第一話『嫁は毒の達人』
嫁「ふんふ〜ん」ゴリゴリ…
嫁「ベラドンナにトリカブト……それと毒キノコを数種混ぜて……」ゴリゴリ…
嫁「キヒヒ……出来てきたわぁ〜……」ゴリゴリ…
嫁「ねえ……あなたァ」ゴリゴリ…
男「ん?」
嫁「生命保険入らない?」ゴリゴリ…
男「……毒の調合しながら言わないでくれる?」
嫁「違うわよォ、毒の調合はただの仕事だから」
男「分かってるよ。君ほど紫色のエプロンが似合う女性もいないよな」
嫁「キヒヒ、照れるわよ」
男「でも、なんでいきなりそんな話を?」
嫁「ほら、お隣の奥さん、ご主人を亡くされたでしょ?」
嫁「で、ご主人、保険とかに全く入ってなかったらしくて、奥さん苦労されてるらしいの」
男「そういうことか」
男「元気そうだったのに……突然だったもんな」
嫁「ホントよぉ……。奥さんと幼いお子さんを残して、さぞかし無念だったでしょうねえ」
男「まぁ、安心しろよ」
男「俺はとっくに生命保険に入ってる。受取人はもちろん君だ」
嫁「え、そうだったの?」
男「だから俺が今日死んでも、君が路頭に迷うことはないよ」
嫁「え、死ぬの!?」
男「え?」
嫁「いやぁぁぁぁぁ! あなたが死ぬんならあたしも死ぬぅぅぅぅぅ!」グビグビ
男「ちょっ! 調合してた毒を!」
嫁「うへ……あへぇ……」ピクピク…
男「おい、しっかりしろ!」
嫁「あなたぁ……天国で会いましょ……ヒヒ」ピクピク…
男(ダメだ! 完全にイッちまってる!)
男「えぇと、今飲んだ毒の成分は、と……」
男「この薬草とこの薬品を混ぜて、調合すれば……」ゴリゴリ…
男「――できた!」
男「あとはこの解毒薬を飲ませれば……ほら、飲んで」ドロッ
嫁「……んん」ゴクッ
嫁「……あ」
男「ふぅ〜、よかった……」
男「君が毒に強くて、俺が薬剤師じゃなかったら、危なかったぞ」
男「国にも認められてる“毒師”が毒で死んだら、笑い話にもならないだろ」
嫁「……どうせだったら口移しで飲ませてくれたらよかったのに」キヒヒ…
男「……おいおい」
翌日――
嫁「行ってらっしゃ〜い」
男「行ってきます」
男(あ、お隣の奥さんだ)
男「おはようございます」
婦人「おはようございます……」ペコッ
男(やっぱり……。前はあんなに明るかったのに……)
― 会社 ―
男「……なぁ」
同僚「ん?」
男「俺たちは薬剤師として、製薬会社社員として、日々新しい薬の開発に携わってるわけだけどさ」
同僚「どうしたんだよ、突然」
男「“人を生き返らせる薬”ってのはできないのかな?」
同僚「んー……結局のところ、人間だってものすごくよくできた機械みたいなもんだし」
同僚「人体や生死のメカニズムが完全に解析されれば、あるいは作れるかもな」
同僚「だけど、そんなもんが出来上がったら、人は生き返っても人口爆発で人類は滅亡するわな」
男「……だよなぁ」
― 自宅 ―
男「…………」
嫁「どしたの、あなた?」
男「いや、お隣の奥さん、元気なかったからさ……」
嫁「そうねえ……」
男「せめて、ご主人と最後のお別れができてれば、まだ違ったんだろうけどな」
嫁「最後のお別れ……」
嫁「それよ、それだわァ〜!」
男「へ?」
嫁「さっそく……」ゴリゴリ…
男「調合? いったいどんな毒を?」
嫁「キヒヒ、決まってるでしょ?」
嫁「奥さんを旦那さんに会わせてあげるための毒よぉ……」ゴリゴリゴリ…
男「え!?」
数日後――
― 自宅 ―
婦人「お夕飯にお誘い下さり、ありがとうございます……」
男「こちらこそ突然お誘いしてしまって。お子さんはご実家に?」
婦人「はい、まだ小さいので……」
嫁「キヒヒ、料理はたっぷり用意してますからねぇ〜」
ドンヨリ…
婦人「…………!」
婦人(どの料理も、なんて毒々しい色をしているの……!?)
婦人(まるで童話に出てくる“魔女の料理”のようだわ……。食べて大丈夫なのかしら……)
婦人「――あら、おいしい!」
男「でしょう? 家内の料理は見た目はともかく、味はいいんですよ〜」
嫁「失礼ねぇ。見た目もいいってば!」
アハハハ… ウフフフ… キヒヒヒ…
男(さて、そろそろ……)
嫁(あたしが料理に混ぜた“毒”が効いてくるはず……)
婦人「あら……? なんだか、トロ〜ンとしてきたわ……」
婦人「……あら?」ボンヤリ…
旦那『やぁ』
婦人「あ、あなた! どうして!?」
旦那『突然逝ってしまって、すまなかった……』
旦那『どうしても君にちゃんと別れをいいたくて、少しだけ戻ってきてしまった』
婦人「ありがとう、会えて嬉しいわ……」
旦那『僕は君と出会えて、息子を授かって、本当に幸せだった』
旦那『しかし、あんな突然別れることになってしまって、本当にすまない』
婦人「私こそ、あなたを看取ることができずに、ごめんなさい……」
旦那『だけど僕は、ずっとこちらから見守っているよ』
旦那『だから……どうか君も新しい人生を歩んでほしい』
旦那『まだ幼い息子を頼む……』
婦人「分かったわ、あなた!」
男「…………」
男(ずっと幻を見せていると、心身に害が出るし、戻ってこれなくなってしまう)
男(そろそろ解毒作用のあるパウダーを……)サラサラ…
婦人「!」ハッ
男「どうかされましたか?」
婦人「あ、いえ……今ほんの少し、亡くなった主人に出会えたもので……」
婦人「って、いきなり変なことを……すみません」
男「もしかしたら、旦那さんがほんの少しだけ降りてこられたのかもしれませんね」
婦人「はい……」
婦人「今日はどうもありがとうございました」
嫁「キヒヒ、またいらしてね〜」
男「…………」
嫁「…………」
男「これで奥さん、少しは元気を取り戻してくれるといいけど」
嫁「キヒヒ、大丈夫よ。きっと立ち直ってくれるわ」
男「それにしても、ぼんやりとご主人の幻影を見せるぐらいの毒だったのに」
男「ずいぶん具体的に話をしていたな」
嫁「そこはきっと、愛のなせるワザってやつじゃなぁい?」
『ありがとうございました……』
男&嫁「!?」
嫁「い、い、今、旦那さんの声、聞こえなかった!?」
男「ああ、今のはたしかに……亡くなった旦那さんだった」
嫁「ど、ど、ど、どうして!?」
男「もしかして、幻覚作用を利用して、本当に降りてきて奥さんと話してたのかも……」
嫁「キヒーッ!!!」
おわり
第二話『TVゲーム風毒』
ズガガーンッ ドゴーンッ ズガガガガッ
父「おい、いい加減ゲームやめろ! いったい何時間やってるんだ!」
オタク「うるさいな……」
オタク「ボクは今、ゲームキャラになってるんだ! ジャマしないでくれよ!」
オタク「おっ、ボスが出てきた! よ〜し、超必殺奥義で……」
父「〜〜〜〜!」
父(何とかしないと……)
― 自宅 ―
父「……というわけなのです」
嫁「ゲーム中毒ってやつね?」
父「毒師であるあなたに、何か息子に喝を入れるような毒を作ってもらえないかと……」
嫁「うーん……毒殺しちゃった方が早いんじゃない?」
父「いやいやいや! 仮にも息子ですし、さすがにそれは……」
嫁「冗談よぉ、冗談」
嫁「ふんふ〜ん」ゴリゴリ…
男「毒師としての依頼があったようだけど、何を調合してるんだ?」
嫁「うーんとねぇ……“ゲームキャラの気分を味わえる毒”ってとこかしら?」
男「ゲームキャラの気分を味わえる……毒?」
嫁「そ、今度の相手はゲーム好きらしいから」
嫁「あ、そうだ。明日はあなた休日でしょ? 一緒に行かない?」
男「かまわないけど……」
翌日――
― 依頼人の家 ―
オタク「いけっ! いけいけっ!」カチッカチカチッ
男(一心不乱にゲームやってる……こっちを見もしない。すごい集中力ではあるけど)
嫁「ねえ……君」
オタク「なんだよ? 今いいとこなのに!」
嫁「お父さんに聞いたけど、あなたは自分がゲームキャラになったつもりで、ゲームやってるんでしょ?」
オタク「ああ、そうさ! その方が調子いいからね!」
嫁「だったら、これ……飲んでみない?」スッ
オタク「あっ、まるでゲームに出てくる回復薬みたいなボトルじゃないか!」
嫁「そうよぉ、気分出るでしょ〜?」
オタク「ちょうどノド渇いてたんだ!」
オタク「ありがたくいただくよ!」グビグビ
嫁「…………」キヒィ…
男(飲んだ……!)
男(しかし、“ゲームキャラの気分を味わえる毒”っていったいどんな毒なんだ?)
オタク「ちょっとトイレに行こうかな。よっと――」
オタク「!?」ズキッ
オタク「い、痛い!? なんだ今の!?」
オタク「トイレへ――」スタスタ
オタク「!?」ズキズキッ
オタク(どうなってんだ!? 一歩歩くごとに、鋭い痛みが!)
嫁「……キヒヒ」
オタク「あっ、お前! さてはなんか変なもの飲ませたなぁ!」
嫁「そうよぉ〜、名づけて“TVゲーム風毒”!」
オタク「なんだよそれ!?」
嫁「そのまんまの意味よ」
嫁「ゲームの毒って、一歩歩くごとにダメージがあるでしょ?」
嫁「あれを再現したのよぉ」
オタク「ぐあっ!」ズキッ
嫁「安心して、痛いだけで体に全然害はないから……」キヒヒッ
オタク「なんでこんなことを!?」
嫁「だってあんた、ゲームキャラになりたかったんでしょ?」
嫁「嬉しいでしょ? 大好きなゲームキャラの気分を味わえるんだから……」
男(すごい……! こんな毒も作れるのか……!)
オタク「ふん! なんだ、こんな毒!」
嫁「あら?」
オタク「歩くたびに痛みがくるんだろ? だったら歩かなきゃいい!」
嫁「トイレはどうすんのよ?」
オタク「ペットボトルにでもするさ!」
嫁「残念だけど……」
オタク「!」ズキッ
オタク「なんで!? なんでぇ!? 動いてないじゃん!」
嫁「時間経過……ゲーム風にいうとターン経過でもダメージが来るようになってんのよぉ〜」
オタク「ひ、ひいいっ!」
オタク「どうすりゃいいんだ!?」
嫁「解毒薬を飲めば治るわ」
嫁「だけど、解毒薬を作れるのは優秀な薬剤師であるこの人だけ……」
男「え、俺!?」
オタク「飲みたぁい! どうすれば飲ませてくれるの!?」
嫁「ゲームは程々にする、と誓えば飲ませてあげてもいいわ」
オタク「誓う、誓う、誓うからぁぁぁぁぁ!」
嫁「ダ〜メ、信用できない」
オタク「う……」
嫁「ま、しばらくはそのままでいることねえ。キヒヒヒヒヒ……」
オタク「うそぉぉぉぉぉ……!」
帰り道――
スタスタ…
男「いやー、驚いたよ。あんな毒を作れるなんて。たしかにTVゲーム風の毒だね」
嫁「キヒヒ、すごいでしょ〜?」
男「だけど、解毒薬は俺に任せるってのはどういうことだよ」
嫁「だってあなたなら、成分さえ分かれば解毒薬を作れるでしょ?」
男「まあ、そうだけど……」
嫁「それにあたし、解毒剤作りはどうも苦手なのよねぇ……。毒を消すより毒を盛る方が楽しいわ」
男「毒師なのに解毒が苦手なのはどうにかした方がいいと思うよ……」
嫁「は〜い」
一ヶ月後――
― 自宅 ―
父「本当にありがとうございました!」
父「おかげで息子は、すっかり心を入れ替えまして……」
父「ゲームはほとんどやらなくなり、毎日運動をしたり、アルバイトまで始めて……」
嫁「そうですかぁ〜」
男「あの毒……効果テキメンだったみたいだね」
嫁「じゃあ、そろそろ解毒してあげましょっか」
男「うん、解毒薬は作ってあるよ」
― 依頼人の家 ―
オタク「いやぁ〜、ありがとうございます!」
オタク「この痛みがすっかり快感になっちゃって、今ではウォーキングが趣味になってますよ!」
オタク「そしたらみるみる体も痩せて……」スラッ
オタク「!」ズキッ
オタク「あぁんっ! 動くたび、襲いくる、この痛み、たまらんっ! 癖になるっ!」ビクビクッ
男「…………」
嫁「…………」
男「……どうする?」
嫁「う〜ん……もう少しこのままにしといた方がいいかもね」
おわり
第三話『かゆいところに手が届く毒』
― 自宅 ―
男「う〜……かゆいかゆい。肌が弱いからか、しょっちゅうかゆくなる……」
男「あのさー」
嫁「なに?」
男「ちょっと背中かいてくれない?」
嫁「またぁ〜? 自分でかけばいいのに」
男「俺はこの通り、体がかたいからさ……」ググッ
嫁「運動不足よォ。薬の開発もいいけど、たまには運動もしないとね」ポリポリ
男「あ〜……気持ちいい!」
嫁(もう、いつもいつもあたしにかかせて……面倒ねえ)
嫁「よーし……」ゴリゴリ…
男「なに作ってるの?」
嫁「あなたのための“毒”よ」ゴリゴリ…
男「俺のための毒?」
嫁「よぉし、できた!」
男「どんな毒?」
嫁「かゆいところに手が届く毒よぉ〜」
嫁「名づけて“かゆいところに手がと毒”! なーんちゃって!」
嫁「キヒヒーッ! キヒヒヒヒヒヒーッ!!!」
男「…………」
嫁「どしたの? バカ笑いしてみっともないなとでも思ったァ?」
男「あ、いや、そうじゃなくて……笑顔が可愛いな、と思って」
嫁「ちょ、ちょっとやめてよぉ……!」
男(照れてるところもなかなか)
嫁「飲んでみてよ」
男「うん」ゴクッ
男「…………」
男(いったいどんな効果が……)
男(ん、いつもみたいに背中にかゆみが――)
男「あれ?」スー…
男「かゆみが消えた!」
嫁「すごいでしょ?」
男「すごいよ、これ! うちの会社で製品化したいぐらいだ!」
嫁「そりゃー無理ねえ。あたしじゃなきゃ扱えないヤバイ成分いっぱい入ってるから」
男「なるほど」
嫁「……って怒らないの? よくもそんなもん飲ませたなって」
男「別に。こと毒に関しては、君のことは100パーセント信頼してるから」
嫁「……んもう、そんなこといわれるとこっちがかゆくなっちゃうわ」
まだ読んでないけどもしかしてフードコート書いてた人?
……
男「いやー、あの薬……もとい毒のおかげですっかり快調だよ!」
嫁「そう……」
男「あっ、かゆい……」
嫁「!」ピクッ
男「おおっ……かゆみが取れた」スー…
嫁「…………」
嫁「ねえ」
男「ん?」
嫁「たまには背中かいてあげよっか?」
男「いや、いいよ。まだあの“かゆいところに手がと毒”が効いてるからね」
嫁「あ、そう……」
嫁「…………」ムラムラ…
男「あのさ、あの毒切れちゃったんだけど、新しいのくれない?」
嫁「もうないわ」
男「じゃあ調合してくれよ」
嫁「もう作れないわ」
男「え、なんで? 材料はあるはずだろ?」
嫁「作れないの! 今まで通り、あたしにかかせてくれればいいじゃない! ね、そうしましょ!」
男「……まぁいいけど。変な奴だなぁ」
おわり
第四話『毒を食らわば皿まで』
― 会社 ―
上司「よいか、我が社は製薬会社とはいえ、医薬品だけを売っているのではない」
上司「君たちも、たまには医薬品以外のことも考えてみろ! アイディアを出すのだ!」
男「…………」
男「どうしたんだ、突然?」ボソッ
同僚「きっとテレビの影響だろ。昨日“新事業に取り組む企業”なんて特集やってたし」ヒソヒソ…
上司「コ、コラーッ! 図星を突くな!」
上司「とにかく、たまには薬以外のことを考えることも必要だ!」
上司「今週中に何かしら、企画を提出するように!」
同僚「ちっ、面倒なことになったなぁ。こっちもヒマじゃないってのに」
男(企画か……)
― 自宅 ―
男「うーん……」
嫁「企画ねえ……」
嫁「ようするに、売れる商品を提案すればいいんでしょ? 楽勝よ!」
男「たとえば?」
嫁「あたしが毒作ってバラまいて、あなたが解毒薬作ればいいのよぉ〜! バカ売れ間違いなし!」
男「そりゃ犯罪だよ」
― 会社 ―
同僚「なにか思いついたか?」
男「いや……全然」
同僚「だよなぁ。ったく、あの人も気まぐれでモノいわないで欲しいよ」
男「だけど……」
同僚「ん?」
男「日常業務をやりつつ、こうやってあれこれと新しい企画を考えるのも楽しいよ」
男「新薬開発はとにかく時間がかかるし、いい気分転換になる」
同僚「前向きだなぁ、お前は」
― 自宅 ―
嫁「ねーねー、見て見て。ちょっと面白いこと思いついたの」
男「なんだい?」
嫁「まず皿に毒を盛るでしょ」ドサッ
男「うん」
嫁「これを皿ごと食べる!」バリボリバリボリ
男「うおっ!?」
嫁「これぞ、毒を食らわば皿まで! ……どぉう?」ペロリ
男「だ、大丈夫なのか!? そんなもん食べて……」
嫁「なーんてね」
嫁「この皿はあたしがチョコレートで作ったの。だからなんともないわァ〜」
男「毒は?」
嫁「あーっ!!!」
嫁「ハァ、ハァ……」
嫁「いやー、あたしの作った毒はやっぱりすごいわぁ。まだ気分悪いもの」オエッ…
男「なにやってんだか……」
男「にしても、チョコレートで皿をねえ……凝ったことするもんだ」
嫁「テレビで食べられる食器を紹介してて、ちょっとやってみたくなったのよぉ〜」
男「……食べられる食器か」
男「これだ!」
嫁「へ?」
テレビ『新発売! 薬効成分がたっぷり入った皿を食べて、あなたも健康になろう!』
テレビ『“薬を食らわば皿まで”!』
嫁「キヒヒ……これものすごく売れてるみたいね。よかったじゃない」
男「君のあの皿がヒントになったよ」
嫁「あたしも一日一枚かじってるわぁ〜」ボリッ
男「しかし世の中、なにが売れるか分からないもんだなぁ」
おわり
第五話『安楽死のススメ』
― 訓練所 ―
訓練士「あの犬です」
犬「ガウウウウッ! ギャオンッ! ギャオンッ! ガウアァッ!」
嫁「あらら〜、すっごい凶暴! 狂犬病?」
訓練士「というわけではないのですが……」
訓練士「警察犬として訓練してたのですが、全く懐かず、まともに飼育することさえ難しいのです」
嫁「とんだ毒ドッグねえ」
訓練士(毒ドッグて……)
訓練士「もはや矯正させるのも困難で、残酷な決断をせざるをえなくなってしまいました……」
嫁「安楽死ってわけね」
訓練士「……はい」
嫁「分かったわ。あたしが安楽死させてあげる!」
犬「ガウッ! ガウッ! ギャウウウッ!」
嫁「じゃ、始めましょうか」
嫁「今日は忙しくて他にいくつか仕事あったから、いっぱい毒を持ってきちゃったのよねぇ〜」
嫁「えぇっと……安楽死させるのはどれだっけ?」
嫁「これかな?」ペロッ
訓練士「えっ!? なめちゃうんですか!?」
嫁「ん〜……」
嫁「ぐぼえぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!! ぐおあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
訓練士「!?」
犬「!?」
嫁「これ違うわ……」
嫁「これは胃袋に焼けつくような痛みを与える毒だったわ。失敗、失敗」キヒッ
訓練士「え……!」
嫁「んじゃ、こっち?」ペロッ
嫁「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! いぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
嫁「違うわ、これは脳みそを溶解させる毒だったわぁ〜。キヒヒ、いっけなぁ〜い」
訓練士「だ、大丈夫ですか?」
嫁「平気よぉ。あたし毒師だから、毒に対する訓練受けてるの。摂取しすぎなきゃ平気!」
訓練士「そ、そうですか」
嫁「これ?」ペロッ
嫁「ぐえええええええええええええっ!!!」
嫁「これは脊髄を腐らせるやつか……」
嫁「こっち?」ペロッ
嫁「んぎゃああああああああああああっ!!!」
嫁「これは全身の細胞をズタボロにするやつ……」
訓練士「あわわ……」
嫁「どれだったかしら……あたしったらうっかりして」
嫁「あたし以外の人がなめてたら、とんでもないことになるとこだったわぁ〜。キヒヒッ」
訓練士「ひええええ……」
……
嫁「あ〜、これだこれ! これが安らかに死なせる毒だわ! それこそ安眠するように永眠よ!」
嫁「じゃあさっそく毒ドッグに……」
犬「クゥ〜ン……」フリフリフリ…
嫁「へ?」
訓練士「し、信じられん……!」
訓練士「我々訓練士でも懐かせられなかった犬が……! 尻尾を振って……!」
嫁「…………」ジーッ
犬「ワン、ワン!」フリフリフリ…
嫁「ねえ、訓練士さん」
訓練士「なんでしょう?」
嫁「この毒ドッグもらってもいい? 飼いたくなっちゃった」
訓練士「え!?」
― 自宅 ―
嫁「……ってことで、今日から飼うことにしたわ。いいかしら?」
男「まあ、かまわないけど……」
嫁「キヒヒヒ、やったぁ! よろしくね、毒ドッグ!」
犬「ワン!」
男(毒ドッグて……)
おわり
第六話『毒と薬の出会い』
― 会社 ―
同僚「昔ちょっと話してくれたけど、お前の奥さんって“毒師”なんだって?」
男「ああ、先祖代々毒師の家系らしい」
男「彼女の一族は毒師を名乗ることを、国から特別に認められてるんだって」
同僚「マジなんだ……」
男「俺も薬剤師のはしくれとして毒物に関して知識はあるけど、とても彼女には敵わないよ」
男「どこぞの秘境の毒草やら毒虫なんかも熟知してるぐらいだから」
同僚「へぇ〜」
同僚「なぁ、一度会わせてくれないか? どんな人か見てみたいんだ」
男「まぁ、いいけど」
同僚「よっしゃ!」
― 自宅 ―
犬「ワン!」フリフリ…
同僚「犬飼ってるのか」
男「……毒ドッグっていうんだ」
同僚(毒ドッグて……)
男「妻が引き取ってきたんだけど、これでなかなか可愛いんだよ。おお、よしよし」
犬「ハッ、ハッ、ハッ」ペロペロ
同僚「へぇ〜、よく懐いてるじゃん」
男「元々はすごく凶暴だったらしいんだけど、安楽死させようとしたら懐いたらしい」
同僚「まるで意味が分からんぞ……」
嫁「いらっしゃいませぇ〜」
同僚「あ、どうも」
嫁「キヒヒヒ……」
同僚(ぱっと見怖いけど、愛嬌あるっちゃあるな)
嫁「料理はたっぷり用意してありますからねえ。さ、どうぞぉ」
ドヨーン…
同僚(うおっ……なんて毒々しい! 本当に食えるのか!? 食っていいのかこれ!?)
同僚「あ、でもうまい!」モグッ
男「家内の料理は見た目はまずいけど、中身はうまいんだよ」
嫁「見た目はまずい、は余計よぉ」
嫁「そろそろマムシ酒でもどぉう?」
同僚「え……!」
男「いや、普通でいいよ、普通で。ビールにしてくれ」
嫁「じゃ、マムシビールにするわぁ」
同僚(なんなんだ、マムシビールって……)
嫁「分かったわ」スタスタ…
同僚「そういや、奥さんとはどうやって知り合ったんだ?」
男「実は……合コンなんだ」
同僚「合コン!? へえ、ちょっと意外……」
男「当時俺はまだ薬学部の学生で、あいつは毒師見習いだった……」
…………
……
〜回想〜
ウェーイッ!
学生「今日は飲んで騒ごうぜ!」
女子大生「お互い自己紹介してこうよ!」
ワイワイ…
……
男「えーと、薬学部に通ってます。将来は薬剤師になるつもりです」
女「あたしは毒師見習いやってます……キヒッ」
男(薄気味悪い女だ……。毒を擬人化したらこんな感じじゃないのかな)
女(自分の薬で世界中の人を救ってやるってツラしてるわねえ……気に食わないわ、こういう奴)
ワイワイ… ガヤガヤ…
男(結局みんなからあぶれて、話し相手がこの毒女だけになってしまった……)
男(忙しい中やってきたってのに、なんてザマだ……)
男「……あのさ」
女「んん?」
男「聞きたかったんだけど、毒師ってなに?」
女「よくぞ聞いてくれました。読んで字の如く、毒のエキスパートよ」
女「あたしの一族は、先祖代々毒師の家系でね」
女「昔は、政府筋からのヤバイ仕事も結構引き受けてたみたいなの」
女「だから国からも存在を認められてるのよぉ〜、すごいでしょ?」キヒヒ…
男「ふうん……」
男(本当にそんな職業あるのかよ、うさんくせー……)
キャァァァ…
男「ん?」
酔客「なんだと、てめえ! やんのかコラァ!?」
学生「ひっ……!」
男「どうしたんだ!?」
女子大生「学生君が、あの酔っ払いの顔見て笑っちゃって……そしたら……」
ドヨドヨ…
男「…………」
男「よぉし、それなら……」ゴリゴリ…
女「あたしの出番ねぇ」ゴリゴリ…
女子大生「二人して、なにかの調合を始めたわ!」
むわわ〜
女子大生「う……これはサリン……ぐふっ」ばた
男「ぐふ」ばた
女「ぐふ」ばた
終わり
女「ほら、少し大人しくしなさいな」パサッ
酔客「なんだこの粉!?」ゲホゲホッ
酔客「うっ! 体がシビれて……」ビクビクッ
学生「た、助かった……」
男「ほら、特製の酔いざましだ! これを飲め!」ポイッ
酔客「!?」ゴクッ
酔客「あ……」スーッ
酔客「あー、気分が落ち着いてきた……。す、すみませんでした」
男「…………」ホッ
女「キヒヒ、やったわねぇ」
男「うん!」
男&女「イェーイ!」パシッ
……
…………
男「というわけさ」
男「それから、何度も二人で色々調合したりして……」
同僚「へぇ〜」
男「デートで、山に薬草や毒草を採取しに行ったり……」
同僚(どんなデートだよ)
男「やがて、俺が『毒と薬で一緒になりましょう』ってプロポーズして……」
同僚「ヒュー、やるじゃん!」
男「彼女のお義父さんはおっかなかったなぁ……」
同僚「二人はまさに毒にも薬にもなる夫婦、だな」
男「お、うまいこというな」
嫁「キヒヒヒ……盛り上がってるわねえ」
嫁「二人とも〜、マムシビール持ってきたわよぉ〜」ドンッ
男&同僚「うおっ!」
おわり
線画が太いポップな絵柄で漫画化してほしい
嫁はあんまりかわいくないやつ
第七話『嫁、フードファイターになる』
― 自宅 ―
嫁「ねえあなた、高級レストラン行かない?」
男「なんでまた、いきなり」
嫁「あたし、今度ある国の王様と食事するのよ。それで下見しておこうと思って」
男「ええっ!?」
嫁「ただし毒味役でね。その国は毒味の文化があるらしいから」
男「毒師として依頼を受けたってわけか」
嫁「そうそう。あ、お食事券もらってるからもちろんタダよぉ〜」ピラッ
男「おおっ、じゃあ久しぶりに二人で外食しようか」
― レストラン ―
男(こういうところ来るのはじめてだから緊張するな……)
男(俺の嫁はどうかな?)チラッ
嫁「キヒッ、キヒヒッ……キヒッ……」
男(メチャクチャ緊張してらっしゃる!)
料理人「いらっしゃいませ。本日はコース料理となっておりますので、どうぞごゆっくり」
男「は、はい!」
モグモグ… パクパク…
男「うん、うまい!」
嫁「キヒッ、おいし〜い!」
料理人「ありがとうございます」
男「今度、海外の王様が来られるだけあって、素晴らしいレストランですね」
料理人「当店が選ばれたことは光栄に思っています」
料理人「あなたがたこそ、とてもいい夫婦でいらっしゃる」
料理人「一緒にお食事をされている姿がとても絵になっていましたよ」
男「どうも……」
嫁「キヒヒ、照れちゃうわぁ〜」
男「いいレストランだったな」
嫁「ええ、とってもおいしかった!」
男「毒を盛られることなんかないだろうけど、毒味役頑張れよ」
嫁「うん!」
当日――
― 自宅 ―
嫁「じゃ、行ってきま〜す」
犬「ワン、ワン!」
男「どうした、毒ドッグ?」
嫁「珍しいわねえ、こんなに吠えるなんて」
男「…………」
男「俺も行くよ。毒ドッグと一緒に、近くの公園で待ってる」
嫁「キヒヒ、あなたも心配性ねえ。まあいいけど。毒味が終わったら一緒に帰りましょ」
犬「ワォン!」
男(なんだか嫌な予感がする……)
― レストラン ―
プルルルル…
料理人「はい、もしもし。レストラン○×ですが」
『毒を盛れ』
料理人「は?」
『今日国王が来たら、国王の食事に毒を盛れ。毒はレストランに届ける』
料理人「なにいってるんだ、あんた? イタズラなら切るよ! こっちは忙しいんだ!」
『イタズラなんかじゃないさ……』
料理人「!」ゾクッ…
『もし、やらなければ……』
アハハハハ… キヒヒヒヒ…
国王「おぬしが今日の毒味役、ジャパンのポイズンレディか」
嫁「キヒヒヒ……今日はよろしくお願いします」
国王「あまり緊張せず、余と食事を楽しんでくれたまえ」
嫁「は〜い」
料理人「…………」スタスタ
料理人「お、お料理を……お持ち、しました……」
国王「おお、ありがとう」
嫁(……ん?)
料理人「…………」ガタガタガタ…
料理人「ど、どうぞ」コトッ
国王「オォ〜、これはおいしそうだ!」
嫁「…………」
嫁「じゃあ毒味させてもらうわねえ」
国王「よろしく頼む。このレストランを疑うわけではないが、我が国の作法なのでね」
料理人「…………!」
料理人「あ、あのっ!」
国王「なにかね?」
この料理人詰んでるよね
毒盛っても盛らなくても命の保証はないよね
嫁「シーッ」
料理人「え……!?」
嫁「いただきます」モグッ
料理人(ああっ! あんなに食べたら!)
嫁「うん、おいしぃ〜! おいしすぎるわぁ〜!」
嫁「こうなったら全部食べちゃおっと!」パクパクムシャムシャ…
料理人「えっ!?」
国王「全部!?」
国王「あの……余の分は?」
嫁「ない!」
国王「ないの!?」
嫁「キヒヒ、どれもおいしいわぁ〜」ムシャムシャ…
国王「オ〜、ジャパニーズ・ポイズンレディは恐ろしい!」
料理人(どうして!? どうして平気なんだ!? 間違いなく毒は盛ったのに!)
嫁「全部食べちゃった」ゲフッ
嫁「王様におかわり持ってきて。今度は“余計な調味料”入れないでね」
料理人「! ……は、はいっ!」
国王「う、うーむ……見事! ここまでされると、かえって感心してしまう」
国王「君はグッドフードファイターだ! 日本に来てよかった! アリガトウ!」
嫁「キヒヒ、どういたしましてぇ〜」
料理人「大丈夫ですか!? 早く病院に――」
嫁「平気よぉ〜」
嫁「あたしが調合した猛毒ならともかく、あんな適当にその辺の毒を盛っただけの毒なんかじゃ」
嫁「あたしは死なないわ。かえって栄養になっちゃうくらいよ。キヒヒヒ……」
料理人「は、はぁ……」
嫁「それより……なんであんなことしたの?」
嫁「もしも毒を盛ったことが知られたら、あなた大変なことになってたわよぉ」
料理人「実は……妻と娘をさらわれて……脅されて……。散々迷ったんですが……」
料理人「やはり……家族が大事で……言われるがまま毒を……」
嫁「なるほどねえ」
料理人「あなたがいてくれなければ私は人殺しになるところでした……ありがとうございます!」
嫁「この前おいしい料理を食べさせてもらったお返しよ」
料理人「ですがこうなった以上、妻と娘の命はきっと……」
嫁「大丈夫よ! あたしには頼りになる夫と犬がいるんだから!」
男「……イマイチ状況がつかめないが、料理人さんの奥さんと娘さんを捜すことになってしまった」
男「二人の衣服を嗅いでくれ!」
犬「…………」クンクンクン
男「どうだ? 毒ドッグ」
犬「ワン!」
男「おお、さすが警察犬になるはずだっただけのことはある!」
男「よぉーし、いくぞ毒ドッグ!」
犬「ワンワン!」タタタタタッ
男「ちょっ、速い……! もっとゆっくり……!」ヨタヨタ…
― 倉庫 ―
黒マント「国王が死んだという知らせが入ってこない……」
黒マント「どうやら、お前たちの主人はしくじったようだな……あるいは怖気づいたか……」
黒マント「ならば気の毒だが、お前たちには死んでもらう」
妻「ひ、ひいいっ……」
娘「助けて……」
黒マント「俺の毒ガスでせいぜい苦しんで死んでいけ……」シュゥゥ…
ワンワン…
黒マント「――ん?」
犬「ワォンワォン!」
男「警察だ!」
黒マント「なぜここが……!? なんでこんな早く……!?」
黒マント「ちっ、さらばだ!」バサァッ
〜
犬「ワン! ワン!」
男「大丈夫ですか!?」
妻「は、はいっ!」
娘「もう少しで殺されるところでした。ありがとうございます……」
……
男「お手柄だったぞ、毒ドッグ!」ナデナデ
犬「アオ〜ン!」
男「警察によると、あの黒マントの男はダークヒーロー気取りで事件を起こしてる危険人物らしい」
男「特に毒を使用して、何かをやらかすことが多いそうだ」
男「日本で他国の国王が毒殺されたなんてなったら大問題だからな……今回はそれを狙ったんだろう」
嫁「恐ろしい奴ねえ……社会にとっての猛毒だわ」
男「ああ、自分の力を誇示したくてたまらないんだろう。二度と関わりたくないもんだな」
嫁「でも……また出会いそうな気もするわねぇ」
おわり
第八話『中毒になる毒』
― 自宅 ―
嫁「ふんふ〜ん」ゴリゴリ…
男「なに作ってるんだ?」
嫁「中毒になる毒よ。ほら、“○○中毒”ってやつ」ゴリゴリ…
男「今風にいうと、依存症にする毒か」
嫁「そうそう、依存症」ゴリゴリ…
男「だけど、そんなもの何の役に立つんだ?」
嫁「たとえば、アル中の人を水の依存症にすれば、酒じゃなく水を飲むようになるわ」ゴリゴリ…
男「なるほど……そういう風に使うわけか」
男「でも、水も飲みすぎると、それこそ血が薄まって水中毒で死んじゃうから注意が必要だな」
嫁「そうねぇ、用法・用量は微調整しないといけないわね」ゴリゴリ…
ある日――
嫁「……なによぉ!」
男「なんだよ!」
嫁「そんな言い方ないでしょ!」
男「君こそ……もっと言い方があるだろう!」
男&嫁「フン!」プイッ
嫁「何よぉ……あの人ったら……」
嫁「あ……そうだわぁ……」キヒヒッ
嫁「あなたァ、これ飲んでみて?」
男「なにこれ?」
嫁「仲直りの印よぉ」
男「……ありがとう」グビッ
嫁(キヒヒッ……飲んだわぁ〜)
嫁(あたしの中毒になるよう調整した、“中毒になる毒”をね!)
嫁(あたし中毒になってしまうがいいわァ〜)
男「今日のご飯は?」
嫁「チャーハンよ」
男「お、嬉しいなぁ。仲直りしてよかったよ」
嫁「…………?」
嫁(いつもと変化がないわね……たしかに飲ませたはずなのに)
男「うん、うまい。相変わらず色は毒っぽいけど」モグモグ
嫁(まったく変化が見られない……なんで!? どうしてよぉ!?)
男「じゃ、おやすみ……」モゾッ
嫁(なによぉ……すぐに寝ちゃって)
嫁(あたし中毒になってるはずなのに……)
嫁「カモン! カモン!」
嫁「……アホらし」
嫁「どういうことなのよぉ〜!!!」
数日後――
男「ごめん、また来たいってうるさくてさ」
同僚「いやー、すみませんね。またお邪魔しちゃって」
嫁「いえいえ、それより聞きたいことがあるの」
同僚「なんですか?」
嫁「実はあたし、あの人に“あたし中毒”になるよう毒を飲ませたんですけど」
嫁「なにも変わらないのよね」
嫁「どうしてかしら? あたしってそんなに魅力ない?」
同僚「ああ……そんなの決まってますよ」
同僚「あいつはずっとあなたの中毒だからですよ!」
嫁「!」
同僚「あなたと喧嘩した時とあいつは、ずっと会社でも落ち込んでて……ヤバイくらいに」
同僚「会社にある薬品で自殺しちゃうんじゃないかと思うほどでしたよ」
嫁「…………」
男「おーい、二人して何話してるんだ?」
嫁「な、なんでもないわ、キヒヒ……」
男「?」
嫁(これだから……あたしもあなた中毒から抜けられないのね、きっと)
おわり
最終話『毒をもって毒を制す』
― 自宅 ―
嫁「いよいよ今日ねえ。あなたの会社の新薬発表会」
男「ああ、医学界の著名人や厚労省のお偉いさんも来るからな……緊張するよ」
嫁「テレビ放映もされるんだっけ?」
男「うん、そうみたい」
男「会場はこの近くだし、君も来たら? テレビに映れるかもよ」
嫁「あたしはいいわよぉ。薬の発表会に毒師が行ったら、変な化学反応起こりそうじゃない」
男「ハハッ、それもそうか」
犬「ワン、ワン!」
嫁「あら、毒ドッグも行きたいみたい」
嫁「って、さすがに連れてけないわよねえ。いくらいい子だとはいえ」
男「うーん……」
男「いいよ、連れてってあげる。会場に犬をつないでおくスペースくらいあるだろ」
嫁「あら、あなた優しいのね」
男「うん……」
男(毒ドッグのこの吠え方……多分なにかを感じてるに違いない……)
昼過ぎ――
嫁「そろそろ発表会ね……」
嫁「“薬を食らわば皿まで”でも食べながら、愛する夫を見物見物」ボリボリ
テレビ『会場には大勢のマスコミと医療関係者が集まっています!』
テレビ『中には大臣の姿も……』
嫁「む〜……大臣なんかどうでもいいのよぉ。あたしの夫を出して!」
嫁「誰を映すべきか分かってないんだから……」バリボリ
テレビ『さぁ、いよいよ新薬の発表会が始まります!』
テレビ『まずは製薬会社の社長からの挨拶です!』
嫁「あ、あの人が一瞬映ったわ! キャー、シビれちゃうぅ〜! 社長はどうでもいいわ!」
テレビ『ザワザワ……』
嫁「?」
嫁(どうしたのかしら?)
テレビ『ブシュゥゥゥゥゥゥ…』
テレビ『なんでしょう? イベントでしょうか? 会場にガスのようなものが……』
テレビ『うっ、ゲホッ、ゲホッ! 体が……』
テレビ『会場の人達がバタバタと倒れ……ううっ!』
嫁(なにこれ!? 毒!?)
嫁「あなた……」ガタッ
嫁「あ、あなたァァァァァ!!!」
― 会場 ―
黒マント「クックック……新薬の発表会で、大物たちが毒でバタバタ死ぬ……」
黒マント「まさに喜劇だな」
黒マント「たとえ、すぐ救急車がやってきても、無能な医者どもではどうにもなるまい」
黒マント「せいぜい苦しんでから死ぬがいいさ」バサッ
黒マント「俺の力で世の中が変わっていくこの感覚……たまらんなァ!」
「ガルルルルル……」
黒マント「ん?」
犬「ガルルル……ワンッ!」
黒マント「うおっ!? なんでこんなところに犬が!? どこのバカ飼い主だ……!」
犬「ガァウウッ!」
黒マント「ちっ!」
バキッ!
犬「ギャウッ!」ドサッ
黒マント「ついでに痺れガスも浴びせてやる!」ブシュゥゥゥゥゥ…
犬「グウウ……ガァァァァァッ!」ガブッ
ビリッ
犬「グルルゥ……」ドサッ…
黒マント「このクソ犬……マントに噛みついてから気絶しやがった!」
黒マント「とっとと退散せねば!」
タタタタタッ
嫁「あなたァァァァァ!!!」
男「……き、来てくれたのか」
男「うっ、ゲホッ、ゲホッ」
嫁「しっかりして!」
男「大丈夫だ……長く苦しめようって魂胆なのか、すぐ死ぬような毒じゃない……」
男「だが、手当てが遅れれば、会場の全員が死ぬだろう……」
同僚「うぅぅ……体がぁ……」
上司「う、うげぇ……」
「う〜ん……」 「た、助け……」 「オエエッ!」
男「でも大丈夫……毒を吸いながら……俺は分析して……」
男「毒の成分は、だいたい分かった……。ここにメモしてある……」サッ
嫁「すごいわ、あなた!」
男「あとは、解毒薬のレシピ、書くだけ……」プルプル…
男「そしたら、君が……調合してく、れ……」
男「うぅ……」ガクッ
嫁「あなた、しっかりして! ああっ……」
嫁(気を失っちゃってる……。この人が倒れちゃった今、あたしが……解毒しないと……)
嫁(どうしよう……解毒は得意じゃないのに……)
嫁(でも、やるしかないわ!)
嫁(あたしがやらなきゃ、みんな……死んじゃうんだから!)
ゴリゴリ…
嫁「あなた、これ飲んで!」ドロッ…
男「…………」ゴクッ
男「…………」シーン…
嫁(ダメだわ! 解毒できない!)
嫁(ううう……毒なら作れるのに、毒なら!)
嫁(……ん、毒なら?)
嫁「――そうだわ!」
嫁(毒を解く薬を作れないのなら、毒を制する毒を作ればいい!)
嫁(毒をもって毒を制すのよ!)ゴリゴリ…
ゴリゴリ… ゴリゴリ…
嫁「できた!」
嫁「あなた、これ飲んで!」
男「…………」
嫁(完全に気を失っちゃってる……)
嫁「しょうがないわね……口移しで……」ブチュッ
男「ううっ……」ゴクッ
男「ゲェボォォォォォォォォォォォォォォッ!!!」
男「ハァ、ハァ、ハァ……な、なんだ今の!?」ゲホゲホッ
嫁「やった、大成功!」
男「いったいなにを飲ませたんだ!? 死ぬかと思った!」
嫁「あたしが調合した猛毒よ」
嫁「猛毒を飲ませて、体内の毒を全部排出させたの!」
男「猛毒を……!」
男「相変わらずムチャクチャするなぁ、君は」
男「でも助かったよ……ありがとう。しばらくすれば動けるようになりそうだ……」
嫁「キヒヒヒ……」
嫁「さあ、他の人たちも助けてあげないとねえ」
「ゲボアァァァァァァァァァァッ!!!」
「ウゲェェェェェェェェェェェッ!!!」
「グボアァァァァァァァァァァッ!!!」
ウゲェェェェ… グゲアァァァァ… ガァァァァァ… オゲェェェェェ… ブハァァァァァ…
嫁「キヒヒヒ、みんなあたしの毒で回復してくわぁ〜」
男「……とてもそういう光景には見えないけどね」
ピーポーピーポー……
男「死人が出ることはなさそうだ……君のおかげだよ!」
嫁「うん……だけど、毒ガスまいた奴に逃げられちゃったのは悔しいわねえ」
男(たしかに……次はもっと毒性の強いガスを使うだろうし、そうなったら大惨事になる)
犬「ワン!」
男「どうした、毒ドッグ? ……ケガしてる! 早く動物病院に――」
犬「ワンワン!」ピラッ
嫁「黒い布をくわえてるけど、まさか……犯人の遺留品?」
犬「ワオンッ!」
男「ってことは、毒ドッグの鼻を頼りにすれば……」
嫁「キヒヒ……毒をもって毒を制すのはこれからね!」
― ホテル ―
テレビ『新薬発表会での毒ガス事件ですが、大勢が救急搬送されましたが、さいわい死者は出ず……』
テレビ『受け入れ病院の医師によると、現場での処置が適切だったと……』
黒マント「……なんだと!? 死者が出てない!?」
黒マント(信じられん……よほど優れた医者が現場近くにいたのか!?)
黒マント(テロをよりドラマチックなものにするため、より奴らを長く苦しませようと)
黒マント(毒性が弱めのガスにしたのは失敗だったか……)チッ
黒マント「まぁいい、次はもっと強力な毒ガスで――」
シュゥゥゥゥゥゥゥゥ…
黒マント「――なんだ?」
黒マント(ドアの隙間から……ガス!? しまった、少し吸っちまった!)
黒マント(だが、体に異常はない……ただの目くらましか)
黒マント(早く外に出て……)ガチャッ
黒マント「!?」ズキッ
ズキッ ズキッ ズキッ
黒マント「いたたたたたた!」ズキッ
黒マント「あだだだだだだだっ!」ズキッ
黒マント「な、なんだ!? 一歩動くたびに激痛が走る!」
スタスタ…
嫁「それ……TVゲーム風の毒よぉ」
嫁「ただし、あるオタク君に飲ませた毒よりずっと激痛にしてあるけど、ね」キヒッ
黒マント「なんだ貴様は……?」
嫁「毒師よ」
黒マント「毒師……!?」
嫁「あたしの夫を毒殺しかけた罪……体で償ってもらうわぁ」ポイッ
ボウンッ!
黒マント「煙幕!? 今度はなんだ!?」
黒マント「か……」
黒マント「かゆい、かゆい、かゆいぃぃぃぃぃぃぃ!」ボリボリボリ
嫁「キヒヒ……“かゆいところに手がと毒”ならぬ“全身かゆくなる毒”よ」
黒マント「こ……のっ! 俺の毒ガスでっ!」ブシュゥゥゥゥ…
嫁「キ〜ヒヒヒ、無駄よぉ。あんたが調合したような毒じゃ、あたしは殺せないわ」
嫁「毒を悪用しかできないような輩は、しょせん三流なのよ」
黒マント「な、なんだとぉ……!?」
嫁「じゃ、次ね」ポイッ
ボウンッ! ボウンッ!
黒マント「うわっ! ゲホッ、ゲホッ!」
黒マント「うわぁぁぁぁぁっ! 鬼が見える! これは幻か!?」
黒マント「毒を、もっと毒をくれぇぇぇぇぇっ!」
嫁「キーヒヒヒッ! キーヒヒヒッ!」
黒マント「ぐ、ぐぞっ……!」
黒マント(まずい……! 早くここから脱出しないと――)ズリズリ…
男「大丈夫ですか?」
黒マント「誰だお前は!?」
男「あなたを助けに来た者です! すみません、家内がやりすぎてしまって……」
黒マント「家内ィ? 夫婦か、お前ら!」
男「この皿……結構CMでもやったんで、ご存じですよね?」
黒マント「これは……たしか“薬を食らわば皿まで”とかいう……」
男「その通り!」
男「これにはあなたが吸った毒の解毒作用があります」
男「さあ、食べて下さい! 俺は妻の暴走を止めにきたんです!」
黒マント「あ、ありがとう……!」ガブッ
ガチンッ
黒マント「……あ?」
黒マント「これ……ただの皿じゃん! 本物の皿じゃん!」
黒マント「おかげで歯が……あああぁぁぁぁぁ〜……」ボロッ…
嫁「あ、あなた……結構えげつないことするのね」
男「だって、王様の件の時、こいつのせいで君は毒を食うはめになったわけだろ?」
男「絶対許せるわけないだろ」
嫁(この人……ほとんど怒ったことないけど、怒らせると怖いのね)
嫁(良薬口に苦し、とはよくいったもんだわ……)
黒マント「痛いし、かゆいし、幻は見えるし……ああああああっ!」
黒マント「…………」ギロッ
黒マント「なめるなァァァァァッ!!!」
ガシッ! ガシッ!
男「ぐえっ!」
嫁「きゃあっ!」
黒マント「俺が吸った毒は、どうせ致死性のない毒なんだろ? だったら怖くねえ!」
黒マント「お前らを絞め殺してから……ゆっくりと治療してやるよ!」ググッ…
嫁「キ、キヒヒ……」
黒マント「なに笑ってんだ!?」
男「残念だったな……。俺たちには最後の“毒”が残ってる」
黒マント「なに?」
犬「ガァウッ!」バッ
黒マント「こ、この犬は!? さっきの――」
犬「ガァウッ!」グワッ
黒マント「や、やめっ!」
犬「ガアアアアアッ!」ガブッ
黒マント「ちょっ、どこに噛みつく……ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
嫁「さっすが、毒ドッグ! やっちゃえやっちゃえ!」
男「“毒をもって毒を制す”……大成功だな!」
嫁「じゃあ、久しぶりにやる?」
男「なにを?」
嫁「これよぉ」サッ
男「あっ、やろうか!」
男&嫁「イェーイ!」パシッ
犬「ワン、ワン、ワン!」
男「おっと、悪かった。毒ドッグも入れてもう一回!」
パシッ
…………
……
― 会社 ―
男「…………」ソワソワ
プルルルルル…
男「……はい! 分かりました!」
男「すみません、早退させて頂きます!」
上司「おお、そういえば今日だったな」
同僚「早く行ってやれ!」
同僚「薬と毒を調合した“成果”が、お前を待ってるぞ!」
男「茶化すなよ!」
― 病院 ―
義父「やぁ」ズゥゥゥン…
男「お義父さん、連絡を頂きましてありがとうございます」
男(相変わらず禍々しいオーラだ……さすが日本最高の毒師!)
義父「娘が待っているよ。行ってあげてくれ」
男「はいっ!」
義父「ところで、孫はぜひ毒師に……」
男「あいにくですが、俺は本人がやりたいことをやらせる方針でいきますよ、お義父さん」
義父「うむ、それでこそ我が娘が見込んだ男だ」
男(もしかして今、ちょっと試された?)
義父「それにしても、孫の顔というのはやはり可愛いねえ、ギヒヒヒ……」
男(ちなみに笑い方そっくり……)
嫁「キヒヒ……来てくれたのね」
男「もちろんじゃないか! すっ飛んできたよ!」
男「ところで、子供は?」
嫁「そこで眠ってるわ……」
赤子「すぅ、すぅ……」
男「おおっ、可愛い!」
男「きっと毒ドッグも、弟ができたように喜ぶと思うよ」
嫁「そうねえ、あれで世話焼きなところあるしねぇ、毒ドッグ」
嫁「この子は将来、毒になるか、薬になるか、どっちかしらね?」
男「たとえ毒にも薬にもならない人間でもいいよ。元気でさえあれば」
嫁「キヒヒ、それはそうねえ」
嫁「あ、そういえば――」
男「……ん?」
嫁「あたし、ちょうど毒草の葉っぱを持ってたの」サッ
男「俺は薬草の葉っぱを持ってたよ」サッ
嫁「ねえ、赤ちゃんに近づけたらどっちを握るか、試してみましょっか」
男「でも、毒草を握っちゃったら……」
嫁「大丈夫よぉ、さわっただけじゃなんともないやつだから」
男「それなら、ちょっとやってみようか」
男「お〜い、息子よ。毒草と薬草、どっちに興味ある?」スッ
赤子「ばぶ、ばぶ」スッ
ニギッ…
男「おおっ……両方を同時に握ったよ。なんて欲張りな」
嫁「キヒヒ、こりゃ毒にも薬にもなる子に育つかもしれないわねぇ……」
おわり