第100回全国高校野球選手権記念大会の開幕戦の始球式を、大リーグ・ヤンキースなどで活躍した松井秀喜さん(44)が務めた。その開幕戦を、母校の石川・星稜高が抽選で引き当てる偶然。運命的な1日の裏話を、付き添い役で同行した星稜高野球部同期で、朝日新聞社スポーツ部の福角元伸デスクが振り返った。
■隣ですらすらと
「おい! 歌うぞ」。甲子園の記者席で観戦していた松井はニヤリと笑い、私の太ももを左手の甲で軽くたたいた。5日の開幕戦、母校が9―4で勝った直後だ。昔からいつもこちらのお願いごとを聞いてもらうばかりで、要求はあまりしてこない。それが珍しく、積極的に声をかけてきた。
今の私は当然、野球部員ではなく、会社員の43歳。隣はラジオの放送ブースで後ろには同僚たちの目がある。一瞬、恥ずかしさで「えええ」と思ったが、国民栄誉賞の受賞者を1人で立たせて歌わせるわけにはいかない。私はどうせ歌うなら「バカになりきろう」と思い、声量を落としつつ、ほぼ口パクで忘れかけていた校歌を体を反らして熱唱風で歌った。
ところが隣の松井は、すらすらと、そこそこの声量で歌っている。「覚えてんの?」「あたりまえだろ」。質問を挟むのが邪魔と言わんばかりに返され、とうとう最後まで歌いきった。
この瞬間、記念大会の始球式の依頼が最高の形で終わった。肩の荷が下り、すごくホッとした。
■開幕戦が星稜「マジで?」「仕込み?」
厳しいスケジュールの中で、始球式は実現した。松井は7月に野球殿堂入りの表彰式のため帰国し、いったん米国に戻ってから、8月に再び日本へ。短い期間に太平洋を越えて2往復することになった。強行日程を高校野球のために受け入れてくれた。
母校も石川大会を勝ち進み、甲子園に出場。さらに、抽選会では竹谷理央主将(3年)が、松井が始球式をする開幕戦を引き当てた。私はすぐ「星稜 開幕戦、引きました」と松井にメール。すると、今まで経験したことのない早さの返信時間で「マジで?」と、きた。そして、立て続けに「仕込み?」。そう思われても仕方がないぐらいの偶然。ただ、星稜の抽選順は49番目と遅く、それまでに他校に引かれてもおかしくなかったが、くじは残っていた。
■「お前らもこれぐらい打ってくれりゃあ……」
当日の登板前、三塁側室内練習場のブルペンで松井は相当投げ込んだ。プレートからホームベースまでの距離18・44メートルを「おお。遠いな」と言いながらも約30球、力強い投球。そして、いよいよグラウンド下へ。改装後の甲子園の通路を通るのも初めてで、「随分変わったね。巨人時代とは違うな」と、興味深くきょろきょろしていた。
後輩たちの11安打9得点の猛攻を見届け、「よう打つな。守備もいいし、バランスのいいチーム。俺たちの時とレベルが違うね」。そして、最後に「あの試合で、お前らもこれぐらい打ってくれりゃあ勝っていたのに……」。5打席連続敬遠の明徳義塾戦を引き合いに出し、当時6番を打っていた私を見て、ポツリと言った。
朝日新聞デジタル
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