マニラから車で4時間、未明のスービック漁港(ザンバレス州)で、漁師のバルデアさん(32)が陸揚げしたばかりのハタやタイの売れ行きを見守っていた。約240キロ沖のスカボロー礁(中国名・黄岩島)周辺で、仲間8人と9日間かけて捕ってきた大事な収入源だ。
17歳で漁師になったバルデアさんにとって、スカボロー礁周辺は「庭」も同然だった。しかし、一家の生活を支えていた豊かな漁場はこの5年間、“紅い波”に荒らされた。2012年6月、スカボロー礁の実効支配を固めた中国によって、バルデアさんらフィリピン漁民は漁場から追い出されたのだった。
フィリピンのアキノ前政権は中国を相手取り、国連海洋法条約に基づく仲裁裁判を起こし、昨年7月に全面勝訴した。中国は裁定を「紙くず」と反発。ドゥテルテ大統領は10月、裁定の「棚上げ」に応じ、フィリピン漁民は同礁周辺での漁再開が許された。
3樽(150キロ入り)だった釣果は7樽に増えた。中国海警局の船舶から放水を受けることも、寝ずに逃げ回ることもなくなった。だが、穏やかに見えるのは水面(みなも)の一部分だけだ。「中国の監視もいじめも続いている。自由だった海は戻っていない。いつまた妨害が再開されるか分からない」。バルデアさんは大きく首を振った。
スカボロー礁の周囲55キロの環礁は、今も中国海警局の船舶が取り囲んでいる。フィリピン漁民が近づく度に船と船員全員の写真を撮っているという。環礁内には入れてもらえず、銛やはえ縄による周辺での漁が許されているだけだ。中国船から魚をただで要求されても断れない。
さらに、中国からは装飾品の原材料となるシャコ貝目当ての密漁船が漁場に押し寄せている。「海が濁って漁にならない。サンゴも破壊されて魚が減った」。そう語るバルデアさんの周囲で仲間も強くうなずいた。その憤りは、中国側も感じている。中国側は昨年5月、地域の漁師3千人を束ねるスービック漁業資源管理委員会のアルタガメ会長(67)ら十数人を中国に招待してもてなし、懐柔を図ったという。
続きます。
http://www.sankei.com/world/news/170714/wor1707140002-n1.html
2017.7.14 06:00
17歳で漁師になったバルデアさんにとって、スカボロー礁周辺は「庭」も同然だった。しかし、一家の生活を支えていた豊かな漁場はこの5年間、“紅い波”に荒らされた。2012年6月、スカボロー礁の実効支配を固めた中国によって、バルデアさんらフィリピン漁民は漁場から追い出されたのだった。
フィリピンのアキノ前政権は中国を相手取り、国連海洋法条約に基づく仲裁裁判を起こし、昨年7月に全面勝訴した。中国は裁定を「紙くず」と反発。ドゥテルテ大統領は10月、裁定の「棚上げ」に応じ、フィリピン漁民は同礁周辺での漁再開が許された。
3樽(150キロ入り)だった釣果は7樽に増えた。中国海警局の船舶から放水を受けることも、寝ずに逃げ回ることもなくなった。だが、穏やかに見えるのは水面(みなも)の一部分だけだ。「中国の監視もいじめも続いている。自由だった海は戻っていない。いつまた妨害が再開されるか分からない」。バルデアさんは大きく首を振った。
スカボロー礁の周囲55キロの環礁は、今も中国海警局の船舶が取り囲んでいる。フィリピン漁民が近づく度に船と船員全員の写真を撮っているという。環礁内には入れてもらえず、銛やはえ縄による周辺での漁が許されているだけだ。中国船から魚をただで要求されても断れない。
さらに、中国からは装飾品の原材料となるシャコ貝目当ての密漁船が漁場に押し寄せている。「海が濁って漁にならない。サンゴも破壊されて魚が減った」。そう語るバルデアさんの周囲で仲間も強くうなずいた。その憤りは、中国側も感じている。中国側は昨年5月、地域の漁師3千人を束ねるスービック漁業資源管理委員会のアルタガメ会長(67)ら十数人を中国に招待してもてなし、懐柔を図ったという。
続きます。
http://www.sankei.com/world/news/170714/wor1707140002-n1.html
2017.7.14 06:00