日ロの平和条約締結交渉の停滞を受け、安倍晋三首相が北方領土問題の解決を棚上げした形での新たな条約締結を模索しているとの観測が広がり始めた。ロシアが善隣友好関係の基盤となる中間的な条約を求める中、「北方領土の日」の首相の発言が変化したことが臆測に拍車をかけている。「四島の帰属問題を解決して平和条約を締結する」という日本の基本方針が崩れれば、領土交渉が半永久的に先送りされる懸念もあり、元島民らは警戒感を強めている。
「領土問題の解決と平和条約締結の実現という目標に向かって、ひたすら進んで参ります」。北方領土の日の2月7日、首相は東京での北方領土返還要求全国大会で、これまでとは違う言い回しを使って日ロ交渉への決意を表明した。
首相は昨年の大会では「領土問題を解決して平和条約を締結するとの基本方針の下、交渉を進める」と明言。13年以降、一貫して《1》まず領土問題を解決《2》その後、平和条約を結ぶ―という日本の原則的立場を内外に発信してきた。
■「意図を感じる」
ところが今年は「領土問題の解決」と「平和条約締結」を並列し、二つの目標の実現を目指すかのような表現に変えた。首相周辺は「大原則は何も変わってない」と話すが、北方領土関連の最も重要なイベントでの発言だけに、日本外務省OBは「公式のあいさつは内外へのメッセージ。領土問題と条約を切り離すような文言は、特別な意図を感じざるを得ない」と警戒感を隠さない。
こうした見方が浮上する根底には、首相の自民党総裁任期満了が来年9月に近づく中、日ロ関係での大きな「政治的遺産(レガシー)」が見当たらないという厳しい現状がある。
ロシアのプーチン大統領は2018年9月、領土問題を先送りした「無条件での平和条約締結」を提案。首相は拒否しつつ、同年11月に1956年の日ソ共同宣言に基づく歯舞群島と色丹島の2島返還を軸とした交渉にかじを切った。
しかしロシアは北方領土のロシア領有は「第2次大戦の結果」だと強く主張。谷内正太郎・前国家安全保障局長は1月のBS番組で、ロシアは「領土とか何も書いていない平和条約を結び、その上で領土問題をやろうという2段階論だ」と明かし、日ロ交渉は「展望が開けない」と断言した。
日本外務省筋は領土問題を棚上げした平和条約には否定的見解を示しつつ、「安倍政権の間に島が返らなくても、その後につながる何かは作らなければならない」と指摘。条約や声明など、何らかの「成果」が必要との認識を示した。
02/14 10:45
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/393038
ロシア側は「誘い水」を向け続けている。
ラブロフ外相は領土問題の解決には「日ロ関係を質的に新しい水準」に引き上げることが不可欠だと主張。「善隣友好関係の基礎を大まかに盛り込んだ条約を準備したい」とも述べており、日ロ外交筋によると、昨年12月の茂木敏充外相との会談でも新たな条約締結の必要性を指摘したという。
■元島民に危機感
ロシア交渉筋は「56年当時と国際情勢は大きく変わった。日ロ関係の発展と協力の原則を確認する新たな条約が必要だ」と説明。「日本が平和条約では難しいと言うなら、基本条約でも善隣友好条約でも構わない」と揺さぶりをかける。日本に新たな条約締結を呼びかける背景には、政治的リスクが大きい領土問題は先送りしつつ、ロシアに対する日本の関心をつなぎ留めたい思惑もある。
ただ56年の日ソ共同宣言で、領土問題以外の懸案は解決済みだ。新潟県立大の袴田茂樹教授は「プーチン氏は平和条約を締結しても、日本に島の主権を返すつもりはなく、島を引き渡すかさえ条件次第だと言っている。中間的な条約を結んでも島が返ることはあり得ず、国民理解は得られない」と危惧する。色丹島出身の得能宏さん(86)=根室市=は「領土問題の解決は絶対に譲るべきではない。首相には元島民の思いを正しく理解してほしい」と話した。(モスクワ 小林宏彰、東京報道 仁科裕章、根室支局 村上辰徳)
「領土問題の解決と平和条約締結の実現という目標に向かって、ひたすら進んで参ります」。北方領土の日の2月7日、首相は東京での北方領土返還要求全国大会で、これまでとは違う言い回しを使って日ロ交渉への決意を表明した。
首相は昨年の大会では「領土問題を解決して平和条約を締結するとの基本方針の下、交渉を進める」と明言。13年以降、一貫して《1》まず領土問題を解決《2》その後、平和条約を結ぶ―という日本の原則的立場を内外に発信してきた。
■「意図を感じる」
ところが今年は「領土問題の解決」と「平和条約締結」を並列し、二つの目標の実現を目指すかのような表現に変えた。首相周辺は「大原則は何も変わってない」と話すが、北方領土関連の最も重要なイベントでの発言だけに、日本外務省OBは「公式のあいさつは内外へのメッセージ。領土問題と条約を切り離すような文言は、特別な意図を感じざるを得ない」と警戒感を隠さない。
こうした見方が浮上する根底には、首相の自民党総裁任期満了が来年9月に近づく中、日ロ関係での大きな「政治的遺産(レガシー)」が見当たらないという厳しい現状がある。
ロシアのプーチン大統領は2018年9月、領土問題を先送りした「無条件での平和条約締結」を提案。首相は拒否しつつ、同年11月に1956年の日ソ共同宣言に基づく歯舞群島と色丹島の2島返還を軸とした交渉にかじを切った。
しかしロシアは北方領土のロシア領有は「第2次大戦の結果」だと強く主張。谷内正太郎・前国家安全保障局長は1月のBS番組で、ロシアは「領土とか何も書いていない平和条約を結び、その上で領土問題をやろうという2段階論だ」と明かし、日ロ交渉は「展望が開けない」と断言した。
日本外務省筋は領土問題を棚上げした平和条約には否定的見解を示しつつ、「安倍政権の間に島が返らなくても、その後につながる何かは作らなければならない」と指摘。条約や声明など、何らかの「成果」が必要との認識を示した。
02/14 10:45
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/393038
ロシア側は「誘い水」を向け続けている。
ラブロフ外相は領土問題の解決には「日ロ関係を質的に新しい水準」に引き上げることが不可欠だと主張。「善隣友好関係の基礎を大まかに盛り込んだ条約を準備したい」とも述べており、日ロ外交筋によると、昨年12月の茂木敏充外相との会談でも新たな条約締結の必要性を指摘したという。
■元島民に危機感
ロシア交渉筋は「56年当時と国際情勢は大きく変わった。日ロ関係の発展と協力の原則を確認する新たな条約が必要だ」と説明。「日本が平和条約では難しいと言うなら、基本条約でも善隣友好条約でも構わない」と揺さぶりをかける。日本に新たな条約締結を呼びかける背景には、政治的リスクが大きい領土問題は先送りしつつ、ロシアに対する日本の関心をつなぎ留めたい思惑もある。
ただ56年の日ソ共同宣言で、領土問題以外の懸案は解決済みだ。新潟県立大の袴田茂樹教授は「プーチン氏は平和条約を締結しても、日本に島の主権を返すつもりはなく、島を引き渡すかさえ条件次第だと言っている。中間的な条約を結んでも島が返ることはあり得ず、国民理解は得られない」と危惧する。色丹島出身の得能宏さん(86)=根室市=は「領土問題の解決は絶対に譲るべきではない。首相には元島民の思いを正しく理解してほしい」と話した。(モスクワ 小林宏彰、東京報道 仁科裕章、根室支局 村上辰徳)