折れる事故が起きたため 航空機としての評価は微妙だと思うぞ F8Fの主翼の設計をやり直した頃はもうジェット機の時代で 第一次インドシナ紛争、そしてベトナム戦争が始まろうとしている >>569 いやスピットファイアやモスキートよりは有用な機体だった その2種は爆弾を積むと飛行場から発進できず 第一次インドシナ紛争で明確に役立たずになっている F8Fは主翼を改良した頃はもうジェットの時代で、周回遅れだったとはいえ 爆弾搭載状態でちゃんと離陸できて、南ベトナム空軍で爆撃任務に従事した実績がある >>566 戦後飛行機作れなくされたので自動車作るようになった >>571 まあ、実際に対峙しとらんからあくまで脳内や >>527 当時の日本はエンジン出力で圧倒的に負けて速度だけでなく上昇性能やそれに伴う旋回でも負けまくりで散々。 とにかく作れるエンジンの出力限界が低くてドイツやイギリスで主流となっていた液冷V型8〜12気筒エンジンを、日本は1930年代後半になっても作ることはできなかった。 それでドイツのエンジンのライセンス買って開発したエンジンが栄エンジンでありその発展型が紫電改の誉エンジン。 これが正常に動けば小型高出力で米軍機にも対抗できるはずだったが当時の劣悪な燃料、潤滑油や不良部品による故障率の高さで本来の性能が活かせないままだった。 >>566 ゼロ戦とF4F、P-40 紫電改とF6F、P-51 三菱F-2戦闘機と同時期の諸外国戦闘機は たいたい似たような力関係だと思うけどな 登場した瞬間ならF-2が相対的に一番優れた戦闘機だったかもしれない その後のAAM-4、AAM-5の装備など強化が遅くて米軍機に比べて劣勢になったが >>566 むしろあの時代からまともな飛行機は作れていない あの当時の日本は技術以前に、軍組織自体がクソだったのが大きいんやで
>>574 上昇性能と旋回性能は日本機が一番良いぞ 1944年にアメリカ軍がP-51、P-38、P-47、F6F、F4U、FM-2など 実戦に出てる戦闘機と比較審査を行って旋回と上昇は日本機が優れるのを確認している アメリカ側の優位は最高速度と高高度性能 >>577 クソじゃない軍組織なんてないだろ 最悪の軍組織は設立当初のアメリカ空軍まであるぞ 重武装のP38やP47に高高度からの一撃離脱されたら日本軍機なんてひとたまりもないよ
稚拙なりに学問技術にリソースをぶっこんでただけマシだったかもしれんな 今は強欲老害にどんどんリソースが喰われてく一方だから
軍用機はレーシングカーちゃうねん。戦地でしっかり運用出来てなんぼやいう話やろ
戦時中、日本は石油ないからツバキ油で飛ばしたエコな飛行機
>>567 エアレースではいまだに活躍してるが、実戦では朝鮮戦争に出てるが、P-51と比べても、失敗作っぽい。 艦上戦闘機としてF-3Dが出てきてサポート役としての参戦だが、空中分解やら何やらを手直ししている間に消えた。 F8Fは見ててもバランス悪いから太平洋戦争に間に合ってても、巴戦になったらバタバタ落とされてたかもね。 ジェーン航空年鑑41年度版には、主に戦後米国でテストされた日本機の データーが掲載されている 誉エンジンを搭載していた機体は 4式戦闘機(FRANK)疾風1型 2式 複戦(NICK)屠龍1型 水上戦闘機(REX) 強風 紫電 紫電改 (GEORGE) 夜間戦闘機月光 このあたりかな、月光は高度1万メートルとある 最も早かったのは4式戦、最高速度682Km、7020mだ 3式戦闘機飛燕は570Km/h,5000m 紫電改は640Km/h,6100m
2000馬どころか1500馬力すら怪しい大本営お墨付きエンジン誉、持ち上げすぎやろw
愛媛県の愛南町に引き上げられた紫電改が保存されてるらしいんだけど、遠いんだよなあ。
>>573 脳内じゃないぞ F8F、スピットファイア、モスキート、ついでに陸軍一式戦闘機隼は フランスの植民地軍やそれが教育を行った南ベトナム空軍で実際に運用された その中で最悪がモスキート。飛行すらできない。 次がスピットファイア。課せられた任務である爆弾投下ができない 一番優秀なのがF8F。敵戦闘機と戦うのは無理だが、小さな機体を生かし敵の対空陣地に向かって 対空機銃を回避しながら爆弾落とす任務に従事している 隼は数合わせだったようだがとりあえず鹵獲品を装備している >>578 身軽さ的な意味でなく本当の全速上昇とそこからの旋回です。 日本機はエンジンのせいで上昇高度の限界が低く全く追い付けない上にそこから旋回されて上から狙われるヤバさ。 しかも機体の強度も激低で無理に同高度へ上がろうとすると気圧の低さで時には空中分解まで起こし旋回なんかしたらバラバラ。 >>592 モスキートは高温多湿では腐るから・・・ (-_-;)y-~ カネにルーズな真田丸N島に、源田実知らんのか?と言われて、 知らんと答えたような気がする。 大学当時、そういうことばっかり考えて生きてなかったからな、とっさに知らんと答えたかも。 ちゃんと覚えてない頃やねんなぁ、坂井三郎だけ知ってればええわとか、そういう状態やったで。
>>586 胴体を短くし過ぎているな 主翼は言うほど小さくない エアレーサーは主翼を大きく変えたりするから それ自体は名誉なことだけど軍用機のF8Fとは別個体 もしくは発展型と考えるべきかもしれない >>600 北やん先週また俺様、阪神1レースから最後まで勝ってしまったわ どうしよう 今年2000万超えるかも💦 >>1 草思社から出てるこのエンジンに関する本を読んでから、 太平洋戦争でロクに使いモノにならなかったシロモノって印象だわw 羽田空港の工事中に富岳のエンジンが掘り出された事に比べれば、驚かない
富嶽も誉じゃない? 6機 疾風も誉 サンバーはなんだ?
(-_-;)y-~ マークカードよお間違うねんなぁ。 京都阪神、函館札幌。 そこに気を付けてたら、夏の小倉函館で、函館8Rを全く同じ買い目で2回買ったことある。 小倉8R当たったヒャッハー!したら、ハズレた函館8Rが2つもあってびっくりした。
>>588 それはアメリカでちゃんとオーバーホールレストアして良い燃料入れた成績だからなw 当時の日本は高度な戦闘機になるととにかく製造技術が低いうえに燃料の質も悪くてまともに飛ばなかったらしいから。 何で埋めたんだ?軍事機密を守るため?まあ後日ゆっくりと見せてもらうよ。
誉が悪いんじゃない 組立てに使っていたビスやパッキンが粗悪過ぎたんだ
>>591 愛媛県民なんで、ガキの頃に一度見たことある。 とにかくデカいってイメージというか思い出が残ってるわ 高度の高いとこでの出力を確保するにはターボやスーパーチャージャーの技術が不可欠、過給技術が弱かったね
>>611 何より誉に使う予定だった燃料が、 よりにもよって大戦相手のアメリカ製のモノを前提にしてたって話だからねw バカかって話だよw >>613 そこも含めて性能だあな もっと言やあそこも含めて国力よ 空冷星形多気筒エンジンと液冷V型12気筒くらいなエンジン どちらが好きかと言われると、デザインやメンテナンス、空気抵抗逓減に 繋がる形状などから難しい。冷却液漏れの恐ろしい結果やメンテ条件 などを考えると、当時空冷のほうがタフでメンテも簡単だったろうが 空気抵抗だけはどうしても。ただ正面プロペラシャフトの位置を 考えずにエンジン単体で見ると、後のスバルの4〜6気筒前後 の水平対向エンジンにも繋がるようで星形のほうがいいようにも思えるが レシプロエンジン航空機用ならやはり液冷が有利かな。空冷戦士FWも 最期はD型あたりで液冷になっていた。 まあサンダーボルトなどcd値の不利さを燃費もかさむ大出力空冷エンジンで 最後まで押し切っていたけれども
陸軍の疾風も誉エンジンだろう ハ何とかで呼び名違うが
当時の日本の工業製品は、作ってる工場でネジの仕様とか細かい所が違っていて かなり品質にムラがあったらしいからな
この誉エンジンの主任設計者 中川良一氏が、戦後プリンセス自動車で 重役となり、初代スカイライン GTR用の直列6気筒4バルブDOHCエンジンS20の 開発を主導したのは有名な話し
(-_-;)y-~ 予科練ジジイに澤穂希どう思うって聞かれて、どうとも思わんと答えた。 当時、予科練ジジイは、腹違いの姉がいること、母親と不倫結婚であること、 妹が結婚して姓が変わっていることを、俺に秘密にしていた。 現在、妹の夫がどうなってるのか、知らん。母親が言わんので。俺から聞くつもりもない。 入院中の予科練ジジイに、 電通祭自殺どう思うと聞かれて、どうとも思わん、ほっといたらええ、ほっとけば倒産する、 あの母親は俺たち非正規のために労働運動なんかしたことないし、 自分の娘が死んで電通批判して酔ってるだけや、と答えた。
空冷星形最強エンジンはB29のライトR3350だろう よくぶっ壊れたエンジンだが
>>548 ターボユニットが前部に集中してバランスの悪そうな機体 >>621 アメリカにはミルスペックちゅうもんがあったけど、 当時の日本のはそんなもんもなかったしな >>134 紫電改じゃないが、誉積んだ疾風が戦後アメリカに没収され、性能テストのあと アメリカのチノ航空博物館に払下げられ、飛行可能状態で保管されていたんだよ 1975年頃だったか、日本に返還され里帰り飛行を披露していた 金持ちの疾風所有者が亡くなった後、残念ながら不動状態になってしまった >>614 色々な資料も展示されてるみたいだから、1度行ってみたいんだけどね。保存状態はいいのか? まあ、引き上げた時点で、色々手入れはしてあるんだろうけど。場所は、何年か前にセメントで 出来た、目のおかしい動物の像で話題になったところだよね。 (-_-;)y-~ ちょっと、今、お茶漬け食いながら考えてる。 はだしのゲンで来るってのは、予科練ジジイの古い設定変わってないんかもしらん。
(-_-;)y-~ ああ、わかった、PC師匠やな。
>>598 キノコ栽培には理想的やど? 高温多湿の熱帯では漏れなくキノコが生えてくる 素晴らしい木製機やったな >>621 雷電とか日本で初めてプラスねじ利用された実用機で 台湾から来た少年工員達でも作れるようにしてあった まあ本格的な量産技術は戦後になってからやが >>619 あと、空冷は空気の薄い高高度で冷却不足(熱ダレ)になって力が出ない 過給機の違いよりもこっちの影響の方が大きいみたい (-_-;)y-~ 予科練ジジイにAのことを話したことはないので、 予科練ジジイ設定を使うとはだしのゲンが来るってことやな。
>>637 今日遊びに行くわ 酒持って 1時間後でいい? スカイラインGTR S20エンジンは誕生した当初、機械式時計のように精巧な エンジンと呼ばれて芸術品扱いだった 今では当たり前だが、当時6気筒24バルブDOHCエンジンは世界的にも珍しかった (BMWのレーシングカー搭載用のエンジンはあったが) 小型高出力の誉エンジンの設計者 中川さんの思想を反映したエンジンだった
>>621 規格の統一化は戦争遂行時における武器生産面で大事なことなのに、 日本はその基本のキすら出来てなかったってことでしょ。 ただでさえ、アメリカと日本では総合力で雲泥の差があったのに、 そんなことに知恵が回らなかったのだから、 アメリカに叩きのめされたのは当然の結果だと思うよ。 >>640 工作機械も精度が悪く、ロクなもんなかったし ローラーベアリング、ボールベアリングすらロクに作れなかったし >>601 たしか育毛剤作った会社の社長が、紫電改好きだったからとか何とか このエンジンの設計者はのちにトヨタ自動車に入社、カローラのエンジンを設計した という話はホント?
>>650 カローラのチーフエンジニアは確か長谷川さん 立川航空機→トヨタ自工 誉設計者は中川良一さんで、中島飛行機→タマ自動車→プリンス自工→日産 >>123 パイロットの質が落ちてたから同じようなもの 大半が飛ばすのがやっとのレベルだったらしいよ >>650 ちょっと履歴違っていた 中川良一氏:中島飛行機→富士精密工業→プリンス自工→日産 たま自動車(前身は立川飛行機)は富士精密工業と合併して プリンス自動車工業となった ちなみに当時、たま自動車と富士精密工業の両社を所有していたのは ブリジストンの創業者 石橋さん JAXAのはやぶさの展示会だったかを見に行ったときに、 MRJとかとならんで、なんだったかその日本製の零戦だか戦闘機のエンジンの図面が一部だと思うが展示されてた。 エンジンというと複雑なメカでも、一昔前のF1ぐらいのイメージしかなかったもんで、 航空機のエンジンてこんなんか、と感動した(上でだれか言ったたが、工芸品、という感じだった。でかくて細かい管とかフィンが一杯あった。)
そのうち自分もブラシで頭をトントンするようになる そう思っていた時期もありました
埋めてどうすんだ もしかしたら後で使うかもとか思ってたんか
爺さんが作ってた戦闘機のエンジンを学校でアメリカ軍に燃やされたのを見せつけられたと言ってた アメリカ軍の憂さ晴らしと見せつけだろうけどそれでもかなりショックだったらしいぞ
ただのゴミじゃん、そんなもん保管する価値ないぞ 敗戦国は侵略戦争の証を保管する義務があるんだから 兵器なんか捨ててしまえ
>>659 アメリカ軍がそう言った奴は当時は破壊したんだと 刀も同様にやって没収か破壊だからどうやって隠そうかと色々やったみたいそのうちの一つが埋めなんだろ >>659 大事なものを1個でも隠したかった心理。 >>629 >>630 小さめの体育館みたいな建物の中央に紫電改が展示されてて、 1階だと見上げる形、2階というか……体育館で2階に上がると手すりつきの細い通路から見下ろせるようになってじゃん、 あんな感じで上から見ることもできる……だったと記憶してる。 あのへんは南レクと言って、何十年も前に愛媛県が県をあげて観光地にしようとして、そして失敗した場所。 失敗したとは言っても、当時作られたいろんなもの(紫電改博物館の他にキャンプ場、でかいプール、回転式展望台等)が今も残ってるから、 家族連れならそこそこ楽しめるんじゃないかと。 当時どういう状況でどういう発想と技術と想定で作ったかわかるとても貴重な現物の資料だからきちんと保管して欲しい いずれは兵器と言う括りじゃなく日本の土器とかと同じ扱いになる
でも、80年も前に、こんな高度な製造技術が日本にあったなんて・・ なんか、先祖に、感謝しかない。
>>667 紫電改はB29迎撃用のインターセプター 高速で高高度戦できる一撃離脱型の重戦闘機かな 巴戦はあんましない ずっと「其処」に在ったのか そして「其処」に在り続けるのだろう
>>666 子供がそう言うの好きなら楽しそうだなもしくは軍オタ系が数人で行っても面白そう 人があんまいないってのもプラスだし大和ミュージアムとか人が多い >>288 確かになぁ・・・・。 J-POPが壊したのか? >>30 英米の戦闘機より高性能だっただろうね。 特攻しないで、優秀な戦闘機乗りが生き残れたらなぁ・・・。 後、金が出ないで、重油が沸けば良かったんだが、地層上、しょうがないのか・・・。 …周作さんのお父さんが埋めちょったもんが出てきんさったんですねえ。
>>628 嵐山に展示されてるときに見に行ったことがある あちこちがガムテープで補修されていておまけに飛行不能とかかれてあった 日本に提供したもとオーナーがあんなふうにされるなら譲渡しなければ良かったと嘆いたそう なんとももったいない話 何でダメダメだって騒いでた紫電を1000機も作ってからやっと紫電改作ったの?
>>678 お金掛かるけどなんとか維持して欲しいね >>640 海外のいろんな国から工作機械やら何やらを導入したから バラバラになったんだな。 電気の周波数ですら西日本と東日本で違うし。 でも、もう少し迎撃機製造の技術があればB29の焼夷弾や原爆で 多くの人が死なずにすんだかもしれない、そう思う。 はっきり言ってやられ放題だったから。あれは爆撃によるホロコースト
>>390 小さかったら占領した米兵がお土産に持って帰れたのに。 銀翼連ねて 南の前線 ゆるがぬ護りの 海鷲達が肉弾砕く 敵の主力 栄えある我等 ラバウル航空隊
朝鮮戦争ではB29は数機しか撃墜されなかったけれど東京大空襲では数百機のB29が我軍高射砲で撃墜されたから 東京大虐殺は アメリカの極悪非道は言うまでも無いが 東京が燃えやすかったのが一つの原因だろう 東京が現代並の防火都市だったら B29を鏖にできたと思う
>>675 最前線で常に機体を良好な整備状態に保つ 良質なプラグやオクタン価の高い燃料を最前線に遅滞なく安定した供給が出来る それが国力 ある天才やメーカーが画期的な性能の戦闘機を開発したとしても戦局はひっくり返らない >>403 昔、私が交通事故に遭って入院中、病院内で偶然に知り合った老 人が、本物の元三四三空の整備兵さんでした。 その人の話によると、紫電改が基地上空で米軍機を相手に大空中 戦を展開している最中、敵機が離れた僅かな間隙(数十秒程度?) を縫って、部隊所属の紫電改が燃料及び弾薬補給の為に、先を争 うようにして半ば強引に滑走路に降りて来たそうです。 その人が、米戦闘機の12.7mm弾を食らって被弾して傷ついた機体 を必死になって修理していたら、再び基地上空で激しい空中戦が 始まったそうですが、一秒でも早く担当機を修理して再度邀撃に 上げる責務があるので、悠長に上空を見上げて友軍機の活躍振り を見たり戦況を確認する暇が全くなかったそうですよ。 >>671 それは鍾馗や雷電じゃないか? 紫電改は対戦闘機用だろ 自動空戦フラップ付いてるから 巴戦もするぞ 疾風と紫電改 見た目は圧倒的に疾風の方が好きだな 性能は知らん
熟練パイロットが乗れば無茶苦茶に強かった P51にも勝つし、B29も落とす
>>501 スリガオ海峡での米戦艦群のレーダー射撃の成績は惨憺たるものだけどね 指揮官のジョージ・ウェイラー少将が対地攻撃の専門家で対水上戦苦手かつ、 弾薬節約ばかり考えてた(旗艦ミシシッピは1回しか発砲してない)ってのもあるけど それにしたって手負いの戦艦1隻相手に手こずりすぎ。山城とて腐っても戦艦なので オルデンドルフ少将の重巡部隊では有効打は与えられず、結局駆逐隊の水雷突撃で対応してる レーダースコープの調整ミスで全弾外した戦艦もいたはず >>690 三四三空の源田実も爆撃機ではなく戦闘機を狙えと指示してるから 紫電改は主に戦闘機用だろうね 疾風はカッコいいんだよな。 こないだまで全部ゼロ戦だと思ってましたがねw
日本人は直ぐにアメリカやらロシア、中国、当時の列強と比較して「日本みたいなちっぽけな弱い国がー、」なんて言いますからね。 台湾人がそれ聞いて本当に心から驚くって言ってたな。
敗戦時に隠すために埋めたってのは有名だが 完成品じゃないのな 組み立て途中のを埋めたんだろうか 周りを掘れば完成品も出てくるかもな
>>143 無理無理 1585年にワープして明智光秀が信長を殺すのを止めていたら 世界征服ができてたかもな あれで家康が天下を取ったことで 日本は矮小化した >>661 こういう愚か者に比べ、実際にガチンコで日本と戦った国は日本に対する畏怖や尊敬があるのね。 日本の自動小銃のみならず、あの自殺南部でさえマニュアルセーフティさえかければシアバー押す暴発は起こらないし、小型でそれなりに良い銃って評価。 ただ、威力のない8mm口径を2種類も採用してた意味がわからんって言ってたけどw >>49 紫電改のハイパーソアラは馬力あったけど重過ぎた 【陸軍戦闘機隊による最後の本土防空戦】 この戦いは昭和19年から始まるB29撃墜が主要任務だったと思われる 使われた戦闘機は爆撃機の大型エンジンを搭載した「鍾馗」、誉2機搭載の「月光」だった いわゆる局地戦闘機、インターセプター重戦闘機だった 本土防空戦による戦果は、戦後の調査によるとかなり多く撃墜485機、撃破2707機と言われている B29搭乗員は、日本戦闘機を非常に恐れていたという
>>621 >>640 それも典型的な昭和アホ俗説 こんな複雑なエンジンとかなんとか規格がなくて大量に生産・運用なんかできるわけない 戦争後半に陸海軍工場が統合されたとき一時的に検品が甘くなった部品が出回って 整備に支障をきたした話が誇大に語られてるだけ >>135 今のエンブレムのカッコ悪さと言ったら。 微妙にセンスのない緑色の地色に刀身の白と言う酷い配色。 しかも今時軍刀など一本も持っていない上に、やるのは剣道 じゃなくて銃剣道。なら素直にクロスさせるのを日本刀じゃ なくて38式にでもしておけばいいものを。 >>32 内閣府の要望で更新した儀仗銃も結局豊和M1500だしな。 まあ38式のレストアや再生産は費用的に無理だろうけど… >>376 なんか中国産のパンダか、終戦直後の立ちんぼのパンパンみたい な感じだよな。 >>704 なんで後半の話が銃とか小さくなってるんだ?www >>707 一時的にじゃないだろ 後半はずっとそう >>77 日本初の全電気溶接建造艦の大鯨って、溶接精度が悪くて 鋼板が曲がって付いてしまい、船体が完成したのはいいけど 図面とのずれが発生して上部構造を乗せようとしても擦り合 わせ出来なかったらしいね。 錘を付けて船体を引っ張って伸ばそうとしたりしたけど、結局 ダメで、歪んだ部分を切り落としてからリベットで止め直した とか。 >>135 三菱鉛筆よりはいいと思う 最近知ったわ 三菱鉛筆は三菱と関係ないって >>59 ロンメル将軍曰く、「エンジンは最良の兵器」 ISISなどもランクルを愛用してるしな。 >>149 深山「私は?」 >>704 海外のYouTubeチャンネルで 実銃使って紹介してるのあるけど 99式軽機と92式重機は絶賛されてるね 日本で酷評されてる11式軽機も意外と高評価 一方で南部拳銃やヘルメットの耐久性は よく酷評されてる 紫電改とか言うと昔はカッコいいとか思ったけど 今では薬用育毛トニックしかイメージできなくなったw
>>1 某育毛剤CMのせいで そっち系のニュースなのかと思ってしまう >>706 ドイツ上空でのB17やランカスターの 損失に比べたらショボいけど B29の総生産数が3970機と考えると 結構な損失だな >>706 北九州工業地帯への空襲ではB-29の損失10%、最初の東京空襲では15%だっけ? 5%でも損失高いと言われる中で毎回15%も損害出してたら部隊が蒸発するな。 >>706 >誉2機搭載の「月光」だった これは驚くべき新事実発覚だな、書き込んだからには確実なソースをよろしくお願い致します。 >>719 しかも高高度爆撃の命中率が2.5%とかじゃやってられないよね。 B29の対空銃座の精度ってかなり低かったらしく、数が揃わなけ れば防御はかなりお寒い状況だったとか。 >>720 本土決戦に備えて戦闘機を 温存する方針にしてから ほとんど迎撃できなくなって B29の損失が激減したんだよね 誉搭載の夜戦銀河なら史実通りだが、誉搭載の月光は初めて聞いた
›>605 理系の素養皆無の文系の人が情緒を前面に押し出して書くと ああいう痛い本になっちゃうんだよなぁw
WWUに関して日本は惜敗、引き分け、勝利、不参加のどれかだったら 今頃は、日本単独または従属国と共同で F22や35より凄いのを作ってたかもなあ
>>710 一時的だよ 決号作戦前の一線機稼働割合は概ね7割以上だし 末期のドイツ軍よりマシなレベル >>143 アメリカとは講話に持ち込めるだろうけど世界征服は無理じゃね? あと国民の半数は切り捨てないとやっていけなさそう >>268 コトブキか 演出優先の表現はあれどあれだけ空戦に力入ってるアニメは当分出ないだろうな 無理して2000馬力にせずに 1500馬力辺りで安定した性能の出る エンジンにした方が良かった気がする 傑作機のP51や5式戦闘機も1500馬力だし
川崎重工が飛燕用に搭載するエンジンの液冷ダイムラーベンツDB601を 日本でコピー生産した際、精度の良いローラーベアリングを 製造出来なかったのと、当時として非常に高度な機械式インジェクション 用の燃料噴射ポンプも量産出来なかった理由で、川崎製DB601は完成率と 稼働率悪くて大戦後半にエンジンのない「首なし飛燕」がカワサキの工場に 並んだとか コンパクトな誉の高度な設計もDB601ほどじゃないが当時の日本にとっては 量産が難しい職人が持てあますエンジンだったんだろうな
>>735 流石にコトブキの一型はアレだけど、二型、三型はエース食いだからなぁ ニール・カービィ大佐(P-47D)、トーマス・マクガイア少佐(P-38J)が隼に討ち取られてる いまだに「首なし飛燕伝説」(妄想)を得意げに書いてる情弱ってw
首なし飛燕が出たから、エンジン載せ替えた5式戦が出来たんだろう 情弱はお前だ、糞が
>>120 真ん中にクランクシャフトがあって周りにシリンダーが並ぶのか 直列型のもあったのかな >>707 零戦すら三菱製と中島製で部品の互換性がなくて、整備時の識別の為に塗装を変えてたレベルだぞ 川西航空の紫電改。今は水上機しか作ってないけど、まあ一発当てて欲しい゜゜゜゜゜-y(^。^)。o0○プハー −−−− ★紫電改 ■諸元 ・出力__ 1990馬力/3000rpm ・速度__ 321knot/5600rpm ・上昇限度 10760m ・上昇速度 6000m/7m22sec ・武装__ 20mm4基800発 ・爆弾__ 250kgx2 ■川西の水上戦闘機強風が元になり紫電となり紫電改となった。 紫電は中翼で引き込み脚が長く折れる事故が頻出した。昭和18年2月に 低翼の紫電改の試作決定。 ■紫電改は速度が零戦よりも20knot早く空戦性能も空戦フラップの おかげで零戦とほぼ同等。防弾タンク、防弾盾の採用で防御力が はるかに高く、武装は20mmx4門と強力で弾数多く直進性も良く当たる。 理想的戦闘機となった。 ■四国松山にあった343飛行隊は5ヶ月で170機撃墜の戦果を上げた。 損害は74機。 ■「日本に新型有力戦闘機現る」の報に米側では零戦の恐怖が蘇る。 生産拠点の川西工場を最優先爆撃目標にする ■月産1000機をもくろんだが空襲で思うようにすすまず。 疎開工場で細々と生産しているうちに終戦。 ■対B-29では30口径のロケット弾を2発積み攻撃。戦果を上げる。 B-29は通常は高度6000位を飛ぶ。爆撃精度を上げるため。 『海軍戦闘機列伝』(光人社NF文庫)
> 地下約1メートルから掘り出された。広弾薬庫は戦争末期に誉の量産を図っ戦後70年余り、地中で眠っていたとみられる。 残留応力抜く為だろ。 こうして「枯れた」ブロックを精密に機械加工して寸法を整え低圧縮化、 低バルブ開度のパーツを組み付けて低出力のエンジンに仕立て、 適当な飛行機(自分の偵察機、友達の爆撃機etc)に乗せて、1万キロほど飛ばして、死んでいたブロックに熱が加わえ、水を流し、新たな応力を与えるんだよな。 エンジンが完成したら国際電話が掛かってきてこう告げるんだ。 「ユーのエンジンが今日回ったよ。1860馬力出た。1860馬力だ。 紫電改に載せれば時速348ノットは俺が保障しよう」
本物のエンジン音の聞けるフライトシム買って ご満悦だった40代の俺
>>682 ターボチャージャーが大量生産できなくて、B29の飛んでる所まで上がれない戦闘機が多かったみたいね >>690 あ、そうなん? 鍾馗とか雷電ってメジャーじゃなくて、ごっちゃになってたかも >>730 零戦のころでさえ、製造工場違うと部品の互換性が無いから、 現場の整備は苦労したなんて有名な話やろ B29は高高度からの爆撃ならほぼ被害ないのに 効率重視で被害を顧みず低空爆撃 日本では鬼畜扱いのルメイ、やっぱりまともじゃないぜ
誉は残念ながら動くのは一つもないな 栄はチノ航空博物館所有のフライアブルな零戦52型に搭載 しているのが世界で唯一稼働
>>712 ああん、uniとmonoで世話になっただろ 今や世界の三菱鉛筆やでw なお関係ない重工はいまやorz >>707 ネジを元の穴に使わないとはまらなかったとかいう話も嘘か その話聞くたびに思い出すのはふじみ野市立大井プールの死亡事故 流水プールに流れをつけるための巨大な吸排水口の格子に精度が無くネジ穴位置がバラバラ 運用側も清掃で取り外す時に位置の入れ替わりに注意を払わずネジがはまらないからと針金で取り付け 老朽化がいたずらかで営業中に格子が外れたが一般人の安全意識なんて赤子同然だからそれをわざわざ係員の所まで持っていき係員も現場に人払い要員を立たせただけで遊泳者を上がらせずポンプも止めずそのまま長時間吸水口が露出 平成になってすらそんな意識なのに戦中とはいえ兵器工場はしっかりしてたんだな 低空爆撃に切り替えが行われた後でさえ、撃墜率は2.43% いくら日本機マンセーしたところで、日本の防空能力がクソだった事は間違いないんやで
>>640 アメもドイツも戦前から民間のフォードやベンツは大衆車を量産してて、そこで規格化が進んだ。儲けるためには必須だから。 日本は車を大量生産するメーカーは戦前無かったから、規格化なんて発想が産まれる素地がなかったんだよ。戦争やって初めて気づいて、戦後の造船業などで実現された。 >>535 おそらくそれが、戦後の執念深いまでの基礎工業力の拡充と、インフラ整備の動機となったんだろうね 現代の知見でもって、したり顔で当時の日本はあれがダメコレがダメ…と批評する奴も多いが、その大半は当時の技術者や現場はわかっていて忸怩たる思いだったんだろうと思う >>605 一番衝撃的なのは量産開始直後に開発責任者が徴兵されて改良がストップするところだろ >>750 フラシムはまると金かかるからなあ むしろ子供だと無理かもしれん >>707 陸軍と海軍とで情報の隠匿(秘密主義)を行っていたため、統一規格が無かった。 その反省から、戦後にJIS規格が出来た。 工場の金庫にマイクロメーターが置いてあった時代だからな。 金属の質も悪く、工作機械の精度は非常に悪かった。 今では研削加工が当たり前の軸周りは「磨きw」だったし。 大出力エンジンを開発しようにも、大概は異常振動起こすか 寿命が全く話にならんかのどちらかだった。 現代の機械加工を知ってる人なら無理過ぎだとすぐに分かるレベル。 むしろ、よーやったわ。
>>295 7.7mmだけ積んだ隼は取りあえず配備した1型(2型配備時に回収)だけ また陸軍の13mmはアメリカでさえ実用化出来なかった炸裂弾(マ弾)使える名機ですぞ ゼロの20mmは翼の貧弱さなどから命中精度が悪いことや装弾数が少ないこと、隼は空の狙撃兵と言われるほど射撃時の安定性が良かったことから、武装について隼が劣ってるとは一概には言えないよ 戦争末期、空の七面鳥と馬鹿にされてたゼロに対して、グリフォンスピットやP51ともまともに張り合っていた隼が名機だというのは同意 >>746 ダイハツもだぞ 自動車に進出したが経営危機だった片割れの明和自動車工業を ダイハツが引き取ってる >>762 ・戦時動員の人員配置に戦略性なし ・大規模戦争に高度な熟練技術を要する工業製品は無用の長物 まあ、こんなんでよくアメリカと戦争したモンだと呆れるばかりよw 魔改造して紫電改改にして、エンジンの音を聞く改をして欲しい
第二次世界大戦でドイツはNOS(いわゆるニトロ) を開発していたそうだが 同盟国だった日本には技術供与されなかったのかな? ジェットエンジンやヴァルター機関よりも 実用性は高いと思うのだが?
>>767 そんな状況下なのになんでベンツのV型12気筒エンジンのライセンスを購入したんだろ… クランクシャフトの加工とか素人目に見ても無理そう >>295 >>768 その7.7mmがくせ者で、軽量化する為に、隼専用の機関銃と弾丸。 陸軍と海軍じゃ互換性が無い。 栄エンジンですら環状オイルクーラとか、スロットル操作が逆とか、故障して友軍基地に着陸しても、整備が難解な『知恵の輪』状態に陥るレベル。 これじゃ勝てる物も勝てねーよ。 >>768 2対1とはいえ性能で遥かに勝る上に撃墜数22機のエースパイロット、カービィ大佐のP-47Dを 隼II型甲後期型2機(飛行第77戦隊三苫軍曹、青柳軍曹)で連携して撃墜は凄いもんなぁ >>772 各気筒に均等供給する技術がないと使えん。当時の日本じゃムリやな >>772 ドイツの中でも日本嫌いの企業は総統の命令でも日本への技術供与を拒否してる 過給器が提供されず、わざわざ取り外されてた理由がこれ 紫電の開発の蓄積があって、現在新明和の主力製品である 世界に誇るゴミ収集車が生まれたと思うと感慨深いな 街でゴミ収集車とすれ違うたびに紫電のことを考える人多いやろな
>>777 相当の命令に背くってヒトラーってそんな恐れられてなかったのかな >>778 昔は理容店の椅子が主力製品だと思ってた 問)キムチ臭いのが「戦前は工業規格が無かったニダ!」なんてわめいているけど 答)いつもの出鱈目です。日本工業規格は大正時代にはできていました。 第一次大戦時、重化学工業が飛躍的に伸び、飛行機なども既に活用していました。 −−−−− ★★『第一次世界大戦』(講談社学術文庫/山上正太郎)★★ ■1914年11月27日青島陥落。初めて飛行機9機が使われた。 ■工業生産が飛躍的に伸びる。1914年を100とすると18年は343。 特に重化学工業が成長
>>774 昔靖国神社に整備士たちの絵があったがご苦労様と思ったな 四国上空の防空戦で、三四三空・偵察第四飛行隊(奇兵隊)所属 の一機の彩雲が、敵大編隊接近中の第一電を発した後、機関不調 に陥って米軍戦闘機に囲まれて被弾し、離脱困難と判断した機長 は敵機に体当たりを敢行して二機の米軍戦闘機を道連れに散華さ れています。 この彩雲が自爆・四散した場所は奇しくも、幕末に活躍した坂本 龍馬の同志である天誅組総裁・吉村虎太郎の生家近くなので、こ れには少し不思議な因縁を感じます。何故なら、紫電改部隊の林 喜重大尉率いる戦闘四〇七飛行隊の通称が「天誅組」だったから。
>>185 なるほど コーマンをつけているのがキッカと >>768 隼は防御力も高いしな マ弾もB24を一気に4機撃墜したり 日本の爆撃機を誤射で一掃射しただけで爆散させる威力だし 3型に到っては急降下性能まで高い しかし全然現物残ってないよな 日本の兵器は 図面とかも焼いてしまったのだろうか
>>744 >四国松山にあった343飛行隊は5ヶ月で170機撃墜の戦果を上げた。 >損害は74機 それ伝説で、言われている343飛行隊の戦果は誇大だということが 分かってきている。撃墜と誤認している数が非常に多い。 最も戦果を挙げた3月19日でも日米の損失機数はほぼイーブン、 それ以後は日本側の方が圧倒的に損害が大きい。 ついでにいうと、P-47Nとの戦闘では、(ターボチャージャー を備えたP47-Nが得意とする)高高度に釣りだされて、 惨敗している。 >それ伝説で、言われている343飛行隊の戦果は誇大だということが分かってきている。 おまえの脳内ソースなど誰も興味が無い
>>793 お前『源田の剣』も読んでないのか? 無知な奴だ。 >>774 ヒトラーさん「日本陸軍と日本海軍は何処と戦っているのだ?敵はアメリカじゃないのか?」 DB600系発動機ライセンスを陸海軍が別々に取った件で >>788 宮崎駿「一式戦3型最強 一対一なら誰にも負けない」 >>795 アメリカ側の記録と日本側の記録を丹念につきあわせて 日米の戦果の実態を解明している本だが、アメリカの研究者 の本だから捏造だというのか? >>792 大村に逃げてからは引きこもり状態になってた。とにかく出撃しない 昭和20年8月9日、第203海軍航空隊、陸軍飛行第59戦隊、陸軍飛行第4戦隊から 新型爆弾搭載機と思われるB-29の追尾を引き継ぐよう連絡が入ったが、343空は偵察機型のF-13と判断して追尾を行わなかった 203空の零戦は10機は小倉上空で燃料を消費していたこともあり、佐賀県上空で追尾を断念せざるを得なかった 広島で土掘るのやめた方がいいんじゃないの? 広島行った時に広島駅降りてチンチン電車が走ってる周辺に川が沢山あり、川をみると瓦礫をやたら目にする 原爆ドームの横にある川も瓦礫が見える あの瓦礫は一体なんなんだといつも思うし、土掘ったら原爆遺跡とか出そうで怖い
>>759 ドイツは戦前は大衆車は大量生産してないでしょ VWビートルが最初の大衆車だけど量産されて民衆の手に渡ったのは戦後 >>793 日米ともに戦果は過大に報告するから当てにならんよ 戦後、日米の損失を照らし合わせて実際の戦果が明らかになってる 紫電改の戦果は明らかに過大 逆にF6Fのキルレシオ19対1も大嘘 >>797 ライセンス契約したのは海軍が熱田、陸軍が川崎 別の会社なのだからそれぞれがライセンス契約するのは当然だよ これができた頃にはヘルキャット2000馬力エンジンが大量に投入されて何千機もやられてたんだよな
>>805 アメリカ側は被害過小にしてても他の数値とつき合わせると本当の数字がわかるからまだマシ B-29の損失数がそれで、被弾後陸地に墜落したもの以外は戦闘撃墜から除外してた バラバラになって東京湾に墜ちても不時着水扱いにして被撃墜数ノーカンとかね 被弾後消息不明も戦闘外の事故扱いにして被撃墜数ノーカン でも搭乗員の戦死記録や部隊の日誌からその辺の誤魔化してる分は判別できた >>806 ドイツは日本政府がライセンスを取るものと、 わりとぶっちゃけると、そもそも戦果確認って実際にはエライ大変 自分で急降下したのか墜落したのかなんて、判別できんし
>>786 この話は昔航空ファンで読みました。 どうやって2機も道連れに出来たのが不思議でした。 >>805 >>808 そう、日米ともに戦果は過大に報告されている。 したがって、正しい(100%とは言えないが)戦果は、 日本側の戦果の報告とアメリカ側の損失機数の記録 アメリカ側の戦果の報告と日本側の損失機数の記録 を突き合わせて調べる必要がある。大体相手側の損失機の 記録が本当の戦果となる。 >>792 の戦果は、こうやって調べたものに基づいた 最近の研究によるもの。 あともうひとつ、F6Fのパイロットが 紫電改は旋回性能だけはいいが、火力、速力、防弾鋼板は F6Fの方が勝っているといってるらしい。まぁ、(意見が分かれる) 速力の点は別として、問題は防弾鋼板。 F6Fは被弾しても帰還できるが、日本機は脆い。 と言ってる。F6Fは、20mmの弾くらって翼がボロボロ になっても、結構帰艦していたらしく、落とすのは実は大変 だったようだ。
日本のパイロットの評価も紫電改がF6Fに勝るのは弾の大きさだけだったとか。
>>765 大正末期にすでに航空材料規格を明示する資料があり、軍用機の国産化と部品、 材料の規格化は同時進行で、こうした規格化の動きはJESとも並んで進んでいる。 部品規格化は飛行機量産にとって大前提、必須の事項だった。 「日本の兵器は規格化ができていないのでダメ」というのはアホ俗説に過ぎない 例えばDB601Aのライセンス生産を準備している時期から窒化鋼は陸海軍航空機材料規格の イ111として規格化されている。 また、1924年にねじ規格が決まっていて 1933年、トラックの製造台数が1万台規模でハネ上がった。 大量生産体制はその頃からあった。トヨタの合言葉「ジャストインタイム」を豊田喜一郎が雑誌上で語ったのは昭和13年な。 お前みたいな無知無能は「この世界の片隅に」の片渕須直監督の特別講義でも聞いとけ そもそも松山航空戦でのF6FとF4Uは対地ロケットと小型爆弾装備 つまりハンデ付の状態ですら互角以下。米軍側は投棄せず戦闘して 菅野の戦闘301、林の戦闘407を松山上空から排除した後で予定通り飛行場と対空陣地へロケット攻撃を行ってる
>>797 いまだにそんな昭和アホ妄想を得意げに書いている知恵遅れってw >>799 紫電改とP-47Nとの戦闘でP-47N側に損失が4機発生してるが 米軍側記録では「すべて事故損失」で処理されている ちょっと怪しい部分もある >>802 実際に俺の家の庭を掘ると焼けた瓦礫が出てくるよ 今まで気にしたこともないし、これからも気にしない >>816 ブローニングM2×6門のF6Fと比べて 99式2号×2門、三式13mm×3門の零戦52丙で 火力は劣位にあると言う帝国海軍自信の所見があるからなぁ 三式13mmがほぼブローニングM2と同等として 99式2号×2門はブローニングM2×3門に劣ると言う現場の判断 そりゃ紫電改の99式2号×4門 は、 ブローニングM2×6門に劣る判断になるわな 当初予定通り機首に三式13mm×2門積んどきゃ逆転できたんだが >>796 大雑把に言うと2方向だけにシリンダーがある水平対向を放射状のたくさんの方向に拡大したもの >>818 冗談もよしこさん。 昭和23年に政府が各省庁に依頼して『大東亜戦争の反省』と言う報告書を提出させ、それを元に日本工業規格(JIS)はできたんだよ? 規格化を潰してきたのは、情報漏洩を恐れた陸海軍部だよ? >>827 JIS規格だけが規格だと思ってんのか?w 最後の一行は完全な妄想だし まぁアメリカでも40mm機銃は工場によって規格が違うとかあったからな 詳しい人が多そうだから訊くよ 当時の技術をフル稼働させることを前提に、どんな戦闘機、爆撃機その他を作ったらアメリカとイイ線の勝負ができたとおもう? 例えば金星発動機搭載の二式艦戦を作るとか、そんな感じで持論を披露してくれ
工業規格もなくこんなことができる訳ないだろ(笑。 朝鮮ファンタジーも好い加減にしろや −−−− ★明治維新から昭和10年代までの工業生産力 <鉄道> ・明治5年 鉄道新橋横浜間29km開通 ・明治40年 9000km <電信電話> ・1854年 ペリー献上品 電信機 ・明治5年 東京神戸で電信線開通(支那は外国資本による) ・明治32年 電話 ・昭和10年 電信電話数 世界2位 <電力> ・明治19年 日本最初の電力会社設立(エディソンから6年) ・明治25年 東京の電灯の数1万 <機械工業> ・自動車生産台数 昭和16年トラック7万台 世界2位米30万台 ・自転車生産台数昭和11年100万台超え世界一 <新兵器> ・世界最初の空母 ほうしょう 大正8年(1919) 【出典】:『大日本帝国の国家戦略』(彩図社)
>>827 無理に規格化を進めると工場のラインが止まり 兵器量の低下が起こる それは戦時中は致命的 その辺はバランス 陸海軍に規格化の意識がなかった なんて結論にはならない >>18 あのエンディングは寂しかった。 いうこと聞かない連中を預けられたリーダーの苦労の描写、好きだったンだけれど。 >>830 現代の大規模戦争においては。 F1マシーンみたいな熟練工でないと対応できない戦闘機はいりません。 未熟練工でも対応できるモノを大量に作れる体制こそベスト。 米英はこれを実践して、 戦闘機にしてもスペックを落として日本戦に対応してたのよw 接収されて壊されるよりはとイチかバチかで埋めて隠したのかな でもその手段に出た当人はもう少し鬼籍に入ってるんだろうなぁ…
>>325 ブライトさんの 「何故ならお前がカツだからだ!」 を思い出したわw 大和ミュージアムって言えば、栄三一甲型エンジンとか、 火星二一型エンジンも展示してあって感動する。
>>332 昔、海から引き上げられたヤツ カッケー 基本的にアメリカのほうが技術が上なのと、ブルドーザーさえまともに無かったから埋めて隠せなかったでしょ。 ほとんどは兵器だから埋めろというGHQの指示かと。
>>830 とりあえず飛行機はそのままでいいから陸軍海軍飛行機に限らず艦船、車両用すべてホ103、12.7ミリ機銃に統一、20ミリ要らね。 >>830 99式艦上爆撃機を作るならSBDの原型を輸入していたんだから 素直にドーントレスのパクリを作るべきだった 紫電・紫電改を1500機も作るなら陸軍から見本機を入手していたんだから 四式戦を2000機作るべきだった >>830 F6F、F4Uに積んでたR2800エンジンは3600馬力まで出せたけど 標準化など運用面の平準を考慮されて2000馬力で落ち着いてる 日本みたいに工数や人時を度外して熟練の整備兵が保守して 無理に馬力を出すのとは思想が違う >>7 あんた セイラさんていったっけ?お高くとまりやがって! >>835 ぜんぜん実践してないから 米軍もコルセアを作るのに熟練工を徴用してしまってて生産量の低下が発生してる P-51の翼の成形とか異常に工数がかかっているし金持ち国でないと生産運用は無理 >>825 コピー元のエリコンFF自体は悪い銃じゃなく、米空母の対空装備にも使われてるんだけど 結局は工作精度と弾薬の質なんだろうね。陸軍の弾薬は質がいいのにどうしてこうなった 日本軍用機の発動機の系譜 http: //home.f04.itscom.net/nyankiti/ki43-sub3-engine1.htm 主要エンジン一覧 https: //rikukaigunki.nobody.jp/engine/engine.html 海軍主要制式機 http: //rikukaigunki.nobody.jp/kai-seisiki/sentouki.html 陸軍主要制式機 https: //rikukaigunki.nobody.jp/riku-seisiki/sentouki.html 計画、試作に終わった機体 http: //rikukaigunki.nobody.jp/sisakuki/sisakuki.html https: //www.ne.jp/asahi/airplane/museum/indexjapan/JAPAN1.html https: //twitter.com/IJA_Fighter_bot https://twitter.com/5chan_nel (5ch newer account) >>849 フランジや銃器類他の生産物全体で深刻な品質低下を引き起こしている日本に比べれば可愛いもんだろ。 工業機械が自作できるアメリカと戦時中に必死に残存した工業機械をコピーしている日本との差だよ。 >>850 零戦のションベン弾しか出ない20ミリ機銃も紫電改に積んだらちゃんと当たるようになったんだろ。取り付ける翼の強度の問題だろうな。 陸軍の九七式戦車もだが、 何でこんな貧弱な兵器装備で連合国最強のアメリカと遣り合おうとしたのか、 いまだに疑問に思えてならんわ。 歴史にタラレバは禁句だがそれでもねw
>>854 九七式戦車は主戦線が中国大陸だったから大戦果挙げてるしなんの問題もない 米軍戦車との“戦車戦”なんてほとんど発生してないし 開戦後には新しい戦車なんて開発してもあんまり意味がなかったんで 航空機に開発生産リソースを重点配分した >>830 ・13mm級機銃はホ103に統一 ・20mm級機銃は99式2号とホ5を平行して採用 ・30mm級機銃は2式30mmに統一 【大戦初期】 ・零戦を機首の7.7mmのうち左銃を13mm×1門に換装し、 陸海軍共用の軽戦として採用 ・一式戦は採用せず ・二単の航続距離要求を伸ばした上で 主翼に20mmを積んだ火星搭載機として試作指示 開発成功の暁には陸海軍共用の重戦として採用 ・キ60とキ61は開発、キ61は主翼に99式2号前提での設計 ・川西に強風ではなく陸上戦闘機の試作指示(経験を積ませるため) ・13試双戦は開発せず、キ45改を充当する 【大戦中期】 ・十五試の段階で中島、三菱、川西に誉搭載戦闘機の試作指示 ・空技厰に金星零戦の試作指示 ・川崎にハ140の開発中止命令、キ61に金星搭載型開発指示 ・キ96、キ102を局戦として採用 >>849 P51はゼロ戦の工数の30%くらいだ 生産規模が同一ならゼロ戦300機生産する間に P51は1000機生産する アホヲタは○○○馬力だ!とエンジン馬力の話をするが 重要なのは「○○○馬力@高度○○○メートル」これ @高度○○○メートルの視点が無い限り飛行機ド素人のバカ論争に過ぎない 例えば誉なんざ2000馬力@高度3000mで それが高度があがるつれ「誉500馬力@高度1万m」というお笑いスペックになる 飛燕にも搭載されたドイツのDB601系列だど、 1000馬力@高度1万mくらいのスペックは維持できてる
>>588 彩雲はテストしてなかったのか… 彩雲「我に追いつくグラマンなし!」 懐かしいな 最期は燃料が手に入らなくて、 口惜しかった
過給機の性能があって完成度が高いと言われるB-29用の空冷エンジンも オイル漏れは発火などの日本機や対空砲火による直接被害以外で良く故障を 起こしていた。マグネシウムを材料に使ったせいか発火し易いと言う問題点もあったし。 日本では連合軍による潜水艦や航空機による海運通商破壊戦により終戦まで健在だった 南方資源地帯の原油による高いオクタン価燃料や資源、満州北朝鮮あたりに 豊富な鉄鉱石レアメタル、ウラン含む鉱物資源なども日本本土に運ぶ事が 難しくなり、動員で銃後の守りの女子供や学生などがエンジンを組んでいた だから栄も誉も品質ガーと言う人が多めですが、実際は大戦末期など米国も 女子子供学生がグラマンなどの工場労働に駆り出されており、そてなりな品質の 機材エンジンを組んでいました。米軍機にも品質不良故障は出ており 意外な事に資材不足から鉄道の線路を引きはがして製鐵用に回したり ガソリンや一部の食料が配給制になるなど、かなり追い込まれた環境にあった。 しかしやはり北米の場合はソビエト同様資源や生産組み立て工場や部品工場などが自国領土 内陸にあり、資源が途絶する事も海運以外あまり無く戦術・戦略無差別爆撃の 被害も無かった事やパナマ運河破壊作戦も終戦に間に合わなかった事などから 振動が多くかなり粗削りなエンジンにしろ重い機材にしろ安定した生産や 高品質燃料オイルなども供給が出来、太平洋戦線で日本枢軸勢力に勝てたのですね。 まあドイツ敗北以降日本や日本であった統治台湾朝鮮は米露や人海戦術の支援 シナ含めそんな環境で47対1で原爆投下や背後ソ連の裏切りまでありながら 最後まで善戦しアジア諸国を欧米搾取型植民地から戦後まで至り総開放して終戦しました。 その頑張りは世界史に残るものだと思います。朝鮮やシナでは造り得なかった 航空機や軍艦その他装備を少なく不利な資源リソースの元で設計し作り上げた 当時の日本企業の設計者や、それを組み上げた学生も混じる工員さん達の 努力、各地で行われた勤労奉仕の青少年達や共に働いた台湾や朝鮮労務者等も、 お国の為に汗を流し頑張った事としてイデオロギーや戦争の勝ち負けに関わらず 世界で評価され、今後も歴史に残って行く事でしょう。
無理な軍事予算を重ねて欧米に近い性能のモノは作れるようになったが、全面戦争となると 産業の基礎レベルが物を言った。 今はロシアや中国がそのポジション。
紫電改のパイロットだったとかいう爺さんがNHKスペシャルで原爆投下時に紫電改で広島上空を飛んでたっていってたな
>>859 それ大嘘 戦後すぐに堀越技師がまた聞きして著作に書いた根拠のない話を引き写してるに過ぎない ちなみに最近出たミリクラによると隼の製造コストはP51の六割、零戦はそれよりやや高い程度 P51は翼の平滑さを実現するために膨大な工数とコストを要している アメリカじゃないと作れない機体 >>861 あれは日米の測定方法の差が出てるのよ 日本のカタログスペックは標準武装、弾薬、内蔵燃料(増槽なし)で測定してる むろん各種航法機器や無線機も搭載した状態での測定 アメリカのカタログスペックは武装全て降ろして航法機器も無線機も降ろしたレーサー仕様での測定 なのでカタログスペックでは絶対起こり得ないはずの彩雲がF6Fぶっちぎる事態が発生した >>860 空気が薄くなる対流圏上層県界面の10000m付近では レシプロエンジンで上昇力や速度を保つのは多段過給機が必須だった 日本は鉱物資源や耐熱特殊金属などの課題で性能は今一つ。百式司偵 などに積まれたエンジンなど一部を除くと過給機の性能がいまいちで 高空での爆撃機迎撃や随伴戦闘機への攻撃が不利だった。しかしながら その中で日本陸海軍インターセプターは迎撃戦で大口径機関砲や無誘導 ロケット弾、3号爆弾なども装備で対空砲火と共に少なからぬ戦果を上げている また試作機では過給機に加え2000馬力級超えの液冷や空玲大出力エンジンを 単発や二重で装備し試験速で850qとレシプロ限界に達するような機材も開発は 進んでいましたね。ただ取り組みが遅く大戦には間に合っていませんが ドイツからの技術協力の図面一枚で国産ジエット戦闘機やロケット戦闘機さへ 終戦前に試験飛行成功させているんですよ。 ドイツは日本より過給機性能で安定しており高空性能の良い機材を多めに 量産しましたが、米露北アフリカと3方面からの闘いで燃料資源や製造工場への 数を頼みの連合軍無差別空爆では一部の地下大工場以外は生産力品質も落ち ジエットやロケット戦闘機の実用化に至り、中距離弾道弾も実現し北米照準の 弾道弾も試験段階、原爆開発も8割成功したが合軍のゲリラコマンドや 空爆でとん挫。やはり質より数を頼みの連合軍地上軍の進撃速度が勝って終戦、と 言ったところです。 >>867 アメリカ機の最高速度は高高度でのもの(マスタングとか)だが、日本機のそれは中高度のものというのもあるんじゃないか? ヘルキャットの最高速度がどの高度で計ったものかは知らないんだが。 9000mになるとP-47のほうが速くなっちゃう。
>>863 米陸軍航空隊は1943年に米本土内だけで大事故20389件を記録しパイロット2264名と その他乗員3339人の死者を出した 1944年はこの数字は16128件、1936人、3037人だった 例えばB-26は機種転換訓練で多数の死者を出し「日に一機、落ちぬ日は無しタンパ湾」という句を 知らぬものはなかった これらの事故は品質低下の影響もあるかもしれない 職人に赤紙出して粗悪品ばかりになった間抜けな日本軍 今も似たようなもんだから笑えない
>>874 それドイツ軍にまるごと当てはまる ドイツの悪口を言うやつは許さん 早く死ねゴミムシ P-47も欧州戦線だと低空での作戦行動が多くなっちゃって ご自慢のターボチャージャーも防弾とか不時着時のクッションとしての 役が多くなってた・・・
ソ連にも当てはまるなぁ 末期のT34は粗悪品だらけだし
>>874 極めて公平な選抜ではないか。 うちの祖父は貧乏人だろうがなんだろうが能力で評価される陸軍大好きだった。 >>874 科学者はともかく職人を徴兵しまくっていたのはアメリカも同じだが、 アメリカは工程ごとに分解整理されたラインが構築されたり工業機械や重機を使った生産現場で女子供でも一定品質のものが作れた。 国産の工業機械といえば町工場の旋盤ぐらいで、米英からの輸入に頼りきっていた日本ではモロに職人芸の有無が出たのが日本。 軍が間抜け云々より社会インフラの差。 Japanese Navy 343rd Air Group(三四三航空隊 剣部隊) 1/2 VIDEO 雷電戦闘機隊々歌 https: VIDEO 衆議院議員 平沼赳夫氏「太平洋戦争時雷電戦闘機をつくったのは台湾の若者だった」 https: VIDEO 「日本は私たちを忘れなかった」台湾の元少年工に勲章伝達 2013/06/17 19:19 http: //japan.cna.com.tw/news/apol/201306170007.aspx >>875 ドイツは比較的徴兵層の選抜が行われていた。(第一次の教訓) おまけに強制収容所にはただで動く高度技術保持者のユダヤ人も腐るほどいたしな。 昔、北海道のどこかに無傷のゼロ戦が十機くらい隠してある話しあったな
>>881 ドイツは日本より悪いことに意図的なサボタージュを行う工員が 多数いたんだよ 戦争が進むにつれ熟練工は容赦なく引き抜かれ、その替わりに来るのが 敵の工作員なんだから救いようがなかった。戦後にドイツ兵器の品質分析を行ったら サボタージュによる多数の混ぜ物がされていることが明らかになった エンジンオイルも工作機械も全部アメリカ製だったからなあまあ輸入止められた時点で遅かれ早かれ干上がるのは時間の問題だった
河野が大臣のうちに厚木基地を掘らせてもらえないかな
>>59 その前に蒸気だったけど、熱効率が 悪く化石燃料の内燃機関に変わった。 エドルフ・ディーゼル、小型化した ヤンマー山岡は偉大ですな。 360度回転してもエンジンが焼けない 2サイクルの発明も偉大。 市内に銀河と桜花が配備されてた空港跡がいまだに残ってるけど、何か埋まってないかなー。
>>885 自分らでソ連とか占領地から連れてきたんでしょまじめに働くと思う方がどうかしているw 不良起こしてドイツ兵が死にましたって聞いてもザマアミロとしか思わないだろうw 旧海軍の軍艦の設計図はとっても精巧で美しいよ ガリ版でカリカリ書いたのだね
後知恵を言うのは簡単。中島ちくへいのように頑張る人になりたいものです −−− 『中島飛行機物語』(光人社NF文庫/前川正男元中島飛行機武蔵野工場長) ■創業者中島知久平は明治17年生まれ。明治44年(1911)に海軍士官として渡米し カーチスに乗り日本人3人目の操縦士免許を得る。しかし飛行機造りのため 33歳で海軍を辞め群馬県に飛行機会社を作る。 ■大正7年(1918)に1号機完成。120馬力エンジンの木製。飛行はできなかった。 3号機で17分間の飛行に成功。4号機になると東京大阪間300マイルを 3時間ほどで飛行。 ■こうした実績を裏付けに大正11年(1922)に世界初の空母鳳翔が竣工。 全金属製飛行機も完成し東京大阪間を2時間強で飛行。従業員は3千人超え。 ■エンジンは輸入品だったが大正15年(1926)から製造を開始。気化器、ポンプ、 点火装置、初動機は輸入。 ■昭和9年には米ダグラス社から輸送機を輸入。昭和12年に日支紛争が 始まると日米関係は悪化するが、この頃は仲が良かった。 ■昭和16年(1941)の開戦当時、日本全体で航空機の生産は月産500機。 昭和19年には月産3000機となった。しかしこの後資材不足で減速した。 従業員は25万人。 ■昭和20年になると米軍の空襲に晒された。1屯爆弾が落ちると直径50mの 穴が空いた。「ヒューという風きり音が聞こえた時は自分よりかなり離れた場所に落ちる。 自分に向かっているときは、音よりも早いので風きり音は聞こえない」 ■B-29の2千馬力エンジンには過給器があったので高空でも出力が落ちなかった。 日本機のエンジンはそれが無かったので半分も出力がでない。中島飛行機でも 研究はしていたが間に合わなかった。 ■知久平は戦争が終わったら飛行機はこれほど要らなくなるので、自動車生産も考えていた。 昭和24年病没66歳。 【参考】ロッキード社12万人、ボーイング社16万人(2017) 【参考】米国に眼の敵にされた中島飛行機は戦後解体されたが富士重工(スバル)として残る。 軍用ヘリなどを供給。漫画でも有名なインプレッサなども生産。
>>892 昔は製図するのに専門の技手がいたぐらいだしな。 カワサキの液冷直列と中島の誉エンジンは当時の日本の工業水準では 量産はそもそも無理だった
日本の場合、意外なことに半島からの工員は割りと真面目に働いてたそうな 大東亜戦争の大義を割りと真面目に信じちゃってたんだろうな その上で敗戦の日のマンセー大合唱だったから 半島人の唐突な態度の変化に戸惑ったと聞いた
>>891 紫電改の343空が海軍航空隊を復活させようとしたように 髪の毛をもういちど復活させる という意味があったらしい 化石燃料を絶たれて、粗悪燃料で 飛ばした三菱、群馬スバル 戦争さえなければ、、すごい 技術ですよ。
>>899 結局 紫電改は海軍航空隊の復活を果たせなかったんだから 髪の毛の復活も無理ってことに・・・ >>901 ベゾフが禿げたままなんだから幾ら物量があっても挽回できない戦線なんだな 紫電は酷かったが紫電改は良かった。あと半年早く投入できれば・・・ 零戦は浴衣で闘うようだった。紫電改でようやく鎧が着れた インタビューであったなぁ
>>877 粗悪品というか 最初から消耗品の兵器にソ連は質は求めなかったんだよな ドイツ軍の有名なエピソード あのT-34を捕獲したぞ ドイツの偉い人 「これと同じ戦車を作れ!」 ドイツのエンジニア 「無理です!わが国では品質検査を通りません!」 >>906 ミグ25操縦士が北海道へ亡命した さいも、本機のリベット仕上げの粗さ や計器のアナログさにため息がでたらしいね 第三四三海軍航空隊 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%AC%E4%B8%89%E5%9B%9B%E4%B8%89%E6%B5%B7%E8%BB%8D%E8%88%AA%E7%A9%BA%E9%9A%8A 剣部隊(つるぎぶたい)は、1944年(昭和19年)中盤、サイパン、グアムで相次いで日本軍が玉砕し、絶対国防圏が破られた事で米軍による本土空襲が 避けられないと判断した日本海軍が本土防空部隊の設立に着手する情勢の中で、本土周辺空域の制空権を回復しようと、戦闘機隊出身の軍令部作戦課 航空部員であった源田実大佐の着想によって創設された[4]。戦闘機隊は局地戦闘機紫電改、紫電を装備。偵察機隊は艦上偵察機彩雲を装備。所属機識別章は「343」。 343空は、編隊を重視、徹底しており、米軍からも日本では珍しく二機一組の編隊空戦を行う熟練者たちと認識されていた[5]。四機一小隊とし、乱戦になっても 最低二機一組で戦い、離れないように指導された[6]。当時不良状態だった無線電話の実用化に注力して、通信科の努力と横空の技術支援で10倍の改善を成功させた[7][注 1]。 山田良市は「この時ほど、日本海軍において、地対空、空対空の無線電話が活用され実績を挙げた例はほかにはないと思う。」と語っている[10]。 1945年3月19日、米機動部隊の来襲による九州沖航空戦で迎撃に参加、「松山上空戦」が初陣となった。源田司令は「古来これで十分という 状態で挑めた戦の例などない。 F6Fヘルキャット、F4Uコルセア、SB2Cヘルダイバーから編成された米艦上機160機に対し紫電7機[52]、紫電改56機が迎撃し[53]、 米軍機58機撃墜(戦闘機47、対空砲による戦闘機5、爆撃機4、計57機[54])を報告した。日米双方に戦果誤認はあったが、 日本最後の大戦果となった[注 4]。 >>907 それよりパンクしたミグを移動させるためにタイヤをどうしようかと考えてるときに ベテラン下士が一瞬でメートル法のパーツだと見切って陸自のジープのタイヤ持って来いと指示した話のほうが好き >>798 > 宮崎駿「一式戦3型最強 一対一なら誰にも負けない」 実際強いから困る WarThunderとかだと一式戦3型はサンボルとか余裕で食らいついていく 内燃機関で低速域のトルクや燃費に難があるマツダロータリーエンジンを レシプロ用に使ったらどうなるか、などと変則的な事を考えた。 定速回転や高回転域へのレスポンスが低フリクションロスの元によく 軽量でターボとの相性も良く最近NAでも燃焼効率改善の松田ロータリーエンジン 時期は定回転で発電モーターをアシストする形で復活する予定らしい 誰か既存RX-8用のエンジンでかなり大型なラジコンロータリー飛行機を 造らないかなw 多分ギネスに載りますよ。
>>912 某撃墜王は「P-51と戦うなら疾風より一式戦3型」と いっていたそうな。 ゼロ戦も水メタノールつけたら良かったのかも。 >>914 さあてねえ、ロータリーエンジンをヘリコプター用にしてみたら回転がスムーズなぶん面白いかもと 考えたこともあるけど、実際にはシーリングやら何とかで難しいだろうな、と考えてそのまんま >>912 この一文見て昔の丸メカの一文思い出した 「BF109は最高、全備状態ならどんな飛行機にも負けない!」 ただ、いつでも自分の思い通りの戦闘なんか無理だわな >>917 一式戦三型に足りないのは速度だけで あとほしいもの全て ・加速 ・旋回性能 ・強力な火器 全てが揃ってる これらがあれば足りない速度なんていくらでも補いようがあるからね 無理してこんなクソエンジン量産するから負けたんだよなー 同時期の川崎も、バラした時点で無理ってわかってんのに液冷に拘って 肝心な時にマトモなエンジンがひとつも無い無能指導部。
>>922 速度ましまししたければなんと言っても強力なエンジンだけど ここで1式最高言ってるレス見てるとまるでイタリアだな、と言う気がする 隼がフィアットG50でその発展型がなんだったっけ?フォルゴーレ? 1式がDBに換装してたらさいつよなのかな? >>925 ニクソンの時代まで対米戦争せず国体を維持していたら、命の価値が格段に安い日本はアメリカと互角以上に渡り合えただろうよ。 >>927 ベトナムはソ連から破格の援助を受けてたから戦えたんだろ 誉 → プリンスGR8 → 日産S20 中川良一氏のエンジン系譜
>>929 かりに南ベトナムがホーチミン派に勝ってもベトナムの勝利。そういう戦争。 ベトナム戦争を通した米軍全体の戦死者よりも、硫黄島の攻防で命を落としたアメリカ兵のが多いという現実。 ジャッジメントをするレフェリーを自分側に引き入れた明治日本の指導者と較べて 昭和のガリ勉指導者は立ち回りひとつできていなかった。これでは戦死者の御霊が報われんよ。
ZOZO前澤さんの小遣いで、ちゃんと飛ぶ高品質の紫電改を100機くらい生産してアメリカやら 日本のマニアに販売してくれ。
日本人は中国に負けたと思っていないけど、米英を味方に引き寄せ日本を大陸からたたき出した中国は たしかに日本に勝利したんだよ。あとで内ゲバが起こったけどな。
>>828 機械設計便覧を買って、序文を読んでください。 そこに編纂した当時の思いが書きなぐってあります。 >>938 大陸打通作戦が曲がりなりにも成功したのを見てビックリしたアメリカが蒋政権と距離を置いたため。 >>940 蒋介石自身がサイパン陥落まではかなり日和ってた。 日中戦争が日本の敗北で終わったという事実としっかり向き合わないことには、この国は何度だって同じ過ちを繰り返すよ。
>>873 日本人がその事故や死者数を知っててその句を読んだの? コンロッド太いな。カウンターウエイトもでかい。誉、空冷のフィンも芸術品だよな それを複列で18気筒。これを量産とかそりゃちょっと空爆されたら部品足りなくなるわ
大東亜戦争中 東北 関東 東海 南海の連動大地震が起こってたなんて知らなかったよ 太平洋側は甚大な被害だったと
>>日中戦争が日本の敗北で終わったという事実 ↑早速、五毛党が出現 ※五毛党とは1回「5毛(=7円)」でカキコする支那人バイト。 対支那戦なんて馬乗りになってぼこぼこにしているところを 後から米軍襲われたようなものだ。
>>946 ほんま美しい設計なんよな もう2〜3年熟成させたら良いエンジンになったと思うわ まぁ2〜3年も経てば時代遅れの骨董品になるんだけど あの時代の兵器の進化は何かおかしい >>936 さすがにそれはないわ ベトナム戦争で米兵は5万くらい死んでる 硫黄島とは一桁違う 5千人でもめちゃくちゃ凄いんだけどね >>950 正確にはイラク戦争アフガン戦争同様の泥沼ね 傀儡の汪兆銘政権たてたけど泥沼化 勝ってるとはとてもじゃないが言えない つべでB29の機銃群の射撃管制装置の紹介を見たよ こんなのに単座戦闘機で突っ込んでいくのはあたおか 「物量で負けた」というのは物の量の話ではなく 必要なものを技術開発して必要なだけ配備する努力を した国としなかった国の差のことだと思い知ったよ
>>927 うん、ニクソンの時代ならさすがに日本も核開発に成功してるからな。 >>954 日本とアメリカの国力は20倍以上の開きがあったにも関わらず ガダルカナル・マリアナ・台湾・フィリピンと 日本は決戦海面に『数だけは』アメリカと同等の航空機を用意してきた どっちかっつーとアメリカの方が効率悪い気がするぞ >>957 アメリカは連合国にレンドリースしつつドイツとも戦わないといけないだろ 日本の工業は昔と変わらない 無駄な作業手順机上の設計理論無理な工程を押し付けて現場任せ
>>959 昔の現場「弾頭軽くして初速だけ速くしてみた、ヨシ」 今の現場「偽装してみた、ヨシ」 >>957 マリアナ回線では日本は600機くらいの飛行機を投入したそうだが、 同時期に行われたインパール作戦では数十機しかなかった。 >>958 程度の差はあれ 日本だってビルマに中国にと手を割かれんだぞ それに途中までせっせと戦艦作ってるわ(日本は信濃を工事停止) 明らかに過剰な数の軽巡作りまくるわで かなり効率が悪い事をやってるよ 自国より遥かに小さな国と戦ってるのに 大戦末期でも自軍より多い敵と戦わなければならないケースがしばしばあった 米戦闘機乗りが可哀想だわ 8月15日にも優勢の敵に被られて、F6Fが4機叩き落とされてるわけで >>951 おかしいわな。星型4列28気筒とかアホかと思うわ。V12のDBもマーリンも美しい まぁ誉もR380やらGT-Rのエンジンにつながったんだからそれはそれで いまもうダメだけど >>958 それ B17しこたま作ってドイツの空襲やりつつ、ノルマンディーやりつつ、マリアナをやるのがアメリカ >>963 一方の相手がドイツなアメリカと、大戦末期に打通されるようなヘッポコ大陸軍とダラダラやってる日本の状況一緒にするかねえ… >>954 あの射撃システムは見た目はかっこいいけどあんまり役に立ってない >>950 馬乗りになって顔を殴りつけるつもりがひょいひょい避けられて ひたすら地面を殴り続けてた感じやろ 向こうは足から栄養補給受けて体力続いてるのに、こっちは拳から出血し続けてる状態 ドイツのドルニエ戦闘機なんて見せられたらもう別次元やね。
>>906 だってJS2なんて転輪の湯が回ってない穴空いてるのとか使ってるもんね。 鋳造面砂型まんまでざらざらだし。ドイツ人なら発狂レベル。 このエンジンを筆頭に、高度な設計を実現する基礎技術力の重要性が骨身に染みたワケで。 だから戦後、材料工学やネジ等基礎部品の品質が変態進化して、一時期世界を席巻したけど 工学系や卑怯者は生き残り、その他文科系は絶滅したせいで変な国になった。
>>890 ロシア人捕虜の多くはスターリン相手に戦う気満々だったとか。 >>874 日本は優秀な人を使い潰すクセがあるからな。 江戸時代くらいから顕著に変化してる。 それ以前まで重宝されたのは聖徳太子の作った制度の遺産が機能してたため。 「和を以て尊し」はそこらとセットで機能するものだけど、 江戸時代あたりからどんどん骨抜きになっていって、無能が将校になるまで 下拵えされてからのww2巻き込みで アメリカ的には日本撃破完了となった。 それ以降はお察し。 >>47 開戦前に海軍機に搭載できてたらな。 零戦の右旋回不能とかだめだめだわ。 >>35 地元民だよ 今日も暇やけん見に行ってきたとこだ 我が国唯一の現物やけん来てなーし。 >>977 >日本は優秀な人を使い潰すクセがあるからな。 俺の話はいいよ(ドヤッ >>897 何言ってるのw 目の前の強者に媚びへつらうのがあの民族の特性 主人が変わったから態度が変わっただけだろw 何も変わっていないよ >>981 とりあえず県越え移動ができるようになるまで待つわ >>981 中学のころ、愛媛にある紫電改を見に行かないかと 今は亡き父親(予科練帰り)に誘われたが行かなかった 父親とは仲が悪かったからな その判断がよかったのか悪かったのか今でもわからない 敵もおんなじくらいなんじゃない? 日本のはガソリンとか整備の質で及ばなかったみたいだけど
中翼機を低翼機に改造って 一から設計しなおした方が速かったんじゃないの
>>877 T34は、工業製品としては三流だけど、兵器としては超一流だよ。 >>989 紫電改は単に紫電を低翼化しただけじゃなく事実上は胴体までほぼ新設計の新型機だよ それでも完全な新型機に比べれば大幅に開発期間の短縮に成功してるので大いに意義はあった 戦後、アメリカ軍の依頼で紫電改をフェリーした日本人搭乗員によると、日本軍の90オクタン以下の劣悪松根油じゃなく、アメリカ製140オクタン高性能ガソリンを使った誉発動機はパワーも音さえ違ったって話だ。 誉は高性能コンパクト発動機なのに、素人の女子中学生に粗製乱造で作らせて、劣悪な松根油の使用で黒煙や異常発熱に悩まされていたんだよね。
子供のころ古本屋で親父がマンガを大量にまとめ買いしてきたなかにあったな 懐かしい
>>897 朝鮮人の働く意欲は低かった 日本人が寝る間も惜しんで働いている頃、彼らは朝鮮将棋で遊びまくり 中島の半田工場の話 >>993 >戦後、アメリカ軍の依頼で紫電改をフェリーした日本人搭乗員 この設定の時点で嘘くさいわwwwwwww ヲタクってマジでこんな話信じてるのか?w 日本国が巻き返す為の処方箋は、この1つだけ! 日本は、「MMT」で、科学技術、インフラ、防衛、教育、医療・介護、その他に、 「大規模な財政出動」をして、”質的に世界一”にする「富国強兵」の政策を未来に向けて行う必要がある。 日本の世界一は沢山ある。素材、部品、社会システム、その他など。 これらを利用し、さらに強い日本を作り上げる。 これで、「所得」が増え、一人当たりGDPは世界トップになる。 もう、その時は、世界は日本に追い付けないし、気にする必要はない。ぶっち切れば良いだけのこと。
>>996 実話だよ 鹵獲された紫電改を地上試験の目的で空輸した際に米軍は逃亡防止のため2機のF6Fを随伴させた 悪戯心をおこした日本人パイロットが紫電改のスロットルを全開にしたらスペック上は最高速が速いはずの F6Fは紫電改に全く追い付けず慌てた日本人パイロットがスロットルを絞って事なきを得たという有名な逸話だ lud20230204235931ca
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